第43話 輸送依頼。



「ラディア。お前、俺の知り合いの仕事、受ける気はねぇか?」


 ネマがライセンスを取り、機兵乗りライダーとして傭兵登録も完了し、更に僕を団長とする傭兵団『砂蟲』も立ち上げて数日の昼。僕はおじさんにそんな事を言われた。

 センサーを強化した特注大型シールドダング・シャムと、そのパイロットであるネマの活躍により、僕らの稼ぎは普段の二倍から三倍をマークし、調子の良い時は五倍近く稼げる日々を送っていた。

 デザリアの販売価格大暴落からはまだ立ち直って無いガーランドだけど、デザリアその物は機体としての価値が下がっても、常に需要が尽きない生体金属ジオメタルとして売るなら値が安定してる。

 だから僕達は取り敢えず、値段が戻るまでは下手に鹵獲計画は立てず、生体金属ジオメタル陽電子脳ブレインボックス狙いで狩りをするのが最近の主な仕事だ。生体金属心臓ジェネレータ狙いで稼がないのは、ソコを壊して仕留めるから。やっぱり陽電子脳ブレインボックスは可能な限り壊したく無い。必要なら躊躇わないけど。

 他にも勿論、アルバリオ邸から受けた教導依頼も順調に熟し、ポロンちゃんもアズロンさんも、そろそろ免許が取れそうだ。

 そんな日々を過ごす僕は、おじさんの昼休憩を捕まえては料理を教わって居て、冒頭の台詞はその時に、と言うか今言われた物だ。


「仕事、ですか?」

「おう。俺の知り合いがな、ちょっと輸送機持ちの傭兵探してんだよ。で、奴の条件にピタリとハマるのがお前なんだが、どうだ?」

「えっと、おじさんの頼みなら僕、割と無茶な仕事でも受けるつもりだけど」

「あーいやいや、そんな変な仕事じゃねぇんだ。悪人でもねぇし。むしろ正規店舗持ってるい奴だぞ」

「あ、うん。いや、僕もそうじゃなくて、おじさんが一言『おねがい』って言えば、僕はもう基本頷く構えだからさ。『どうだ?』より、『頼めねぇか?』って言えば良いのにって」


 僕が今も生きて、シリアスに出会えて、ビックリする程幸運なのは、間違いなくその日まで支えてくれたタクトとおじさんのお陰だ。

 なら、僕はその知り合いが困ってて、僕に助けて欲しいって言うなら、命懸けくらいなら許容するよ? 確殺されるお仕事は流石に遠慮したいし、シリアスにも成る可く死んで欲しくないけど。

 でも、そうなっても、シリアスとは『一緒に戦って、一緒に死のうね』って約束してるし。


「そんだけ俺に感謝してくれてんのは嬉しいけどよ? まぁ言った通りなんだわ。あくまで『知り合い』であって、『友人』じゃねぇ。だから折り合いが悪いなら別に、受けなくても良いんだよ」

「そなの?」

「ああ。て言うかソイツ、自分で金ケチった結果に自分で困ってるだけなんだわ」


 おじさんの友達だったら格安で受けても良いけど、そうじゃないなら依頼料ケチられるの嫌だな。

 そう思ってたら、おじさんが補足してくれた。


「なにも、相場よりも安く仕事しろってんじゃねぇぜ? むしろ、一人頭だったら普通より若干だが割も良い」

「だったら、なんで? 割が良いなら仕事受けたい傭兵なんて沢山居るでしょ?」

「それがなぁ、ソイツ、馬鹿なんだわ」


 …………馬鹿だと傭兵に避けられるの?

 いや、まぁ、そうか。僕も馬鹿は嫌だしな。話しが通じない人が居るし、傭兵もそんな人の仕事受けたくないのかな。


「そいつの探してる傭兵はな? ランク三から四以上の実力を持ち、輸送機持ちで、輸送機には市民が快適に過ごせる程度の居住空間があり、なおかつ二人から三人で活動してるって傭兵なんだわ。馬鹿だろ?」

「…………あー、うん。結構な要求だね」


 ランクに着いては、問題無い。輸送機が最低条件って事は、依頼したいのは輸送任務なんだろう。なら信用度が高い相手に任せたいってのは普通の事だ。

 でも、その後が大体ダメ。

 輸送機持ちの傭兵で、まぁ普通はダングだけど、ダングに居住区画を作ってる傭兵は結構少ない。だってその分だけ格納庫が狭くなるし、狭くなったら狩りの成果を積めなくなる。

 旅団はあれ、旅が目的の傭兵団だから大量にアパートダングを持ってるだけで、普通は都市に日帰り、無いし数日はコックピットで過ごして都市に帰って来るのが普通の傭兵。

 その上で、居住区画…………。いや、敢えて『居住空間』と呼ぶのだから区画を増設してる機体じゃ無くても良いんだろうけど、それでも傭兵の生活空間で『市民が快適に過ごせる』は高望みだ。

 僕は最近知ったんだけど、傭兵って馬鹿みたいに稼げるけど、本当にそんなお金持ってる人って基本、高ランクだけらしい。

 お金をジャブジャブ使いたくて市民からドロップアウトした傭兵は、その目的の通りにお金をジャブジャブ使う。だから貯金とか無くて、稼いだら豪遊が基本らしい。

 その為、お仕事したら行き付けの風俗店でお気に入りの嬢を数日貸し切ったり、美味しい料理に酒にタバコをガンガン食う、飲む、吸う。

 目的がそれだから、機体にドンドンお金を掛けるのは一部のストイックな傭兵だけで、そんな傭兵はドンドン上に行くから雇うのにお金が掛かる。

 つまりランク三から四で探すと多分、普通の豪遊派の傭兵ばかりで、快適な居住空間付きダング持ちなんて、見付からない。

 そこに人数制限まで付けたら、もうソレ見つからないでしょ。


「極々レアな、快適な居住区画持ちの傭兵なんて…………」

「そう。大体は複数で動いてる傭兵団だな。アパートダングじゃ無くても、ガレージと居住区画が併設されてるホームダングを一機、あと成果と団員の機体を乗せるガレージダングを一機か二機、それで戦闘用の機体に乗るメンバーで、最低でも五人は居る」


 そうなのだ。態々高いお金出して、ダングに快適な居住区画を設ける人なんて、その恩恵を受ける人が複数居て、その全員からカンパ集めて代金を揃えられる傭兵団規模の人達だ。それだけ集まれば、貯金が無くてもその時々の稼ぎで『む、ちょっとこのカスタム良くね?』『おお便利そうじゃん』ってお金をちょっとずつ出せばカスタム出来る。

 だから豪遊派が多いランク三から四でも可用性はある。

 けど、二人か三人が良いって、もうどうしようも無くない?


「なんで人数減らしたの?」

「だから馬鹿なんだって。そこがケチったポイントよ。雇用人数が減れば護衛代も減るだろ? んで、浮いた分の金を少しだけ、一人頭の報酬に乗せる。そうすりゃ厳しい条件付けでも人は来るだろってな」


 わーお。頭悪ぅーい。

 あのさ、そりゃ確かに、一人頭の報酬が美味しいなら受ける人は居るよ?

 でも条件絞り過ぎて、そもそも『受けられる傭兵』が居なくなったら、どれだけ報酬上げても傭兵は来ないよ。だって居ないんだもん。

 魚の居ない湖に釣り糸垂らしても、魚は釣れないんだよ。だって居ないんだもん。

 おじさんの知り合いがやってるのはそう言う事。

 条件に合致する傭兵が居るか居ないか分からない人から見たら『イけるかも!?』と思うのかも知れないけど、釣り糸の先にちょっと豪華な餌が刺さってても、それを食う魚が居ない湖で釣りをしてちゃダメだよ。湖の中に魚が居るか分からないから『まだかなぁ。まだかなぁ。釣れないかなぁ』って成るけどさ、その依頼条件みずうみに魚が居ないって知ってる僕やおじさんから見ると、悲しい程に滑稽だ。


「商人が空の湖に釣り糸を垂れてる件について…………。電脳小説のタイトルかな?」

「で、最近ようやっとソコにゃぁ魚が居ねぇって気が付いて、誰か居ねぇかって俺に泣き付いて来やがった」

河岸かし変えれば良いじゃん? ケチるの止めれば良いのに」

「だから、馬鹿なんだよ。仕入れに金使い過ぎて、吊り上げる報酬分も残ってねぇんだ」

「…………じゃぁせめて、居住性を諦めれば良いのに」

「それは嫌なんだとよ」


 馬鹿だ。いや、馬鹿だ。…………え、馬鹿だよね?

 何運ぶか知らないけど、運べずに荷が方がよっぽど痛いよね? 下手したら生活苦に陥って、スラム落ちすら有り得る。

 つまり状態なんだ。命の賭けどころ。なのに、居住性は諦められないの?

 命の賭けどころ間違ってない? 大丈夫? 硬い寝床は嫌だーって言って死んで良いの?


「お、おじさん。僕が言うのもアレだけど、人付き合いは考えた方が…………」

「だからソイツはダチじゃねぇって」


 いや、知り合いってだけでアウト臭くない? とんでもないトラブル持って来そうじゃん。


「ところがどっこい、ソイツぁ馬鹿だが、運は良い。なにせ俺って知り合いが居て、俺にはお前ってダチが居る。これ以上無いくらいに条件に満たし切ってるお前がな」


 あ、僕はその知り合いさんと違って、ちゃんとおじさんの友達なんだね。えへへ、嬉しいなぁ。

 しかし、まぁ、そうだね。僕達砂蟲だったら条件合致してるね。

 砂蟲が所有する特注の大型ダング・シャムには、上流階級の執事であるセルバスさんから「アリですね」と言われるくらいに快適な居住区画が存在してる。

 そして僕らは二人だけの傭兵団だ。少なくとも今はまだ二人だし、今のところ増やす予定もない。ネマの返済のアレコレが面倒だからって立ち上げた傭兵団だしね。普通は二人だけで傭兵団とか立ち上げない。

 更に腕の方も、僕がデザリア乱獲祭りでギルドを利用してればランク三は手堅いくらいの稼ぎだったので、ランク三相当と言って良いはずだ。そもそも傭兵ランクは強さじゃなくて稼ぎで決まるし。

 もっと言えば、シャムは特注機体であり、中型上級から大型下級にサイズアップして格納庫が大容量化してる。つまり沢山の荷が積める。


「むしろ砂蟲専用依頼ってくらいに条件が合ってるね」

「だろ? 勿論、依頼料はダングの格納庫分も入ってるから安心しろ。なんなら、通常より広い格納庫を使わせるって事で、その分の追加報酬を求めても良いぞ?」

「お金無いのでは?」

「積荷を売り払った後に払わせりゃ良い」

「…………普通の傭兵もその条件で探せば良かったのでは?」

「アホなケチり方するアイツに追加報酬出させる積載量のダングなんざ、持ってんのお前くらいだよ」


 取り敢えず、依頼人とは会ってみる事に。

 話し戻って今、おじさんと作ってるのはチンジャオロースと呼ばれる料理だ。ピーマン、タケノコ、豚肉を細切りにして発酵調味料をブチ撒けながら炒めた料理になる。死ぬ程胃袋を刺激する匂いだ。


「作り方は覚えたか?」

「うん。ありがとうおじさん」

「良いって事よ。これ、汚ぇ食い方だとライスの上にブチ撒けて食っても美味いんだぜ。まぁ行儀は悪ぃけど」

「ライス、何にでも合い過ぎじゃない? もしかして太古から存在する合成食品か何かなの?」

「品種改良や遺伝子改良なんかは有るだろうが、自然物由来だぞ」

「…………マジか。ライスって凄いな」


 端末でネマを呼び、新サンジェルマンになっても相変わらず壁ゼロのフルオープン事務所で食事だ。


「ああ、これはチョップスティックはしで食うんだ。取ってくれ」

「はーい。えっと、洗浄機の中?」


 僕はネマが来る前に食器の準備。チョップスティックはオスシを食べる時にも使うアレだ。元は『箸』と言って、『箸が進む』なんて表現の元になってる食器である。

 ネマも料理のお勉強がしたいと言ってたけど、今は戦闘機免許を取る為の勉強を優先するらしく、今日の料理教室は生徒が僕だけだった。


「ごはん」

「あ、来たね。今日はチンジャオロースって料理だよ。あとタマゴスープとライス」


 全員揃ったので、食事を始める。

 おじさんの料理は本当に美味しい。

 もしかしたら、整備屋じゃ無くて料理屋でも良かったんじゃないのかなって思う。

 夜はミートパイでも作るか、なんて言ってるおじさんに、是非とも夜の料理教室もお願いしたい。僕もササッと料理が作れるカッコイイ大人になるんだ。


「んじゃ、奴もいてるし、呼べば夕方には来んだろ」

「日を跨げない程急いでるなら、なんでそんな無茶な条件で固めてるんだ……」

「だーから、馬鹿なんだよ」


 そして、なんやかんや夕方。

 サンジェルマンに現れたのは紺色の髪の中年男性。覇気の無い中肉中背で、服も普通のカスタムスーツとスラックスパンツスタイル。うーん、普通。


「…………さ、サンジェルマン? その、大丈夫なのか?」


 ロコロックルと名乗った商人は、おじさんに紹介された僕を見るなり、困惑を顔に貼り付けてそう言った。まぁ十歳の子供と八歳の幼女を『傭兵です』と紹介されたら、そんな顔にも成るよね。

 裏切られたか、馬鹿にされたのか、しかしサンジェルマンがそんな事するはずが……、みたいな感じでコロコロと百面相する様は中々面白い。


「ああ? 大丈夫も何も、お前が紹介してくれって言う条件にこれ以上無いくらいピッタリの人材を紹介してやってんのに、その言い草はなんだよロコロックル。俺は別に良いぜ? 気に入らねぇってんならコイツらを下げてもよ」

「いや、しかし、どう見ても子供…………」

「子供だからなんだってんだ。親の金で生きてるガキならいざ知らず、テメェのケツをテメェで持って、毎日必死に働いて金を稼いでる立派な傭兵だぞ? と言うか、ぶっちゃけお前に紹介すんのも惜しいくらいの人材だから? お前に一時でも貸してガーランドから居なくなんのが痛手なくらいだ。文句言うなら帰れよオラ。せっかくお前の金でも雇える最上級を出してやってんのに、コイツらが手の届かない所に行ってから紹介しろって言われても、俺は知らねぇからな」


 凄まじい高評価でむず痒い。

 おじさんがそう思ってくれてるってだけで、僕のモチベーションは爆上がりする。


「ほ、本当に? 護衛兼用の輸送依頼だぞ? 分かってるのか?」


 この『分かってるのか?』は、護衛依頼にまつわる話しだろう。

 護衛って事は要するに、最悪は対人戦の果てに相手を殺害する事までが仕事である。つまり、『こんな子供に人が殺せるのか?』って事だろね。


「お前こそ分かってんのか? 俺が今どれだけのチャンスをお前にやってんのか」

「でもお前なら、もっとちゃんとした傭兵だって沢山知ってるだろう?」


 ごめんなさいねぇ。『ちゃんとした』傭兵じゃなくて。僕この人嫌い。


「馬鹿か。お前本当に馬鹿か。確かに俺は、コイツよりも腕の良い傭兵だって顧客に何人か居るし、多少の借りも有るからお前の条件で無理矢理受けさせる事も可能だ」

「っ、ならっ!」

「ばーか! なんで俺がお前の為に高ランクに渡り着けた『貸し』を消費しなきゃなんねぇんだ。お前、その分の補填出来んのか?」


 正論である。おじさんが貸してるんだから、返って来るのはおじさんであるべきだ。

 なにゆえ自分の首絞めてるちょっとお馬鹿な商人さんにその権利を無条件であげなきゃ成らないのか。せめて補填するべきである。


「それに、俺だって自分で輸送依頼だすなら、他の凄腕よりコイツに頼むね。俺はそれくらいコイツを信用してるし、コイツに任せて荷がダメになったんなら諦められる。ぶっちゃけるぞ? お前の依頼料じゃコイツだって勿体ねぇんだよ。コイツが毎日どれだけ稼いでるか知らねぇだろ? コイツはな、本気出しゃ一週間の稼ぎでお前の今回の積荷を全部買える様なだぜ? それが今ならランクだけは駆け出しだからお値打ち価格で依頼出来る。こんなチャンスをくれてやってんのに、いったいその態度はなんだってんだ? あん?」


 僕は胸がきゅんってした。

 おじさん、僕の事そんなに信用してくれてるのか……。ヤバいな、嬉しくて口がモニョる。井戸ポンしてないのに井戸ポンする。

 …………誰が井戸ポンじゃいッッ! 自分で言い始めたらダメでしょ!


「そ、そんなに凄い子なのか?」

「凄いものにも、お前の今回の積荷をのは誰だと思ってやがる。何を隠そう、コイツと俺なんだぜ?」

「…………はぁ?」


 ん? 積荷を、作った?


「お膳立ての八割方を自分でやって、粗方話しが着いた状態で俺を呼び、たった五日で一○○を超えるテザリア鹵獲。ガーランド周辺のデザリア需要を満たし切り、未曾有のデザリア価格大暴落を引き起こした張本人。ギルドでも噂が持ち切りの『サソリ狩り』。クレイジーボーイその人だってんだよ、コイツが」

「…………………………な、はっ、えぅ?」


 ババーンって効果音が鳴りそうな紹介を聞き、ロコロックルさんが口をパクパクさせて僕を指さす。いや指さすのは失礼でしょ。

 そこで僕は一言だけ、どうしても言いたい事が有って口を開く。


「…………あの、クレイジーボーイは止めません?」


 なんで定着しつつ有るんだよそれ。断固拒否したい。

 誰に言えば良い? セシルさん辺りに言う?


「俺はコイツと組んで、五日で一億ちょいを稼いだぜ? お陰で見ろよ、こんな立派なガレージをよ! 建て替えちゃったぜ俺ぁよ!」

「一億ッ!?」

「おうよ! それも、言った通りにコイツがお膳立てした仕事だぜ? 俺が組んでコイツを誘ったんじゃねぇ。コイツが組んで俺を誘った仕事でそれだ。しかもお膳立てはコイツなのに、儲けは仲良く折半しましょと来たもんだ。それに、コイツはその稼ぎをシッカリと機体に使って、上を目指してるマトモな傭兵だぜ? 俺の上客でも有るし、あんまりコイツに舐めた態度取ると、俺だって考えがあるぞ…………?」


 おじさんが凄んだところで、ロコロックルさんが陥落した。

 僕に頭を下げて謝罪し、ついでにネマにも謝った。


「申し訳ない。失礼な態度をとった」

「いえ、まぁ、僕もこの通り、見た通りの子供なので、仕方ないとは思います。だから謝罪は受け取りますよ」


 僕も相手側なら、困惑はしたと思う。でもその場で口には出さないけどね。そこは注意しておこう。


「でも、僕が子供でも、目の前でアレは止めた方が良いと思いますよ。一応これでも傭兵ですし、大人になって高ランクにでもなったら、その時になって『あ、僕を見縊みくびって依頼下げた人だ』とか記憶されてたら、最悪ですよね? 商人なら自分で伝手を潰しちゃダメですよ。最低でも僕がどれくらい使えるのか、僕を紹介するおじさんの意図はなんなのか、それだけでも確認した方が良いと思います」


 僕は、もう、なんかこの人を歳上には思えず、ちょっと手の掛かる弟にでも接する様に諭した。

 何回りも歳上なんだけどさ、死んだ父より歳上なんだけどさ、前評判との乖離が無さ過ぎて心配になっちゃう。良く今日まで生きて来れたよね。そこも前評判通りに『運が良い』のか。


「はっはっはっはっはっ! 商人が傭兵に、商人の心得を説かれちゃ世話ねぇだろうよっ!」

「本当に、面目無い…………」

「あ、えと、若輩が生意気を言いまして…………」

「いや、今のは全面的に君が正しい。独り立ちしてる一個人を最初から舐めて掛かった私の落ち度だ。重ねて、謝罪する」


 僕を対等な一個人として認めたロコロックルさんは、もうペコペコし通しだ。

 あんまり気に病まれるのも困るし、早速テーブルに着いて、皆で仕事の話しをしよう。


「改めまして、ランク二傭兵のラディアです。依頼内容を確認しても良いですか?」

「えっ、ああ! うん、お願いするよ。依頼内容は片道四日の往復。護衛兼輸送依頼で、条件は私が不自由無く過ごせる居住空間を提供出来る輸送機持ちの、値段相応の腕利き。報酬は護衛の拘束に一日二○万。積荷はダングのガレージを丸々使わせてもらう契約で一○○万まで出す」


 ふむ。多分これ、三人を想定してランク三傭兵に出す依頼に色を付けたんだな?

 ランク三の護衛なら、一人頭は五万前後が相場と聞く。それを三人に二○万出して、おじさんの言う「ちょっと上乗せ」なんだろう。

 四日往復で八日。二○万を八日で一六○万。そこに格納庫使用代で一○○万を足して、二六○万の稼ぎか。

 うーん、狩りした方が稼げるけど、僕のランクを考えれば破格の報酬だよね。この報酬に着いて差異を感じる内は僕が『ランク詐欺』なのだろう。つまり自業自得。

 でも、傭兵ギルドを通しての仕事だから、その分の記録が残って信用度が上がるし、納税分でランク査定にもプラスだ。

 ランクが上がると持って行かれるマージン割合も減るらしいけど、ランク二だと幾つだっけ? 一割持っていかれた気がする。

 すると報酬は二三四万か。ゾロ目だな。


「では、傭兵団砂蟲として依頼を受ける方向で考えますので、まずは砂蟲の輸送機を確認して頂けますか? それと、ウチの輸送機シャムは特注でして、格納庫が通常より大きいんです。その分の代金も相談したいと思います」

「………………格納庫が、大きい? 本当かいっ?」


 ロコロックルさんが食い付いて、おじさんを見る。おじさんは静かに頷いて僕の言を肯定する。

 感触は悪く無さそうなので、ぶっちゃけ此処からもう見えてる機体に案内する。

 ロコロックルさんはシャムを見てまず「デカい!」と喜び、後ろから格納庫を覗いて「広い!」と喜び、ガチガチの戦闘装備であるシリアスを見て「強そう!」と喜び、最後に居住区画へ案内すると「私の家より綺麗なんだがッ!?」と驚いていた。


「是非! 是非君にお願いしたい! 舐めた態度を取って申し訳なかった! こんな、こんな好条件で依頼を受けてくれる傭兵だなんて思わなかった! サンジェルマンは本当に素晴らしい人材を紹介してくれていたんだなっ!? ああ助かった! 有難う! もう本当に有難う!」


 そうして依頼は確定した。後は格納庫の使用料について触れる。

 相談の結果、倍の二○○万出る事に。

 シャムの格納庫は厳密に言うとノーマルダングの倍じゃ無いんだけど、小型機体を二機積めるノーマルダングと比較すれば、小型なら四機まで積めてしまうシャムなら、実質的に二倍として扱える。

 と言うのも、先におじさんが少し触れていたが、ロコロックルさんが今回運ぶ荷はデザリアだったのだ。なので格納庫が二倍じゃ無くても、ハンガーが二倍使えるなら実質二倍なのだ。

 他にも、デザリアの他にガーランド特産の香辛料も空いたスペースで運ぶので、全部合わせると結構な金額の商売に成るだろう。

 しかも、帰りも荷を積んで来てコッチで捌くから、より稼げる。

 この人、行商人タイプの商人なのか。


「一応、仕事に使う補給物資なんかを積むスペースだけは、コッチで確保しますが」

「それは仕方ないだろうね。巡航速なら消費も少ないとは言え、盗賊や野生のバイオマシンも居る訳だから、戦闘機動後に立ち往生なんて事になったら私も困る」

「弾薬使い切って、その次に襲われた時に戦えないとかも洒落に成りませんし」


 ガーランド周辺ならデザリアは二五○万シギルで買えるけど、遠くの都市なら三○○万でも売れるらしい。

 やはり、現代人がフルコピーして作る機体は高くなるので、鹵獲機を運んで売った方が安上がりなのだ。その背景が有るからこそ、この手の商売で機体の輸送販売は価格にを履かせられる。

 本来はもっと大きな商団を組んで、効率的な運用をして安く仕上げるらしいのだけど、小規模の商人はこうやって稼いでるそうだ。


「いやぁ良かった! 四機も買ってしまったデザリアを、価格暴落が遠くの都市にまで響く前に売り抜けそうだ!」

「あ、もしかして二機ずつ運んで二往復するつもりでした?」

「その通り!」


 やっぱりこの人、ちょっと、頭が悪い。

 往復してる間に暴落が響いたら大損こくじゃん。寝かせて値が戻るまで粘るにしても、売れないデザリアを確保して置くガレージ代だって馬鹿に成らない。

 そして、やはり運が良いのか。

 こうやって偶然、一回の仕事で仕入れを全部捌ける算段も着いたのだから。豪運かよこの人。普通なら不渡り出してスラム落ちって流れの典型みたいな行動してるのに、今日までこれで生きて来たんでしょ?

 もしかしてこの人、生身で砂漠に放り出したら、オリジンの一機くらいは見つけて来るんじゃない?

 ちょっと試して見たい。


「では、大きな所が決まったので、細かい所をもっと詰めましょう。具体的には往復八日に掛かる滞在費とか、移動ルート等ですね。居住性を求めたなら、都市をハシゴせずに目的地まで突っ切るルートですよね?」

「話しが早くて助かるよ!」


 そう。本来なら居住性なんか要らないのだ。

 バイオマシンが本気を出せば、時速で言うと一○○キロなんて当たり前。ダングのフルスロットルなら三○○キロくらい出るし、モスなら四○○から五○○キロは出るらしい。

 そんな機体で都市間を渡って、一日で辿り着けないのは稀だ。辺境のガーランドでも、最寄りの都市までダングをブン回せば朝に出て夕には着く。

 逆にこんな速度で動くバイオマシンを使ってもそんな距離が有るのかとビビるけど、警戒領域が邪魔過ぎて都市をポンポン作れないのだ。

 広大な国土を有するラビータ帝国でも、確か都市の数って三○に届かなかった筈だ。

 その分、都市自体が馬鹿デカいので人口は多いし、バイオマシンが入れない規模の街や町なら多々有る。

 まぁ要するに、上手い事ルートを選べば機中泊なんてしなくて良いのだ。

 なのに居住性を求めるって事は、ロコロックルさんは都市に寄る気が無いって事に他ならない。


「と言うか、そう言えば僕ってまだ目的地聞いてませんでしたね。何処へ行くおつもりで?」


 よーく考えると、都市に寄らず目的地まで突っ走って片道四日って、相当遠いぞ。

 シリアスがシャムのハンガーに収まらず、格納庫を殆どをロコロックルさんに貸し出す予定なので、つまりシリアスはシャムと併走する。

 ダングの最高速は三○○キロだが、シャムがシリアスを置いて単機で先行したら護衛出来ない。だからシャムはシリアスの速度に合わせるのでシャムの最高速は考慮しなくて良い。シリアスの巡航速度である一○○キロから、最高速の一八○キロくらいをベースに四日の計算だ。

 これが獣型なら、巡航速度は殆ど変わらないけど最高速が二四○キロとか出るんだよな。

 やっぱり虫型は速度に劣る。ガン逃げされると凄い困る。

 うん。ブースターをセットにしたバーニアカスタムは必須だな。早くランク上げてお金貯めよ。

 それで、シリアスの時速一○○キロで目的地までまっすぐ四日って、何キロ離れてる場所なんだ。確かにそこなら、超距離通信で情報だけ届いても、物が届いてないからデザリアも売り捌けるか。

 ロコロックルさんへの負担も考慮して、一日に八時間から一○時間の移動と仮定して、四日で三二○○キロから四○○○キロ? 最大速なら、五七○○キロから七二○○キロ?

 激遠いじゃんッ!? それ大丈夫!? 方向によっては国外に出ちゃわない!?


「ああ、忘れてたよ。目的地はね、海洋都市サーベイル。ガーランドから直線距離で四六○○キロ離れた海の都市さ」


 あ、オスシが安く食べられる都市てんごくじゃん。あはっ、無報酬ロハでもやるよ。

 僕はやる気を出した。


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