第36話 誰だお前。



「誰だお前」


 大いに稼いで、そしてその後に大いに食べ、馬鹿騒ぎし、山程笑った壮行会から二日。

 僕は物凄く、ものすんごく久しぶりに、自分の住処すみかに帰って来た。

 シリアスは一旦、タクトグループのテント村拠点に預けてある。この辺りはバイオマシンが歩き回れる様なスペースが皆無なので。

 テント村から少し内側に入って、様々な不法滞在者が潜む場所に、僕の住処はある。つまりは危ない場所なので、僕は傭兵向けの丈夫な服を着て、念の為にブラスターとライフルまで担いでの帰宅をした。

 傭兵服にはパワーアシスト機能が着いてる物も多いので、コレならスラムの大人にも殴り勝てる。

 僕の住処は、まぁボロボロの上にゴチャゴチャとしたテントっぽい『ナニカ』が集う場所の一角にある、これまたボロボロの上にグズグズなテントモドキである。

 最低限寝る為だけの場所で、あとは非常食とヘソクリが隠してあるくらいか。外周区の最外圏は下が砂地なので、ちょっとした物なら埋めて隠せる。

 …………まぁ考える事は皆一緒なので、この辺に住んでる奴が家探しするなら、あっと言う間に見つかるだろう隠し場所だけど。


「…………もう一度言う。お前は誰だ? 顔を見せろ。五秒待つ。従わなければ撃たれると思え。僕は本気だ」


 そして、グシャグシャでボロボロなテントに帰って来た僕を待っていたのは、勝手に住み着いた誰かだった。

 まさか本当に誰か住み着いてるとは思わなかった。今日は此処を正式に解体しようと思って来たのに。

 僕が使ってたナノマテリアル寄せ集めのツギハギ毛布にくるまった、モゾモゾ動く謎の物体。恐らく人間。…………人間だよね?

 なんにしても、飛び掛かられると厄介だ。僕は二歩ほど引いてブラスターを向けて、有事に備える。

 僕の誰何すいかは聞こえてるみたいだけど、相手は毛布から顔も出さない。

 ちなみに、五秒後は本当に撃つつもりだ。


「四、三、二、い--……」


 トリガーを引く、ギリギリ。

 微かに、「たすけて」と聞こえた。


「…………もしかして、死にかけてる? えっと、今から勝手にその毛布を剥ぐけど、襲って来たその場で殺すからよろしく」


 剥いだ。


「くっさッ…………!」


 丸まった毛布の中には、とてもご立派な『汚い孤児』が居らっしゃった。『薄汚い』じゃない、ストレートに『汚い』孤児だ。

 絵に描いた様な孤児である。髪はゴワゴワしてフケと油でギトギトしてるし、体もなんか皮膚がヤバい。痒くて掻き毟った場所とかがそのまま色が違う。つまり全身に垢の鎧を着てて、引っ掻いた所だけ垢が剥がれてるんだろう。要するに長期間も身体を洗って無いのだ。

 服は、うん。シリアスに出会う前の僕よりはマシな物を着てる。

 と言うか、服だけはかなりマシだ。グッチャグチャに汚れてるけど、多分洗ったらそこそこ良い服だと思う。

 そして、その服から分かる事が一つ。


「…………君、もしかして女の子?」


 服が女性用に見える。

 まだ、衰弱って程じゃない。いや衰弱では有るけど、孤児の先輩である僕から見ればまだまだ。多分、この子は単純に空腹に慣れてないんだ。それでお腹が空いて動けない。

 自分がまだその空腹度でも動けるって知らないのだろう。だらしねぇな。人間、水と塩さえあったら結構生きるんだぞ。まだ『皮と骨』になった訳でも無いのに、ダウンするとか砂漠とスラムを舐めてるのかコイツ。


「あー、もう見ただけで分かるや。君あれでしょ、他の都市からガーランドに捨てられた子でしょ」


 アレだ。不義の子が伴侶にバレそうで「やっべぇ!」って捨てられるパターン。愛人との間に生まれた子とかだね。内緒で可愛がってても、バレそうに成れば捨てるのだ。

 うん。服が良くて、スラムでの生き方知らずに死にかけてる。典型的な捨て子パターンだね。

 でもそれなら外からの流入が多い東区に居るはずで、そしたらガボットのゴミクズが拾ってる筈なんだけどな。

 ああ、そうか。程度の良い服を着ててムカついたとか、またそんな下らない理由なのかな? 今度本気でアイツに札束ビンタしに行こうかな。現金降ろしとこ。


「お腹空いてる? 食べたら元気になる?」

「……………………たす、……け」

「君は知らないかもだけど、人間って喉から声が出せるくらい元気なら、まだまだ余裕なんだよね。まぁ、食べ物はあげるからちょっと待って」


 取り敢えず、このグチャグチャの毛玉を引っ張り出す。

 丁度その下に保存食が、と言うか買い置きの最低グレード民間レーションが埋めてあるのだ。それを食べれば良い。


「食べ物あげるから、ちょっと退いて。その下に食べ物埋めてあるの」

「………………ぁ、ぅ」


 粗末なテントに床布とか無いので、そのまま地面を掘り掘りする。ライフルのストックで地面の砂をゴリゴリと退けて、目当ての箱にゴツっと当たったらそれを引っ張り出す。


「よし、有った。民間レーション三つと二○シギルのヘソクリ」


 病気で寝込んで数日動けないって成った時の為に取っておいた、取って置きのヘソクリだ。五シギル硬貨四枚が眩しい。当時の僕にとっては超大金だ。


「ほら、食べな」


 箱から出したレーションを、グシャグシャの毛玉に向かって放る。

 ギリギリ三人が入れるかなって狭さの僕の住処で、僕よりギリ歳下くらいの捨て子が、食べ物に反応してモゾモゾと動き出した。

 ほらやっぱ動けるじゃん。マジで手遅れの奴って、死ぬ程お腹減ってても、食べ物を前にして自分じゃ動けない様な奴だからね。そこに助かる為の食べ物が有っても、手遅れの奴ってもう本当に手遅れで、死ぬ気で動こうとしても動けないんだ。だって既に半分以上死んでるから、死ぬ気じゃ足りない。

 それに、仮に誰かが食べさせてあげても、やっぱりダメなんだ。食べ物を消化する力すら無いから。


 まぁ民間レーションなら消化吸収率がヤバいので大丈夫なんだけど。


 民間レーションって何と言うか、食べ物だけど栄養剤と言うか、困窮してる国民でも何とか食べれて死なない様にって、国が効果と値段を保証してる栄養食だからね。

 ある意味でこれ、『飢餓に効く薬』なのだ。地味に高度な技術が詰め込まれてる食べ物なのだ。


「変な病気とかじゃ無いなら、取り敢えず民間レーションを食べて休めば元気に成るから」


 しかし、臭いなぁ。

 僕は成るべく身綺麗にしてたし、僕の住処でこんなに臭くされるのは、なんか嫌だな。もう畳むつもりで来たけど、それでも僕が使ってた住処なのだ。

 近寄るだけで臭う孤児とか、スラムでは「臭ぇから近寄るな!」って当たり前に殴られる。だから僕もそうだし、タクト達も身嗜みには成るべく気を付けるんだ。自分の死因が『臭かったから』とか死に切れないだろ。


「……………………」


 様子を見てる僕に、女の子は民間レーションを一つ食べきり、そして僕を見る。

 一つじゃ足りないのか、僕はまだ食べたそうにしてる毛玉ちゃんへ残り二つの民間レーションも投げてあげた。お代わり所望とかやっぱ元気じゃん。


「それで? 食べたなら答えてくれる? 君は誰で、此処で何してるの?」


 見れば、幼少期からのアンチエイドとかじゃ無いなら八歳前後か。

 砂漠の民にしては色白で、やはりガーランド以外の都市から来た捨て子なのだと思う。

 まぁ僕も、最近の生活によって少しだけ肌が白くなって来たんだけど。僕も元は外の人間だし。父に置き去りにされただけで。

 そして髪は、髪は、…………え、これ何色? 吐瀉物? ああ、いや、洗ったら多分、金髪に成るのかな? 汚れ過ぎてて分からない。

 色素の薄い髪色はやはり砂漠で珍しい。まぁ居ない訳じゃ無いし、むしろ上級区とかだと色素が薄い方が尊ばれるらしい。色素が薄くても問題無く快適に過ごせる程の財力がどうとか、そう言う理由で。下らない。

 ああ、思えばポロンちゃんのクリームヘアーも、色素が極薄だよね。あれはポポナさんの血筋か。別都市に住んでた元貴族なんだし、そんなもんか。他の都市だと金髪が基本とか有るのかな。染め放題なんだろうし。


「……………………」


 さて、見てると民間レーションを三つ食べ切った女の子が、じーっと僕を見ている。なに見とんねん。質問に応えろや。


「最後に、もう一回聞くね。君は誰で、此処で何してたの?」


 スラム孤児はシビアなので、相手が二歳も下っぽい女の子でも、食い詰めてて可哀想な相手でも、容赦しない。質問にさえ答えないなら相応の対応をする。

 敵だと言うなら、こんな可哀想な相手でも僕は撃てる。必要なら撃つ。

 と言うか、可能性的には僕と同じなんだ。東からのスパイ。ガボットのゴミクズが仕込んだ毒である可能性。

 僕らって今、ガーランドの全スラムを合わせても一番躍進したラッキーボーイだし。内情を探りたいと思っても不思議じゃない。

 まぁ、あのズボラな馬鹿が僕らの情報を漁ってるとは思えないけど。


「五秒待つ。それで答えないなら、君は僕の敵だと思って対処する」


 歳下とか、見るからに不幸な女の子とか、良く見れば可愛いとか、そんなの一つも関係無い。

 ぶっちゃけよう。僕は一番がシリアスで、二番におじさんとタクトが居る。後は全部三番だ。

 スラムの悪人も犯罪者も、旅団の優しい人達も、アルバリオ家もタクトグループも、全部等しく三番だ。最終的には悩まずに捨てられる優先度だ。

 なので僕は、極論この子がどうなっても良い。見付けた義理で相手をしてるだけだ。


「……………………ねむ、ねま」

「…………なんて?」


 待つこと三秒半。髪の毛ゴワゴワで顔が隠れ気味の毛玉ガールが、ポツリとそう言う。なんて? 

 …………ねむま? 眠くて寝ますって言ってる?

 も、もしかして僕、舐められてる?


「……なまえ、が、ねむねま」

「ああ、名前か。ネムネマって名前なの?」

「…………うん」

「なるほど。で、此処で何を? 此処、僕の住処なんだけど」

「……おかね、なくて。ねるとこ、なくて」


 ネムネマによると、捨てたのは父親らしい。ある程度のお金を持たされて捨てられたが、箱入りだったからスラムも何も分からず、当たり前に一人では生きて行けない。

 で、ネムネマは、なんやかんやでスラムの住民に絡まれ、連れ込まれた賭場で有り金巻き上げられたそうだ。それ以上の事をされて無いのは運が良かったのだろう。もしくは幼過ぎたか。

 それから食べる物も無く、寝る場所も無く、と言うか下手な場所で寝てたらヤバい事になるので、安全な寝床だけでも探した様だ。

 そうして見付けたのが此処らしい。


「ふむ。此処数日、家主が帰って来ない住処はちょうど良かったと」

「……………………ご、ごめん、なさぃ」

「いや、良いよ。特に大きな厄介事とかじゃ無いなら別に。今日は此処を解体するつもりで来ただけだし、君を必要以上にイジメる理由も無い」


 それでも解体はするので、君は追い出すけどね。

 だって此処、僕が周囲にコツコツと根回ししてやっと得たスペースに建てた住処だぞ。此処で寝泊まりされてトラブルとか起きて見ろ。責任が僕に帰属するじゃないか。

 僕の知らぬ間に此処でネムネマが死んでてみ? 餓死でもしてみ? 誰も気付かずに放置されてみ? 疫病が此処から発生したらどうすんのさ。僕は責任なんて取れないぞ。

 中央区より先からは医療も充実してるから疫病なんて怖くないだろうけど、外周区は簡単にズタボロになるぞ。外周区って「なんで現代に生きてるのにこんなにアナログな生活してるの?」って人の集まりだからね。多分外周西区で一番テクノロジーにまみれて生きてるの、おじさんだよ。次点で僕。

 少しお金出せばレプリケート技術とかで簡単な建物も格安で建てて貰えるのに、テント暮らししてる次点でお察しだ。


「と言う訳で、出てってね」

「………………た、たすけ、て?」

「〝下さい〟を付けろよデコスケ野郎。いやデコ隠れてるし、野郎じゃ無くてアマだけど」


 最近お気に入りのフィクションブックで見たセリフをブッ放す。

 コイツが薄幸の美少女(ヨゴレた姿)でも、僕は別に同情なんてしない。


「助けても良いけど、君は僕が助けるに足る特技でも有るの? まさか養ってとか言わないよね? 僕、法は犯さないけど、合法なら割と何でもやるよ?」


 例えば、小さな女の子に接待させて楽しく過ごす酒場、なんて特殊空間も存在する。具体的には外周南区の奥まった場所にある。

 形態的には『女の子限定で身寄りの無い子を集めて生活させる』施設で、客の接待はあくまで『施設に遊びに来た人を施設のお世話になってる女の子達も歓迎の手伝いをする』だけ。客は後日に『寄付』をして支払い、施設は女の子に『給与の支払いはしない』ので逆に合法。給料を払うと養い子じゃなくて店員扱いになるし、店員が幼女とかアウト過ぎるから。あくまで施設で世話してる子がお手伝いをしてるって形がミソなのだ。

 仕事内容も、性的な事は一切無い。なので政府にも目は付けられない。凄く乱暴な言い方をするなら、『幼女が合法的にお酌してくれるキャバクラ』なのだ。お触りも、頭を撫で撫でくらいがボーダーらしい。

 要するにロリコンがデヘデヘしに行くお店って事だ。法的には完全に合法。仕組みは『猫カフェ』に近い。つまり幼女が猫なのだ。

 支払いは後日に寄付で、個室接待なども無いので都市風営法的にも完全に白。そもそもお店じゃないし。

 まぁ、当然裏はある。施設なので、手続きをすれば『女の子を引き取れる』のだ。引き取った後の事は、施設の責任じゃ無いし。どれだけエロい事をされても、それは引き取った客が悪いのであって、施設はやっぱり合法なのだ。


「そこに君を売れば、合法的に君を追い払えるし、君は明日からも生活出来るし、ウィンウィンだね?」

「……………………や、だぁ」

「嫌だと言われても、スラムで自活出来ない女の子が比較的マシな生活出来る行先なんて、そこくらいだよ? 後は非合法に、もっとストレートに酷い事される場所ばっかだし」


 スラムで女の子が生きるには、股を開くか、純潔を守れるくらいに働くか。二つに一つだ。

 この子の戸籍が残ってるなら行政のセーフティネットが使えるけど、浮気バレが怖くて子供捨てる様な奴が戸籍残してるとは思えないしなぁ。

 だって、それでガーランドから連絡が行ったら、その場で速攻浮気バレだもん。

 なので、やっぱりこの子は詰んでる。幼女キャバに行くか、孤児として頑張るか、ストレートに尊厳を踏み躙られるか、三つに一つ。

 いや、もう一つあるか。


「何か無い? 実はバイオマシンの免許とか持ってたりしない? それなら僕が君の面倒を見ても良いけど」

「………………そーじゅー、でき、う。けど、めんきょ、ない」

「えっ、あ、マジで?」


 適当に聞いたけど、ぶっちゃけ肯定されるとは思わなかった。

 操縦が出来る? 推定八歳で? いや僕も似た様なもんだったか。五歳にはもう操縦の基礎は出来てたし。体が小さくてコックピットを操れなかったけど。

 どの程度か分からないけど、『出来る』と言う程なのだから、最悪でも輸送機免許は取れるくらいの腕なのだと思われる。


「…………ふむ。なら良いかな? 僕も前回のサソリ祭りを経てダングが欲しくなったし、ダングの専属パイロットって言うなら面倒見るのも有りかな? シリアスはどう思う?」

『肯定。性別、年齢、身体能力も加味して、ラディアの安全を脅かさ無い人材と判定。シリアスはむしろ、ラディアのバディとして使うなら最適だと判断する』


 突然聞こえたシリアスの声に、ネムネマが「ぴゃぁッ」と驚くけど無視。

 いやね、僕もタクトに救われた側なのでね、救う理由が有るなら助けるよ。メリット無いなら助けないけど。

 タクトだってあの時、僕が自活しようとせずに寄生するつもりだったなら、容赦なく見捨ててただろう。優しくてもスラム孤児なのさ。


「取り敢えずは輸送機の免許を取らせて、ダングのパイロットとして雇う? 輸送機免許でも傭兵登録は出来るよね? 出来ないと都市の外に出るの面倒なんだけど」

『可能。後々は、戦闘機免許も取得させ、砲撃カスタムを施したダングで支援させても良い』

「単純に物資輸送の依頼とかも受けられるしね」


 と言うか、随分とタイムリーな人材を見付けちゃったな。住処に帰ったら勝手に人材が生えてた。タケノコかよ。タケノコとは太古に存在した『遺伝子操作も無く一日にメートル単位で成長する伝説の激ヤバ植物の可食可能な芽』である。凄いよね。

 まぁタケノコの話しは置いといて、ちょうどこんな人材についておじさんと話してたんだよ。

 あれ、でも八歳って免許取れる? 十歳の僕が取れてるし今更?


「シリアス、今更だけど免許って何歳から?」

『本来は輸送機免許が十二、戦闘機免許が十五から。しかし、それは市民権を持つ帝国臣民の場合であり、傭兵登録後に自由臣民と成れば年齢制限は無くなる。つまり、実質無制限』

「…………法に煩い帝国にしては、随分と杜撰な図だね?」

『肯定。しかし、傭兵ギルドは国際組織である為、その存在が特定の国の法律と噛み合わない事も有り得る。そして、傭兵ギルドは少年兵を否定しない、否、歴史的に否定出来ないので、この様な形になったと推測される』


 ふむ。また一つ賢くなっちゃった。傭兵ギルドの少年兵肯定って方針は気になるけど、今はこの子の事だな。

 取り敢えずこの子は、輸送機免許を取れるなら僕が面倒を見ても良い。機体の代金分は借金で、少しずつ返済してもらおう。その間は僕が強制的に雇用させてもらう。


「そんな感じでどう? 嫌なら別に他の人を頼っても良いけど」

「………………おね、がい」

「〝します〟を付けろよデコスケ野郎」


 このセリフ好き。ちょっと僕のガラが悪くなってるとシリアスに心配されたけど、違うんだよ。お気に入りのガジェットを無駄に使ってみたく成る思考に似てるだけだよ。デコスケ野郎が使いたいお年頃なんだ。

 僕もフィクションブックの彼みたいに、赤い二輪ビークルとか乗り始めたら怒っても良いよ。


「じゃぁ、まずは君の洗浄かな? 汚いし」

「…………ぅぅう」

「ムズがっても事実は変わらないんだよ。ほら、休んだから体力は多少戻っただろ?」


 ネムネマを連れてテントを出る。そして外からテントを解体。廃材はその辺の住人にプレゼント。

 不法滞在者にとって、ナノマテリアル製の生地ってメチャクチャ貴重だからね。喜んで引き取って貰えたよ。それとスラム足抜けを祝ってくれた。気分が良かったので回収した二○シギルもプレゼントした。泣いて喜んでた。


「じゃぁ行こうか。…………シリアス、スピカもしくはプリカが居たら、事情を説明して準備をお願い出来ない? 報酬は出すから」


 何故この二人かと言うと、僕は他にエレーツィアしか名前を知らないからだ。正確には名乗られても覚えてない。そしてエレーツィアは性格がキツイので苦手だ。つまり名指しで頼めるのがこの二人。


『伝達した。スピカが「ラディアからの操縦訓練一回」で手を打つと言ってる』

「…………え、そんなので良いの?」


 ああ、分かったぞ。

 タクトグループでは今、自分の専用機体を獲得出来る権利が戦闘機免許の取得順となってる。

 なのでスピカは、いち早く免許を取って、専用機体を確実に確保して、確定で僕から機体を貰えるタクトとの砂漠狩りデートを狙って、今から手を打ってるのだ。

 タクトグループが使える伝手で操縦訓練を頼める相手なんて、旅団か僕しか居ないだろう。その他はギルド経由で現役の機兵乗りライダーに依頼するしか無いし、旅団を相手にしても無料で教えてくれるか分からない。

 そこへ行くと、ちょっと頼み事を聞くだけで機体の操縦訓練をしてくれる僕は、タクト争奪戦に於いて無視出来ないジョーカーだ。


「…………普段はおどおどしてるのに、やるじゃんスピカ」

『恐らく、ラディアの勘違い』


 ……………………え?

 いや、え? 僕これ、かなり信頼出来る推理だと思ったんだけど、違うの?

 


「まぁ良いや。それでお願いしといて」

『了解』


 僕がお願いしたのは、ネムネマの洗浄だ。

 流石にこの状態ではシリアスに乗せたくないし、おじさんの所にも連れて行きたくない。なのでその前に洗う必要が有るんだけど、この辺りで女の子を安心して洗える場所とか、タクトグループのテント村だけしか無い。

 それに、八歳でもレディだし? 僕が丸洗いする訳にも行かないだろう。なので、グループの女の子にお願いするのだ。


「流石に砂漠のスラムでお湯ジャブジャブ使うお風呂とか無理だから、あんまり期待しないでね?」

「……………………わか、た」

「〝ました〟を付けろよデコスケ野郎」


 なんでこの子、僕に敬語を使わないの? これから君の面倒を見ながら、仕事まで用意するんだよ? 分かってるの?

 デコ隠れてるけどマジでデコスケ野郎じゃん。

 スラム出身なら分かるけど、君って推定愛人の子で、箱入りでしょ? 敬語くらい知ってるよね? もしかして僕の事舐めてる?


「まぁ良いか。気に入らなかったらそれまでの給料を払って追い出せば良いし」

「………………がん、ばう」


 〝ます〟を付けろよデコスケ野郎。もう良いよ。良く考えたら八歳の子供とか幼くて当たり前じゃん。スラムで暮らした経験が無いならこんなもんじゃん。


「て言うか、歳は? 八歳であってる?」

「…………ぅん、やっ、つ」


 八つね。八歳で正解らしい。

 ちょこちょことネムネマの事を聞きながら、歩いて三分。

 ダイレクトに汚い幼女を連れてテント村へ到着した。


「………………はぁぁぁぁあ、シリアスが尊い」

『苦笑。まずスピカを呼ぶべき』


 苦笑された。でもそんなシリアスが僕は好きだ。

 テント村で待ってるシリアスは、また少しカスタムされてカッコよく成ってる。

 グラディエラは僕が買える最大グレードの物にアップグレードして、コンシールドパルスライフルも片側二門ずつに増えてる。交互に発射する事で連射力を上げ、小型パルスライフルのままで火力を増やす試みだ。

 ウェポンテールも炸薬砲のエキドナから、長距離用中型パルスライフル『GRT32ccグラムスター』へと換装してある。装弾数は驚きの五○発! エキドナと比べ物に成らないね!

 グラディエラの装弾数もアップグレードで増やしてあって、片側一二○発装弾可能。左右で合計二四○発だ。

 脚部も太く力強いシッカリとした物に変えて、まだ背部のコンシールドブラスターは未実装だけど、かなり完成系に近くなった。

 当然生体金属心臓ジェネレータも乗せられる最大サイズの最大グレードを選んであって、タンクも大容量化。グラディエラとグラムスターにもマガジンタンクをオプションで付けてある。


「はぁぁしゅてきぃ………」


 何回見ても溜め息が出る。

 カラーリングは少し変えて、ベースの九割はデザートカラーに戻してある。

 シザーアーム、レッグ、テールの先端を黒くして、デザートカラーまでグラデーション。そして銀色のワイヤーラインで控え目なフレイムパターンを描いてみた。

 これで後は、背部にコンシールド加工をしてバーニア機動系を一式入れたら理想系だ。ああ、生体金属副心臓サブジェネレータとサブタンクも必要か。


「…………あ、あの、ラディア君?」

「ふぇ? ああスピカ。ボケっとしてごめんね?」

「う、ううん。良いの。えっと、その子が洗う子?」

「うん。お願いしても良い? ほら、ネムネマも」


 汚い頭に手を乗せて、頭を軽く下げさせる。特に抵抗も無く、ネムネマは素直にペコッと頭を下げた。

 さて、砂漠の孤児がどうやって体を清めているのか。その方法はまぁ人それぞれ何だけど、タクトグループではサウナを利用してる。

 此処は砂漠なので、手頃な石を陽が射してるその辺に放置すれば、立派な焼き石になるのだ。それを専用のテントの中に運び、焼けた石の上に水を掛ければジュワァァアッと気化して、テントの中をサウナに出来る。

 当然、焼き石でも加熱し続けてる訳じゃないので、水を掛ける度に冷める。けど陽射しに置くだけで何回でも無料で再利用出来るので、石を積んだカゴを何個か用意してローテーションすれば、ずっと熱い石を使って充分サウナに出来るのだ。

 これが、少ない水を効率的に使って身を清める為に、タクトグループが辿り着いた答えだ。

 自分の汗を利用してゴッシゴシと垢を落とし、最後に良く搾った濡れ布巾でササッと拭けば、ほら清潔!

 勿論毎日入れる訳じゃない。ガーランドは水が高いんだ。毎日サウナで水を消費出来るほど、余裕なんて無いのだ。

 普通の市民だって、オアシス水道の定額契約をしてるからシャワーとかお風呂とか入れるんだ。使う度に利用料が掛かるなら全員が一瞬で破産してるさ。ボトル一本で七シギルだからね? お風呂に水なんて張ったら月給の一割か二割は吹っ飛ぶんじゃない?


「サウナ風呂に入れてる間、こっちで服の用意とかしとくから」

「うん。着てる服を洗っても良いけど…………」

「まぁ、高そうなナノマテリアルだろうし、洗えば綺麗になるんだろうけどさ、そこまで汚れてると気分的に嫌じゃないかな?」

「…………えへへ、私達って、『気分的に嫌』だからって、服を選べるくらいに成ったんだね。嬉しいなぁ」


 スピカの素朴な喜びが、僕の胸にも刺さる。

 本当に、その通りだ。ほんの少し前までだったら、僕は何がなんでも汚れたナノマテリアルクロスを洗って使っただろう。『気分的に嫌』だからって他のを選べるって、思わずそっちを選ぶ精神性を持てたって、これは僕の成長だろうか? それとも堕落?


「…………まぁ、良いか。底まで堕ちなければ、多少はね」

「ん? どうしたの?」

「いや、何でもないよ。ネムネマをよろしくね」

「わかった! ラディア君も、この子の服と、あと私の操縦訓練、よろしくねっ?」


 この場に来た時点で、シリアスがネムネマをスキャニングしてるはずだ。そのデータで適当に注文すれば、端末の座標までドローンが配達してくれる。

 なので、まぁ「用意する」とか言っても特にやる事無いのだ。端末でピピッとすれば終わりだし。


「……さて、じゃぁネムネマの雇用条件とかを決めておこうかな?」


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