第31話 ドテッ。



「わぁぁぁいっ! リアスさんですぅ〜!」


 ドテッ。

 天真爛漫に戻ったポロンちゃんは、ホログラムでしか無い映像に抱き着こうと突っ込み、そしてすり抜けて転ぶ。意外とこの子は頭が悪いのかも知れない。

 場所はアルバリオ邸の中。その一室。

 沢山のお菓子やら飲み物やら、ちょっとした軽食やら……。

 これら全部が僕の為に、僅かな時間で用意したらしい歓迎の諸々が詰め込まれた客間に、アルバリオ邸の皆さんと、僕とリアスが居た。


「では、契約は必ず守るので安心してくれ給え」

「お願いします」


 僕は、アズロンさん達にお願いした。

 ぶっちゃけオリジンの事は隠す気が無い以前に隠せないと思ってるので、それは良い。けど、僕がディアラである事と、シリアスがリアスである事は、何がなんでも秘密にしてもらう。

 少なくとも、僕のミスや他の要因によって世間に大々的な大バレかますまでは、秘密にしてもらう。そう言った内容の電子契約書まで用意して、僕は皆さんに情報の秘匿をお願いした。

 だって、例の長距離砲さんのムービー、まだ伸びてるんだもん! 怖いじゃん! あそこまでディアラちゃんが人気だと、実は男だったと知って夢を壊された暴徒に刺されるかも知れないじゃん! 嫌だよそんな死に方!

 僕は寿命で死ぬか、シリアスと一緒に戦場で死ぬのだ。そう決めてる。女装が原因で刺殺とか冗談じゃない。

 契約が成立後に、シリアスがオリジンである事。そしてVRバトルで複座に居たのはホログラムであり、本体はシリアスである事を暴露し、ポロンちゃんとアズロンさん、ポポナさんもセルバスさんも順にコックピット内にご案内。ホログラムランチャーによって投影されたリアスとご対面。

 リアスに会えたポロンちゃんははしゃぎ倒し、アズロンさんもバイオマシンが好きらしく、コックピットの中に感動し、ポポナさんはゴシックローズのコックピットデザインがお気に召した様で感心し、セルバスさんは静かに佇んで見てた。


「……しかし、随分と良い設備ですね」

「なに、娘の為と、ワタシの趣味さ」


 で、話しは戻り。シリアスのリアスモードが今、このアルバリオ邸に居る理由。

 簡単だ。アルバリオ邸に大規模なホログラム設備があったので、そこのアクセス権限を貰って、シリアスがシステムにアクセス。アルバリオ邸の中にホログラムでリアスを投影してるのだ。ポロンちゃんがリアスさんも連れてくぅ〜と粘ったので、そう言う事になった。

 そしてリアスに会えて嬉しいポロンちゃんが突っ込んでドテッと行ったのが、今の事。


「ワタシとポロンは、大のバイオマシン好きでね。唐突にバイオマシンが見たくなると、このホロ設備で好きな大きさに投影したバイオマシンを眺めては楽しんでるんだよ」


 むしろ、ポロンちゃんのバイオマシン好きはアズロンさんの影響らしい。

 それなら何で、アズロンさんは免許取らないのかと思えば、ポリシーの問題だった。


「…………今の財力を持ったのは、比較的最近の事なんですね」

「そう。香辛料の販売事業が当たってね。一躍ミリオンハウスのオーナーさ」


 アズロンさんは、ガーランドに於ける特産二つの内の一つ、天然物の香辛料で最近のし上がった、一山当てたミリオンダラーギャンブラーらしい。

 それはもう、盛大に当てたそうだ。此処まで来るのに、それはもう大きな苦労と多大な時間を使ってる。


「だからね、正直、免許を取る暇が無かったんだよ。今なら問題無く挑戦出来るんだろうけど、それでもね、考えてしまう」


 アズロンさんは、超が付くバイオマシン好きだ。シリアスがオリジンだとバラした時の騒ぎはヤバかった。敷地内じゃ無かったら兵士が飛んで来るレベルだった。

 つまりハンガーミートのお姉さんレベルで、嘔吐するレベルでバイオマシンに恋焦がれてる。


「もうこの歳になってからアンチエイドを受けても、最大効果は望めないからね。まだ元気なつもりだけど、肉体のピークまでにアンチエイドは間に合わなかった」


 アンチエイド措置は、老化をアホ程遅くする技術である。だから、つまり若返りはしない。若返った様に見える美容措置も有るけど、決してテロメアが増えたりはしない。現代にはそんな技術は無い。

 受けられるアンチエイドにもグレードが有るけど、確か最大で老化速度八割減くらいだったはず。つまり、寿命一○○年を前提にゼロ歳程度の幼少からアンチエイドを受ければ、一○○年生きるのに二○年程度の老化で済むし、五○○歳まで生きるだろう。

 勿論、老化とは翻って成長なので、本当に幼少期からアンチエイドを施すと、成長が遅くなってマトモな生活を送れなくなる。でも、アンチエイド措置を受ける年齢が遅過ぎてもダメなのだ。

 五○歳の人が最高グレードのアンチエイドを受けても、残り五○年が八割減するだけで、費用対効果が実質半分になる。

 それでも受けないよりは良い。その分長生き出来るのは間違い無い。でも、若い体は帰って来ない。


「もうピークを過ぎてしまったワタシなんかが乗って、本来は戦闘の為に生まれたバイオマシンが、本当に幸せになれるのか。そう考えてしまうのだよ」


 要するに、機兵乗りライダーとして十割の性能を発揮出来る期間をとうに過ぎた自分が、果たしてバイオマシンに相応しいのか。アズロンさんはそう考えてしまうらしい。


 つまり、めっちゃ簡単に言うとアズロンさんは、バイオマシン好き過ぎて性能活かしきれない自分が乗るのは恐れ多過ぎて無理無理吐いちゃう嘔吐しちゃう。でも戦闘の為に生まれたバイオマシンから武装を剥いで輸送機免許で乗るとか解釈違い過ぎてそれも無理無理の無理。本当の輸送機に乗るのも手だけど、一度乗ったら戦闘機も諦めきれなくなるからやっぱり無理無理の民。


 って事らしい。


「アズロン様、バイオマシン溺愛してますね」

「してるね! 間違い無く! ワタシは実を言うとバツイチなんだが、前妻はバイオマシンが好き過ぎたワタシに愛想をつかせて逃げてしまったんだよ」


 ポロンちゃんも居る場でなんて話しをするのか。

 そう思ってチラッとポロンちゃんを見れば、全く気にせずにリアスと話してた。バイオマシン好き好きの民であるアズロンさんの血を引いたポロンちゃんは、お喋り出来るバイオマシンってだけで好き好きの民に成れる様だ。


「ああ、ちなみに、ワタシに様付けは要らないよ。て言うか、本当はワタシが君にラディア様と呼ぶべき立場なんだからね」

「………………は?」


 え、なに? ポロンちゃんの教導ってそこまでのこと?


「いや、分からないのも無理は無いけどね。ラディア君、覚えてないかい? 君は北区で一度、香辛料強盗を解決した事があったはずだ」


 ………………? えっと、うん?


「…………………………ぁぁぁあ、二年前ですか?」

「そう! 二年前! その時に全てが始まったのさ!」


 僕は、生き残る為に、少しでも安全に、より良く過ごす為に、定期的に都市内を徘徊する。情報を定期的に集めて、更新して、安全な場所の確認と、知ってるシノギは安全なままかとか、何処かルールが変わってる場所は無いかとか、危ない犯罪者がスラムに流れて来ないかとか、色々と調べ回る事が有るのだ。

 二年前も、そんな風に色々と調べてる時に偶然、犯罪の計画を知っちゃった事があった。いや、と言うか僕って四年で結構な数の凶悪犯罪を嗅ぎ付けたりしてる。

 調べ回る場所がグレーだからか、結構な確率で探し当てちゃうんだ。そのせいで死にかけた事もある。

 で、二年前に嗅ぎ付けた事件は、ガーランドの名産であり、生体金属ジオメタル並みに高額である天然香辛料を狙った計画強盗だった。

 その時の対応? 勿論兵士に報告チンコロしましたとも。

 当たり前じゃん。そんな馬鹿共が最後に来る場所なんて、都市管理システムから逃げ易いスラムに決まってる。計画強盗なんてヤラかす物騒な連中とか、スラムへ来られて堪るかよ。僕ら孤児の生存率が激下がりするだろうが。


「……もしかして?」

「そう! 君の通報によって逮捕された強盗犯達が狙っていた香辛料はね、ワタシの物だったのさ! もしあの時に、本当に盗まれてたら、ワタシは今頃……」


 どんな恐ろしい未来だったのだろうか。アズロンさんは大仰に首を振る。まるで考えたくも無いと言う様に。


「本当にあの時は、一発逆転の大勝負ってつもりでこの業界に踏み込む、その一歩目だったんだよ。君が犯罪者を見付けて通報してくれて居なかったら、ワタシもきっとスラム落ちして居たし、妻にも出会えず、こんなに可愛い娘にも会えなかった。ワタシのこの生活は、君が守ってくれたんだ」


 なんか、知らぬ間にとんでもない恩を売ってたらしい。

 本当に、シリアスと出会ってからこっち、僕が積み重ねた全てが報われて行ってる気がする。カラカラと噛み合わずに回ってた歯車が急にガッチリ噛み合ってフルドライブしてるみたいだ。


「あ、じゃぁ、この歓待って、そもそも依頼と関係無く?」

「勿論さっ!」


 アズロンさんはバッと立ち上がって天井を仰ぎ、両手を広げて演劇チックな動作をする。


「本当はもっと早く! 心からの! 叶う限りのお礼がしたかった! なのに! ワタシの破滅を退けた救世主が誰なのかを調べて、その大恩人が法の元に援助も許されないスラム孤児だった時のワタシの絶望が、分かるかいっ!? ささやかな食料さえ渡せない帝国の法を、世界を! 大いに呪ったとも! 優しき少年を救わぬ法など滅びてしまえとね!」


 いや、僕一人の為に世界を呪わないで下さい。シリアスに出会えたこの世界は、思ったよりも素敵な世の中ですよ。

 言いたい事を言い終えたアズロンさんは、テンションをサッとニュートラルに入れて、僕の隣のソファーにストンっと座り直す。


「しかし、君の事を調べて知った時には、もう妻と子供も居たのだ。法を破って不法滞在者に干渉して、失う訳には行かなかった。家族と君を比べて君を見捨てたワタシを、どうか、どうか怨んでくれ……」


 許してくれならとまかく、怨んでくれって人生で初めて言われたな。

 でも、大事な家族とスラム孤児なんて、比べるべくも無いと思うけどね。むしろ、僕の為に家族を捨てたとか言われても、心苦しくて辛くなる。

 そんな事させたくて、僕は正しく生きて来た訳じゃない。


「怨みません。大丈夫です。むしろ、僕の行いで、アズロンさんがこんなに大きな幸せを手に入れたんだって思えば、誇らしいですよ」

「………………君はっ、君はァッッ」


 アズロンさんが泣き始めてしまった。男泣きだ。

 目の前で大の大人に泣かれて、居た堪れない。誰かへるぷみー?


「ほらアナタ。恩人様が困惑してますよ? 泣き止んで下さいな」

「ずずっ、ぐすッ……、済まない。少し時間をくれ給え……」


 アズロンさんがティッシュペーパーでズビーッと鼻を噛む。アレは専用のクズカゴにティッシュを捨てると、分解洗浄してからケースに再装填してくれて、無限に使えるティッシュボックスだ。


「そう言えば、二年前の事件後にポロンちゃんと出会えたって言うと、時系列が…………?」

「ああ、実は妻もバツイチでね。ポロンと、もう一人下の娘が居るのだが、連れ子なのだよ」

「…………えっ!?」


 こんなに、こんなにアットホームな家庭なのにッ!?

 どっちもバツイチで片方連れ子なの!? ポロンちゃんなんか、VRバトルで「お父様が! お父様が!」って凄い親愛を滲ませてたよ!?

 血が繋がってるからバイオマシン好き好きの民だったんじゃないの!?


「……えと、なかなかドラマティック、ですね?」

「ふふはッ、そう無理に言葉を選ばなくても大丈夫だとも」

「ええ。ワタクシにとっても、ラディア君は恩人ですもの。言葉なんて飾らなくて良いのよ?」


 聞けば、アズロンさんが僕を調べ始めた時に出会ったのが、ポポナさんらしい。

 今は没落してしまった元貴族の令嬢で、幼少期に家が吹っ飛んでからは、スラム落ちギリギリってレベルの綱渡り生活をしていたらしい。

 没落したとは言え元貴族。ポポナさんの親はガーランドまで流れて来てから、その伝手パイプを使った情報屋混じりの興信所を立ち上げて、そこに僕の調査を依頼したのがアズロンさんらしい。

 行政や兵士が内部情報を漏らす訳無いので、香辛料強盗の通報者探しは難航。その間になんか色々あって、愛を育んでゴールインしたそうだ。

 ポポナさんの方は没落後でもスクスクと成長し、その後に元貴族ってネームバリューを欲しがったクズ男に引っかかった物の、取り敢えず産んだ子供の親権を奪って正式に離婚。親の興信所に出戻りした。その時にアズロンさんが居た。

 見ず知らずの人を探し出してお礼がしたいと必死になるアズロンさんの誠実さに惹かれて、でもバツイチだしって悩んでたら、アズロンさんもポポナさんに惹かれてた。

 そして、どちらとも無く、バツイチでも良い? 自分もバツイチ! とゴールイン。

 そしてポポナさんの家の情報力等も手に入れたアズロンさんは、それらも大いに活用して急躍進。もう、一気に成り上がる。

 その原動力は、より稼いで恩人を探す。これに尽きた。

 その過程でバンバン稼ぎ、今ではポポナさんのご両親の情報網すら引き継いでの超進化。ちなみにポポナさんのご両親はアズロンさんの財力によって構築された素敵な空間で早過ぎる快適な老後を過ごしてるそうだ。


「だからね、事業を最初の危機から救ってくれたのも君だし、妻と娘に出会えたきっかけも君だ。こんなに大きく稼ごうと頑張れたのも君を探す為だし、絶対に君を見付けようと妻のご両親からパイプを引き継ぎ、より事業が磐石になったのも君がきっかけだ。もう、何から何まで、ワタシの幸せは君によって齎されたんだ」

「大袈裟じゃないのよ? この人ったらね、ラディア君が法的に干渉出来ない不法滞在者だと知った日なんて、一日中お酒を飲んで、除去剤も使わずにずっと飲み続けて、危うく死ぬところだったのよ?」

「し、死ぬ程のお酒はダメですよ…………? 僕も望みませんし、ご家族も悲しみますし、そんな飲まれ方したお酒も可哀想ですし、何よりアズロンさんが報われません。自分を傷付けて解決するならまだしも、そうじゃないなら、自分をイタズラに傷付けちゃダメですよ?」


 嫌だよ。知らぬ間に、知らない人が、何処かで僕の人生を嘆きつつ酒浸りで死ぬとか。嫌過ぎる。

 て言うか、何の話してたっけ?


「…………ああ。そうだ、アズロンさんがバイオマシンに乗らないって話しだった」

「あー、そんな話しだったね。話しが散らかって申し訳ない。いやね、やっと恩人に出会えて、好きなだけお礼が出来るこの幸運が、嬉しくて仕方ないのさ」


 結局、アズロンさんはバイオマシン好き好きの民過ぎて、今の身体能力じゃ乗りたく無いそうだ。

 高額な人体改造措置には身体機能強化手術なんて物も有るけど、それも基本的に向上値はベースによる。つまり若者に施すのと老人に施すのでは効果が違うのだ。

 ゼロに何を掛けてもゼロな様に、ベースとなる数値が低いと向上値も低い。なのでやっぱり、ピークを過ぎた自分はバイオマシンに乗るべきでは無いと言うのが、アズロンさんの意見らしい。

 あくまでアズロンさんのポリシーである。傭兵でも普通にアンチエイド受けてない五○歳とかも居るし。と言うか誰も彼もがアンチエイドを受けてる訳じゃない。アンチエイド高いし。


「要するに、ポロンちゃんに託した訳ですか?」

「その通り!」


 しかし、アズロンさんも完全に諦めた訳じゃない。

 自分と同じくバイオマシン好き好きの民であるポロンちゃんが、もし立派な機兵乗りライダーになったなら、その複座にでも乗せてもらえれば、最高の幸せだ。娘が操縦するバイオマシンなんて、好き好きの民から好き好き好き好き好き好きの民民民民民くらいになってしまう。

 つまり尊い機兵尊いが合体したら「仰げば尊死とうとし、我が死の穏」って事らしい。ごめんなさい国際語でお願いします。何言ってるか分からん。


「だから、娘が機兵乗りライダーになる為なら、全力で応援するとも! そのお陰で恩人と正式なえにしを結べたのだから」

「なるほど。…………でも、これはあくまで僕の意見なんですけど、アズロンさんのポリシーを聞いた上でも、やっぱり僕はアズロンさんも免許取るべきだと思いますよ」


 なんか、こんなにバイオマシン愛してるのに、乗れないとか嫌だ。

 僕のワガママだけど、バイオマシンをただの機械としてしか見てない人より、アズロンさんみたいな人に乗って欲しい。多分、シリアスも同じ思いのはず。


「いや、しかし、もうワタシは戦闘機免許を取るのも難しいだろう。それに、やはり性能を活かせない者を乗せるのは、バイオマシンに取って不幸だろう。この考えは、例え恩人の君から言われた言葉でも、早々ひっくり返る物では無いよ」

「戦闘機免許は、確かに難しいと思います。でも、アズロンさんって多分、目標を定めたら絶対に達成するタイプの人ですよね? なら、免許を取るって決めたなら、多分取れます。それと、性能については……」


 僕は端末を取り出して、とあるムービーを再生して差し出す。

 それは僕の初陣。VRバトルで戦った砲撃手がアップしてる野良マッチ。未だに伸び続けて、世界にディアラちゃんの存在を喧伝してる忌まわしきムービーだ。


「取り敢えず、コレ見てください」

「…………ふむ?」


 ムービーは当然、砲撃手視点で始まる。

 長距離観測用の光学装置によって、僕が漆黒のシリアスに乗ってバトルシティから出て来る様子から、ニヤニヤとした彼、プレイヤーネームはアローランスらしい砲撃手がロックオンした僕に攻撃通知を叩き付ける様子に変わる。

 そして戦いが始まり、僕が砲撃を避け、時にはアームで無理やり弾いて走路を通し、肉薄して組み付こうとする様子が大迫力編集によって再生される。

 シリアスと喋ってたポロンちゃんも気が付いて、動画を食い入る様に見る。キラッキラした目で戦いを眺めて、やはりこの子も好き好きの民なのだとハッキリ分かる。

 その後は、僕が逃げるアローランスのブースターを吹っ飛ばして、組み付いて、全弾ブチ込み、更にグラディエラのパイルドライバーでボッコボコにする絵が映る。


「手に汗握るね!」

「凄いです! カッコイイです!」

「凄いわねぇ〜」


 好き好きの民二人がはしゃぎ、ポポナさんも楽しそうにコロコロ笑ってる。

 でも、別にこれ、僕が「どうだ僕強いだろ」と言いたくて見せた訳じゃ無いんだ。


「えーと、重要なのは僕じゃ無くて、彼です。アローランスさん」

「この、ボコボコにされた彼かい?」

「ええ、ボコボコにしたら四○万バトリーもくれた彼です」


 重要なのは、彼が完全砲撃特化カスタムであり、そしてその機体で戦績が良い事。


「アズロンさんは、性能を活かしきれないから乗らない。バイオマシンに失礼だ。そう思って乗らないんですよね?」

「そう、だね。今からアンチエイドを受けても、もはや若者の反応速度になど勝てないだろうし、経験を積むにしても遅いだろう。年老いても経験によって強い傭兵と言うのは、それこそ若い時を血にまみれたからこその実力のはずだ」


 それは間違ってない。

 僕の考えでも、他のどんな事が才能によってひっくり返されたとしても、こと命懸けの戦いに於いては、才能より経験が勝つと思ってる。

 才能って言うのは閃きと言う人は多いが、プラス応用力と言うか、飲み込んだ後に自分のモノにする感性が人と違うんだ。それが才能の骨子。

 けど、命懸けの戦いって基本的に、負けたら次が無い。飲み込んで自分の物にするなら、勝つしかないんだ。そして勝つには経験が要る。それが全てだと思ってる。

 そりゃ経験を積んだ天才が一番強いんだろうけどさ、でも経験を積むまで自分より経験豊富な相手と戦わないで居れるかって、それぶっちゃけ運だし。


「でも、戦いの経験なら幸いな事に、VRバトルで無限に積めます。何回でも死ねる場所で、どれだけでも濃厚な経験が」


 思うに、VRバトルは人が思うよりずっと意義のある物のはずだよ。

 命を懸け無いと手に入らないはずの経験を、バーゲンセールの様にバラ蒔いてるのだ。大盤振る舞いってレベルじゃない。一度しか無い人生を何百個分でもくれるのだ。ある意味で技術が輪廻の概念に届いたとも言える。


「そして、彼みたいに、砲撃特化って選択も有ります。近付かれる前に殺す。近付かれた時の事なんて考えない。そんな考えなんか捨て、そのリソースさえも砲撃に捻じ込め。…………そんなコンセプトですね」


 僕は言う。これなら、アンチエイドが間に合わなかったアズロンさんでも、頑張れば性能を引き出しきれるのでは? と。


「このムービーでは僕が勝っちゃいましたけどね。でも、このアローランスってプレイヤーは、この機体でランクマッチでも戦績がそう悪く無いそうです」

「…………ふむ? ランクマッチだと、ラディア君とポロンみたいに、向かい合って始まるんだろう? 狙撃が主な手段だと、不利では?」

「いえ、思い出して下さい。僕、あのデザリアに中型炸薬砲を十五発使い切って小破。小型パルスライフルを一六○発もブチ込んでからパイルバンカーも乱射してやっと撃破ですよ? こんなのが試合開始の瞬間から目の前にいて、自分はガッツリ相手の射程内って悪夢だと思いません?」

「……………………なるほど、逆なのか。狙撃手なのに近距離スタートで不利なのでは無く、何処に逃げても敵がガッツリ射程内で、火力も勝ってるコッチが有利。それを活かすための重装甲?」

「ですね。反応出来ないなら、しなくて良いカスタムにすれば良い。どれだけ殴られても耐えれる装甲に、相手を先に殴り殺せる装備を積む。これも立派な戦術で、『バイオマシンの性能を活かし切る』方法だと思いません?」


 僕が語り終えると、アズロンさんはポロンちゃんよりもキラッキラした目を、いやギラッギラした熱い目をしていた。


「こ、こんなオジサンでも、四○代も後半のジジイでも、バイオマシンに乗っても良いのだろうか……?」

「無責任な断言は避けたいですけど、……でも僕は、バイオマシンを愛して無い誰かが乗るより、アズロンさんみたいな人に乗って欲しいですね」


 ちなみに、アローランスのクソ硬デザリアの装甲は、シールドダングから手に入る装甲を更に加工してガッチガチのクソ硬仕上げにした物らしい。

 あれが噂のダング装甲だったのか。確かにヤベェ……。


「ラディア君! 依頼内容の変更をしても構わないかなッ!?」

「ええ、大丈夫ですよ。手続きは傭兵ギルドのギルドページにお願いしますね」


 ポポナさんが慈愛に満ちた呆れ顔と言う高度な表情を見せて、アズロンさんとポロンちゃんを見守ってる。その様子を更に後方からセルバスさんが見守って居て、この形がアルバリオ家の幸せなんだなと理解出来た。

 そんな、見守り役二人と一緒にウッキウキの顔で端末を弄るアズロンさんを見守る事一分。そしてアズロンさんが端末操作を終えて更に一分で、僕の端末に連絡が来た。

 要は、依頼人が依頼内容変えるとか言ってるけど、どうする? 受ける? って通知だったので受ける。

 それから更に一分、改めて届いた依頼内容を拝見する。


 依頼人。アズロン・アルバリオ。

 依頼内容。アズロン・アルバリオとポロン・アルバリオのバイオマシン操縦教導、搭乗訓練、傭兵活動指南。

 期間。アズロン・アルバリオとポロン・アルバリオがバイオマシンの戦闘機搭乗資格免許を取得後、傭兵ランク二の機兵乗りライダーになる迄。

 報酬。教導日給一○○○。及びアズロン・アルバリオとポロン・アルバリオが傭兵ラディアに指導された傭兵活動によって得られる獲得金額の五割。依頼完遂時に特別報酬有り。

 備考。教導実施日は応相談。


 破格か? 破格なのか?

 いや、依然として傭兵視点だと…………、いやどうなんだ? これもしかして駆け出しなら美味しい? 最初から狩りで成果出してる僕には丁度良い塩梅が分からない。

 ただ、三日教えるだけで中級市民の平均月収稼いじゃうのはヤバい報酬だって事くらいは分かる。分かり過ぎる。


「えっと、随分好条件ですけど…………?」

「元も自分の依頼とは言え、横入りして依頼を変えて貰うのだから、それくらいはするべきだと思うがね? もし不満なら、もっと上げるが…………」

「いえいえいえ、この条件でお受けします。でも、特別報酬とは?」

「正直、決めてない! 逆に何が良いかね? ワタシに叶えられる願いなら何でも叶えようと思うが。愛機のフルカスタム代を出せと言われても、喜んで出させてもらうよ。予算は二億くらい有れば良いかな?」


 良いかな? じゃないよ。ダメです。ダメダメ。


「シリアスのカスタムは、自分で稼いでやるって決めてるので、大丈夫です。報酬にパーツを一つ貰うとかならまだしも、フルカスタムを補償されるのは違うと思います」

「ふむ。…………まぁワタシもポリシーに煩かった男なのでね、人のポリシーに口出しするのは幅かられるが、良いのかい? 二億くらいならポンと出すよ?」

「…………えーと、逆に、アズロンは、自分の愛機が人のお金まみれになって、嬉しいですか? 自分の愛情が入る余地が無くなって、納得出来ますか?」

「ダメだねッ!? なるほど失礼した! 確かにその通りだ! 君の愛情が入る隙間が無い程にお金を出すのは、確かにね!」


 分かって貰えて何よりだ。

 自分の彼女が着てる服、装飾、その他諸々。全部が自分以外の男に貰った物でトータルコーディネートとか、嫌でしょ? それでデートとか、嫌でしょ? シリアスのフルカスタム奢って貰うとか、つまりそう言う事なんだよ。


「なるほど確かに。それなら良くてお高いバッグ一つくらいが限度だろうか? 特別報酬もそのくらいにして置いた方が良さそうだね」

「もしくは、パーツ以外に別の、何かお願いしたい事が有るかも知れませんし、特別報酬は貰う時に決める形でも良いですか?」

「ラディア君がそう言うなら、そうしようとも」


 話しは纏まったが、ついでなので、ずっと気になってた事を聞いてみた。


「ポロンちゃんに実機を買い与えなかった理由は何ですか?」

「ん? いや、ワタシと同じくらいバイオマシンが好きな子供に実機などを買い与えて、マトモに扱えないウチに事故でも起こしたら大変だろう? ラディア君は十歳でも自立してる立派な子だが、普通の十歳児など、手の届くところに自分の乗機があって我慢出来る程、自制が利く生き物じゃ無いんだよ?」


 ………………せやった。

 ポロンちゃんは良い子に見えるけど、それでも十歳だ。普通は十歳の子供を相手に「ほーら今日からコレが君の愛機だよ〜」なんてバイオマシン渡したら、乗りまくりたいに決まってる。事故が起きてからじゃ遅いのだ。

 武装の無い完全な輸送機なら安全、なんて考えは間違ってる。輸送機はその分輸送量を確保する為にデカいのが基本で、巨体が下手に動くだけでも大惨事だ。

 輸送機以外の小さな機体だって、工作機のデザリアでさえ尻尾にパイルバンカー付いてんだぞ。家の壁吹っ飛ばしたらスラムになっちゃう。


「むぅ、イタズラなんてしないですぅ!」

「勿論、パパもポロンが悪い事するなんて思ってないよ? でもね、世の中、事故っていうのは起きないと思ってるのに起きるから事故なんだよ」


 拗ねるポロンちゃんを宥めるアズロンさん。至言である。起きると分かってたら対策出来るし、事故は起きない。それでも起きるから事故は事故であり、そんな不透明な物に対策をするなら、前提条件ごと投げ捨てるのが正しい。

 つまり今回で言えば、ポロンちゃんに実機を最初から持たせない。コレだ。実機が最初から無ければ事故もクソも無いのだ。持たせてから何時起こるか分からない事故を警戒するなら、最初から持たせなきゃ良い。


「では、免許が取れたら買ってあげる感じですか?」

「そうなるね。流石に公的なライセンスを持ってまで起きる事故なら、警戒なんてしようがない」

「なら、僕は頑張ってお二人のライセンス取得を手伝いますね。早速始めますか?」


 時間は有限である。ぶっちゃけまだ、どんな形で教えるとか決めてないのだけど。やっぱ実機とは行かなくてもライドボックス使って練習するのが一番だよね。

 ライドボックスは持ち運び出来ないけど、幸い僕は実機にVRモジュールを積んである形なので、シリアスが居れば何処でもVRバトルに参加出来る。つまり、この屋敷で二人に乗り方を教えつつ、必要ならシリアスに乗ってVRバトルを起動すれば教導接待用の対戦相手も用意出来る。


「いや、結構時間を使って、もうお昼だ。正直楽しみで仕方ないのだけど、教導は昼食後にお願いしようかな」


 お昼はポポナさんの手料理でした。


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