第30話 初めての依頼はご指名制。



 休日の朝から、クエスト含めて一時間程度しか経って無いけど、VRバトルのシステムは落ちて、シリアスのモニターには整備屋サンジェルマンで作業するおじさんが映ってる。

 朝も早くからおじさんは働き者だ。多分スラムで一番働いてる人だ。

 営業許可は持ってるけど正規店では無い闇店舗型で、でも持ってる権利は上級市民権で、都市と水道契約までしてる。まず市民とは稼ぎが違う。


「ごめんね、ターラ。……いや、もうタクトで良いか」

「いや、念の為にターラで頼む。…………マジで知り合いに見られる可能性が怖いわ。お前何時もこんな経験してたのかよ」

「僕の気持ち分かってくれた?」

「次からマジで笑うの止めるわ。シャレにならん」


 で、僕の謝罪は、女装までして乗ったのに、目的の手に汗握るマシンバトルを経験出来なかった事について。完全にタクトの丸損だ。


「いや、良いよ。今日のがレアケースだってのは流石に分かるしな」

「うん。取り敢えず、次も予定合えば乗せるから。…………女装必須だけど」

「て言うか、お前こそさぁ、身バレ気を付けろよな。お前が俺を道連れにするって言うなら、俺だってお前の不注意でバレたら、お前を道連れにするからな」


 うん、本当にマズった。

 そうだよね。最初に傭兵じゃ無くて実機かつ免許持ちってだけに留めてたのに、教導した後に傭兵である事を相手に教えたつもりになって暴露してしまった。完全に僕の失態だ。


「それで、今日はどうするんだ?」

「んー。ネット漁って、シリアスのカスタムについて考えようかなぁ。シギルとバトリーの課金レートは百対一だけど、ゲーム内での価値はシギルと等価だから、こっちでカスタムの計画立てても向こうでそのまま流用出来るんだよ」

「なるほどなぁ。つまり、向こうで三○○○万バトリー使ったカスタムは、現実でも三○○○万シギル掛かるのか」

「そう言う事。あと、望み薄だとは思うけど、ポロンちゃんからの依頼待ちって意味も有るかな?」


 口にした通り、望み薄だと思ってるけど。

 だって、ライドボックスが買えるくらいの小金持ちで、でもポロンちゃんが未教導の素人って言うなら、やっぱり僕の予想は正しく、荒くれ者の傭兵に娘を任せたくない親御さんの意向が有るんだと思う。

 なら、スラム孤児にも依頼なんてしたく無いはずだ。基本的にスラムの住人は無法者で、都市管理システムが管理し切れないスラムに生きる人間を、グレーとブラックを反復横跳びで生きる様な奴らを信用して良い訳が無い。

 僕だって相手の立場なら依頼なんてしない。スラム孤児に依頼を出すくらいなら、まだギリギリ社会的信用のある傭兵に依頼する。


「…………下手したら、女装趣味で鬼クオリティを叩き出すマジモンの変態だと思われるもんな」

「止めてよ。なんでそうやって僕の心を抉ってくるの。楽しい? 僕イジメて楽しい?」

「ごめんて」


 そうだね。スラム孤児で女装癖の変態なんて、二重苦だね。しかも傭兵が信用し切れなくて依頼して無いのに、僕は成り上がりの現役傭兵。うん、三重苦だね。


「まぁ、今日か明日までにでも依頼が来ないなら、ダメって事なん--」


 そこで、端末に通知。

 僕の言葉を遮る形でピピッと鳴った端末を操作すれば、傭兵ギルドからのショートメッセージだ。

 ちなみに、これだけの時間が有れば僕だって端末の操作を覚えるのさ。もう自分で操作出来るからね。


「…………うそっ、さっきの今で、教導依頼? もしかしてポロンちゃんの親御さん? 即決したのッ!?」

「マジかよ、剛毅だな」


 ギルドから来た通知に、僕宛てに来た依頼の詳細が記されてる。

 依頼人はアズロン・アルバリオさん。依頼内容は娘に対するバイオマシン操縦の教導。方法等は依頼人と応相談だけど、基本は僕に任せる形。

 報酬は一日当たり四○○シギル。傭兵視点で見ると安いけど、市民視点だとかなり高額だ。

 バイオマシンの戦闘機免許を狙った教導なんて、一日二日で終わる物じゃない。ポロンちゃんはVRバトルって言う場所で、失敗して何処を壊しても大丈夫って感覚で、情熱を持って熱心にやったから、まぁまぁ動かせる様になったんだ。普通なら一週間から一ヶ月は使う。

 仮に、休日を入れて週休二日の、月に二○日を教導に使えば、僕は月に八○○○シギル稼ぐ事になる。中級市民の月収の二倍どころか、三倍に迫る収入だ。


「…………やっぱお前、機兵乗りライダーの先生でも稼げるじゃん」

「ちょっと、自分でもビックリしてる」


 後は、細かい内容としては場所の指定と、一日の最大稼働時間だろうか。

 教導場所は依頼人の自宅か、保護者の目が届く場所限定。コレは分かる。スラム孤児相手に娘を目が届かない所に連れて行かれたら堪らないから。

 そして一日の最大稼働時間。これはつまり、一日何時間働くかって事だけど、最低で三時間。上限は設けないけど、僕が一日分働いたと思ったら帰って良いそうだ。条件良過ぎない?

 これ、信用無い相手だった三時間適当に教えてから帰り、別の依頼で稼げば、依頼人のアルバリオさんが出す四○○シギルは丸儲けのお小遣いみたいになるぞ。


「最初からそのレベルの依頼って、めっちゃ信用されてね? その上限でも真面目に仕事してくれるって信頼が無いと、その緩さにはならねぇだろ」

「…………あれかな、ランクマッチ見てたポロンちゃんのお父上に、それだけ気に入られたって事かな?」

「まぁ、めっちゃ丁寧に教えてたしな。目に見えて結果出てたし」


 取り敢えず、稼ぎの効率云々うんぬんは置いといて、断る理由が特に無いので受注した。

 傭兵ギルドで初めて受ける依頼が斡旋じゃ無く指名依頼って、なかなか光栄な事だよね。


「タクトはどうする? 来る?」

「この格好でか? 向こう、俺も女装って知らねぇだろ。って言うかお前もどっちで行くんだよ。ラディアか? ディアラか?」

「あー、その問題もあったか」


 ひとます、僕もタクトも着替える。パパっと二階へ行き、ササっとシャワーを浴びてススっと着替える。

 こう、ね。時短の為に一緒にシャワー使ったけど、お互いに髪が長くてお化粧してる姿の『半分女の子』が、シャワーによって徐々に男へ変わる様子は、なかなかにキツい物があった。

 バスドライヤーでパッと乾かした後に部屋へ戻ると、お互いに経験しただろう微妙な気持ち悪さに口が重く、無言でメンズに着替えた。


「…………ぜってぇ経験する必要のねぇ感覚を経験したわ。これ人生に於いて一ミリも要らん経験だろ」

「同意するよ」


 タクトはターラから変身し、今日の予定に戻るそうだ。ちなみに、朝おじさんと話してたのは、今後おじさんの所に売る生体金属ジオメタルに関する相談だったらしい。

 狩人型の傭兵がギルドに卸す時、どんな形態で卸すかと言えば、ギルドと提携してる正規店に獲物を持ち寄って、卸先にギルドを指定して売るのだ。

 するとギルド提携店舗と傭兵ギルドの間で何やら遣り取りがあり、ギルドへの納入って形で実績になる。なにもギルドに直接持って行く必要は無いし、狩りの度にあのエレベーター地獄を経験しなくて良い。

 提携店舗は又売りの先陣に居て損はしないのかと思えば、その辺はギルドからの融通で埋め合わせが有るそうで、世の中上手い事回ってる。

 おじさんは整備屋の営業許可を持ってるとは言え、非提携の非正規闇店舗だ。なのでギルドに卸す事は無いのだけど、今後に僕やタクトがギルドへの納入を考えると、おじさんの店が使えた方が何倍も楽だし、タクトグループの子達なら徒歩傭兵ウォーカーのまま鉄クズを売っても良い。

 傭兵ランクは機兵乗りライダー徒歩傭兵ウォーカーで別口だけど、徒歩傭兵ウォーカーから機兵乗りライダーになる時に徒歩傭兵ウォーカーのランクが高いと、機兵乗りライダーになった時のランクに下駄を履かせる事が叶う。傭兵ランクは強さじゃなくて稼ぎで決定するからね。

 そんな訳で、おじさんの整備屋をグレーな仕事もする非正規店舗のままで良いから、ギルド提携とか出来ないのかと、タクトは相談に来てたのだ。

 いやぁ、僕はおじさんに言われるまま、気乗りしないまでも中央区にある世紀店舗に卸してた。けどおじさんに働き掛けるなんて選択肢があったとは思わなかった。

 やっぱグループのリーダーは違うなぁ。背負ってる命が有るから、打てる最善手は自分基準じゃなくて集団基準なのか。だからグループの皆もタクトを認めて、タクトに着いて行くんだ。流石だ、流石過ぎる。


「んじゃ、またな」

「うん、またね。夜とかは良くVRバトルやってるから、気になったらおいでよ」

「それ、メンバーの誰かも着いてくるじゃねぇか。女装バレ絶対嫌だから、一人で来る用事のついでに留めとくよ」


 そんな感じで、僕とタクトは別行動。タクトのターラ衣装だけど、あれはシリアスのディアラ用衣装保管庫に保存される事になった。あーあ、一着始めたら沼だぞ。シリアスは知らぬ間に増やしてるからな。ふひひひひひ。沼れ、道連れになれ。


「じゃぁ、行こうかシリアス」

『了解した。…………何処までバラす?』

「誠心誠意お願いして、秘密にして貰えるギリギリまでかな。依頼には誠実で居よう。それが僕の歩いて来た人生だし」


 僕は、スラムに生きる孤児だけど、悪い事はしないと誓って、僕が僕を汚さない様に生きて来た。法を守って生きて来た。

 だから、ギルド憲章に『依頼へ誠実であれ』と書かれてるなら、僕は依頼に誠実な傭兵で居る。それが僕の歩いて来た道で、シリアスに出会えた幸せの前払いなんだから。違える気は無い。

 兵士殺しの時は危なかったけどね! でもアレだって、予めある程度は法的にセーフって聞いてたからだ。流石にそんなセーフティが無かったら、殺しまではしなかったよ。……多分。


『依頼を受注した時点でギルドから送付された座標をマークする。依頼人の自宅だと思われる』

「了解。安全運転で行こうね」


 シリアスに乗り込み、整備屋サンジェルマンのハンガーから出てガレージゲートを潜る。スラムの粗末なマシンロードを通り、メインストリートへ。


「…………うわぁ、VRバトルとの差異が凄い」

『この弊害も予想されてた。しかし、慣れる以外の方法が無い。強いて言うなら、早く稼いで同等のカスタマイズを実行する事』

「そうだね。なら、このお仕事もキッチリ熟して、お金を稼ごうか」


 指定されたポイントは、限り無く最奥区に近い位置にある、上級北区。かなり金持ちらしい。

 他の都市はどんな形態になってるか分からないけど、ガーランドでの市民分布は以下の通りだ。

 スラム以外の外周区に下級市民。月収が一○○○シギル前後でちょっと苦しい生活をしてる、納税が少ない市民だ。かと言って別に中級や上級市民の奴隷だとかそんな事は無く、法律でも市民権の区分によって差別すると罰せられるとある。

 それで中央区には中級市民。三○○○シギル前後稼いでる市民だ。下の方は怪しいけど、大体月に三○○○シギルは稼いでると、納税金額的にほぼ間違いなく中級である。

 そして上級区には上級市民。そのままだね。仕事の形態にもよるけど、三○○○シギルよりは間違い無く稼いでて、下手したら月収が万を超える。

 最後に最奥区だけど、此処はちょっと入り組んでる。公務員の宿舎もあって、でも公務員の稼ぎは中級市民よりちょっと稼いでるくらいだ。役職にもよるけど。

 勿論、上級市民も住んでるし、住んでる上級市民は平均と比べても鬼の様に稼いでる人が多い。天然物の食材を扱う企業や生産者のトップとか、生体金属ジオメタル産業系の企業のトップとか、その辺なら普通の傭兵よりもずっと稼いでる。当たり前だ。稼いでる傭兵にお金を出してるのがその人達なんだから、その人達が傭兵よりお金を持って無い訳が無い。

 まぁそんな感じで、簡単に言えば中心に行けば行くほどお金持ちが住んでるって乱暴な考えで基本間違って無い。公務員の宿舎住まいさん達は、さぞかし肩身が狭いだろう。

 ああ、家持ちの傭兵も、基本は市民分布と似た様な形で住んでる。賃貸は付属のガレージ分家賃が跳ね上がるし、購入物件だって同じ理由で値段が上がる。けどやっぱり、中心ほど設備もサービスも良いから、稼ぎによってそれぞれの区に自然と別れる。

 ランク一や二くらいの傭兵が上級区や最奥区の、月に一○○万シギル単位で家賃取られる傭兵の賃貸とか住んだら、一瞬で破産しちゃうからね。当然だよね。


「………………え、此処?」

『予想外。俗に言うミリオンハウス』


 人口の割には意味不明なくらい広いガーランドは、移動が地味に大変だ。北の上級区の、更に奥地とか普通に遠い。普段から町中をくまなく網羅するたちだけど、そう言う時は鉄クズ集めを休んで数日掛りの大移動なのだ。バイオマシンで移動しても都市法で定められた都市法定速度なら此処まで三○分は掛かる。

 そして、辿り着いた豪邸。

 普段から余り縁が無いと言うか、とある理由から知っては居たけど寄り付かなかった上級北区の、その一角。


「何この豪邸。ホントにミリオンハウスじゃん」

『定義が曖昧でも、この建造物は間違い無くミリオンハウス』


 ミリオンハウス。俗に言う月に一○○○万シギル以上稼いでる人が住む、一軒家の事。

 土地が足りない現代に於いて、人は普通、集合住宅に住む。それが最も土地効率が良いので。

 だけど、何時の時代もお金持ちは『オンリーワン』を求める物で、やっぱり一軒家の需要は尽きる事が無い。

 ミリオンハウスとはその手の需要の末に羨望を集める造語で、と言うかこの時代に一軒家が建ったなら基本それはミリオンハウスだ。最低でもそれくらい稼がないと一軒家なんか持てない。

 でも当然、何事にもピンからキリまでランクはあって、ギリギリでミリオンハウスなのか、間違い無くミリオンハウスなのか、見ただけで高級感が分かる建物とそうじゃない物と、当たり前に差がある。

 シリアスが言った曖昧な基準でも間違い無くミリオンハウスと言うのは、そう言う意味だ。ネットを使える様になって、シリアスがどんどん現代にカブれてる気がするけど、それは脇に置いとこう。


「えっと、取り敢えず座標が合ってるなら、此処だよね? シリアス、訪問通知お願い」

『了解した』


 ほぼ最奥区と言って良い上級区ポジションにあるこの豪邸。

 見るからに『古代文明よりも昔にあったとされる貴族の館ノブレスハウス』は、「土地が足りない現代でこの土地の使い方とか舐めてんのか」って言いたくなる庭と、それを囲う高い壁と、鉄格子っぽい門扉壁の歴史感がヤバい。

 数千年前からこうですよって言われたら信じそうな佇まいだ。本当にフィクションブックに出て来そうな貴族の館ノブレスハウスだ。

 シリアスに頼んで建物宛に通知を送り、依頼した傭兵が現着したと知らせるも、僕は返答が有るまで圧倒されてた。

 いや、うん。正直、この建物は見た事あるよ。四年もガーランドに居て、僕は都市内を結構網羅してる方だし。

 けど、まさか、僕が此処の住人に招かれるなんて思って無かった。人生何が有るか分からないものだ。


『確認致しました。ようこそアルバリオ邸へ』


 ハウスキーパーなのかゲートキーパーなのか知らないけど、御屋敷の入場を管理してるっぽい使用人の人から返答があり、固く閉ざされた門が開く。

 ペダルを踏んで中に入ると、もう庭の緑が多くてクラクラする。砂漠の環境でこんな場所を管理するなんて、どれだけお金を使えば叶うのか。そんなにお金有るなら僕らにくれよって、理不尽にキレたくなる。

 更に追加で、この建物の駐機場までのルート案内も通信で届いて、僕はそれに従って豪邸の庭をシリアスで歩く。


「いや、ホント、凄くない? この花々とか、草木を維持するのにどれだけお水使うの?」

『相当に高価な循環器を使ってると予想される。更に、見え難いが屋敷の外壁から高度なパルスシールド反応も確認。蒸発分の水分も何らかの形で回収、再利用してると予想』

「何その無駄な超技術利用。もう此処だけガーランドじゃ無くない? 此処砂漠じゃ無くない?」


 て言うかさ、此処まで稼げるならライドボックスじゃ無くて実機買えば良かったのでは? なんでポロンちゃんにライドボックス買ったの?

 いや、もしかして、有り得ないけど、まさか依頼人、ポロンちゃんと全然関係が無い人が鬼みたいなタイミングで僕に依頼した?

 そんな可能性の那由多に泳ぐみたいな妄想の末に屋敷の駐機場へ来て、シリアスを停める。

 屋敷の駐機場はハンガー併設はされて無いタイプで、本当に駐機する為だけの青空スペースだった。イメージで言うとビークル用の屋外駐車場がバイオマシン規格まで大きくなった様な感じ。

 そこには既に、依頼人らしき人とその娘さんが待ってて、僕がシリアスで駐機場に入った時点で手を振ってくれてた。そこで僕は自分の妄想を否定され、ちょっと安心出来たのだ。

 そう、依頼人っぽい人の横に、ホロ通信の向こうに居たポロンちゃんが居るのだ。

 ポロンちゃんはあの時見たままのライドジャケットを着てて、この規模の金持ちならやっぱりアレ特注品なのかなってどうでも良い考えが頭を過ぎる。一応外なので、ポロンちゃんはライドジャケットに合わせた色のマリンキャップを被ってる。ちょっとラフな軍人さんっぽくなってて似合ってる。

 ちなみに僕も、今はディアラちゃんドレスじゃ無くて黒のバトルジャケットにカーキ色のカーゴパンツスタイルだ。傭兵ルックだよ。

 髪型も、折角なのでヘアセットマテリアルを使ってビシッと決めた。少しだけ前髪を遊ばせたオールバックだよ。遊んでる前髪分だけオールじゃ無いけど、ほぼオールバックだよ。『ほぼ』の時点で『オール』じゃ無いけどオールバックだよ。異論は認めない。

 ほら、少しだけ前髪が短く跳ねてるオールバックの方が、カッコ良くない? フィクションブックに出て来る三白眼のイケメン執事キャラっぽくてさ。僕も最近は、ネットで色々なフィクションブックも読むんだよ。そうやって自分の可能性を模索して行きたい。レディースよりもメンズの可能性を探りたいのだ…………。

 ちなみに、このヘアセットはオートメイク先輩がやってくれた。あれ、メンズにも対応してるのかよ。化学ってすげぇ……。機材から伸びたアームがウニョンウニョンって僕の髪を弄ってマテリアルで良い感じに固めて行くのだ。

 ヘアセットマテリアルのお陰で、僕のこのイケメン執事風アホ毛付きオールバックは、どんな強風でも戦闘機動でも乱れ無い鉄壁のヘアスタイルだ。これを崩すにはシャワーを浴びるしかない。温水を一定時間掛け続けると鉄壁は崩れ去るのだ。


『システム、スタンバイモードに移行。降機準備開始推奨』

「了解、降機準備開始。…………やっぱり口頭で確認宣言するとカッコよくてテンション上がるよね」

『ラディアの好みかと思ってやってみた』


 うん、ノッてみたけど、普段やってないもんね。降機準備開始とか初めて言ったよ。完全にアドリブだ。

 そうやってシリアスが駐機場に座り、システムを落としてモニターを下げる。ホロバイザーとセーフティロッドを跳ね上げ、外のキャノピーを開いてからハッチオープン。

 さて、依頼人とご対面だ。

 可変ハッチのタラップを踏んで外に降りると、相変わらず燦々と降り注ぐ陽射しの元に、四人の人達が居た。

 一人はご存知ポロンちゃん。シリアスから降りて来た僕を見てポカーンって顔してる。うん、ごめんね。ホントごめんね。ディアラちゃんのイメージで待ってたら、バトルジャケット着たオールバック男が降りて来たらビビるよね。マジでごめん。帽子被っててオールバック目立たないとか関係無いよね。ホントごめん。

 そして次に依頼人っぽい人、つまりポロンちゃんの父上っぽい人。この人が多分、依頼をくれたアズロン・アルバリオさんなんだろう。

 見た感じは四○代も後半に見えて、ポロンちゃんの歳を考えると結構晩婚だったのだろうか? アンチエイドの有無も考えると、尚更分からない。実は大量に子供が居る内の一人がポロンちゃんだったりするのかな? まぁ良いか。

 ガーランドでは黒髪の次に多い灰髪で、色素は薄目だ。ライトグレーよりちょっと濃いかなってくらいのカールヘアー。

 拘りなのか、アズロンさんは着ている服も屋敷に合わせた貴族服ノブレスコーデだ。今どき帝国貴族だってそんなフリルシャツにカラーレスドレスとか着ないと思うよ。装飾品でキラキラしてる。

 三人目は、…………多分、ポロンちゃんの母上かな? もしかしたらお姉さん? 若い。二○代に見える。

 ポロンちゃんとそっくりのクリームヘアーを腰まで伸ばし、ポロンちゃんに似て愛らしい笑顔を、だけど落ち着いた雰囲気の笑顔をたたえる人だ。

 身長がアズロンさんとポロンちゃんの丁度中間くらいで、つまり低身長でやっぱり若く見える。母なのか姉なのか謎だ。けど、母親とはかくあるべしって貫禄さえ滲み出るような、ちょっとした凄みも感じる。やっぱり母上さんなのかな?

 最後に、………………そう、リスペクトしたい。僕のオールバックのモデルになった様な、ちょっとナイスミドルで目元が優しいけど、イケメン、いやイケオジの銀髪オールバック執事がそこに居た。所謂いわゆる家令って人なのかな? マジで凄い。フィクションブックやアニメートムービーそのままの執事だ。サインとか欲しい。ハンガーミートのお姉さんがサインを欲しがる理由が少し分かった。うん、これはサイン欲しくなるよ。

 その四人が、アルバリオ邸で僕を待っていた人達である。ポロンちゃん以外は例外無くニコニコしてるんだけど、何でだろうね?

 ちなみに全員、屋根のある待機場所に居るからノット帽子スタイルだ。ササッと屋敷から出てササッと戻るつもりなんだろう。


「…………ご依頼、有難うございます。指名依頼を受けましたランク一傭兵ラディアと、その乗機シリアスです」


 ビシッと傭兵風の敬礼で挨拶する。右胸に左拳を当てて、右手は後ろ腰に回して、足元は肩幅で真っ直ぐ立つ。背中を伸ばして胸を張る。

 登録の時に受けた面談で、あのセクサロイドを勧めて来たお姉さんから習ってた傭兵の敬礼だ。ラビータ帝国の軍人や兵士は額に手の平を当てる敬礼だけど、傭兵はこうするのが習わしだそうで。


「やぁやぁ、良く来てくれたね。会いたかったよラディア君」

「ようこそ、アルバリオ邸へ。ゆっくりして行ってね」

「ご来訪をお待ちしておりました。邸内で歓待の準備もしてありますので、どうかお楽しみ下さいます様に…………」


 ものすっごい歓迎された。意味分からないレベルで歓迎された。

 僕がビシッと決めたら、推定アズロンさんらしき人と、その奥さんっぽい人がわぁ〜って僕の所まで来て、背中をポンポンされたり、頭を撫で撫でされる。

 燕尾服が最高に決まってる執事さんも、深々と僕に頭を下げて九○度のお辞儀だ。それ、かなり高位の相手にやるお辞儀じゃ無かった?

 なんか、マジでフィクションブックの貴族家に迷い込んだみたいな気がして来た。大丈夫? 此処ってちゃんとガーランド?


「歓迎、有難う御座います。あの、依頼人のアズロン様で宜しかったですか?」


 歓迎は有難いのだけど、まず依頼人かどうかを確認したい。僕の中ではまだ若干、この依頼が何かの間違いじゃねって思ってたりするから。

 この歓迎もそれに拍車を掛けてる。だって、こんなに歓迎される理由が僕には無いもの。なにか凄まじい勘違いが発生してないか、心配になるレベルだ。


「ん? あぁ、ワタシとした事がっ……!」


 僕の問いに、挨拶だけで名乗って無い事を思い出した推定アズロンさんは、大仰に手の平で顔を覆って「しまったぁ〜」と言ってる。リアクションが演劇っぽい。


「そうっ、ワタシがアズロンだ。アズロン・アルバリオ。突然、名乗りもせずに失礼した。ビックリさせたね? 君に会えたのがあまりにも嬉しくて、名乗る礼儀すら頭から飛んでしまったよ。どうか許しておくれ」

「ふふ、ごめんなさいね? ワタクシはポポナ・アルバリオ。アズロンの妻で、ポロンの母よ」

「セルバス・コリオルと申します。何か御座いましたらお申し付け下さい」


 ようやっと、ポロンちゃん以外が名乗ってくれた。ええと、ポポナさんがアズロンさんの奥さんで、ポロンちゃんの母上なのが確定したから、アズロンさんもポロンちゃんのパッパで当確。執事さんはセルバスって名前なのか。ちょっとフィクションブックに出て来る執事伝統の名前『セバスチャン』もしくは『セバス』に似てて、テンションが上がる。ついでにリスペクト感も上がる。後でサインください。


 …………で、だ。

 あの、ポロンちゃんさん?


 彼女、未だに固まってるのである。

 ポカーンとした顔のまま、口の端からヨダレが垂れそうな程に口を開けて、僕を見て固まる蝋人形と化している。


「…………あの、ポロンちゃん?」

「………………………………はぅぇッ!?」


 声を掛けると、やっと再起動。

 なんだろう。うん、いや、少し考えれば分かるんだけどさ。


「あの、やっぱり、あんな服を着ていた僕が、女装男が予想より気持ち悪くて教わりたく無いって事でしたら、まだ一応ギルドに通せば依頼はキャンセル出来ますので……」


 そう。そうだよ。普通に考えて、あの服着てきゃるっきゃるの声だった僕が、実際に会ったらコレって、もはや詐欺と言って良い。

 仮に、仮にだ。僕が男だとカミングアウトしたけど、もしかしたらちょっとした理由で女装せざるを得ないとしても、女装がとびっきり似合う女の子っぽい男の子って可能性もあったし、いや普通ならそう考える。だってあれだけのクオリティだったんだ。女装止めても女の子っぽいだろうと考えるのは当たり前だろう。

 それが、なんだ? バトルジャケットにカーゴパンツの傭兵ルックでオールバックのスラム孤児? 詐欺ってレベルじゃねぇぞ。もはや強盗だ。何をしたたかに盗むのか知らないけど、確実に何かを盗んだ強盗だ。詐欺なんてやんわりした物じゃない。

 それにほら、僕は男らしい傭兵を目指してるしね。仕方ない。うん、仕方ないよ。僕の男らしさが迸っちゃったかなぁ〜。


「えっ、いやっ!? ちがっ、ちがうですっ!?」


 しかし、僕がアズロンさんに依頼のキャンセルを進めると、前開けの白いパイロットジャケットをバタバタさせながら、ポロンちゃんがワタワタする。ふわふわのクリームヘアーもほわっほわする。


「いや、でも、気持ち悪いでしょう? あんなきゃるっきゃるの声まで作ってましたから」

「そんにゃ事ないぇすっ!?」


 慌て過ぎて噛みっ噛みだ。そんにゃって言った。ないぇすって何だ。


「でも、アッチと乖離し過ぎて気持ち悪かったから、フリーズしてたのでは?」

「ちがっ!? 違うですッ! カッコよっ……、あああ違うです違うですぅぅ……!? そうじゃ無いですぅぅう!」


 何かを口走り掛けて急停止、からのバタバタわたわたして、真っ赤になってしゃがんで、帽子を抑えてプルプルし始めてしまった。

 何事か。それ、どうしたの? 頭ブン殴られた孤児みたいなモーションだよ?

 どうした物かと、アズロンさんを見る。めっちゃ生暖かい目を向けられた。何なんだいったい。

 次にポポナさんを見る。ニマニマしてる。何で? そんなに楽しい事有りました?

 セルバスさんを見る。感無量って感じで、目頭を摘んで天を仰いでた。なして? それどう言う感情です? この場でその感情って本当に合ってます?

 分からぬ。スラム孤児には分からないコミュニケーションなのだろうか。マジで分からぬ。


「えっと、アズロン様。どうしましょうか? 依頼の詳細も纏めたいのですが」

「ふむ、そうだね。では取り敢えず、屋敷にご招待しようか。時に、ランクマッチでご一緒だったお嬢さん方は、ご一緒で無いのかな?」


 ご一緒では無いんだよなぁ。と言うよりそんなお嬢様など存在すらしないんだよなぁ。

 しかし、僕の都合でタクトのターラをバラす訳には行かないので、誤魔化すしか無い。誠実でありたいけど、まずその誠実さを向ける最優先はシリアスで、次にタクトとおじさんなのだ。僕の不注意から発生した問題で、道連れの女装バレはあまりに不義理。


「ターラもリアスも、今日は居ません。事情が有りまして、リアスは場合によって会えますが、ターラの方は難しいと思います」

「ふむ、そうか。それは残念だ。……歳も近いので、娘の友達になってあげて欲しかったのだが」

「それでしたら、無理に会わずとも、VRバトルにでしたら、僕が偶にターラを連れ出しますので」


 リアスはシリアスなので、確定で複座に居る。けどターラちゃんはランダム生成のレアキャラなので、現在この世に居ないのです。許して下さい。


「あっ、リアスさんとターラさんには、会えないですか……」


 聞いたポロンちゃんが寂しそうにする。止めて欲しい。僕の良心を殴らないで。

 いや、別にリアスだけなら会える。会えるよ。うん。今此処で、オリジンの事を暴露すれば良いのだ。

 僕が古代機乗者オリジンホルダーである事は、別段隠してない。だけど、VRバトルのディアラちゃんと傭兵ラディアが結び付く要因は、リアスの存在は、内緒にしたい。世間に対する女装バレ要因は、限り無く少ない方が良い。

 だから、出来れば、内緒で居たい。けど、僕は此処に来るまでの間に、既にシリアスへ宣言してる。

 秘密にして貰えるギリギリまではバラすと。

 さて、僕の目の前に今、ポロンちゃんが居る。せっかく知り合えて、仲良く成れそうだった人との交流が制限されると知って、寂しそうにしているポロンちゃんが、目の前に居る。

 僕はそれを解決する術を持ってる。この状態で、これから依頼で操縦を教える生徒に対して、解決出来るのに何もしないのは果たして、誠実と言えるだろうか?

 答えは否だ。


「…………あの、アズロンさん。それと、ポポナさんと、セルバスさん。僕の事をどうか、どうか内緒にして頂けるなら、リアスだけはこの場で会える様に出来ますよ」


 僕は依頼人に、ちょっとしたお願いをした。


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