第29話 珍試合。



 なんだろう。この、なに?

 僕とポロンさんは、ランクレートを掛けて骨肉の争いを繰り広げるべき場所、アリーナで。


『同い歳なんですね! 本当に凄いですっ、尊敬するですっ!』

「あ、うん。どうもですぅ」


 ほのぼのとお話しをしていた。


『お父様にライドボックス買って貰って、初めての対戦相手がディアラさんで良かったです! 後でフレンド申請送っても良いです!?』

「大丈夫ですよ〜」


 元気な子だなぁ。いや呑気過ぎない?

 これ、ルール上は僕もう、あの子のコックピットに中型長距離砲のパルスライフル撃ち込めるんだよ? 無警戒過ぎない?

 いや、初心者の、それも僕と同じ歳の頃なら、仕方ないのか。僕ら孤児が異様にマセてるだけで、普通は十歳の女の子なんてあんなもん?

 ちなみに、ルール上は僕も撃たれる可能性がもちろん有るので、シリアスが演算する砲撃予測線を見て良い感じに当たらない様にしてる。


『実機も有るんですよねっ? 羨ましいですぅ〜』

「あー、うん。ポロンさんも、その内実機を買うんですか? ライドボックスの陽電子脳ブレインボックスを、実機にもそのまま使い続ける予定の人ですか?」

『勿論です! 此処で沢山たぁっくさん練習して、何時か本物のこの子に、本当のコックピットに乗るんです!』


 良かった。コレで乗り捨てるとか言ったら、その時点でボコる気満々だった。良い子で良かった。


陽電子脳ブレインボックスを大事にする姿勢は、とても好ましい』

『わ、わ、別の人ですかっ!? 誰か居るですか?』

「あー、リアスって名前のオペレーターが、複座に乗ってますよ。後でこの試合のアーカイブ見たら確認出来ます」

『お友達と一緒なんですね! 素敵です!』

「……あ、あ〜。うん、ちなみに、その、もう一人居る。ターラだ。よろしく」

『わぁぁッ、三人も乗ってるんですか!? 楽しそうです! よろしくです!』


 お返事出来て、めっちゃ良い子である。え、嘘でしょ? 今から僕、この子に撃墜判定出るまで攻撃するの? 胸が痛むってレベルじゃ無いんだけど?


「確か、イヌ型には攻撃機しか無かったはずなので、ポロンさんがその子に乗りたいなら、ちゃんと戦闘機免許を取らないとですねぇ」

『あっ、そ、そうなんですか……? ど、どうしよう、ポロン、上手に出来るかなぁ……』

「確か、武器が多いと、汎用コックピットの操作じゃ難しいんだったか? 見た感じ、武器も結構着いてるし、大変そうだな……?」

「そうだねぇ。ある程度操作が楽になるカスタムコックピットで操作覚えても、試験は汎用コックピットの実機で受けるから、関係無いしねぇ」

『わわ、そうなんですか? どうしよう、ポロン、ちゃんとこの子に乗ってあげられるか心配ですぅ……』


 繰り返そう。めっちゃ良い子である。

 ウェポンドッグは難しいと聞いて、それでも『この子を選ばない方が良かったかな』じゃ無くて、その子を選んだ事を後悔せずに『自分がこの子に相応しくなれるか』を心配してる。

 三度みたび言おう。めっちゃ良い子である。


「えと、取り敢えず、歩かせてみます? 初めてなんですよね?」

『はい! ライドボックスのセッティングも、さっきお父様がやってくれましたです! 今も見てると思うです!』


 危ねぇな! これ対戦相手が僕じゃなかったら、普通にボコられてポロンさんトラウマで父上プンプン丸だったじゃん!

 このゲーム、ゲーム開始で最初に居る場所がマッチングフロアなので、そのせいでなんと、ポロンさんはゲーム開始して三秒後にマッチング申請をしたそうだ。剛の者かよ。

 そんなポロンさんに、僕はちょっと前にターラへ、いや当時はタクトだったからタクトで良いか。タクトを相手に教えた様に、通信の向こうに居るポロンさん、…………いやもう、ポロンちゃんで良いか。ポロンちゃんにバイオマシンの操縦を教えて行く。

 ポロンちゃんの父上もバイオマシンには乗れない人なので、娘に教えてあげる事は出来なかったそうだ。

 傭兵に教導依頼を出すにしても、基本女日照りの荒くれ者が集って揃う傭兵に、大事な娘を預けるとか無理無理の無理。無理過ぎる。その判断を僕は支持する。


「はい。両真ん中を同時踏みで、真っ直ぐ前進です」

『はい! 動いたです!』

「次に、右だけを踏むと左に曲がって、左だけを踏むと右に曲がります」

『やってみるですぅ!』


 多分、この試合のアーカイブ、ガーランドサーバーで起きたランクマッチ史上最高の珍試合として名を残すだろう。コレだけ時間が経って、未だにお互いウェポンシステムすら立ち上げてなのだ。ヤバ過ぎるでしょう。


『非常に微笑ましい』

「うん。可愛いよな。もう、ホロ通信入れたらどうだ? 改めて操作すれば出来るんだろ?」

『わっ、わっ、きょーしゅくです! …………えと、通信受けるのって、どうやるですか?』


 マジ珍試合。

 通信の受諾方法とか、ランクマッチで教える事じゃないのは間違い無い。

 僕が操作しなくてもリアスがもうホロ通信要請を送ってたみたいで、通信許可が分からないポロンちゃんがあたふたしてる。その様子がそのまま、慌てた操縦によってウェポンドッグへダイレクトにフィードバックされるから、尚更微笑ましい。

 なんだこれ。マジでなんだコレ。

 流石にリアスも、ガッチリ記録されてるこの状況で向こうの操作にアクセスとか出来ない。いや出来るんだろうけど、バレたらガチでヤバいので、僕らが口頭で教えるしか無い。

 機体に対して通信を送ってるから、情報端末の操作しか経験の無いポロンちゃんは、マジで何を操作すれば良いのか、本当に何も分からないのだ。

 なんとか言葉だけで、汎用コックピットの作りを思い出しながら教える事二分。やっとホロ通信が繋がった。


『繋がりましたー! わーい!』

「はい可愛い」

「これは可愛いな」

『微笑ましい。VRバトルを初めて良かったと思える』

「「それな」」

『にゅぁ、えと、てれちゃぅ……』


 はい可愛い。なんだこの、なに? 小動物感って言うの? ペット感が凄い。シリアスのコックピットで飼いたいこの子。

 にぱぁって笑う笑顔が眩しく、本当にバイオマシンに乗れて嬉しいって気持ちが全身から滲み出てる。ふわふわのクリームヘアーがわっさわっさと浮き上がるくらいに、ちょっと機体を動かせる度にポロンちゃんがぴょんぴょんする。

 汎用コックピットのシートに着いてるパイロット防護措置ってクロスシートベルトなので、ぴょんぴょんするくらいは可能なのだ。僕はセーフティロッドでガッチリ抱き締められてるから無理だけど。


「曲がれたら、次はスライドの練習しましょうねぇ〜」

『はーい!』

「ランクマッチが完全に『良い子のバイオマシン教室』になってる件について」

「もう良いじゃん。時間制限無いし、あんまり酷い試合だと運営に止められるらしいけど、コレを止めに来たら運営を鬼畜って罵って動画をアップしてやる」

『予想。恐らくは大丈夫。普通の試合とは違った魅力があるので、視聴者さえ着いて満足すれば、運営も文句は言わないはず』


 ポロンちゃんに六ペダルの基礎操作を教えた後は、ある意味で本番なアクショングリップの操作だ。スロットルレバーはアクショングリップを覚えたらその延長で覚えられるので、アクショングリップの授業に終始する。


「ウェポンドッグは胸部に内蔵されたパルスライフルと、両肩のパルスガトリング砲。背面のプラズマ砲二門で、合計五つの武装が標準装備です。これらをアクショングリップの操作で切り替えつつ、フットペダルで移動しながら攻撃を当てるのが基本になります」

『わっ、わっ、むずかしぃ…………』

「適当に撃ってみて良いですよ。こっちの機体へ来る砲撃は勝手に避けるか、弾くので」


 流石に音速を超える弾丸を見てから避けるのは無理だけど、予め動ける様にしたり、怪しい砲線にはそっとアームを差し込んでおけば問題無い。それにプラズマ砲なら弾速も音を越えないので、頑張れば見てから回避も可能だ。

 そうやって少しずつ、本当に少しずつポロンちゃんが機体を動かせる様になってくのを見守る。見てるとなんだか、胸がポカポカするね。これが父性か…………。

 いや本物のパッパが今も試合を観戦中らしいので、父性はそっちに任せようか。


『う、撃てましたー!』

「頑張りましたねぇ。では次、武装を切り替えたり、同期させて一斉射してみま--」


 ミス操作か、僕が喋ってる時にポロンちゃんの背中から砲撃が飛んで来た。

 今は胸のパルスライフルを適当な壁に撃ってたんだけど、背中の砲門はウェポンシステムの自動ロック機能によってコッチを向いてたので、切り替えのミスでそのまま撃っちゃったんだろう。


「--あぶねっ」


 予想はしてたので、砲線に差し込んでたアームで弾く。なかなかのダメージだ。流石プラズマ砲。

 プラズマ兵器は実弾兵器とは違い、弾丸がエネルギー体でその着弾によって直撃部を瞬間蒸発、爆発させる兵器だ。

 なので実弾兵器なら可能である『装甲を抜く』って攻撃が出来ない。代わりに、コッチの装甲その物を削って爆破する仕組みだから、当たると超痛い。衝撃もヤバい。凄い速度でブチ込まれる爆弾兼強酸みたいな兵器なのだ。

 まぁ威力が馬鹿高い代わりに弾速が遅いので、プラズマ砲ならギリギリ見てから回避も可能な場合もあるから、それが救いか。今回は先読みで防いだけど。


『ごっ、ごめんさーいッ!?』

「大丈夫ですよー。弾いたのでー」

「……凄いよな。ランクマッチで砲撃されたら、何故か謝られる空間。なんだ此処?」

「ターラがさっき言ってたじゃん。『良い子のバイオマシン教室』だよ」


 涙目で謝るポロンちゃんに、今の事故の原因と、気を付けるべき操作を教える。

 フリーにしてる武装はウェポンシステムが敵を自動で捕捉し続ける物もあり、ウェポンドッグに限らず背面に乗せてるタイプの武装は大体そうだ。ゲーム版シリアスの背面にあるフレキシブルコンシールドブラスターもそう。同期を切ってフリーにすると、ウェポンシステムが最も脅威度が高い敵を勝手にロックして狙う。切り替えた瞬間に撃てる様に。

 脅威度の判定は予め変えておけるけど、基本は『一番近い敵機』が選ばれる。勿論自動ロックその物をオフにも出来るし、僕はそうしてる。


「だから、武器切り替えの時に誤射をしたくないなら、切り替えボタンを押す時にトリガーから指を離しましょうねぇ〜」

『わかりました!』

「うーん、これも自分の機体を持つ時に気を付けた方が良い事だなぁ。良い子のバイオマシン教室は為になる」

『あ、ターラさんも実機は持ってないんですかっ?』

「うん。その内持てる予定ではあるんだけど、まだ無いんだ。もディアラに操縦を教わってる途中なんだよ」

『じゃぁ、今はお揃いですね! 一緒におべんきょーです!』

「そうだなぁ。お勉強は大事だよなぁ」


 もう、空気がふにゃふにゃだ。

 ちなみに、ホロ通信が入った時には、座席の裏からターラとリアスも顔を出して挨拶はしてある。

 このふにゃふにゃの空気の中、さらに三○分程かけて、ギリギリ、免許取得には余裕で落ちるだろうけど、ギリッギリでランクマッチは戦えそうな感じになった。

 もちろん負け前提で、悪足掻きが出来るってレベルでしか無いけど。


「流石に口頭で一時間に満たない時間教えて完璧に仕上げるとか無理だよね。そんな仕上がりになったら天才だって言うね。うん、普通はこうだ」

「むしろ、上出来じゃね? 歩かせ方も知らなかったズブの素人が、止まってる的になら砲撃当てられるんだし。もしかしてディアラって教えるの上手いのか? もうそれで金取れば?」

『凄いです! 操縦が楽しいです!』


 更に五分後、僕は口を出さずに、ポロンちゃんが自分で全部考えながらアリーナをグルグルと歩き、時には壁を砲撃してる。

 そうして練習後、気合も充分。ポロンちゃんが僕に挑んで来た。マジか。


『よ、よろしくお願いします!』

「あー、うん。えと、本当に良いの? 僕、そこそこ強いけど」

『大丈夫です! ボコボコにして下さい! でも、あの、この子が傷付くの悲しいので、ちょっとだけ手加減して下さい……』

「その気持ちはめちゃくちゃ良く分かるから、うん。じゃぁ無駄に傷付けない事は約束するね」


 お互い改めて、初期位置に戻って向かい合う。


「本気でやるか、手加減して良い感じに戦うからどっちが良い?」

『…………ほ、本気でお願いします! 強い人の動き、見たいので!』

「良い心掛け。…………じゃぁ、五秒後に行くよ」


 カウント後、一瞬で終わらせた。

 全同期の一斉射は読みやすく、当たる砲だけ選んでアームにて弾く。そのままスロットルレバーで出力最大、肉薄。

 慌てるポロンちゃんのコックピットにテールと背面の武装を突き付けて、パルス砲とプラズマ砲のゼロ距離斉射。決着。


「いや鬼畜じゃね? この流れで普通、コックピット狙う?」

「いや、ポロンちゃんって僕と同じタイプの人かなって思って。それなら、機体の心臓抜かれるくらいなら自分を殺せって思うかなーって」

『忠告、そんな行動をして機体だけ残したら、シリアもリアスもラディアを追い掛ける』

「うん、肝に銘じとくよ。ずっと一緒に居てね? それで、死ぬ時は一緒に死のう」

『約束』


 リアスの発言を最後に、僕達は転送された。

 シティに戻ると、沢山の機体がひしめく中で、見覚えのあるウェポンドッグを見付けた。多分ポロンちゃんだろう。

 いやぁ、こう言うのってギスらない様に、終わったらすぐに接触出来無い様にした方が良いんじゃ無いかと思うけどなぁ。

 僕らの場合はほのぼのだったけど、それは僕らが例外だろう。普通は殺した相手と殺された相手なんだから、分けた方が良いと思う。

 それとも、終わったら爽やかに「ナイスファイト!」って称え合うのかな。分からぬ。

 取り敢えず、僕はポロンちゃんの機体らしきウェポンドッグに近付いて、相手をスキャニング。ビンゴだったのでホロ通信要求。


『あ! ディアラさん!』

「ポロンちゃん、さっきぶりですね」

『ありがとうございました! たのしかったです! あと、コックピット狙ってくれてありがとでした!』


 僕はターラに「ほらね?」と言ってみせる。

 やっぱり同じタイプだったのだ。僕は決して鬼畜じゃ無い。


「やっぱり、機体の心臓抉られるのは嫌だもんね」

『ですです! この子を殺さないでくれて、ありがとでした!』

「あはは、殺した相手からお礼を言われるって、VRバトルは不思議な場所だねぇ」

『不思議です! ポロンはまだこの子の体を持ってないのに、こうやって乗れるの不思議です!』


 あらやだ純粋。ポロンちゃんピュアっピュアだよ。

 薄汚れた僕らには眩し過ぎる。


『最後も、バーンって攻撃弾いて、びゅーんって来られたの、凄かったです! ポロン何も出来ませんでした!』

「あは、うん。これでも現役だからね。初めて機体を動かした人に抵抗されてちゃ、傭兵は出来ないよ」

『よ、傭兵さんなんですかっ!?』


 あれ? 言ってなかったっけ? あぇ、やべっ、マズった?

 ターラから「馬鹿なのか?」って視線を貰う。止めてくれ死んでしまう。

 しかし、一度口にした言葉を、相手が聞かなかった事にする技術なんて持ってない。古代文明でも無理だってシリアスも言ってたし。

 試合も終わって配信外だし、少しくらい良いかと思って素直に答える。まさか機体も歩かせられない状態から配信準備とかして無いだろうし。


「えと、うん。これでも現役の傭兵だよ。……えと、ポロンちゃんは配信とかして無い? あんまり傭兵ってことバラしたく無いんだけど」

『大丈夫です! この子に乗りたかっただけなので、配信とか考えてませんでした!』


 良かった良かった。これで初心者から配信してる勇者だったら死ぬ所だった。何が死ぬって、僕のハートが死ぬ。


『あの、ディアラさんは傭兵なんですよねっ!?』

「うん。まだ駆け出しだけど」

『じゃぁ、あの、えっと、その…………、い、依頼とか、しても、良いですか……?』

「ん? 依頼?」


 おじさんに言われて、少しずつ傭兵ギルドに狩った生体金属ジオメタルとかを降ろし始めた僕だけど、それだけだ。まだ僕、傭兵の仕事とか受けた事無いな。


「うーん、内容と報酬によるとしか言えないけど、余程変な依頼じゃないなら、受けても良いよ? ウェポンドッグの鹵獲とかなら、ちょっと断るけど……」


 まだデザリアの鹵獲さえ計画段階なのに、同等級とは言え戦闘機の鹵獲とか無理だ。


『いえ、その、違くて…………、あのっ、ポロンに、現実で、操縦を教えてくれませんか……?』

「ああ、そう言う依頼--……」


 安請け合いしようとして、固まる僕。

 後ろでターラが「あちゃー」って雰囲気なのを感じる。

 ああ、神よ。マジか。断りてぇ……!

 けどこの空気で、この依頼内容で、この子からの依頼を断るの鬼畜過ぎる……!

 何が問題か、簡単である。僕は今女装中なのだ。若干忘れてたけど、かなりクオリティの高い女装中なのである。

 つまり、ポロンちゃんは女の子の現役傭兵に操縦を教わろうと依頼してて、でも僕は男なのである。

 もし仮に、ポロンちゃんやそのお父上が僕の傭兵IDに依頼をしてみろ。何故か依頼先の傭兵のデータには男の記載があるのだ。

 ヤバいヤバいヤバいヤバい。コレはヤバいよ。町で市民の子供に水ボトルひっくり返された時くらいヤバい。身バレとかってレベルじゃない。


「ターラ、どうしよう」

「もう、正直に話すしか無いんじゃないか?」

「暴露会、付き合ってくれる?」

「一人で死ね」

「薄情者ぉぉぉおッッ!」


 突然言い合う僕らを見たポロンちゃんが、泣きそうな顔で「だめ、ですか……?」って言ってる。もう腹を括るしかねぇ……!


「…………………………ポロンちゃん、驚かずに聞いて欲しいんだけど」

『は、はいですっ』

「僕、実は、……………………………………男なんだ」


 言った。ちくしょう。迂闊に傭兵だって口を滑らせた僕が悪い。

 あれだけターラに、いやもう良いよ、タクトにあれだけ口酸っぱく気を付けてねって言ったのに、まさか僕がやらかすなんて!


『………………?』

「……男、なんだ」

『…………………………?』

「すげぇ。ポロンちゃんが宇宙の真理を知った猫みたいな顔してるぞ」

『興味深い』

『………………おとこ? あれ? オトコって、なんでしたっけ?』


 ポロンちゃんの中で『オトコ』って言葉の意味が崩壊したらしい。もうこれ、混乱ってレベルじゃないぞ。錯乱って言って良いぞ。

 居た堪れない……! 誰か助けて下さい……!


「あの、ね? その、まず、僕は、女装してる、男なんだ」

『…………じょそう』

「そう、女装。……ああ、勿論、好きでこの格好をしてる訳じゃ無いんだ。色々と事情があって…………」

『じじょう』


 本気でポロンちゃんが、もう何も理解出来ないって顔してる。

 今なら、『バイオマシンって実は食べたら美味しいんだよ』って言えば信じそうだ。ちょっと試してみたい気もする。


「その、実は名前もディアラじゃ無くて、これゲーム用の名前なんだ。偽名って言うか……」

『……ぎめい』


 今まで口にして来た液体が、実は水じゃなくてニトログリセリンだったって言われた様な顔で、ポロンちゃんはずっとオウム返しだ。

 ただ、理解を拒絶してるって感じではなく、「マジで何言ってるのか理解出来ない」って顔なので、そこはまだ良かった。

 後はこれで、正気に戻った後に気持ち悪いって拒絶され無きゃセーフかな?


『…………おとこのこ、です?』

「いえす。あいむ、ぼーい。のっとがーる。あいむぼーい」

『あいむぼーい……? ゆーぼーい?』


 ユー ボーイが帰って来るなら一応通じてるのか、そう思った矢先、ホロ通信の向こうでポロンちゃんの顔がクシャっと歪む。

 ああ、コレは「気持ち悪い!」ってパターンかなって思ったら、ポロンちゃんは予想の斜め上を行く。


『そ、そんな、ディアラさんか男の子だったら、男の子より可愛くないポロンはなんなんですか…………』

「うぇぇえっ!? まっ、そんな事ないよ!? ポロンちゃんめっちゃ可愛いよっ!? ねぇターラッ!?」

「それは間違い無い。ポロンちゃんが可愛く無いって言ったら、俺、じゃなくて私の知り合いの女の子が全滅するんだけど」

『ぇう……、そんな、そんなこと無いですぅ……』

「ほら可愛い」

「可愛いよなぁ?」

『間違い無い。可愛い』


 三者三様、異口同音に可愛いを口にする。

 ポロンちゃんは褒め倒されて真っ赤になり、うにゃうにゃ言いながらホロの向こうに引っ込んでしまった。汎用コックピットのダッシュボードの下である。


「それと、もっと言うと僕ってスラム孤児なんだよね。成り上がりって奴でさ」

『………………スラム、こじです?』


 僕に依頼をしたいと言うので、ある程度は誠実な対応が必要だと思い、僕はこの場で開示出来る情報は開示して行く。

 それに気を引かれたポロンちゃんはぴょこっと姿を表したが、やはり小動物感があって可愛らしい。

 なんだろう。イメージの中の兎がピッタリだ。


「だから、僕が男で、スラム孤児からの成り上がりだってポロンちゃんのお父さんに伝えてもらって、その上でもまだ、依頼をしたいって言うなら、相場通りの依頼料で請け負うよ。約束する。…………ああ、傭兵ギルドに依頼を出すなら、ディアラじゃなくて『ラディア』って名前の傭兵宛にしてね。乗機登録してる機体名はシリアス。ギルドページで検索出来ると思うから」

『………………聞いて、みます、です』

「うん、じゃぁ、またね」


 本当は新装備の使い心地をもっと試しだったんだけど、気分じゃなくなったので落ちる事にする。

 ゲーム外でも端末でパーツとか漁れるし、バーニア系の装備をもっとちゃんと吟味したいと思う。


『さ、さよならです!』

「うん。」


 父上に許可を取る為にログアウトして行くポロンちゃんと、気が抜けてしまったので落ちる僕。

 その対比が、この先に交わるかどうか、僕には分からない。


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