第23話 永久旅団の団長。



「初めまして、ラディアです……。本当はラディアなんですけど、この格好の時はディアラなので、えと、察して下さい……」


 シリアスのカスタムが終わり、おじさんに支払いも終わって移動した先。

 完全にお嬢様に対する態度で案内してくれたホテルマンに連れられて行ったお部屋、カルボルトさんが泊まってるホテルの一室。

 そこには四人の人が居た。


「挨拶、痛み入る。私は傭兵団『永久旅団』団長のライキティ・ハムナプル。君と友誼を結んだカルボルト・レイクスーツの上司だ。よろしく」

「ご存知、カルボルトだ。永久旅団の切込隊長をしてる。改めて、よろしくな」

「初めましてディアラちゃん! 私は永久旅団の徒歩傭兵隊の隊長で、広報と新人育成も任されてるセルリルク・エッケルホークだよっ! ランクは五で、ブリッツキャットに乗ってるんだ! セルとかリルクとか、好きに呼んでね! 団ではセルクって呼ばれるのが多いかな?」

「…………人事を任されてるグドラン・リカールだ。よろしく」


 カルボルトさんがずっと団長、団長と呼んでいた女性は、ライキティさんと言うらしい。三十代って聞いてたけど、凄く若く見える。下手したら十代後半でも通じそうな見た目で、鮮やかでサラサラな赤色の髪が特徴的だ。

 傭兵団に所属する徒歩傭兵を纏めてるセルクさんは、緑色の髪が綺麗な女性だった。やっぱり若く見えて、ライキティさんとそう変わらない年齢に見える。やっぱりアンチエイドの効果なのかな?

 最後は濃い灰の髪を短く揃えた寡黙な男性、グドランさん。四十代後半に見えて、実際にその年齢らしい。

 部屋着でラフなカルボルトさんと違って、三人は全員が、紺色に金の縁取りがされた揃いの服を着てる。団服らしい。カッコイイ。


「か、カルボルトさんって、ファミリーネームがレイクスーツって言うんですね」

「おう。そういや教えてなかったな」


 孤児って基本的にファーストネームだけで過ごすから、ファミリーネームに無頓着だったのは僕もだ。カルボルトさんだけのせいじゃない。

 と言うか、僕って自分のファミリーネームも知らないんだよね。父が離婚のアレコレでファミリーネームが変わったり戻したり、そのまま独り身の傭兵だとカルボルトさんみたいに名乗らなくなる事もあって、僕は父が最終的にどんなファミリーネームだったのか知らない。つまり自分のファミリーネームも知らない。

 色々あって戸籍も飛んだので、今の僕は正式に「ただのラディア」である。だって知らないんだもん。

 スラム孤児にはファミリーネームを持ってる子も居るけど、捨てられたりしてスラム入りしてる訳だから基本誰も名乗らない。嫌な思い出が詰まってるから。


「…………ふむ。可愛い」

「ですね! 本当に可愛い!」

「や、止めてください……」

「……もしウチの団に入ったら、若い奴らが浮き足立つな」

「性癖捻じ曲がる事請け合いだよな。可愛いから男でも良いっつって」


 人を性癖破壊機みたいに言うの止めて下さいませんかね?


「て言うかカルボルトさんが原因ですからね? 僕、まだ微妙に怒ってますからね?」

「スシ奢ったじゃん」

「それは悪びれずに弄って良い理由にはならないかと。…………カルボルトさんも見た目綺麗ですし、女装してみます?」

「あ、悪かった。すまんかった。もう言わんから、その道連れにしてやるって昏い笑顔を止めろ」


 シリアスが本気になった時の、スキャニングからの陽電子脳全力演算で成される女装クオリティ、カルボルトさんも経験するべきだ。

 ムキムキだけど、顔が綺麗だからきっと、たぶん、良い感じの美人にしてくれるよ。シリアスが。


「許せって。今回は団長がスシ奢ってくれるって言うからさ」

「…………オスシ、オスシぃ」

「よっぽど気に入ったんだな」


 だって美味しいもの。

 フードマテリアルの再現って、生食用の魚と相性が悪いみたいで、オスシやサシミって食べ方が難しいのだ。

 だからフードマテリアルが当たり前の現代に於いて、魚料理と言えば火が通ってるのが当たり前。と言うか料理の完成品を出力するのが一般的で、なるべく生魚を作らない方が良いと言われてる。

 手料理愛好家派閥の悩みは大体生魚の利用方法だと言われてるくらいだ。


「生魚、オスシ、オサシミ…………」

「フィッシュモンスターかよ」

「ボク、サカナ、タベル……」


 茶番を挟みつつ、改めまして。


「えーと、改めまして。ランク一傭兵のラディアです。デザートシザーリアのオリジン、シリアスに乗ってます。今日はよろしくお願いします」

「ふむ、可愛い」

「団長、さっきからソレしか言ってませんよ!」

「いや、しかし、他に言葉が見付からないのだ。正直、ちょっと感動して、内心で神に感謝してる」


 そも、今日はカルボルトさんから団長さんを紹介されるって話しだったけど、他の人はどうしたんだろう。


「ああ、グドランは完全にオマケだが、セルクは少しばかり用事がある感じか。用事って程で無いんだが」

「えっとね、ディアラちゃんのお友達のタクトくん! 最近良く徒歩傭兵として仕事を任せたりするんだけど、すっごい働き者だよね! ディアラちゃんのお友達って事で、私もついでに挨拶に来たの!」


 え、マジか。タクトにお仕事くれる人なのか。もうこの時点で僕の中でセルクさんはめっちゃ良い人判定だ。

 

「タクトを、よろしくお願いします……」

「うん! 任された! タクトくんはね、少しずつ稼いで、グループの子達全員に情報端末を買う為に稼ぐみたいだよ!」

「ああ、端末さえ有ればとりあえず徒歩傭兵に成れますもんね」


 ありがてぇ、ありがてぇ……。

 これでタクトと、その周りがより幸せになる。物凄くぶっちゃけると、タクト以外の子達の幸せとか正直どうでも良いんだけど、タクトが幸せになるには周りの幸せも不可欠なので、やっぱり周りごと幸せに成る必要がある。

 そのきっかけを貰えるなら、永久旅団とセルクさんは凄まじく良い人だ……。天使の称号はシリアスの物なので、女神とでも呼ぼうか。


「なぁ、そろそろ行こうぜ? 坊主もスシ食いたいだろうし」

「む、そうだな。このままだとディアラちゃんが可愛過ぎて、何を喋って良いか分からないからな。食事でもしながら慣れる方が良いだろう」

「…………提案がある。俺は乗機が無いから、ディアラの機体に乗せてもらいたい。オリジンに興味が有る」


 痺れを切らしたカルボルトさんがオスシをプッシュして、グドランさんがそう言った。

 グドランさんは完全に事務職らしくて、傭兵団の人事を担う徒歩傭兵だそうだ。

 セルクさんは徒歩傭兵を纏めてるけど、それは戦闘員や、非戦闘員であっても現場に出て来る人を纏める立場らしく、事務であるグドランさんの上司って訳では無いと言う。


「あー、グドランはオリジンに憧れまくって傭兵に成った口だからな」

「そうですね。オリジンに出会うまでは乗機を持たない、なんて若さ故の暴走を拗らせたまま生きてたら、生粋の事務傭兵に成ってた変わり種ですからね」

「…………後悔はして無いぞ。今日、こうしてオリジンに会えるんだからな」


 物凄い経歴の人も居たもんだ。僕はそこまで純粋にオリジンに憧れ続けたグドランさんを凄いと思う。

 人のプラスの感情って、そう長く胸に秘め続ける事が困難なんだ。僕もシリアス大好きって気持ち以外のプラス感情なんて、一頻り喜んだら次の日にケロッとしてるし。最悪忘れるし。

 それを、一つの仕事を任されちゃうくらいに事務を極めるまで憧れ続けるなんて、それは誇って良い凄い事だと思う。


「えと、乗って良いかどうかは、僕じゃなくてシリアスが判断するので、僕はなんとも……」

『回答する。複座なら許可。メインシートには絶対に座らないと約束するなら、シリアスは受け入れる』

「…………だ、そうです」

「………………ッッッ!? い、今のが、オリジンかっ?」


 シリアスは基本的に、僕の端末経由で会話を聞いてるし、僕の端末のテキスト読み上げアプリケーションを使って発言も可能だ。なので何時でも会話に割り込める。


「か、感動だ……! オリジンと、会話してしまった……」

「……凄いな。噂に聞くよりずっと理性的だ」

「だろ? 凄い良い奴だし、気さくだったぜ」

「て言うか! 乗機とお話し出来るのが凄い羨まし過ぎるんですけど! 私もウチの子とお話ししたい! 可愛がりたい!」


 お話し合いの結果、グドランさん以外は自分の機体乗って、グドランさんは僕と一緒にシリアスへ乗り、前にご馳走して貰った『鮨処ハナヨシ』に移動する事に。

 寡黙でナイスミドルな感じだったグドランさんは、オリジンを見れて、しかもコックピットにも乗れると成ってウッキウキだった。

 ホテルの駐機場に移動して、皆にシリアスを紹介した時なんて、シリアスが挨拶代わりにアームを上げてふりふりしたら、グドランさんが泣き始めちゃった。

 現代人にとって、オリジンとはそれだけ憧れの存在なのだ。父曰く『御伽噺よりちょっとマシ』な、つまり『実在する御伽噺』であるオリジンは、自分が経験出来る可能性があるファンタジーなのだ。

 憧れ続けた存在を目にしたグドランさんは、静かに、だけどボロボロと号泣して、初めて見る仲間の姿にカルボルトさん達も慌てる始末だった。

 シリアスもびっくりしちゃって、『お、落ち着くと良い』って声をかけるもんだから、逆にもっと感極まって酷い事になった。


「……ぐすっ、ディアラ、いや、ぐず、ラディアと、あえて呼ぼう」

「は、はい」

「…………ありがとう。この、機会をくれて、ありがとう」

「いえ、あの、僕なにもしてないので、お礼はどうか、シリアスとカルボルトさんに……」


 駐機場の一幕。グドランさんは「君が傭兵団を立ち上げたなら、そちらに移籍して腕を振るおう。是非声をかけてくれ」と言ってくれた。


「いや待て待て待て待て。グドランに移られたら旅団がテンヤワンヤだろう。移籍は止めろ。むしろディアラちゃんをウチに誘え! お前はウチの人事だろうが!」

「………………?? オリジンには、ソロか、小規模傭兵団の方が、似合うだろう?」


 グドランさんは「お前は何を言っている?」みたいな、心底不思議そうな顔をライキティさんに向けていた。ライキティさんは顔が引きつっていた。

 

『……話しが終わったなら、移動を推奨する。休日とは言え、時間は有限』

「そ、そうだな。うむ、オリジン殿の言う通りだ。ほら、グドランも移籍の話しは忘れて、食事に行くぞ!」


 そんな訳で、オスシ屋さんへ。

 シリアスの複座に座ったグドランさんはまた感動して泣いてて、僕も移動中は滅多に見れない戦闘機を見れてテンションが高かった。

 ライキティさんの乗機はクロスレオーネ。中型上級の制圧戦闘機だ。

 首を起点に十字に見える鬣は、中型のプラズマ砲を四門搭載した専用装備で、更に背部は中型の長距離パルス砲が二門と、大型の炸薬中距離砲が一門。そして後ろ脚の付け根辺りに片方六門、計十二門のハープーンミサイルビットのミサイルポッドが装備されてる。


 めっっっっっっちゃ強そう。


 全体的に真っ白なカラーリングで、機体名は『タマ』らしい。

 多分、今のシリアスで戦ったら秒殺される。装備の質もそうだし、その機体に乗って今日まで戦い抜いたライキティさんの腕もそう。勝てる要素が今のところゼロである。でも何時か、良い勝負が出来るくらいに成りたいと思えて、タマを見れて良かったと思う。

 そして、カルボルトさんのミラージュウルフ『ルミナ』はご存知の通りで、中型中級の戦闘機。正確な分類は強襲戦闘機らしい。

 コンシールドブラスターは格納されてるので、非武装に見えるスタイリッシュなシルエットがやっぱりカッコイイ。しかも、白銀に見えるけど、確かミラージュウルフの装甲って好きに色を変えられたはずだ。多分ミラージュディスチャージャーの効果をより高める為の装甲なんだろう。カッコイイ。

 セルクさんが乗るブリッツキャットも凄いぞ。小型上級に分類される威力偵察戦闘機で、シリアスより少し大きいくらいのサイズなのに立派な戦闘機なのだ。

 深い緑色をしてて、前脚の両肩に中型プラズマ砲と小型パルス砲の複合ウェポンバインダーが装備されてて、背中には良く分からない物がついてる。後ろに乗ってるグドランさんアレは何かと聞けば、電子専用の装備だと言われた。


「ふぇぇ、色んな装備が有るんですねぇ」

「我々永久旅団は、一般的には『万事屋』に分類されるタイプの傭兵団だ。もちろん戦争にも行くので、対バイオマシン戦を想定した電子戦装備も重要なのだ」

「なるほど」


 電子戦装備とは、要するにセンサーとかを欺瞞して位置情報を誤魔化したり、敵機のロックオンシステムに干渉して照準を邪魔したり、色々と敵の行動を妨害する為の物だそうだ。

 グドランさんの言う「対バイオマシン戦」とは、人が乗ってるバイオマシンを相手にする場合をそう呼ぶみたいで、野生のバイオマシンは武装が使えないから電子戦装備はそこまで必要にならないそうだ。


「戦地は厳しいからな。昔、超長距離砲撃特化改修を成されたシールドダングの使い手が敵国に居て、位置情報も誤魔化さずに戦地に入ろう物なら一方的に超長距離狙撃で殺され続けるなんて悪夢もあってな」

「うわぁ……」


 恐ろしい話しだ。何が一番恐ろしいかって、を語られてる所だろう。つまり実際に、その昔にそうやって永久旅団のメンバーが殺されまくった事実が有るって事なんだから。


「ちなみに、どうやって攻略したんですか?」

「カルボルトがルミナ単機で特攻して、件のシールドダングを破壊して来たのだ」

「カルボルトさん強っ……!?」

「ミラージュディスチャージャーは電子戦装備でもある特殊兵装だからな。光学情報もセンサーも欺瞞しまくって特攻したのだ」

『ラディア、同じ状況に陥った場合の対策を、今から考える必要がある。どちら側の戦略も、同様に』

「あ、そっか。狙撃特化機体は当然として、ミラージュウルフもカルボルトさん以外に誰も乗ってないって訳じゃ無いもんね。敵対する可能性も有るのか。レア機体だけど、父さんも乗ってたし、居ない訳じゃない」


 有意義な移動時間を過ごし、『鮨処ハナヨシ』に到着。相変わらず高そうな外観だ。金持ち以外お断り感が凄いのに、それで下品な外観になってないのがまた凄い。


「シリアス、行ってくるね」

『楽しんで来ると良い。シリアスも端末で様子を見てる』


 毎回、シリアスを置いて離れざるを得ないのが寂しくて堪らないけど、そこは受け入れるべき事である。

 種族が全く違う相手に恋したのだ。その違いを受け入れ、尊重して暮らして行く度量は絶対に必要だ。この寂しさを受け入れられないなら、僕はシリアスと暮らすべきじゃない。

 でも、受け入れても、寂しい物は寂しいのだ。離れる前にシリアスのシザーアームにきゅっと抱き着いて、スリスリしてから離れた。


「では、鱈腹食べ給え!」

「ご馳走になります! 頂きます!」

「おっし食うぞ〜」

「カルボルトは遠慮し給えよ」

「なんでだよ。この会をセッティングした立役者だぞ俺」


 そうしてオスシである。ライキティさんはランク八だし、カルボルトさんよりも稼いでるはずで、本人にも遠慮は要らないと言われた。

 なので僕は遠慮せず、初っ端からオオトロとチュウトロを注文し、ウナギニギリとアナゴニギリも頼む。


「ディアラちゃん、良い食べっぷりですね!」

「おいひーでふぅ……」


 前回は、アブリサーモン、炙りサーモン? も美味しかった。あとズワイガニも良かったんだ。それも頼もう。


「ほれ、貝もどうだ? 坊主はコリコリしたネタよりシットリした奴が好きだったよな? ならアカガイよりホタテだな」

「んんー!? おいひい!」

「む、ならコレなんかどうだ? 魚では無いが、馬をサシミにしたサクラニギリと言う。程よい歯応えだがシットリしてて、旨味も強いぞ」


 代わる代わるオススメされて、僕は常に何かを食べてる形になる。

 どれもこれも美味しくて、カルボルトさんが僕の好みを覚えてたから尚更美味しいのしか運ばれて来ない。


「………………コケティッシュ女装少年がニコニコしてるの尊い」

「……あ、女装してるの忘れてた」


 ライキティさんに指摘され、急に恥ずかしくなってモジモジしてしまう。些か堂々とし過ぎてしまった。全然気にしないで、慣れてるか望んでそうしてるみたいな態度だっただろう。恥ずかしい。僕の趣味じゃ無いのに……。


「おい団長、せっかく坊主が楽しそうにしてたのに、水刺すなよなぁ」

「す、すまん……。あまりにも可愛かったから……」

「ディアラちゃんも、ウチの団長がごめんね?」

「あ、いえ。僕、奢ってもらってる立場ですし……」

「本当に済まない。その、一般的な嗜好で無い事は理解してるのだが、だからこそ尚更、今日は楽しくて仕方ないのだ。君の気分を害したい訳では無いので、私の事はあまり気にしなくて良い」


 いや、でも、ホストを無視する訳には行かないでしょう。僕が元スラム孤児でも、流石にそれがダメな事は分かる。

 と言うか、僕って一人でバクバク食い過ぎな。奢られる立場なんだから、もっと何かやる事が有るのでは?


「えと、ライキティさん。その、お酌します…………?」

「あっ、死…………」

「なんでッ!?」


 お酒を嗜んで居たライキティさんに、お礼のお酌をしようと思って移動したら、酒瓶を持ってライキティさんを見上げた時点でライキティさんが鼻血を噴き出して倒れた。何事かっ!?


「あはっ、ディアラちゃんの上目遣いで団長がノックダウーン!」

「我らが団の長ながら、情けない……」

「コレでも腕は一流なんだよなぁ。悪ぃな坊主、ソレはほっといて良いから、スシ食えよ」

「えと、でも、良いんですか……?」

「団長も、自分の趣味で坊主に迷惑を掛けてぇ訳じゃねぇんだよ。度がし難い変態ではあるがな」


 なんと言うか、大変そうだなって感想がまず出て来る。

 まぁ僕も、人間の癖にバイオマシンへガチ恋して興奮してる大変態なので、ライキティさんに何か言う権利なんか無いんだよな。


「良いからほれ、スシ食いねぇ」

「食いねぇ!」

「アラジルも良いぞ。ダシの効いたスープが五臓六腑に染み渡る……」

「…………あ、ホントだ。このスープも美味しい」


 勧められたアラジルってスープを啜り、オスシを味わう。

 アラジルはなんか、凄いごちゃごちゃと魚介を煮込んで、甲殻類の殻とかも全部気にせず提供しちゃう感じの、荒々しいスープ料理だった。

 荒いけど豪華なソイスープ的な感じかな。


「…………やっぱりマグロおいひい」

「坊主、マグロ好きだよなぁ」

「しゅきでふぅ……」


 最近はちょっとずつ、この貧相な胃袋も丈夫になってる。だから前よりは沢山食べれるのだ。

 スラム孤児とは言え、僕らは鉄クズ集めでお金は稼げていた。問題は水が高過ぎる事であり、最低グレードの民間レーションなら毎日ちゃんと食べれてたんだ。

 消化に良過ぎて栄養価も高い民間レーションだけど、消化に良過ぎるからそればっかり食べてた僕らの胃袋は、マトモな食事を入れると疲れちゃうんだ。

 栄養価とカロリーが高いのを良い事に、摂取量も控えてたから、尚更胃袋が弱かった。お腹いっぱい食べるなら三から四パックは食べるレーションを一個だけで済ませてたからな。一食一個として、一日二食が基本だったけど、稼げなかった日は一食も有り得た。


「最近やっと『お腹いっぱい』って感覚を知れましたぁ〜」

「不憫かよ」

「お、お腹いっぱい食べてね! 支払いは団長だし!」

「タマゴニギリも良いぞ。安いが、舌安めに良い」


 卵焼きのニギリなんてのも有るのか。確かにお魚じゃ無くて卵料理をニギリなら、他と比べて安いんだろう。

 でも今日で二回目だし、今日は値段を気にせず美味しければ良いって感じで選びたい。前回は「こんな機会二度と無いかも知れないから、高いの優先で食べる!」みたいな空気だったし。

 良く考えるとカルボルトさんにとって超迷惑な空気だったよね。必ずお返しはしよう。


「あ、そう言えば、シリアスが求めた補填ってどうなったんですか?」

『便乗。シリアスも気になる。シリアスが行使した女装権の埋め合わせを求める』

「…………だ、そうだぜ団長。おら、何時まで幸せそうに寝てんだ」

「--ハッ!?」


 ライキティさんが復活した。


「そうだな。むしろ何が欲しい? 今の私なら大抵の無茶でも許容するぞ?」

「あー、一応注意して置くと、バイオマシンのパーツの要求とかは止めとけ。傭兵でソレに慣れちまうと、ロクな事にならんぞ」


 巷では『クレクレ』と呼ばれて嫌われる傭兵の特徴らしい。

 知り合いでお金を稼いでる格上の傭兵に、余った装備やら機材やらを『要らないならクレよ。それクレよ』と言って、自分は労を要さず装備のアップグレードを行う嫌われ者の事だと言う。


「そんな人居るんですか」

「居るんだよなぁ。ウチの団の新人にも、たまーに居る。まぁそう言う奴はぶん殴って叩き直すか、直らなきゃ追い出すだけなんだが」

「…………自分の愛機に貰い物ばっかり宛てがうとか、僕にはちょっと理解出来ないですねぇ。シリアスには出来るだけ、愛情いっぱいのプレゼントがしたいので」

「わぁ! 分かるぅ! やっぱり自分の子は、自分で稼いだお金で飾ってこそだよね!」

「ですよね! 自分の伴侶に貰い物ばっかりあげちゃダメですよね! 善意で貰った物を感謝して使うならまだしも!」

「自分から集めちゃダメだよね!」


 セルクさんと音速で仲良くなった。今度一緒に何処か、コックピットアクセサリーを買いに行く約束をする。

 カスタムパーツでは無く、例えばコックピット内の消臭をしつつ香りを添加する芳香剤が染み込んだ飾りとか、タバコを吸う人ならコックピット内で使う灰皿とか、そう言う周辺アイテムを買いに行くのだ。

 連絡先も交換して、良いお店を教えて貰えるとの事でホクホクだ。やっぱりネット注文だけでは限界があると言うか、時には無駄打ちも発生する。

 やはり、手に取って自分で選ぶ以上に、自分のニーズを正確に満たす買い物方法は無いのだろう。だからこれだけ超技術で発展した現代でも、店舗販売が無くなったりはしないのだ。


「端末ホルダーも可愛いの有るんだよ!」

「あー、そう言えばシートに吊るすタイプの端末ケース、買おう買おうと思ってたのに忘れてた……」

「買いに行こうねぇー!」


 ニコニコのセルクさんと約束した。流石に忙しい人なので、そうそう時間は作れない様だけど、時間が出来たら連絡すると言ってくれた。

 人懐っこい人である。僕の心にササッと入って来て、嫌じゃない場所をぱぱっと見付けて、そこに居座るのが上手い人だと思った。


「で、何を求めるんだ?」

「なんでしょう? シリアス、決まってるの? シリアスのお願いでしょ?」

『思案中。正直、パーツを要求するつもりだった。現状、他に思い付かない』

「別に私は、パーツでも良いのだが……」

「止めとけや団長。互いの為に成らん取引は最初からやらん方が良い」


 結局、シリアスの要求はパーツ以外に無かったので、無償で貰う形は避けて、永久旅団で下取りに出す予定のパーツを僕らが買わせて貰う事になった。

 流石に生体金属心臓なんかは無いだろうけど、アクチュエータを換えたとは言え足周りがまだ不安だし、ちゃんとしたパーツと換えられるならその方が良い。

 中型武器も、パルス砲やプラズマ砲が格安で手に入るなら、テール炸薬砲と交換しても良いし、背面にハードポイントを増設して装備しても良い。

 中古品を格安で買わせて貰うのは、僕らにとっては充分過ぎるくらいの得である。


「ふむ。では、下取りに出す装備品についてリスト化して置こう。団の会計担当に言ってリストを作るから、明日の朝まで待って欲しい。出来たら端末に送ろう。と、言う訳で端末IDを貰えるかな?」

「あ、ありがとうございます!」

『感謝する』


 シリアスがまた強く、素敵に成れるのだ。

 うん、明日が楽しみだ。最近は、本当に毎日が楽しい。


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