第22話 新生活。



 シリアスのカスタムが終わってから二日が過ぎた。

 おじさんにツケてた工賃も早々に払い終わった。お支払いは約五万シギルだった。


「今日は何しようか?」

『休日でも可。稼ぎも悪くない。慌てて仕事をする理由が無い』


 カーキ色で厚手のカーゴパンツに、白いシャツ。それに傭兵向けの黒いタクティカルジャケットを羽織った僕は、シリアスのコックピットに座ってシリアスとお喋り中だ。

 鹵獲はまだチャレンジして無いけど、それでも一日に数機のデザリアを狩るだけでかなりの稼ぎがあり、シリアスが言う通りにお休みも検討出来るくらいには余裕がある。

 陽電子脳ブレインボックス生体金属心臓ジェネレータのどちらかは残して反対を破壊し、限り無く鹵獲時に近い鮮度で一機分の生体金属ジオメタルを持ち帰る。

 背嚢リュックに僅かばかりの生体金属ジオメタルを詰めて売ってた生活からは考えられない稼ぎだ。三○万シギルから四○万シギルは稼げてる。しかもそれだって一機当たりの話しで、一日に数機も狩れば、それだけで一○○万シギルを超えて稼ぐ事も出来る。

 その場合は、あくせくと都市から砂漠へと往復するので、時間もかかるのだけど。


「二日で口座のお金があっという間に回復したし、確かにお休みでも良いかな?」

『たった二日で一八○万シギル。ラディアとシリアスで等分して九○万シギル』

「凄いよねぇ。そりゃ傭兵は稼げるって言われる訳だよ。稼げるお金の桁が違い過ぎる」

『その稼ぎは、機体を手に入れる資本を担保にしている。つまり、資本に資本が集まる当然の経済形態とも言える』


 お金はお金に集まるって奴か。

 バイオマシンを手に入れるのは相応にお金が掛かるから、その通りかも知れない。お金を稼ぐ為にお金をかける。お金持ちは誰もがやってる事だし、傭兵はその金額の初期投資額が桁違いだから桁違いに稼げるだけか。

 そう考えると、オリジンであるシリアスと知り合って稼いでる僕は、もうとんでもないラッキーボーイって事だよね。元手はゼロだったもん。


『否定。ラディアは命を懸けた。元手ゼロは間違い』

「それもそっか」


 本当はもっと稼ぎたいけど、警戒領域でデザリアを狩るのは結構大変だった。

 何より、見つからない。すっごい見付からない。

 シリアスによると、センサーの効きが悪くなる砂の中に居るのが基本らしく、たまたま外に出てる機体を見付けないと狩りにならない。

 ガーランドの警戒領域にはデザリア以外にもバイオマシンは出るのだけど、その領域はもう少し遠いので、移動時間も考えるとやっぱりデザリア狩りが安定する。

 この辺りで遭遇するバイオマシンは基本的に三種類。デザートシザーリアと、アンシークと、シールドダンクだ。全部戦闘用じゃない。随分平和な土地である。

 アンシークとシールドダンクはガーランド以外の警戒領域でも良く生産されてるので、特産や名物とは言えない。しかし、デザートシザーリアは帝国だとガーランドくらいでしか見付かってないので、ガーランドで狩るならやはりデザリアが良いだろうと思う。


「…………タクトのとこ行く? シリアスに乗せるって約束、まだ果たして無いし」

『それも良い。他には、今の所持金でまたカスタムをしても良い』

「あー、そうだね。まだ細々としたところは弄りたいもんね」


 僕らは武器にお金をかけたので、デザリア狩りも簡単だ。でもそれは逆に言うと、シリアスも簡単に致命傷を受ける危険があるって事だ。具体的には、他の傭兵からの攻撃とか。

 要するに、シリアスの装甲は薄いのだ。ペラッペラだ。アームとコックピットは戦闘用に変えたので相応に硬いけど、まだ素体のままであるボディは工作機のままだ。


「装甲の総取っかえと、あと足周り?」

『肯定。戦闘用の装甲への換装と、現在のテール、アーム、コックピットの重量を支えるには脚部が貧弱』

「その二つさえアップグレードすれば、暫くはカスタム要らないんだよね?」

『肯定。ガーランドで過ごすには破格の性能になる試算。そのまま暫く稼ぎ、次は一気に性能を引き揚げる方が良いと思われる。これ以上の性能は僚機狩りに不要なので、アップデートを刻む必要は無い』


 つまり、デザリア狩りを生業にするなら充分な性能なので、小刻みに強化する必要が無い。だから次の強化は一気にやる方が良いって事だ。

 

「んー、おじさんに装甲の交換ってどのくらいかかるのか聞こうか」


 ちなみに、シリアスを駐機してる場所は整備屋サンジェルマンのハンガーだ。あれから僕はずっと泊めてもらってる。

 僕はシリアスのパイロットシステムを落として、ハッチ解放シークエンスを終わらせてから外に出る。メインモニターとか出たままだと外に出られないからね。

 ホロバイザーが上がり、安全バーセーフティーロッドも上がり、メインモニターの役割を果たすハーフパノラマディスプレイが床に沈んで、頭上の補助モニターも上部に消えて行く。

 そして外からキャノピー装甲がガシャッと開いた音がして、目の前のハッチが開く。

 ああああギミックがカッコイイんじゃぁ〜。出入りする度にテンション上がるぅ〜。頭ダメんなるぅ〜。


「おじさーん!」

「あ? どした?」


 タラップを踏んで外に出て、誰かのウェポンドッグを整備してるおじさんを呼ぶ。おじさんは本当に働き者だ。


「シリアスのノーマル装甲を戦闘用に交換したいんだけど、工賃と装甲の費用を含めた見積もり、それと納品までの時間。どれくらいになる?」

「あー? もう次のカスタムか? 俺としちゃ稼がせて貰えるから良いけどよ。他にも金使う事あんだろ?」

「え、いや? 僕、シリアスに使うよりも有意義なお金の使い方とか知らない…………」

「…………スラム孤児だった弊害で金の使い方知らんのか、それともお前個人のシリアス至上主義が原因なのか、判断がつかん。…………まぁ良いか。戦闘規格の汎用装甲で良いなら在庫は有るからすぐに出来るぜ。今からお前を優先してやって納品まで三時間。費用は工賃含めて三○万ってところか」


 早いし安い。いや、安いか? 分からない。いや高いな? 死んでるとは言え新鮮な生体金属ジオメタル一機分と陽電子脳ブレインボックスを売り払った代金使って、装甲だけになっちゃうんでしょ?

 その分硬いって事なんだろうけど、丸一機分が装甲だけに縮むと思うと、凄い濃縮率だと思う。


「言っとくが、これでも安くしてるからな? 正規店だと四○万から五○万取る所もあるぞ?」

「マジか。正規店でボッタくり?」

「馬鹿野郎。正規店はその分、懇切丁寧に、微に入り細を穿つ仕事をしてんだよ。正規店って言うブランド力が値段に乗ってるのは認めるが、そのブランド力を守る為に相応のサービスを提供してるからこその正規店なんだぞ。お前、俺の事好き過ぎて忘れてるかも知れんが、此処ここはスラムの非正規店だぞ? 営業許可は持ってるから違法じゃ無いけどよ」


 いや、非正規店ならむしろ高くなりそうじゃない? ボッタくり方面でだけど。


「オリジンとその機兵乗りライダーを相手にボッタくりなんて出来るかよ。汎用装甲ってぶっちゃけ売れねぇしな。在庫処分も含めての値引きだから気にすんな。それとも、デザリアの専用装甲が良いか? それなら注文して取り寄せで、品の値段も上がるから全部で六○万から七○万シギルになるぞ。時間も四日は貰うぜ」


 シリアスに確認すると、汎用装甲で充分だそうで。


「汎用装甲で大丈夫です。お金貯めたら一気に超強化する予定なので、今は充分な性能が有るなら安いので良いってシリアスが」

「賢明な判断だな。さて、依頼はそれだけか?」

「あ、足周りってカスタム出来ます? カスタム分の重量にノーマルレッグが耐えられるか不安なので、これも出来れば戦闘用に……」

「あー? いや、流石にそれはパーツ取り寄せになるぞ。それとも、内部のアクチュエータを取り替えるか? 重量に耐えられれば良いんだろ?」


 シリアスに確認。僕では判断出来ない。


『データを送って欲しい』

「あいよ。…………それ」

『確認、把握。アクチュエータの取り替えで構わない。その場合の費用と作業時間はどの程度か』

「それなら、装甲交換と合わせて五五万シギルと四時間でどうだ? 作業用ボット共がもう少し高性能ならもっと早く終わるんだが」


 そういう事になった。

 ちなみに、折角なので塗装もする事に。


「じゃぁ、作業に入るからよ。その間にカラーリングデザイン決めとけや。塗装自体は専用ボットに入力すりゃ一瞬で出来るから、納品ギリギリまで悩んで良いぞ」


 僕とシリアスのお金は、基本的に等分。それで機体性能に直結するカスタムなら二人で折半。機体性能に関係無いカスタムをするなら、希望した方がお金を出すルールとなってる。

 つまり、装甲と足周りの強化は折半。塗装は僕の支払いだ。


「うーん、やっぱデザートカラーは活かしたいよなぁ」

『頭部とアームがブラックで、後方がデザートカラーなので、グラデーションで仕上げて、サブカラーであるレッドラインとブルーアクセントを後方にまで施すデザインが良いと思われる』

「…………いいね。それで行こう」


 シリアスに言われた通りに、端末のアプリケーションでデザインを進める。

 赤と青と意匠がハッキリと違うので、逆に合わせやすい。

 直線的なラインがオシャレに主張する赤のラインデザインと、薔薇が炎っぽく見えるピクトグラムと言うか、トライバルと言うか、そう言う曲線的な青のエンブレムデザイン。

 この二つを主張し過ぎない様に、でも調和する様に機体のアチコチに伸ばして行く。

 僕はやっぱりシリアスと言えばデザートカラーってイメージが強いので、アームとヘッドを過ぎたらすぐにデザートカラーにグラデーションするカラーバランスを選ぶ。


『テールの先端もブラックにするとオシャレかも知れない』

「シリアスは天才なの?」


 いや、僕のトータルコーディネートが趣味みたいだし、自分のデザインを良くする程度ならお手の物かも知れない。

 最終的に、シリアスの提案を受けて僕のセンスを落とし込んだデザインが出来上がり、おじさんにデータを送信して塗装準備をして貰う。


「ほーう? 良いじゃねぇか。この手のデザイナーとしても食えるんじゃねぇか? 仕事斡旋してやろうか?」

「あ、それはちょっと面白そう。シリアスも手伝ってくれる?」

『肯定。その時はシリアスも手伝う』


 半分は社交辞令だと思ったのに、シリアスのカスタムが終わるの待ってると本当に仕事を寄越された。


「その仕事分で塗装の代金は相殺してやるよ」

「ほんとっ!? じゃぁ頑張る!」


 貰った仕事は、アンシークのカラーデザインだった。

 依頼人の希望はベースが緑で、森や風をイメージ出来るデザインを希望してる。希望の通りなら基本的にお任せで、デザイナーも問わないって仕事らしい。

 本当はおじさんが他のプロのデザイナーに委託する予定だったらしいんだけど、デザイナーを問わない依頼だから僕にやってみろって。


「良いの? 僕、プロじゃ無いけど」

「構わん。その依頼人も、大して金を掛けたくねぇからデザイナーの指定してねぇんだよ。要はケチってんだ。見積もりの時点でも文句言いやがってたから、素人デザインでも文句は言わせねぇよ。それに、お前とシリアスのデザインはマジで悪くねぇと思ったしな。お前の仕事の質によってはむしろ、依頼人にとっちゃ格安で良いカラーデザインして貰ってウッハウハのはずだぜ?」


 そう言う事なら、頑張ろう。

 僕はシリアスにも意見を貰いながら、小型下級アリ型偵察機であるアンシークのデザインをする。

 風と、森。緑がベースで、緑なら種類は問わないそうだ。


「ふむ、濃さの違う緑を組み合わせようか?」


 ベースに淡い翡翠をチョイス。それから、機体の要所に濃い緑で曲線的なラインを引いて行く。植物のツタをイメージしてる。

 さらに植物の葉をイメージしたピクトグラムも散りばめて、全体のバランスを整える。主張し過ぎるとダサくなるから、引き算でインパクトを出して行く。


『ベースの指定を遵守すれば、他の色をアクセントに置くのもアリ。控え目に配置する事で逆に存在感が出る事もある』

「なるほど」


 とは言え、森と風を欲してるのに、赤とか使っちゃマズイだろう。

 だとしたら、なんだろう。白か? 風をイメージするなら白か淡い青か。

 僕は基本的なデザインを完成させたら、極々微量だけ、白い曲線を引いてみた。頭部の横や、ボディに少しだけ。


「…………こんなモンかな?」

「出来たか? なら依頼人に完成予想図を送って見積もりを確定するからコッチ寄越せ」


 僕とシリアスが受けた初のデザイナーワークをおじさんの端末に送る。

 おじさんは機体を弄りながら器用に端末を操ってそれを処理して、依頼人さんに見積もり書とサンプルデザインを送ったらしい。


「それ、デザインだけ持って行かれて別の場所で使われたりしないの?」

「んなのロック掛けるに決まってるだろうが。自分のガレージで自分の手で、デザインのホロを見ながら機材も使わずに手作業で塗装するなら出来なくも無いが、サンプルデータは他じゃ使えない様にロックされてるから心配は要らんぞ。この時点で著作権も発生してるから、手作業で塗装しても都市管理システムに問い合わせたら一発で捕まる。流石にリスクが高過ぎるから普通は誰もやらん」

「そうなんだ…………」

「おう。…………お、見積もり通ったな。依頼人もこれで良いってよ。へへ、毎度あり。これで俺の仕事も確定したぜ」


 おおう、マジか。本当に僕とシリアスのデザインが、売れたって事?

 うわ、なんか嬉しい。凄い嬉しい。


「へっ、新進気鋭のマシンカラーデザイナー、ラディアのデビューか?」

「そ、そんな大した物じゃ…………」

「いやいや、なんならお前、女装モードで顔出しするか? 依頼人も大半は男だから、やっぱ可愛い女の作品って方が喜ぶ場合も多いぞ。お前の女装クオリティならすーぐ人気出るさ」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 止めてよ。変な事言わないでよ。せっかく週に一回までって決めたのに、シリアスがその気になっちゃうじゃん。

 ほら、シリアスが『探しても見付からない、画像でしか見れない謎の美少女デザイナー・ラディアちゃん。…………シリアスは良いと思う』とか言ってるじゃん。本当に止めてって。僕はシリアスからお願いされると本当に断れないんだ。出来れば止めてってお願いするしか無いんだ。その結果が週一の女装なんだよ。

 今週はまだ女装してないし。まだシリアスは今週分の『ラディア女装させ権』持ってるんだよ。


「そうか? 人気出ると思うがなぁ。謎の美少女アイドルデザイナー・ラディアちゃん。いや、名前も変えるか? ディアちゃんなんてどうだ?」

『シリアスは良いと思う。女装時のディアはディアと名乗るべき』

「ディアーラとか、ナディアとか、案は色々あるぞ?」

「止めてってばー!」


 最終的に、アイドル化するなら『ディアラにゃん』が芸名と決まった。『にゃん』までが正式な呼び名だそうです。…………アイドルとか絶対やらんからな。

 でも女装時は本当にディアラと名乗る事になった。ちくしょう、おじさんの馬鹿野郎。


「もう、なんでだよ。僕は男なのに。ほら見てよ、この傭兵ジャケット、カッコイイでしょ? 男らしいでしょ?」

「…………ラディア、お前鏡は見てるか?」

『ラディアは「カッコイイ」までが限界。「男らしい」は不可能』

「そんな馬鹿なッ!?」


 こ、こんなにビシッと傭兵ルックで決めてるのに、男らしく無いだと……!?

 カッコイイまでは行けるけど、男らしくは無理って、それもう僕が現時点でも『カッコイイ服の女の子』って事じゃないの?

 嘘だ嘘だ嘘だ! 僕が女装しない時から女の子判定を受けるなんて嘘だ嘘だ!


「ラディア、知ってるか? 巷ではお前みたいな奴を『男の娘』って言うらしい。男の子じゃねぇぞ。『オトコノムスメ』と書いて『オトコノコ』と読む『男の娘』だ」

『シリアスは、女装男子と男の娘は混ぜるべきでは無いと主張する。ラディアが男の娘なのは非女装時のみ』

「つまり女装して無くてもどっちにしろ女の子扱い確定だとッ!?」


 も、もしかして、タクトグループの女の子達が妙に僕への当たりが強いのって、マジで女の子ポジション扱いされてた……? タクト争奪戦の準参加者扱いされてた?

 う、嘘だ…………。知りたくなかったそんな事実……。


『ラディア。通信要求が来てる』


 僕が新事実に打ちのめされてると、シリアスがそう言った。見ると確かに、手に持った僕の端末が反応してた。


「誰だろ。…………カルボルトさん?」


 通信を受けると、今回はホロ通信らしくてカルボルトさんの姿が端末からホログラムで浮かび上がる。


『よっ! 久しいな!』

「お久しぶりです! 先日はオスシ、ご馳走様でした!」

『良いって事よ! また行こうな? 今度はお前の稼ぎで』

「はい! 頑張って稼ぎます!」


 ぶっちゃけ、カルボルトさん一人にだけご馳走するなら、今の稼ぎでもそう難しい事は無い。一回の食事の代金が狩ったデザリア一機分の売却額と同額なのヤバ過ぎるけど、無理では無い。

 むしろ、カルボルトさんも良く僕達に奢ってくれたよね。八一○万だっけ? 正規品のデザリアが三機買えちゃう額だぞ。


「それで、何か御用ですか?」

『おう。ほれ、うちの団長に会って欲しいって言ってただろ? その件だ。それと、俺がまたシリアスに会いたいってのもあるな。ムービー撮らせて貰うの忘れてたしよ』

「…………なるほど。えっと、女装少年が大好きな団長さんでしたっけ?」


 正直に言おう。めっちゃ嫌だ。

 でも、僕の女装云々でオスシ奢ってもらったんだし、八一○万シギルだったし、此処で拒否するのは不義理過ぎる。


『また飯でも食おうや。予定とかどうだ?』

「えーと、シリアスのカスタムで少し時間が掛かりますけど、あと一時間ちょっともしたら自由になりますし、予定は特に無いですよ。今日でも明日でも」

『おお、じゃぁそうだな、合流は二時間半後に前と同じホテルでどうだ? 今度は団長の奢りで、またスシが食えるかもしれねぇぞ』

「マジですかッ!? またオスシ食えるッ!?」

『その代わり、坊主は女装な』


 おぅ、ガッデム。

 いや、ホストである団長さんが奢ってくれると言うのに、ホストの頼みを断るのはマズイだろう。ちくしょう、食欲から逃れられない……!


『シリアスもこれ聞いてるか? シリアス、坊主のコーディネートよろしくな! 渾身の奴を頼むぜ! 団長の機嫌が良くなるからよ!』

『肯定。任された。しかし、ならばシリアスも何か要求したい。女装権を使うなら朝からが好ましい。何故なら一日権だから、中途半端な時間に行使すると時間割合で損をする』

『あー、うん。それは団長に言っとくわ。何かしら補填があると思うぜ。アレでもランク八で、アホほど稼いでるからな』

『了解した。渾身の「可愛い」をお届けする所存』


 僕、知ってるんだ。シリアスがおじさんに交渉して、居住区画の丸一室を借りて僕用の女装服保管庫にしてる事。

 そして、日に日に選ばれる服のグレードが上がってる事を。


「し、シリアスは本当に僕をどうしたいの……?」

『可愛くしたい。……あ、否、幸せにする所存』

「そこ間違えるレベルで可愛くしたいのッ!?」


 これは、目覚めさせたカルボルトさんの戦犯具合がヤバい。正直ちょっと八一○万シギルも使わせたの申し訳無かったけど、なんか足りない気がして来た。

 と言うか、合計額がそれってだけで、僕一人分は三○万くらいだし。


『んじゃ、まぁ二時間半後にホテルでな。今回はラディア一人だし、ドレスコードも問題無いだろうから部屋まで来いよ。エントランスで名前を言えば案内される様に言っとくから』

「…………わ、分かりました」


 はい。僕の女装が始まります。


『気合を入れる』

「手加減してくれても良いのよ?」

『否定。下手に男性要素を残し、明らかな女装感が出た場合、恥をかくのはラディアだと忠告する。完全に女性だと思われた方が良いはず』

「…………そう言われたら、確かに」


 下手に女装だとバレるクオリティだと、「あ、この人女装してる。女装が趣味なんだ」って風評が僕を襲うだろう。

 けど、完全に完璧に一部の隙も無い美少女「ディアラちゃん別人」になれば、ある意味でラディアぼくは無傷なのだ。僕の精神被害は置いといて。

 クオリティが高ければ高いほど、ディアとディアの存在が乖離して僕の名誉が守られる。完全に別人扱いを受ければ良いのだ。


「…………はい。諦めました。どうぞ全力でおなしゃす」

『任された』


 そして、物凄い女の子にされた。


「…………えっと、ゴシックロリータ?」

『否定。どちらかと言えばクラシカルロリータ。確かにクロスデザインもあしらわれてる。しかし、ゴシックと言う程じゃない』

「シリアス、そう言う知識って最初から持ってたの?」

『否定。端末を入手後、基本的に常時都市回線に接続して何かを調べている。その一環。人間の装飾文化は興味深い』


 僕は、今回もふりっふりのワンピースを着せられた。けど、前回と違って色は黒が基調となった。

 黒ベースに白のフリルやレース、刺繍をあしらわれた物で、ポンチョ型のケープが可愛い服だ。

 クラシカルなコルセットスカートがくっ付いてるコンビワンピースで、シリアスによるとクラシカルロリータって分類らしい。黒ベースでふりふりしてたらゴスロリって考えは間違いらしい。


「…………ツインテールにする必要あった?」

『コネクテッド・ヘアコンタクトが優秀。遊ばない理由が無い』

「あ、遊びって認めちゃったよシリアス…………」


 またも使用されるコネクテッド・ヘアコンタクト。シャワーを浴びれば水に溶けて元通りになる、僕の悪夢の象徴である。

 これでまたサラサラ艶々のロングヘアーを手に入れた僕は、端末で監視するシリアスの指導によって完璧に可愛いツインテールを手に入れた。

 更にソックスはレースで縁取り、フリルとリボンの飾りが着いた女の子らしい白いフリルソックス。

 靴も前回に引き続きパンプス。けど前回と違ってロリータパンプスと呼ばれる物らしい。色は黒で、造形が可愛いだけで装飾は少ない。

 そして砂漠ファッションでは外す事が出来ないアイテム、そう帽子。

 これはシリアスが用意した候補から好きに選んで良いと言うので、僕が自分で選ぶ事になった。全部この服に合わせたデザインなので、どれでも大丈夫だそうだ。

 …………シリアス、もしかして僕に女装パーツを自分で選ばせて、心的ハードルを下げに来てる? マジ? シリアス本気で僕を女装男子にするつもり?

 まぁ良いや。選べと言われたなら選ぶさ。望み薄だけど、ダメージが少なそうな物を選ぼう。


 候補一、黒いトーク。頭にチョコンって乗せるだけのアクセサリー的な帽子。完全に女性用。


 候補二、モノクロボンネット。ふりふりした丸っぽい布製の板を頭に乗せて、その端の紐を顎の下に持って来て結ぶ感じの物。帽子って言うよりは、どっちかって言うと頭巾的な物になる。当然これも完全な女性用。


 候補三、モノクロセーラーハット。元は太古に存在した海兵用の帽子のモノクロ版らしいのだけど、元は海兵用ってのが信じられないくらいに可愛らしいデザインだ。これは男性向けのはずなのに、女性用にしか見ない。ちくしょう。


 候補四、モノクロパンケーキベレー。ベレー帽の一種の、パンケーキに見えるデザインのベレー帽の、モノクロ版。説明不要。これはユニセックスだと思うけど、まぁ女性向けだよね。


 ダメージ少なそうな選択肢が見事に無い……! 全部確かにこの服に合いそうだ……!


『他にも、カクテルハット風のルーベンスハットや、ゴシックなデザインにしたカプリーヌ等、沢山の候補があった。帽子が必須の砂漠ファッションは悩み甲斐がある』

「楽しそうで何よりです…………。うん、パンケーキベレーにする

よ。ユニセックスだし、比較的マシでしょこれ」

『良き。大きい帽子を緩く被って幼女感が出てる。とても良いと思う』

「…………よ、幼女感、だと?」


 僕は不安になって、借りてる部屋の鏡を見た。

 そこには確かに、十歳にしては幼さが見え隠れするモノクロ美少女が居た。マジか。止めてくれよ。肌の焼け具合が逆にエキゾチックな幼さを醸し出してる。泣きたい。


「…………うぎゃぁーって叫びたい」

『代わりにシリアスが「可愛いー」と叫ぶ』


 準備が出来てしまったので、向かいます。辛い。


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