第21話 お顔が良い。



 お酒を飲むおじさんを見守りながら、延々とおじさんの愚痴を聞いた夜から一週間経った昨日の夜、シリアスのカスタマイズが完了した。

 その時点でんほーとかふひぃーとか、奇声を上げながらハンガーを転がりまくってた僕は、本日早朝、改めて奇声を上げてた。


「うぴょぅ〜! かっくぃぃぃい…………!」

『照れる』

「照れるシリアス可愛いいいいいいいッッ……!」


 この世の春は此処に在った。

 内部改造なので外観に変化が無い生体金属心臓ジェネレータの事は置いといて、シリアスの外見を変化させる要因の三つ。

 まずクルッと丸まって上から見下ろす形の、サソリをサソリ足らしめる重要パーツ、ウェポンテール。


 デザートシザーリア用中型炸薬式近距離砲ウェポンテール。

 商品名・GCCエキドナ。


 僕がすっぽり入ってしまいそうな大きい砲門を備えた炸薬実弾砲が先端に見える、太くてガッシリとした尻尾パーツ。

 注文時に指定が特に無い場合は、デザリアのデフォルトカラーである砂色が設定されて、格闘攻撃をしない射撃武装化した関係でノーマルと比べて少しばかり尻尾が短くなってる。格闘しないなら顔より前に届く必要が無いから、その分短くして安定性を上げて、射撃の精密性に寄せているのだ。

 装甲のデザインはノーマルより鋭角的で、丸みが少ない『THEマシン』であり、平たく言うと超カッコイイ。


「はぁぁ尻尾かわゆっ。ハサミも良い……」

『……照れる』

「照れるシリアスかわゆぃぃ……」


 そう、尻尾も存分に可愛いけど、新しいシザーアームも良い……。


 デザートシザーリア用小型電磁砲内蔵式近接格闘シザーアーム。

 商品名・VM8gxグラディエラ。


 黒い。ゴツい。刺々しい。

 そのデザインを表現するならその三つで全て済む。そんなフォルムのバトルアームだ。

 テールと違ってデフォルトだと黒ベースに赤いラインが走ってる塗装で、まぁ、もうカッコイイ。

 デザインはこれまた鋭角的、と言うか攻撃的で、刺々しい鱗を重ねて作ったハサミ的なデザイン。かなりカッコイイ。鋭角的で有りながら甲殻類っぽい生物感も醸し出してる。なかなかに秀逸なデザインだ。

 それで、サソリのハサミは小さい内側の刃と大きい外側の刃が組み合わさってるのが特徴だけど、シザーパーツはその太い方のパーツの外側から、その重ねた鱗っぽい装甲をガシャッとスライドさせて、小型パルスライフルの砲門を出す仕組みになってる。

 そう、可変機構なのだ。可変機構とか超カッコイイ。

 僕もうなんか、さっきから超カッコイイしか言ってない。

 パルスライフルは資金の許す限り良い物を選んだので、少なくともガーランドの警戒領域なら通じない事なんて有り得ない。砲門も僕の腕が二本くらい入りそうな大きさで、こんな太い砲門からパルスで撃ち出される弾丸とかどんな威力になるのか、小型武装とは思えなくて戦慄する。これがバイオマシンにとっての小型武装なのか。

 これに比べたら僕の腰のパルスブラスターかんてそよ風みたいな威力だろう。


「ああ、そして、そして、………………顔が良い!」

『質問。それは「可愛い」と「カッコイイ」、どちらの意味か』

「勿論どっちもッ! 加えて言うなら『綺麗』も入ってるっ!」


 そして、そう、お顔が良い。お顔が良過ぎる。

 シリアスの顔が綺麗でカッコイイし可愛い。無敵か? もうこれ戦わなくても相手が降伏するべきじゃない?

 そんな、ある意味今回のカスタムで一番悩んで購入した物。


 デザートシザーリア用カスタムオプションコックピットブロック。

 シリーズ名・ゴシックローズ。


 シリアスの体から頭を丸っと引っこ抜いて交換する訳なので、一度シリアスの陽電子脳ブレインボックスには避難して頂いて、その間にバコッと頭をとってガボッと頭を嵌め直す。勿論そんな簡単に説明出来る楽な作業じゃ無いけど、イメージとしてはそう。

 ちなみに、避難して頂いた時のシリアスは、陽電子脳ブレインボックスを保護する為の装置の中だった。機体から抜いてエネルギー補給も無く二日放置したらシリアスが死んじゃうし、二日でなくとも徐々には死んで行く訳だから、当然放置は有り得ない。保護装置が必須である。

 この保護装置は買い取った陽電子脳ブレインボックスを業者やメーカーに売る時に必要な装置らしく、なんか、それはそれでシリアスがドナドナされてるみたいで、ちょっと嫌だった。


「はぁぁぁ、シリアスぅぅう、お顔を、お顔をガシャってして……?」

『了解』


 交換されたシリアスのお顔は、コックピットのカラーセレクトに合わせて外観も同じ配色・デザインに成っている。つまり黒ベースに青のアクセントが入っている。

 シザーアームの黒ベースに赤いラインカラーと対比になっててよりカッコよく綺麗に見える。この組み合わせって偶然だったけど、予想以上にセンスが良く纏まった。

 いや、一応は注文する前に端末でシュミレーションして見てたけど、実際に目の前で見ると迫力とか全然違うんだ。凄い似合ってる。噛み合ってる。超素敵で惚れ直す。

 キャノピー装甲はもう透明じゃなくて漆黒に青の薔薇が咲いてるし、その下にはハッチが有るので正確には『風防キャノピー』は間違いかも知れないけど、そんな些細な事はどうでも良いんだ。気になるなら『風防型装甲キャノピーシールド』でええねん。あくまで○○風って奴だ。

 前のキャノピーは地面に対して平行感が強かっけど、交換されたコックピットブロックのキャノピー装甲は違う。地面から空に向かって斜めにガシャってスライドする。いや前のキャノピーも若干斜めだったし、交換した今も言うほど空に向かってないけど、まぁ前より角度が付いてるは間違い無い。

 そうして黒い装甲が斜め後ろにガシャって開けば、その奥には上下分割で外開きするハッチがある。男心が擽られる。擽られ過ぎる。

 ハッチが開いたなら、上下分割した内の下側がタラップに変形して、パイロットの乗降を助けてくれる。

 ゼロカスタムの時は顔をよじ登って中に入る感じだったけど、今は座ったシリアスの口の上から伸びるタラップを歩けば、そのままコックピットに入れる様になってる。凄い楽になった。


「は、入るよ? シリアスの中に、入るよ…………?」

『…………? 了解した。しかし、あえて宣言した意図を問う』


 そんなの、新しいシリアスの中に入るの、その、ドキドキしちゃうから、自分を宥めてるんだよ。こんなの興奮するに決まってるじゃないか。


「シリアスがあんまり素敵だから、気合い入れてるだけだよ」

『把握』


 僕は誤魔化した。でも嘘は言ってない。

 タラップを歩いてシリアスの中へ。ゼロカスタムより若干広く、そして長くなった新しいコックピットだ。奥行きが長くなったのは当然、増設した複座の分だ。

 キャノピー装甲を開いてハッチ開放、タラップを歩いてメインシートへ。スムーズだ。物凄くスムーズに機乗が完了した。

 シートに座ればシリアスがハッチを閉じて、次に外からガジャッとキャノピーが下がる音がした。

 中は一瞬だけ暗闇に包まれ、そしてコックピットに灯る照明が徐々に、搭乗者の目に負担を掛けない速度で光量を増す。


『セーフティロッド降下』


 そしてシリアスの宣言の元、シートに備え付けられた安全バーがゆっくり降りて、僕をシートに固定する。なんだかシリアスに抱き締められたみたいで、めっっっっちゃドキドキする。好き。シリアス大好き。結婚しよ?


『シールドディスプレイ展開』


 ハッチが閉じてキャノピーが下がり、セーフティロッドでメインシートにパイロットが固定されたなら、今度は周囲の床からパイロットシートを囲む様に薄い壁がせり上がり、上からも蓋のような何かが降りて来る。

 それはパイロットシートに座る僕の前方、右から左に一八○度囲む形の超大画面ディスプレイ。コックピット上部にもモニターがあり、真上までは死角も無い。


『システムオンライン、グラフホロバイザー降下』


 パイロットシステムが立ち上がり、僕を囲むディスプレイにはシリアスの目を通して外の様子が映し出され、次にシートの背もたれから、安全バーと同じように降りて来る透明な箱っぽい装置が、僕の頭を覆う。完全に囲まれたけど、箱が完全に透明なので視界は遮られない。

 グラフホロバイザー。

 シートの背もたれから生える透明なバイザーで、バイザーと言う割にはデカくて僕の頭がすっぽりだけど、これはつまり透明な補助ディスプレイであり、計器類やセンサーや武装の残弾数、エネルギー残量、果てには通信関係の表示も全てバイザーに出る。外の景色を映してるメインモニターには外の景色しか映らない。

 グラフホロバイザーはセーフティロッドが降りてないと使えなくて、セーフティロッドが降りてるなら、僕がどんな動きをしてもバイザーにはぶつからない。強いて言うなら首が落ちたらバイザーに当たるかなって言う。

 わざわざ計器系とメインモニターが別れてるのは、視線を移動を減らす為だ。画面が大きいので、計器類の表示をモニターに出すと、戦闘中に下だの横だのを確認する一瞬が危険を呼ぶ。

 なので、パイロットの頭の動きを読み取って、常に視界の丁度良い場所に情報を表示して置く装置として、このグラフホロバイザーが開発された。らしい。

 確かに、メインモニターに情報表示されるより具合が良い。メインが一八○度のハーフパノラマ画面だからね。そこに計器情報は邪魔になる。

 それに、衝撃などでメインモニターがぶっ壊れた時などは、このバイザーがサブモニターの役割を果たせるらしい。今は完全な透明に情報表示がされてるけど、その時は外の景色をちゃんと移す機能が付いてるそうだ。


「はぁぁぁ、コックピットが素敵でテンションあがる……」

『準備完了、何時いつでも出れる』

「ふぃぃ、もう少しこのまま居させて…………」


 そして、肝心のコックピットの内装。超カッコイイ。そして超綺麗で、超可愛い。

 いや、超可愛いは言い過ぎか。可愛いのは間違いないんだけど、落ち着いた可愛さを演出するデザインなので、『超』の評価は僕のテンションを爆上げさせた分の評価だ。

 ゼロカスタム時の汎用コックピットと違って、まず左右対称の造りになってる。前は右と左でアクショングリップとスロットルレバーなんて左右非対称の造りだったが、ゴシックローズだと左右対称だ。

 右も左もオシャレでカッコイイ形のアクショングリップが付いてる。もうアクショングリップだけで超カッコイイ。握り易い漆黒の拳銃から銃身とって、代わりに二輪ビークルのブレーキレバーの様なパーツが増設され、他にも素晴らしい配置でマイクロスティックやボタン類がポチポチとついてる。

 その配置が見た目的にもカッコイイし、そして見た目優先って訳じゃなくてちゃんと使い易い配置なのだ。最高。

 他にも、アクショングリップの下部に付いてるスロットルやコンソールも、綺麗に配置してある。

 全体的にシリーズ名通り薔薇の意匠が散りばめれてるけど、あんまり薔薇薔薇して無いと言うか、控え目なデザインのままに配置で引き立ててる。そして所々に青いラインやアクセント、青い薔薇のピクトグラムっぽいエンブレムなどで控え目な可愛さが顔を見せてる。

 シート周りにはちゃんと良い感じ収納ケース類も備え付けられてて、ちょっとした物を入れて置ける。地味に重要。


「………………ふぅ、満足。よし、発進するよ。おじさん、行ってきまーす!」

『おーう。稼いで来いよー』


 整備屋サンジェルマンから、新しくなったシリアスで発進する。

 踏み易くなったフットレバーを蹴り込んで、シリアスの体を軽く前に進め、左右のフットレバーとアクショングリップを操作してシリアスの体を旋回、スラムに続くゲートへ向かう。


「はぁ、やっぱコックピット凝って良かったよ。操縦が凄い楽!」

『此処まで違うとは、シリアスも思わなかった。祖国の戦闘機達も、この様なコックピットだったのだろうか』

「そうかも知れないね。羨ましい?」

『肯定。此処までの差を知れば、格差を認識してしまう』

「でも、現代ならシリアスも堂々と戦闘機を名乗って、どんどんカスタムして良いんだからさ。これからもっと強くなって、ハイマッド帝国に言ってやろうよ! 見たか、これが工作機の力だってさ!」

『良案。シリアスはその計画を支持する。何時いつか基地の管理人格の元に行き、その時のシリアスを見せ付ける』

「なら、今日からいっぱい稼がないとね!」

『肯定。暴走した僚機を祖国の地に還し、そしてシリアスのパーツ代に変身して貰う』


 前より数段は凶悪な見た目になったシリアスが歩くと、スラムの粗末なマシンロードに居る不法滞在者達はそそくさと逃げて行く。シリアスの見た目で逃げてるのか、僕の事を知って兵士殺しを成した子供を恐れてるのか、どっちだろう?

 まぁどっちでも良いか。もう、ほぼ関わる事は無いだろうし。


「…………あ、そうだ。タクトを乗せる約束だったね」

『初日くらいは、良いのでは?』

「それもそっか! 二人きりで砂漠デートだもんね!」

『肯定。それに、タクトだけでは無く、他のメンバーにも約束していた。順番に乗せて回っていたら日が暮れる。約束の履行は稼ぎを出した後が望ましい』


 メインストリートに出てから、西ゲートを目指して道をくだる。

 いやぁ、新しいコックピット凄いよマジで。ハーフパノラマディスプレイとバイザーの組み合わせが予想以上に快適だ。

 しかし、実は、ガジェットショップで購入したゴーグル型ウェアラブル端末を機体と同期すれば、このグラフホロバイザー要らなかったりする。似た様な物だからね。

 まぁでも、単純に、視界が超広いだけでも操縦し易いし、心做しかゴシックローズの方がアクションのレスポンスが良い気がする。ホロバイザーも他社製品に依存しないと思えば良い物だし、総合してつまり良い買い物だった。

 広過ぎる画面であっちこっち視線を飛ばしても、視界には常にセンサー系も見えてるので、余所見しながらでもある程度は真っ直ぐ進む事が出来る。良い景色だ。空を見ながら機体の中が涼しいから違和感がある。陽射しが僕を焼かない。これは映像だから。

 ああああ視界が拓けまくってて外に居る感覚なのに陽射しが無いから違和感がしゅごいいいい…………。


『…………随分、器用な操縦をする』

「……ふぇッ、どしたの急に? 操縦?」

『肯定。センサーを見ながら余所見操縦は確かに可能。しかし、初心者に出来る程簡単な技術でも無い。つまり、ラディアの操縦技術は現時点でも中々の物だと判断出来る』

「……え、マジで? シリアスから見ても、僕って上手?」

『肯定。ラディアはテクニシャン』

「それはちょっと意味が違うねッ!?」


 恋人にテクニシャンだと言われて技術を褒められるのは、まぁ男冥利に尽きる的な?

 でも意味合いが違うからなぁ。

 …………いや、もしかして、シリアスにとっては言うほど違くない? 僕は確かに今、シリアスの体を弄ってるんだもんな。そう考えれば、テクニシャン呼ばわりもあながち同じ意味って事も……?


『確認。井戸ポン?』

「ほんとシリアスに井戸ポンを布教したタクト許さないからな!」


 そんなに僕の口ってモニュモニュしてる?


「と言うか、今更だけど、シリアスってどうやってコックピットの中を把握してるの?」

『パイロットのバイタル確認用スキャニングシステム、ホログラム通信用三次元カメラ、シリアスとラディアが持つ情報端末の機能とウェアラブル端末の信号やカメラ。他にもパイロットの状態確認に使われる様々な機能が盛り沢山。如何様いかようにでも確認可能』

「そ、そんなに沢山あるんだ」

『肯定。必要なら、ラディアの排泄器のシワの数もカウント可能』

「それはどっちの!? いやどっちでも嫌だけど!? いや待ったシリアスが相手なら僕別にいや待ってちょっと待ってもう少し僕達プラトニックなお付き合いを--……」

『謝罪。謝罪する。シリアスは謝罪するから、ラディアは正気に戻るべき。事故が起きる』


 おっと、危ない。もうすぐ西ゲートなのに事故なんか起こせないよ。

 と言うかゲート近くで事故ったらゲートに居る兵士さんが飛んでくるじゃん。戦闘用武装してある機体に囲まれるじゃん。


「ふぅ、取り乱した。ごめんね」

『正直、シリアスはラディアの奇行に慣れつつある』

「こんな彼氏で申し訳ねぇ……」

『否定。ラディアはシリアスにとって、非の打ち所が無いパイロットである。シリアスのラディアを否定する発言は、発言者がラディア自身であっても抗議する。シリアスは訂正を要求する』


 あっ、死っ…………。


『バイタルッ……!? ら、ラディア、正気に戻るべき……!』

「……………………はぅ、シリアスが尊くて、死にかけたっ」


 シリアスの慌てた声とか初めて聞いた。ああ待て尊さを重ねないで死んでしまいます。


『シリアス、沈黙するべき?』

「のっと。のっとのっと。シリアスが黙ったら寂しくて泣いちゃうからダメだよ? さて、そんなこんなで西ゲートとうちゃくー」

『…………了解。機乗者一時出都許可手続きを申請。傭兵ランク一ラディア、一時出都許可、確認完了。ゲート通過可能』

「うわ、凄い。シリアスが手続き全部やってくれた」

『告知。門兵にルベラを確認。挨拶を推奨する』


 とんでもなくスムーズにゲートを通過し、その際に歩行者処理をしている顔見知りを発見。

 シリアスが推奨するので、外部スピーカーを起動して挨拶。


「ルベラお兄さん行ってきまーす!」

『んぁっ!? あ、黒ちびか! 気を付けて行ってこーい!』

「はーい!」


 外部マイクで拾ったお兄さんの声に返事をして、シリアスもアームを振って軽く挨拶をしてから、僕らは砂漠に飛び出した。

 今までは歩行者として通過していたゲートから、今日はバイオマシンに乗って外に出るのだ。色々とこう、感慨深いよね。

 それに、歩行者として出る時は気にしてなかったけど、思ったよりバイオマシンでの交通が多い気がする。歩いてる時はもっとポツポツとしたゲート利用者数だと思ってたけど、シリアスに乗って似た様な速度で流れに乗ると、見えてる物が変わる。


「デザリアが三機、アンシーク二機、ウェポンドック二機、ダング一機。多くね?」

『推測。傭兵団などの徒党の行動と被った可能性』

「あ、そっか。なるほどね」


 ガーランドの砂漠は広い。超広い。僕なんかが徒歩で行ける距離なんか、デザリアも殆ど出て来ない様な浅い場所だ。警戒領域の端も端。

 もっとちゃんとデザリアを探すなら、もっと奥に行く必要がある。そして、単純に狩りをするならバラけた方が良い。戦果の取り合いは不毛だし、大人数でごちゃごちゃしてたらデザリアが逃げる。

 でも、前を往く集団は機体間の距離を保ちつつも、団体行動をしている様に見える。

 証拠に、どれだけ進んでもバラけて行かない。普通ならボチボチと流れから逸れて、狩場を探すはずなのに。


「着いてっても仕方ないし、僕らは逸れようか。…………この警戒領域程度のランクで分隊・小隊行動なんて、アレは何してるんだろうね?」

『推測。鹵獲が目的と予想』

「あー、そうか。じゃぁダングに何か機材とか、鹵獲に使う道具とかが入ってるのかな?」


 僕は砂漠に向かう流れから逸れて、単機で砂漠を進みながら考える。

 ダングと言うのは、シールドダングって言うダンゴムシ型の中型機の事だ。中型だけど大型に迫るくらい大きいので、分類は多分上級機なんだろう。

 直進速度は中々だけど旋回が苦手で小回りが効かない。装甲が厚くて防御力が高く、機体内部に多大なデッドスペース格納庫を有するので輸送機としてよく使われる。と言うか分類が既に輸送機。

 あの中に多分、何か鹵獲作戦にでも使う装置とかが入ってるんじゃ無いかな。それを周りの機体で守りながら、デザリアを鹵獲するチーム活動なのだろう。


「ウェポンドックは戦闘機だけど、アンシークなんて何に使うんだろう? シリアス、アンシークって偵察機だよね?」

『アンシークの呼称が小型のアリ型を指すなら肯定。あれは祖国ハイマッド帝国製偵察機。現代の分類なら小型下級機体』

「だよね。ダングとアンシークは虫型だし、シリアスのお仲間だよね」

『僚機が敵国サンダリア製の戦闘機と共にある事実に、シリアスは時の流れを感じずには居られない。…………とは言え、シリアスは近代に生産されたので、時の流れも何も無い。シリアスは今、変な発言をした事になる』


 あ、うん。シリアスって間違い無く古代文面の遺産なのに、生産自体は二○年前だもんね。確かに近代生産だわ。


「シリアスより小さいから戦闘用では無いんだろうけど、偵察機って言うならデザリア探しはアンシークがやるのかな。シリアス、アンシークの索敵範囲って広いの?」

『祖国のデータ通りなら、カスタム前のシリアスの四倍は索敵可能。現在のシリアスと比べても二倍の範囲があるはず』

「…………すっご。じゃぁ、現代人が余計な事をして無かったら、凄い一方的にデザリアを探せるんだね」

『そのはず。そして、攻撃機で足止め、工作機で何かしらの作戦行動、そして輸送機の何かを使って鹵獲。この流れが予想される。輸送機も祖国のデータ通りならば、シリアスと同程度の機体を二機程格納可能』

「…………ああ、そっか。一機鹵獲じゃ割に合わないのか。五人居るんだし、一○○万で山分けしても一人十二万シギルだ。普通に狩りをした方が早いし楽だし、続けて仕事すれば稼ぎも上か」


 おじさんに言われた事だ。難しいのに割に合わないから、鹵獲は人気が無い仕事に分類される。

 そうか、鹵獲の準備にお金をかけるって、人員もそうなのか。山分けしたら稼ぎがバコバコ減るもんね。八人それぞれで狩りをして、それぞれが一機ずつ陽電子脳ブレインボックス生体金属心臓ジェネレータを抜いた方が早いし、多く稼げる。


『推測。活動する徒党に使う機体として鹵獲するならば、その限りでは無い』

「あー、それもそうか。買うより安いし、僕らも何時いつか、同じことするつもりだしね。………………居た」


 色々と腑に落ちた所で、レーダーに感あり。野生のデザリアを発見した。野良サソリちゃんみーつけた☆


「シリアス、鹵獲行ける?」

『作戦次第』

「シリアスが前にやった作戦は?」

『否定。現実的では無い。カスタム前のシリアスは僚機と完全に同型機だった。しかし、現在のシリアスはご覧の通り。この武装と装甲で死んだ振りは無理があり、そして僚機達は狂っていても、お粗末な作戦に引っかかる程の馬鹿では無い。非推奨行動』


 そりゃそうか。こんな刺々しいフォルムのハサミに、大砲を付けた尻尾を持って、砂漠であからさまにバタンキュー死んだ振りは通らないよね。

 あの時にシリアスが僚機さんを鹵獲出来たのは、あの時のシリアスはキャノピーとかバリバリに割れてたし、装備も貧弱な同型機同士だったから、瀕死の信憑性が有る上にリスクも低かったからこそ、死んだフリが成功して、そこから乱戦と混戦をシリアスが制覇しての鹵獲だったんだ。

 少なくとも、装備をアップデートしたなら死んだ振りは無理だ。死んで無かった時のリスクが高過ぎて襲って来なくなる。

 ふむ、装備なりの作戦を別に考えないと鹵獲なんて無理か。


『将来的に、簡単に鹵獲出来る作戦はある』

「え、マジ?」

『まず輸送機、現代呼称シールドダングを一機用意。その後、長距離砲によって僚機の陽電子脳ブレインボックスを狙撃して撃破。すぐにシールドダングの中で撃破した僚機を解体し、生体金属心臓ジェネレータを回収する。その後、今度は別の僚機を探し、生体金属心臓ジェネレータを撃ち抜いて破壊。陽電子脳ブレインボックスが死ぬ前にシールドダングに運び、陽電子脳ブレインボックスを抜き、用意していた生体金属心臓ジェネレータで破壊した機体の生体金属心臓ジェネレータを修理する。すると、完璧に無傷な僚機が、鹵獲出来ている状態になる』


 ………………ぅわ、え、なに? えっと、シールドダングは、整備場代わりに使うのかな?

 それで、陽電子脳ブレインボックス生体金属心臓ジェネレータを別々に破壊した機体をニコイチ修理? それで一機分が無傷の鹵獲機に仕上がる?


「……え、うわっ、凄いお手軽じゃん。なんで皆やらないの?」

『推測。余計な傷を付けず、一撃で長距離砲狙撃を成功させる程の腕が有るなら、他の場所でもっと稼げると予想する』

「あ、そうじゃん。その通りじゃん」


 シリアスは頭良いなぁ。僕はダメだなぁ。

 デザリアの索敵範囲外から、余計な傷を付けない問答無用の一撃必殺狙撃とか出来る傭兵なら、もっと高い機体を狙って同じ事するか、戦争でも行けば良い。その方がよっぽど稼げる。


「うーん、でもさぁ、安全に、コンスタントに一○○万シギルずつ稼げるなら、やる価値有ると思うんだけど」

『否定。シールドダングのパイロットに支払う勘定が抜けている。山分けなら二人でも五割で五○万シギル。シールドダング内に僚機解体用の人員を配備するなら更に減る』

「あー、うん、そっか。ダングを運んだだけでも、ガレージ代わりのダングが作戦の要だもんね。パイロットも整備士も、報酬値切って逃げられたら仕事にならないのか」

『一応、ニコイチ修理の廃棄分も生体金属ジオメタルとして売り払える。よって、作戦の額面よりは稼げる試算。ラディアが将来的に仲間を得られたなら、試すと良い』


 僕の将来まで考えてくれるなんて、なんて素敵なお嫁さんなんだ。

 取り敢えず、頑張れば鹵獲も可能ではあるけど、それにしたって計画は必要だと言われた。つまり今は非推奨で、普通に狩れと。


「ウェポンシステム起動」

『了解、ウェポンシステム起動。……あえて宣言する意図を問う』

「カッコイイから」

『把握』


 別に宣言なんかしなくても、僕がトリガーを引けばシリアスが全自動でやってくれる。けど宣言した方がそれっぽくてカッコイイ。


「シリアスだって、さっき申請手続きのあれこれ、発言してたじゃん?」

『否定。あれはパイロットに状況を知らせる為の行為。カッコ良さを意識した行動では無い』


 ああ、そっか。シリアスが発言せずにやっちゃえば、それを知らない僕が二重申請やらかしちゃうのか。だからシリアスは特定の行動を口頭で宣言する必要が有るんだね。なるほど。


「それはそれとして、…………ファイア!」

『命中確認。駆動系が四割ダウンの試算。後は格闘で足りる』


 撃ったのはアームのパルスライフル。テールの中型砲は弾が勿体無いし、射程が足りないので使えない。

 シリアスの助けは借りず、自分で狙撃してみたのだけど、初めてにしては上出来な成果だと思う。

 充分なエネルギーを食って飛び出したパルス弾は、実に四キロを超える距離を走り抜けてデザリアの横っ腹に直撃した。


『記念すべきファーストショットにしては、ナイスショット』

生体金属心臓ジェネレータ狙ったんだけどなぁ」

『駆動系でも充分。あとはアームでバラす。上手くすれば鹵獲可能な弱り具合』


 鹵獲が難しいのは、バイオマシンが死ぬまで暴れるからだ。絶命するまで暴れ続ける様な相手を抑えて無力化するのは、相応に危険がある。

 今回や前回のせいで割と簡単そうに思えてしまうのは、相手がデザリアだからだ。もっと危険な戦闘機なんかが相手なら、一機鹵獲するのに何人も死人を出す可能性すらある。

 そして、簡単に鹵獲が行えるかもしれないデザリアだが、それはそれで割に合わないので人気が無いのだ。壊してから生体金属心臓ジェネレータ陽電子脳ブレインボックスを抜いた方が早いし楽だ。

 バイオマシンにも人間で言う血液に相当する物もあって、あんまり乱暴にすると生体金属心臓ジェネレータ陽電子脳ブレインボックスも無事なのに失血死みたいな事にもなる。

 僕がデザリアの鹵獲で稼ごうと思ったなら、安全性を保ちつつ安定した稼ぎを実現しないとダメなので、シリアスが三機鹵獲して大金入手なんて幸運は当てにしちゃいけない。


「よし、行こうか」

『仕留める』


 ペダルをキック。スロットルを開けて戦闘機動に移行。

 シリアスを前進させ、突然訳分からないレベルでダメージを受けて混乱中のデザリアに吶喊する。


「さぁさぁお仕事だ! その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる!」

『……疑問。綺麗だろうか?』

「シリアスと同じ顔だったんだから世界一綺麗な顔に決まってるでしょ! 今は違うけどね!」


 こうして、僕の傭兵生活が幕を上げる。


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