第20話 濃かった一日。
カルボルトさんへ、幾重にもお礼を言って僕らは帰る。
食事をしてた超高級店『鮨処ハナヨシ』でカルボルトさんと別れ、僕はシリアスに乗り、タクト達はレンタビークルに乗る。
信じられないくらい美味しい食べ物でお腹を膨らまし、新しい服まで貰った皆はホックホクの顔で帰路に着く。その後ろを僕はシリアスと一緒に追い掛ける。
着替えは流石に無いから、皆は何回も何回も服を洗ってずっと着続けるのだろう。単純に性能が良いので、それだけでも僕らの生存率に寄与してくれる。なので多分、毎日ずっと着続けられるはずだ。
「…………やっぱり、プリカのディアストーカー良かったなぁ。プリカに似合ってて可愛かったけど、あれ元々男性用のデザインだよね? 多分カッコよくも着れるよね?」
『肯定。由来はラディア達現代人が言う古代文明である祖国の歴史よりも古く、原始的な時代にまで遡る。鹿を狙う狩猟者の為の帽子で、それが連綿と続いて現在のオシャレとなった模様。元は狩猟用の装備なのでメンズ向けではあっても、ディアストーカーへ合わせるに適したポンチョ等は女性に映える為、結局はユニセックスであると思われる』
「つまり、僕も使えるよね?」
『肯定。ラディアには女性用コーディネートも男性用コーディネートも似合う為、同じ物を使っても着こなしだけで二倍楽しめると予想出来る。シリアスもオススメする。ディアストーカーコーディネートは推奨行動』
めっちゃプッシュされた。
プリカが着てたのは、落ち着いたベージュを用いたチェック柄
あれ、ポンチョをトレンチコートとかジャケットにするだけで落ち着いた大人のカッコよさを演出してくれそうなカッコイイデザインだなって思った。
まるでフィクションブックに出て来る名探偵、ホームズなんとかを彷彿とさせる帽子だった。フィクションブック読んだことほぼ無いんだけどさ。見た目は知ってて、僕あれ凄い気に入った。
ガーランドの住民は陽射しから身を守る為に帽子が必須なので、帽子には煩いのだ。ガーランドは帽子ファッションに一家言ある町なのだ。
他の都市の市民なら正式な名前も知らない様な帽子も、ガーランドの民は大体全部知ってる。命を守るアイテムなので、重要度が全然違う。
そして僕ら孤児も、ターバンを卒業したくて素敵な帽子を夢見てるところがあるから、孤児でも帽子に詳しい奴は詳しい。
「ディアストーカー良いなぁ」
『予算が厳しい。服は現在までに購入した物で我慢する。新しい物は稼いだ後に購入を検討する』
「そだね。何故か半分程が女の子の服だったけど、我慢するべきだよね」
『…………似合うから仕方ない。シリアスは悪くない』
あたふたして可愛いシリアスに乗って、スラムまで戻って来た。
タクト達は自動運転で行けるところまで行き、そこで降りたら端末からビークルの返却申請をしてビークルを送り返した。
『ラディアとシリアスもじゃぁな! おやすみ!』
「おやすみー!」
『良い夜を』
もう日が暮れ、燦々と肌を焼いた陽射しと気温が反転する時間。
寒々とした砂漠の町のすみっこで僕らも別れる。
目指すは整備屋サンジェルマン。シリアスのカスタムを依頼するので、まだ僕は住処には帰らない。と言うか、シリアスと出会ってからまだ一回も住処に帰ってない気がする。
まぁ何も無い寝る為だけの場所だし、別に良いか。
「…………ああ、そうだ。IDの紐付けも依頼しなきゃだよ。マシンコードがまだ仮IDなの忘れてた」
『ラディアは基本的に
「……シリアスも弾薬費の計算忘れてたじゃん」
『お、覚えていた。シリアスはちゃんと覚えていた。忘れてなど無かった』
シリアスは、大事な時に嘘を吐かないけど、普段は割と誤魔化したり嘘吐いたりするのだと段々分かって来た。でも、その嘘の吐き方などがお茶目だったりして可愛いので、結局僕がメロメロになるだけなのだ。
今だって子供が「忘れてないもん! 覚えてたもん!」って慌ててるみたいで可愛い。可愛過ぎる。血を吐きそうだ。
「とうちゃーく。そして、おじさんタダイマー」
『帰投した』
『……あー? ああ、ラディアか。スシは美味かったか?』
スラムの中にある、レトロ風なのに設備が立派で綺麗だから場違い感が凄い場所、整備屋サンジェルマン。
開きっぱなしのハンガーブロックゲートを潜ると、そこではまだおじさんが仕事をしてる。
整備屋サンジェルマンはスラムに有るけど、実は結構人気の整備屋だったりする。
ハンガーが六個しか無いし、ハンガーサイズも中型下級がギリギリって大きさなので誰でも利用出来る訳じゃないけど、西ゲートから警戒領域に出てる傭兵は、帰りにスラムに寄って整備する人も居る。西ゲートから近いからね。
他にも、正規店では断られる様な際どい改造とかも、おじさんは請け負ってくれるし、何より腕が良いし仕事も早い。だから町のちゃんとした正規の整備屋じゃ無くてスラムのサンジェルマンを好んで使うって傭兵も居るのだ。
本当はバイオマシンなんて無縁に近いスラムにも、しっかりとシリアスが歩ける道が残ってるのは、おじさんがお客を集めてるからに他ならない。
もしバイオマシンの往来がゼロだったから、今頃はスラムのマシンロードなど不法滞在者によって色々と改造されて潰されてたはずだ。勝手にテント張ったり、賭場が作られたりとかで。
そんな訳で、おじさんは結構忙しい人なのだ。常に仕事が入ってる。個人でやってる整備屋にしては破格の忙しさだ。
スラムでおじさんの真似をして整備屋を始めた他の闇店舗なんか、一日に一機の整備でも依頼を受けたらハッピーな方なのに、おじさんは朝から晩まで機体を弄ってる。
一日にスラムへ訪れるバイオマシンの平均は十機で、その内、補給と整備だけで良いなら八機は受け持てる仕事の速さだ。カスタム依頼が入ってると手が埋まるけど、それでも腕が良いので人が集まる。
「おいしかったー!」
『美味しそうにしてた』
「そいつぁ重畳だ。で? 住処じゃなくてウチに来たって事は、何か仕事か?」
空いてるハンガーに駐機させて貰って、シリアスから降りた僕を、おじさんはタバコを吹かしながら出迎えてくれた。
「シリアスのカスタムお願いします!」
『所持金ほぼ全額を使用する予定』
「おおー、そいつは随分と張り込むなぁ。それ、俺が貰う工賃はちゃんと残ってんだろうな?」
「……………………あっ」
「…………オイ」
『……つ、ツケが効くか確認したい』
ダメじゃん。おじさんの手間賃を勘定に入れてなかった。
今回は前の修理と違ってガッツリ機体を弄るので、相応に工賃がかかるはず。でも、マジで限界ギリギリまで予算を使い込む予定を立ててしまったので、おじさんに払う工賃が残ってない。
「…………………………はぁ、分かった。条件付きでツケを認めてやる」
「おじさん大好きー!」
『感謝する』
「まったく、俺が整備屋初めてから、初のツケ払いだぞ。光栄に思えよコノヤロウ」
おじさんの要求する条件とは、まずタクトが僕の協力で乗機を得た場合、その整備や修理にはなるべく、サンジェルマンを使わせる事を約束させる事。これはタクトが拒否するとしても、最大限に説得する努力をしろと言われた。
次に、カスタム後の仕事はしばらく狩りに限定し、サンジェルマンに物を売る事。可能ならばまた鹵獲機を、でなくても、新鮮な
要は、ツケを払い終えるまでは傭兵ギルドの仕事をせずに、サンジェルマン専属の狩人に成れって事だ。
最後に、シリアスはハンガーに居るあいだ、可能ならおじさんの仕事を手伝う事。意思疎通可能で自立機動してくれるバイオマシンとか、バイオマシンの整備を手伝ってくれたらメチャクチャ楽になるっておじさんが言う。
「一つ目と二つ目は最初からそのつもりだったので実質ノーリスク!」
『三つ目も了解した。しかし、仕事を熟した分はツケから引いて貰う』
これでもう、後はおじさんに任せておけば良い。注文するパーツとかがすぐ届くか否かでも変わるけど、おじさんなら素早く仕事をしてくれるはずだ。
「そうかい。じゃぁ、それでツケの契約は成立だな。……で、肝心の注文書は出来てるのか? 仕様書は?」
「あ、…………まだです。コックピットのカスタマイズ内容がまだ決まってなくてですねっ、もう少し悩みます」
「なら、まぁカスタムが決まって換装が終わるまで、またウチの客室でも使ってろ。
「ご、ごめんなさい……! お世話になりますっ!」
「まぁ、ツケの分はしっかり扱き使うからな。カスタム終わったら馬車馬の如く警戒領域に行けよ?」
そう言う事になった。ありがてぇ、ありがてぇ…………。
早くカスタム内容を決めないと行けないので、僕はそこから更に一時間ほど悩み、シリアスとおじさんにも相談しつつ、コックピットのカスタムを考えた。
「そこまで悩むなら、コックピットブロック丸ごと売ってる奴から選んだらどうだ?」
「え、何ですかそれ」
「知らねぇのかよ。コックピットのパーツをバラ売りしないで完全セット販売してるプリセットの事だ。コックピットのトータルコーディネートだから、好みのタイプを選ぶだけで済む。別のメーカーのパーツ合わせたらコックピットの中がダサくなった、なんて事もねぇから、カスタム素人にはオススメだぜ。セット販売の分、多少は安くなるからな」
すぐに調べてみる。まぁ操作がモタモタするのでシリアスにやって貰うんだけど。
すると、おじさんの言う通り、ブロック販売のコックピットは内装のコンセプトがハッキリしていてバランスが良く、機能的かつオシャレな物ばかりだった。自分でパーツの組み合わせを色々と考えてたのが馬鹿らしくなるくらいにシンプルで便利だ。
しかもお値段も選び安くなってて、浮いた分でオプションまで付けられそうだ。
「ふぉぉお、こうして完成したコックピットの内装をデータで見ると、ある意味余計に悩むぅ……!」
『ラディアは、まず「可愛い」か「カッコイイ」のどちらかに絞るべき』
簡単に言わないで、シリアス。難題なんだよ。
だって、コックピットって言えば、機体のシルエットに並ぶバイオマシンの第二の顔じゃん。なら、シリアスのコックピットはシリアスの素敵さを表現したいじゃないか。可愛くてカッコよくて優しくて頼りになる最高のバイオマシンであるシリアスの内面を、表現し切りたいじゃないか。
「ほーん。カッコイイと、可愛いねぇ……? なら、コレなんてどうだ?」
悩む僕に、何かを思い付いたおじさんが端末を見せてくれた。
そこには、まさに僕の脳内にあるシリアス像を表現しきったコックピットデザインがあった。
「何ですかこれー!」
「女性向けの戦闘機を中心にカスタムパーツを作ってるメーカーなんだけどな、最近やっとデザリア用のパーツもぼちぼち作り始めたんだよ。
ゴシック&スイートソードって名前のメーカーで、こう、ゴシックなロリータからスイートなロリータまで幅広いデザインのパーツを作るメーカーらしい。質は良いけど結構マイナーで、でも好む人はとことん好んでずっと使い続けるタイプの客が多い、コアユーザーを抱えるメーカーだそうだ。
「ウチの顧客にもココのヘヴィーユーザーが居てな、最近こんなの出てるって教えてくれたんだよ。少し高ぇが、その分質が良い。拡張性も悪くねぇし、オプションも充実してる。ゴシック系のデザインってのは、女性向けだろうと関係無く好む男も多いからな。根強い人気のメーカーだぜ」
「ぼ、僕、このメーカーのコレが良いです! ゴシックローズシリーズ!」
様々なシリーズがある中で、『綺麗』で『カッコイイ』のに『可愛い』まで兼ね揃えたデザインを見付けて、僕は一目惚れした。
このメーカーはシリーズが先にあり、そこに色々なバイオマシンに後から対応して行く感じで商品を出しているみたいで、デザリアのパーツも作り始めたって言うのはそういう事なんだろう。各シリーズの新製品にデザリア用の物が追加されてた。
その中で、薔薇の花をモチーフにしたゴシックデザインのシリーズがあって、薔薇が可愛過ぎず、ゴシックデザインがカッコよ過ぎず、合わせて綺麗に纏めて、落ち着いた雰囲気で引き立て合う見事な調和だった。
色は黒ベースと銀ベースが選べて、ベースカラーに合わせるサブカラーも選べるし、ベースカラーとサブカラーの割合も選べる。
「ふわぁ、黒ベースの赤とかカッコイイ……」
「そう言う所はお前もしっかり男なんだな。そんなに可愛い格好してるのに」
「…………あぁ、僕まだ女装中だった」
余計な茶々が入ってテンションが少し落ちたけど、使いたいデザインは完全に決まったので、後は早そうだ。
「銀ベースの青もカッコイイし、どうしよう。シリアス、どっちが良い?」
『ラディアが決めるべき。シリアスはラディアのセンスに期待してる』
色だけでも悩ましいのに、コックピットの外装も選べるとかマジで助けて欲しい。嬉しい悲鳴で喉が枯れてしまう。
デザリアはご存知の通り、コックピットがキャノピー開閉式だけど、ゴシックローズのコックピットはキャノピーかハッチか選べる様になってた。
具体的に言うと、ハッチ式に変えると乗降の際にシリアスの頭部パーツと先端が上下分割で割れて外側に向かって開閉する仕組みになる。開放されたハッチの下部装甲がそのままタラップになるので乗降が凄い楽になるし、開閉ギミックがオシャレでカッコイイ。せっかく綺麗にしたコックピットの中も人目に触れやすくなるってポイントも重要だろう。
キャノピー式の方も、今のシリアスのコックピットと違って前方が低くなっていて、今のようにちょっとよじ登ってから降りる形じゃなくて、頭部の先に向かって歩いて降りられる。
どちらも様々なオプションが選べて、キャノピーをディスプレイ化して装甲で覆ったり、ハッチ式もディスプレイをパノラマ化したりあえて平面ディスプレイにしたり、色々と選択肢が多過ぎる。
キャノピーがスライド式か解放式か程度の事すら選べる。自由度が凄い高い。
「…………ふーむ。どうしよう」
とりあえず複座は決定。後ろに座席を一つ増やして、更に持つ一つ後ろに畳んでおける補助席も追加で。基本は座席二つだけど、足りなければ一つ増やせる様にする。
座席の微妙な配置すら選べるぞコレ。後部座席をメインシートより高くして、前を良く見える様にするか、もしくは高さは変えずに複座用のディスプレイを増設するか。複座を前にしてメインシートを後ろにする選択もあった。その場合は無条件でメインシートが上で複座が下になるけど。
『メインシートは前部式を提案する。複座が前だと、一人で乗ってる時に空の座席が視界に入って気が散ると思われる』
「なるほど。慣れれば良いんだろうけど、それでも一人乗りが基本なら、空座席がずっと見えてるのは微妙な感じするね。うん、複座は後ろにしとくよ」
座席の位置関係は結局、複座を後ろの同じ高さで、パイロットシステムが起動した時に複座用のディスプレイが展開する仕組みを選ぶ。補助席は悪いけどなんも無い。補助の補助用まで構ってられない。
で、問題は色と開閉方法だ。
「ハッチ式もキャノピー式も、どっちもカッコイイ……」
「分かる。どっちも良いもんだ」
『………………ラディア、特殊オプションの項目の閲覧を推奨する』
「ん? なになに?」
悩んでいると、シリアスが何かを見付けたらしい。
見ると、そこには『ハイブリットシールド式コックピット開閉システム』なる物が…………。
「このメーカーは神なの?」
「客の要望を尽く叶えやがるよな。デザインがニッチじゃなけりゃ超一流のマンモスメーカーだった事だろうよ」
ハッチかキャノピーか選べないそこのアナタ。ならどっちも選べば良いじゃない☆
とでも言いたげな夢のオプションを発見した。内部にハッチ、外部にキャノピー型のシールド装甲を施すハイブリットシステムがあった。
これもスライド式か解放式かを選べるんだけど、
このシステムは、まずキャノピーがガシャッとスライドして開いたら、内部ハッチが上下分割で解放されて、ハッチ下部パーツがタラップになる。そんな感じだ。
「マジかっけー! 何これカッコイイ!」
「整備士として見るなら、無駄に複雑で面倒な作りしやがってってキレそうになるが、乗り手からしたら確かにカッケェなこれ」
「面倒ならその分工賃取れるんでしょ?」
「工賃をツケようとするお前が言うな」
それについては、本当に申し訳なく…………。
まぁそんな訳で、開閉方式も決まった。後はコックピットの色だけだ。
「て言うか、ラディアお前、シリアスはノーマルカラーのままなのか? 色は変えないのか?」
「あー、どうなんでしょう。シリアスと言えば砂色ってイメージがあるので、デザートカラーで不満無いんですよね。……シリアスは成りたい色とか有る?」
『特に無し。必要ならコックピットカラーに合わせて変更も可。しかしそれはツケを返した後に稼いだ資金での変更を推奨する』
「そりゃそうだ。これ以上はツケさせんからな」
うーん。やっぱりシリアスはデザートカラーが似合うと思うんだよ。だから、多少色を変えるとしても、デザートカラーがベースで、そこに少しアクセントを入れる感じだと思う。
なら、デザートカラーに合う色って何だろう。コックピットのベースと合わせれば良いかな? すると、デザートカラーにシルバーアクセント?
…………なんか違うな。デザートカラーにブラックアクセントの方が無難な気がする。
「うん。コックピットカラーは黒ベースで、サブカラーどうしようかな。黒って結構どんな色にも合うからなぁ」
「薔薇モチーフなんだから、その辺も気にしたら良いんじゃねぇか? ほれ、薔薇だから赤とか、お前にとってシリアスが青い薔薇ってんなら青とか、ピンクの薔薇も可愛くてシリアスに合うってんならピンクとか」
「なるほど過ぎる。いま凄い納得しちゃった。赤も青も、どっちも黒に映えて綺麗だし、ピンクはどうだろう……?」
最終的に、おじさんの「僕にとってシリアスは青い薔薇」って言葉が凄く気に入ったので、サブカラーは青に決定。
「全部決まったー!」
「そうかい。んじゃ、注文書作れ。その後見積もり出してやるから」
注文書。
小型中級戦闘機規格
デザートシザーリア用中型炸薬式近距離砲ウェポンテール『GCCエキドナ』一式注文・換装依頼。
デザートシザーリア用小型電磁砲内蔵式近接格闘シザーアーム『VM8gxグラディエラ』一式注文・換装依頼。
デザートシザーリア用カスタムオプションコックピット『ゴシックローズ』一式注文・換装依頼。
仮マシンコードID紐付け手続き依頼。
「大負けして、仲介手数料は勉強しといてやるよ。その代わりガッツリ稼いでガッツリ俺にも稼がせろよな」
「あいあいさー!」
『パーツが届いて作業を始めるのは何時になる?』
「都市内に無いパーツがあったら取り寄せだから、何とも言えんな。その場合は最悪輸送費もかかるが、まぁそこは上手くやってやるよ。メーカーの仕入れに口効いて次いでに乗っけて貰うくらいの伝手はある」
ホントにおじさん最高だよ。スッカラカンでおじさんの
「て言うか、鹵獲機をいっぺんに三機も持ってきた
「つまり、輸送費は気にしなくて良い?」
「そう言うこった。つーか、情報なんざ出るとこには出て行くもんだからな。国に三人目のオリジンが出たって話しも、場所によっちゃもう知れ渡ってるかも知れんぞ? その内、どっかのメーカーがウチの製品を使ってくれーって言いに来るかもな」
お仕事の依頼を正式にしつつ、そんな未来のタラレバを語る。
僕としては、自分で管理仕切れない事が怖いので、スポンサード契約とか遠慮したい。僕の身柄だけで済むなら良いけど、場合によってはシリアスにも迷惑がかかるもんね。
流石にオリジンの権利が有るから無茶な事はされないだろうけど、法的に有効なヤバい契約とか、間違ってしちゃったらマズイもの。
「さて、じゃぁ今日はもう終いにすっか! 遅いしな! 腹減ったー!」
「おじさん、お疲れ様です!」
もう外もすっかり暗くて、ヤバい程寒い。砂漠は昼と夜で過酷さのベクトルが真反対になる。
こんな時間までずっと一人で働いてるおじさんは、スラムの中で間違い無く一番勤勉な人だと思う。
「良いよなぁラディアは、スシ食ってきたんだろ? はぁ、俺は侘しく一人飯でも食うかねぇ」
「いや、おじさんの食べる食材って基本は天然物でしょ? 侘しいとか言ったらスラムの住人が殴り込んでくるよ?」
「そしたら守ってくれよ、ラディア名誉子爵様よう」
「…………まぁ、守りますけどね。…………おっかしいなぁ、おじさんの自業自得なのになぁ」
ケラケラ笑うおじさんと、ハンガーから丸見えの事務エリアに移動する。壁が無くてフルオープンしてるおじさんの拘りエリアだ。
おじさんの財力なら中心部の方で使われてる様なオートクックだって用意出来る筈なのに、おじさんは発熱機能くらいしか付いてない程度の原始的なキッチンで、自分で食材を調理する。レトルトすら使わない。
僕は食事の後だし、おじさんはコレから食事なので、別に僕は此処に残る必要も無いんだけど、何となく話し相手が欲しくておじさんの料理を眺めてた。
何やら卵を絡めながらライスを炒めてるみたいで、確かチャーハンって言う料理だったかな。
「おじさんは、料理が好きなの?」
「んー? いや、料理に限らんな。何かを作って、完成させるのが好きなんだ。整備士もその延長だな」
毎日生きるのが厳しくて、余裕なんて無かった僕は、とても良くしてもらったおじさんの事も、あまり知らない。
だから、余裕が出来て、こうやって対等に仕事のやり取りが出来る立場になって、初めて僕はおじさんの事を聞き始めた。
とっても濃い一日で、僕の人生の集大成みたいな時間だった今日の色々は、おじさんによって締め括られる。
お料理をしてるおじさんを見て、ポツポツと質問しては、ポツポツと気の無い答えが帰って来る。
元はガーランドの出身じゃ無い事。
見た目は三十代弱に見えるけど、安めのアンチエイド措置を受けてて実は五十代半ばな事。
実はバツイチで遠くの都市に元妻と娘が居る事。
結構ショッキングなプライベートを聞いてしまった。なんでこんなに優しくて凄い人と、奥さんは別れちゃったんだろうか。謎だ。
「…………おじさんは、どうして僕に、こんなに良くしてくれるの? 良くしてくれたの?」
最後に、ずっと、ずっと気になってた事も聞いてみた。
今もそうだし、前からそうだった。初めて会った時から気にかけてくれてた。その理由が、僕には分からない。
分からない事は怖いけど、おじさんは怖くないから、今日までは聞かなかった事。
何となく、今日なら聞いて良い気がした。
「気になるか?」
料理を全部作り終わったおじさんは、今日にお皿を全部もって、応接用のローテーブルに持って来る。此処で食事をするのがおじさんの拘りだ。
「気になります」
多分、今までで一番優しい笑顔だったと思う。
一瞬だけ、まるで別人みたいな微笑みで僕を見たおじさんは、すぐに元に戻ってから料理を食べ始めた。
「理由は二つ。一つはな、お前が娘に似てんだ」
なんて事だ。
そこは息子であって欲しかった。なんで娘に似てるんだよ。僕は男だよ。
なんとも言えない理由が出て来て、僕はモニョるしかない。コレが息子さんだったら胸がジーンってしたかも知れないのに。僕もちょっと、おじさんがお父さんだったらなって思った事あったし、なのに娘さん……、なんで娘さん……………。
「ふは、まぁそんな顔すんなよ。今のお前はマジで娘そっくりなんだわ。まったく、なんつう格好してんだよお前は」
「シリアスに言ってよぉ〜……。僕の趣味じゃないやい……」
これから、僕が遠くの都市にも行く機会が増えて、もしおじさんの娘さんに出会うなんて事があったら、僕はいったいどんな顔をすれば良いのか。
「理由はそれが一つだ。もう一つは、お前、俺ん所に初めて来た日の事を覚えてるか?」
「…………えっと? 覚えては居ますけど、なんか特別な事って有りましたっけ?」
僕とおじさんの出会いは普通だったと思う。
確か、タクトに鉄クズ集めで稼ぐシノギを教わって、だけど段々と買い取ってくれる店舗が減って来て、そしたらタクトが僕に、おじさんの整備屋を紹介してくれて、その時に普通に挨拶した。それだけだったと思う。
おじさんが名乗ってくれて、僕なんかに名乗ってくれる人が初めてだったし、名前も覚えやすかったので一発で記憶に焼き付いたんだ。それから僕も名乗って、ただそれだけだった。
「なぁラディア、俺の名前を言ってみろ?」
「…………? えと、オジサンさんですよね? オジサン・サンジェルマンさんです」
「そう。俺はオジサン・サンジェルマン。俺はお前にあの日、そう名乗ったな?」
そう名乗られた。
…………え、なに、もしかして偽名とかだったりするの? そんな改まって名前の事がどうしたの? なんか怖くなって来た。
「最初にお前は俺をおじさんと呼んだ。そして俺の名前を聞いたお前は、知らぬ間に呼び捨てしてごめんなさいと言った。そしてオジサンさんですねと、今のお前のように、あの時もそう言った」
「…………そう、ですね? えと、え、もしかしてあの時の呼び捨てが未だに尾を引いてるっ?」
「馬鹿野郎が。ちげぇよ」
もっちょもっちょと食べ進めて、殆どの料理を平らげたおじさんは、一回雰囲気をわざとぶち壊す様に「げーぷっ」って胃のガスを口から吐き出して、一拍待ってから口を開いた。
「俺なは、嬉しかったんだよ。お前が俺の名前を汚さなかった事がな」
また、凄い優しい顔が一瞬だけ見えた。
「…………名前を、汚す?」
「ああ、そうだ。俺の名前はな、良く汚されんだよ」
なんて事無いように、昔からそうだった事実をただ語るみたいに、そうしないと感情が揺れてしまうから、あえて客観的な語りをしてるみたいに。
「俺の名前はオジサン・サンジェルマン。これを名乗れば大体の奴は、名前がおじさんだなんて大変ですねと笑う。子供の頃にイジメられませんでしたかと笑う。その言葉がもう既に俺を馬鹿にしているとも思わずに、気軽に俺の名前にケチを付ける」
最後に残ったスープを、ズズっ、ズズっと啜るおじさんは、やっぱり淡々としていた。
「タクトでさえ例外じゃねぇぞ。俺の名前を初めて聞いた時、口に出さずともアイツは顔にハッキリと『うわ、すげぇ名前だ』って書いてあった。俺は俺の名前でそうなった奴を絶対に忘れねぇ」
僕は、何となく首を傾げる。
話しが、ちょっとよく分からない。
「…………はは、そう。そうだよ。お前はそう言う奴なんだよ。だから気に入ってんだ」
「えっと…………?」
「俺はガキの頃から苦労した。お前に比べりゃ屁でもねぇ苦労だが、この名前が俺をずっと苛んでた。スクールに行けばジジイだのオッサンだのとイジメを受け、教員なんざ下らねぇ理由でトラブってんじゃねぇと俺を叩きやがる。クソッタレな幼少期だったぜ」
僕は、まだやっぱり分からなくて、ただ相槌を打つくらいしか出来ない。
「俺の人生で、俺の名前を聞いて、心底何も感じずに『オジサン』と言う名前をそのまま受け入れて、知らぬ間に呼び捨てしてて悪かったと、『オジサン』さん何ですねなんて言ってのけたのは、たった一人、お前だけなんだよ。俺はそれが何よりも嬉しかった」
………………………………えっと?
「お前にとって、『オジサン』と『おじさん』は完全に別物なんだろう? たまたま音が同じだった言葉ってだけで、そこに何の関連性も抱いちゃいない。なぁラディア、お前は気が付いて無いだろうが、『オジサン』って名前はスっっっっっっゲェ馬鹿にされる名前なんだよ。『おじさん』と音が同じだから、ジジイだのオッサンだのクソオヤジだのと、散々馬鹿にされる名前なんだ。お前には分からんだろ?」
えと、うん。ホントに分からない。
なんで? あの、名前は名前では? なんでソコに関連性が出るの? 子供の名前がオジサンでも、子供なんだからおじさんじゃ無いじゃん?
「えと、そう、ですね。僕にはちょっと、意味が分かりません」
「そう、お前はそうなんだ。俺の名前を汚さなかった唯一の奴なんだ。だから俺はお前を気に入ってる。その精神性は必ず
そんな事はない。全然無い。めちゃくちゃ嬉しかった。
「お前は『オジサン』と『おじさん』を完全に別に考えてる。だから俺を呼ぶ時、普段はおじさんなのに、名前を呼ばせるとオジサンさんになる。おじさんって呼び方も、音が一緒で紛らわしいからって、俺が許すまでは頑なにオジサンさんって呼び続けたよな」
「…………懐かしいですね。おじさんに、面倒だからおじさん呼びで良いって、実際今は年齢的におじさんだから失礼じゃないって」
「そうだ。そう、お前にとって、『オジサン』と『おじさん』を並べて紛らわしいのは、『おじさん』の方だった。他の奴らは『オジサン』なんて名前なのが悪いと言う中、お前だけは『おじさん』の方こそが紛らわしくて、失礼になるからって、俺が許すまではオジサンさんって呼び続けたな」
食べ終わったお皿を重ねたおじさんは、食器をキッチンに運びながら言った。
「俺の人生で、俺の名前の味方をしてくれたのは、お前だけなんだよ。だから俺も、お前の味方をする」
そう言いながらおじさんは、運んだ食器をガシャッと全自動クリーナーに放り込んで、スイッチを押して起動した。
「信じられるか? 俺が元嫁と別れた理由が、『親の名前がオジサンだと娘がイジメられるから別れて欲しい』だぜ?」
「はっ、はぁっ!? なにそれ酷い!」
そんな、そんな理由で離婚とか馬鹿じゃないのか!?
「そう、ひでぇだろ? 俺もそう思う。だが、周りは『そんな理由で離婚は極端だけど、娘さんを想うなら仕方ない』って意見が大半なんだぜ?」
「い、意味わかんない! 娘さんはイジメから庇われるのに、おじさんは離婚で奥さんからイジメられて良いって意見は、おかしいと思う!」
「そうなんだよ。俺のことは誰も助けてくれなかったんだ。嫁と娘すら、俺の名前を汚すんだぜ?」
おじさん良い人なのに! 意味わかんない!
「お、おじさん! その、無責任な意見かも知れないけど、僕、そんな人とは別れて良かったと思う! 家族なら、娘さんと同じくらいおじさんの事も大切にしなきゃだよ! そうでしょっ!?」
「ホントだよなぁ。別に、娘がイジメを受けたってんなら、俺が大金積んでも徹底的に相手をシメてやったのによォ。まさか俺の方を切りやがるとか……」
「ほんと意味わかんない! ムカつく! お腹ムカムカしてきた!」
「一緒に成るときゃぁ、名前なんて気にしないわぁとか言ってた癖によぉ……」
おじさんは戻って来て座り、気の抜けた顔でタバコに火をつけて、ぷはぁ……、っと吐き出した。
「嘘吐きだ! 奥さん嘘吐き! て言うかそこで気にしないって言う時点で気にしてるじゃん! 本当に気にしないなら最初からそんな言葉出て来ないよ!」
「マジでそれだよ」
僕は訳わかんなくて、うがーってして、イライラがピークに達したので、席を立って勝手におじさんのキッチンの冷蔵庫を漁り、おじさんが良く飲んでるお酒を出して持ってきた。
ローテーブルに酒瓶をドンッ! おじさんは別に悪くないのに、流れでおじさんをキッと睨んじゃう。
「おじさん! 飲もう! 今日は飲もう! 大人ってこう言う時にお酒飲むんでしょっ!?」
「………………お前も飲むのか?」
「飲めない! から、飲んでるおじさんを見てるね!」
「なんだそりゃ……」
僕の行動が面白かったのか、気が抜けたのか、おじさんはカラカラと笑って、そんじゃぁ飲みますかと瓶に手を伸ばした。
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