第18話 道連れにさせろ。



「…………ぷふっ、クククっ」

「……もう、なんとでも言えば良い」


 僕はふりふり可愛いワンピースを着たままシリアスに乗って、同じ西区のスラムにあるタクトを尋ねた。

 そこは僕が寝泊まりしていた住処からも近い、バラック風の簡易テントが集まる場所で、スラムの中にあるちっちゃな町みたいになってる。タクトグループの拠点だ。

 場所はパルスシールドから近く、ガーランドの外周も外周。ここはスラムの結構奥なので、本当はバイオマシンで直接来れる場所では無いんだけど、一回メインストリートまで出てからゲート直前で逸れてパルスシールド沿いに進むと、機乗したまま裏技的に来る事が出来た。町を覆うパルスシールドは人が触れると危ないので、パルスシールドの近くはガッツリとスペースがあるのだ。そこを通れば小型のバイオマシンなら歩けてしまう。

 そこでタクトと合流。そして何とか僕がこの格好をしている事実の発覚を遅らせようと粘ってけど、シリアスが容赦無くしゃがんでキャノピーを開けてしまったので、どうにもならなかった。

 何かと理由を付けて機体から降りず、外部スピーカーを通して降機を渋る僕に対して訝しんだタクトはコックピットまでやって来る。そして、僕が乗ってると思ってコックピットに来たのに、中を覗けばそこに可憐な美少女ぼくが居て、二分くらいフリーズしてた。

 その後、何処からどう見ても美少女になっちゃった僕が僕なのだと理解したタクトは、やっぱり爆笑して機体から転げ落ちた。

 外周部は砂まみれで、地面も砂漠の砂である。そのお陰で落ちても怪我はしなかったけど、笑いのツボが爆撃されたタクトは暫く砂地を転がって笑い続けてた。ちくしょう許さんからな。


「……ふふはっ、似合ってるのクソ笑う」

「…………そんなに似合ってる?」

「ぉ、おうっ。その、超、可愛いぞっ? んふっ……!」

「笑い過ぎだよ」

「だって、だってさ……! さっき別れたばっかなのに、なんでこの短時間でそんな超変身してんだよ……! しかも超可愛いしっ、くふっ、ダメだまた笑いが込み上げてきたっ」


 いや、さぁ。僕も鏡見たら自分でも超可愛いと思ったけどさぁ。でもそこまで?

 と言うか、周りで見てるグループの皆も、その、止めて? お願いだから止めて?

 可愛いって呟きながら赤い顔で僕を見てる男の子達ホント止めて。

 素敵って言いながらキラキラした目を向けてくる女の子はまだ良いけど、ぐぬぬぬって顔してる女の子マジで止めて。僕はタクト争奪戦に参加とかしないから。そんな「強敵が現れた……!」みたいな反応マジで止めて。それが一番傷付くから。


「………………そんなに笑ってると、シリアスにお願いしてタクトも女装させて貰うよ? グループの女の子に衣装渡したら絶対タクトも着る羽目にな--」

「--マジさーせんしたッ!? もう笑いませんっ!」


 タクトは見た目カッコイイけど、結局顔は綺麗に整ってるんだから、女装出来るでしょ。おじさんは『古代文明の技術でも不可能』とか言われたけど、タクトなら余裕でしょ。

 シリアスのコーディネート力が火を噴くよ? 僕をここまで仕上げたシリアスの女装させ力、受けてみる? 凄いよ? 化粧無しで完全に別人だからね? お股スースーするからね?


「これ、さ。下着まで、専用の奴なんだよ。男のシンボルを極限まで隠して可愛い女性用の下着を装う、無駄にハイテクな女装用下着なんだよ。…………これ履かせるよ?」

「マジすまんかった。二度と笑わないから勘弁してくれ…………。ほらもう、お前が変な事言うからプリカが目をキラッキラさせてるじゃねぇか!」

「僕も似た様な展開で女装する羽目になったんだよ。カルボルトさんが余計な事言うから、シリアスがノリノリになっちゃって…………」


 だからさ、タクトも女装しろよ。仲間になれ。道連れにさせろ。

 ちなみにプリカって言うのはタクトグループの女の子の名前で、タクト争奪戦参加者だけど、ぐぬぬぬせずに僕をキラキラした目で見てる子だ。タクトの女装服は彼女に渡すべきだろう。


「もう、良いから、さっさと行こうぜ! て言うか、今更だけど移動ってどうすんだ? シリアスに全員は乗れないだろ?」

「…………ビークルをレンタルすれば良いんじゃない? 自動運転で最奥区まで行けば」

「……………………ラディアちゃん、お金貸して?」

「ちゃん付けしたからトイチね」

「あぁぁぁッ! 謝るから! ごめんて!」


 本当ならタクシー使えば良いんだけど、絶対にターバンスタイルの孤児なんか乗せてくれない。なので次善策としてレンタビークルだ。

 運転は当然免許が要るけど、都市システムに自動運転機能を接続して移動するだけなら免許は要らない。ならもう免許制も要らないじゃんって思われがちだけど、そんな事は無い。

 自動運転の場合は移動ルートを都市システムが決定するんだけど、外周区とかで勝手に作られた都市システム外の道を利用する場合とか、見たい景色があって自分で移動ルートを決定したい場合とか、あんまり無いけど人から追われてて都市システムに任せたくない時とか、知り合いの機兵乗りライダーが乗る機体と併走しながら目的地に行きたい時とか、まぁ色々諸々、自分で運転する機会って少なく無いらしい。

 他にも、単に運転が好きだから自動運転を使いたくない人とか、自動運転だって事故が完全にゼロって訳じゃないから、昔に事故った経験から自動運転を信用出来なくなった人とかも居るので、そういう人達が免許を取って自分で運転する。

 事故については、都市システムが移動を全部管理してるから理論上はゼロなんだけど、流石に外的要因で発生する事故までは保証出来ない。

 乗機初心者がマシンロードからハミ出てビークル踏んじゃうとか、手動運転をミスった暴走ビークルに突っ込まれるとか、事故を完全に無くすのは無理だ。


「拘りとか無いだろうし、普通に安いので良いよね? 人数的にマイクロバス? 今何人居るの?」

「今は、…………二○と、……何人だ? 五? ギルディス、何人だ?」

「いや、それくらい普通に数えなよタクト」

「うるせぇ面倒」

「あー、うん。合ってる。二五人だね」


 孤児は増減し易い。慣れてる古参メンバーならまだしも、新参は良く死んだりする。増えたり減ったり、グループの人数は常に変動する。

 何かしらの理由でスラムから足抜け出来たら良いんだけど、基本的に減る理由は死亡が八割を超える。

 だけど増える理由は様々。

 市民だったけど親が死んで遺産で暮らしつつ行政のセーフティネットで生きてたら突然現れた親戚に財産持って行かれてスラム落ちとか。

 この親がこの町の生まれだけど傭兵に憧れちゃって、親が傭兵登録する時に子供も一緒に自由臣民にされて、その後に親が死んだから行政に助けて貰えずスラム落ちとか。

 不法滞在者と不法滞在者の間に出来た子供でガチで戸籍が無い状態で捨てられたとか。

 傭兵同士の間に生まれたから最初から自由臣民に連なる身分で両親共に死亡して子供はスラム落ちとか。

 タクトグループに居る子達は大体そんな感じだ。

 ガボットの方なら、不貞の子を持った親が発覚を恐れて他都市に捨ててくってパターンもある。その場合は都市管理システムをどうにか潜り抜けないと捨てた方が罰せられるのでレアケースだけど。

 僕みたいに傭兵の親に連れて来られて親が死ぬケースは珍しく無いけど、僕みたいな『戦争に行く為に置き去りにされてから親が戦死』ってパターンはかなりレアケースだ。普通は警戒領域で下手打って死ぬパターンだ。戦争に参加するなら普通は近くの都市まで連れて行くし、そんな都市ならその場合のセーフティネットはしっかりしてるので、最悪でも施設行きとなる。わざわざ遠くに置き去りってパターンの僕は、マジでレアケースだったりする。

 しかも、父はこの都市に来てから、この都市では仕事をせずに戦争に行ったので、多分そのせいでセーフティネットが使えなかったんだな。最大一回の納税記録が無いとその都市で臣民権が使えないから。長年の謎が解けたぜ。


「……ところで、久しぶりだねラディア。元気だった? て言うかラディアだよね?」

「あ、うん。久しぶり、ギルディス。こんな格好だけどラディアだよ」


 端末の操作をシリアスに任せてレンタビークルを選んでると、タクトグループの副リーダー的な存在である孤児に声を掛けられた。名前はギルディスって呼ばれてたっけ? 顔見知りなのに名前は覚えて無いんだよね、僕。

 気性が僕に似てて、落ち着いてる人だ。歳は確か十二歳で、今のところタクトグループの最年長。でもタクトを敬ってて一歩引いて活動してる黒髪の少年だ。ガーランド出身の人は黒髪が多い。陽射しがヤバい場所だからだろうか。

 昔はもっと上の人も居たけど、足抜けしたり死んだりで、今はギルディスが最年長だ。


「その、随分と可愛いけど、どうしたの? 見ない内にそう言う趣味になったの?」

「いやいやいやいや、それは酷い誤解だよギルディス。これは、その、僕の愛機が着ろって言うから仕方なく着てるだけなんだ」

「…………ああ、タクトから聞いたけど、オリジンなんだっけ? 半信半疑だったけど、ホントだったんだね。凄いねぇ」


 僕は女装趣味のレッテルを回避する為に弁解する。

 これから皆に食事を奢ってくれる超ベテランの傭兵さんが居て、その人が通話で男の子に女装させて喜ぶ女性も居るから、僕もやってみたら云々なんて話しをされて、それを聞いたシリアスが盛り上がって速攻で服を注文して用意されちゃった事を詳細に語る。


「というわけで、僕の趣味じゃ無いんだよ。スカートの中がスースーして落ち着かないんだ」

「いや、スカートの中の実況とかされても困っちゃうよ。やめてやめて。嫌なら断れば良かったんじゃないの?」

「僕、シリアスのお願いは断れない生き物になっちゃったんだよね…………。だから、シリアスがこの件に乗り気になった時点で、僕は詰んでるんだよ。まぁその代わり、余計な事言った人には相応の埋め合わせを要求したけどさ。ギルディス、今日はなんと天然物のオスシだよ」

「……………………スシっ!? え、それってあのスシ!?」

「そう。あのスシだよ。フィッシュ・オン・ザ・ライスのオスシさ。僕のこの格好によって獲得した要求だから、皆もオスシ食べたかったら僕を笑うの止めてね」


 チラッと皆を見渡すと、男の子は頬を染めてサッと視線を逸らし、事情を把握した女の子達も頷いてくれた。良かった、タクト争奪戦に参加しないって分かって貰えた。

 すると、二人ほど女の子が僕の方に来た。名前を知らないので、サッとタクトに確認した。ふむ、オケまる把握した。

 一人はプリカと言う、さっき僕にキラキラ目線を送ってた子だね。今度こそ名前覚えるよ。この子は愛想の良い小さな女の子だ。

 薄桃色のふわふわした髪は、砂漠では珍しい色になる。砂漠だと色素が濃くなりがちだ。

 確か九歳だったかな。ハキハキ喋る女の子で、グループ外の僕にも普通に対応してくれる子だ。ほら、僕って本来は余所者勢だからグループに弾かれてるし、人によっては僕が気に食わないメンバーも居る。

 まぁそれでもガボットのゴミクズが纏めるグループよりずっとマシな対応をしてくれるから、多少の敵意は気にしてない。

 それで、プリカと一緒に来たのはその一人、僕を軽く敵視している子だ。名前をエレーツィアと言うらしい。血錆色の髪が特徴で、目付きが鋭くて、目付きに見合うくらいには性格がキツい。正直苦手だ。


「プリカもエレーツィアも、久しぶり。何か用?」

「うん! 久しぶり! 私は用事無いけど、エレにはあるみたいだよ! それより、すっっっっっごい可愛いね!? お姫様みたい!」

「…………久しぶり」

「あ、うん。ありがとう? いや、出来れば見た目についての言及は許して欲しい…………。えーと、エレーツィアの用事って?」


 元気いっぱいのプリカに凹まされ、僕はちょっとしょんぼりしながら要件を聞く。

 なんか、皆凄い見て来るから恥ずかしくなって来た。もじもじしてしまう。


「…………その、お礼、言いたくて。ありがと」

「……? え、何のお礼?」

「ほらエレ! ちゃんと言わなきゃ分からないよ! ラディアくん、タクトに聞いたけど、ナノマシン用意してくれたのって、ラディアくんなんでしょ? 怪我してたのって、エレだったの!」

「あー、なるほど。うん、お礼は受け取るね。元気になって良かったよ」


 命に関わらないけど大怪我したってのが、エレーツィアだったんだね。どんな怪我かは知らないけど、グループ総出で奇跡を祈ってナノマシン拾いを始めるとか、相当酷い怪我だったんだろう。


「……………………ありがと」

「うん。タクトに予備も渡したから、これで暫くは怪我での死亡率も下がるでしょ。まぁ僕らの死因って、水不足が常に一位なんだけど」

「お水集めたいへーん!」

「いやぁ、ラディアが羨ましいよ。足抜けおめでとう。都市部に住むの?」

「ありがとうギルディス。でも暫くはまだ、スラムに居るよ。タクトもおじさんもスラムに居るから、一人で都市部に住んでもつまらないしさ」

「……………………やっぱり、強敵?」

「いやいやいや、違うから! て言うか、この服の事を言ってるなら、今日は皆も着替えるんだからね?」

「え、そうなのっ!? 私達も、普通の服着れるのっ!?」


 そう。いくらカルボルトさんが付き添っての紹介でも、流石にターバンスタイルの孤児が最奥区の高級店に出入りするのは無理だ。僕らに対する好悪は置いといも、ドレスコードって言う厳格なルールがある。

 なので、僕らは一度、カルボルトさんが泊まってるホテルに行って、そこでカルボルトさんのお部屋にお邪魔してお風呂を借りて、カルボルトさんが用意してくれる服に皆を着替えさせてから食事に行く。そんな予定になってる。

 だから僕とタクトの端末に送られて来た座標は、飲食店じゃなくてホテルの座標だ。


「超スーパー凄いベテラン傭兵さんが、服とか全部用意してくれるからね。プリカもエレーツィアも、他のみんなも、僕とかタクトみたいな服着れるよ。まぁ僕とタクトの服はかなり高級な奴だから、同じくらいの物を用意して貰ってるかは分からないけど」


 僕の着てる可愛いワンピースは、シリアスが厳選した最高級の特注品だし、僕がタクトにプレゼントした一式も、ショッピングモールで買ったとは言え最奥区の品だ。中央区とかで買う服とかなんて比べ物に成らない高級服だ。

 間違っても外周区の砂地で笑い転げて汚して良い服じゃ無いんだよ、タクト。


「て言うかタクト、ホテルに行ったらタクトもお風呂入って、その間にその服は洗濯だよ? なに地面転がって汚してるのさ」

「おう、悪ぃ! めちゃ面白かったからさ!」

「……………………本気で女装させるぞ」

「ごめんて!」


 僕の女装をめちゃ面白い呼ばわりしやがって。


「今度、僕がギルドで受ける仕事の補助人員とかでタクトを雇えば、納税記録も着いてタクトが助かるかなって思ったけど、どうしようかな…………」

「マジでごめんて! もう笑わないから! それに、ほら、良く考えるとめちゃ可愛いのに笑うっておかしいもんな!」

「もしかして煽ってるっ? ねぇ煽ってる?」


 わちゃわちゃと騒ぎながら、その最中にさり気なくレンタビークルの発注を済ませた、僕はタクトに詰め寄ったジト目で睨む。

 僕はタクトに多大な感謝をしてるけど、それはそれだ。


「でも、ラディアくん本当に可愛いよっ? ねぇみんな?」

「プリカやめて。ほんと止めて。皆も頷かないで。頬染めないで男子、変な扉開かないでお願いだから……!」


 変な反応をされると僕も恥ずかしくなって、ちょっと頬が熱くなって俯いてモジモジしちゃう。でも「その仕草が余計にアウトー!」ってプリカに言われたので、ぎこちなくても堂々としてようと思う。

 だってプリカの「アウトー!」で男子が皆凄い頷くんだもん。


「…………お、来たっぽいぞ」


 気が付くと、端末に通知が入る。注文したレンタビークルが、自動運転で来れるギリギリまでもう来てるらしい。流石にここまでは入って来れない。いくらシリアスが通れる幅があっても、都市管理システムに許された道以外は自動運転で使えないのだ。

 それに、外周のパルスシールド沿いにシリアスも通れるスペースが有るのも、パルスシールドに触れて事故らない様にとスペースが存在するのであって、別に道じゃないのだ。本来はパルスシールドに近寄っちゃダメなのだ。

 町全部を覆える程に強い出力で展開してるパルスシールドなんて、生身の人間が触れたら消し飛ぶ。

 ガーランドじゃなくて普通の都市だったなら、本来は分厚くて高い外壁の上から覆ってる物なのだ。触れられる場所に展開してるガーランドがおかしいのだ。


「さて、じゃぁ皆、移動してね。タクトに着いて行って。僕はシリアスに乗って追い掛けるから」

「あー、そっか。俺もビークルか。…………あー、またシリアスに乗れるの、ちょっと楽しみにしてたんだが」

「あ、そうだよ、それ! そうだよ! 俺らもバイオマシン乗りてぇ!」

「そうだそうだ! リーダーだけズルい!」


 移動を始めるって時に、タクトが余計な事を言うので皆が騒ぎ始めちゃった。

 スラムで孤児があんまり騒ぐと、普段なら周りの大人にぶっ殺されるんだけど、今日は僕がここに居るのでまだセーフらしい。

 今の僕は銃で武装してるからね。ライフルはコックピットだけど、拳銃は持ってる。可愛いワンピースの腰には無骨なホルスターが…………。

 いくら孤児を舐め腐ってるスラムの大人も、銃を持ってる孤児なんて襲ったりしない。銃は誰が引き金を引いても等しく弾が出るから、それを持ってるのが孤児でも大人でも関係無い。

 と言うか今の僕って良い所のお嬢様に見えるらしいから、そんな相手を襲って銃殺されたら目も当てられない。スラムの人間は基本的に立場がゴミだからね。

 でも、襲われないからって下手にヘイト貯めて良い理由にならない。僕が居ない時に、思い出した様に殴りに来るかも知れないし。


「ほら、あんまり騒ぐと怒られるよー? シリアスは基本的に、僕以外乗せたがらないから、ごめんね? タクトは特別なんだ」


 すると、えぇ〜って不満そうな声が出るけど、方便じゃなくてガチだからね。タクトは僕とシリアスのキューピッド様の一人なんだから。


『…………肯定。ラディアが、どうしてもと強く、強く望むならシリアスは受け入れる。しかし、そこまで強く願われないのであれば、シリアスは要求を拒否する』

「喋ったッ!?」

「すげぇ!」


 我慢出来なくなったシリアスが、機体の外部スピーカーから声を出す。

 そんな機能無かったはずだから、多分あれ、コックピット内で情報端末の読み上げアプリケーションを使った発言を、内部マイクで拾って外部スピーカーへ出力してるんだな。コックピットの中で端末が喋れば、外部スピーカーを使える。

 シリアスは賢い。


『シリアスのコックピットに同乗するまではギリギリ認める。しかし、シリアスの操縦席パイロットシートに座って良いのは、操縦者パイロットだけ。シリアスの初めてのパイロットはラディアであり、シリアスの最後のパイロットもラディアである。例外は一つして認めない』

「ラディアめっちゃ愛されてんじゃん」

「でへへへへへへ…………」

『この先、コックピットのカスタマイズで複座サブシートが増えてタンデムが可能になったら、そちらは認めても良い。しかし、パイロットシートだけは認めない』


 ああ、胸がキュンキュンする。自分の格好も相まって、本当に女の子になりそうだ…………。

 ハッ!? もしかして、シリアスはそれを狙って!?


「おい井戸ポン。是非シリアスのタンデム化を頼むぜ」

「井戸ポン言うタクトは乗せたくないなぁ」

「ごめんて」


 僕ってそんなにお口モニュモニュさせてる?

 しかし、タンデムか。操縦系に触れない座席を増設するのは有りだね。

 カルボルトさんにも相談して、良い感じのカスタマイズを模索しよう。

 そうと決まればさっさと移動だ。未だ良いな良いなと騒ぐ男子を纏めて、移動を始める。

 複座を増やしたらきっと乗せるからと言って宥めたら、約束だからなって言って素直になったので、ささっと追い立てて僕はシリアスに乗る。今回は僕一人で乗ります。タクトはレンタビークルに乗ってね。

 て言うか端末持ってるタクトがそっち乗らないとビークル動かないじゃん。


「さて、行こうか」

『了解した。なるべくレンタビークルのルートと併走する』

「基本僕が動かすけど、補助お願いね。ビークルのルート次第では僕も慌てちゃうかもだし」

『タクトにレンタビークルのルートを端末に送らせる。マシンロードから逸れるルートも予め精査すれば調整は可能』

「あ、そんな手もあるのか」


 シリアスが既にタクトの端末に指示を送って、返ってきたルート情報を持ってからシリアスを発進させる。ビークルに乗って移動を開始したタクト達をやや後ろから追い掛ける形でマシンロードに乗り、可能な限り併走する。

 ビークルとバイオマシンでは使える道にどうしても差が出るので、時折ビークルがマシンロードから離れて目的地に向かう中、シリアスが設定した移動ルートをウェアラブル端末に表示して機動する。

 簡単な移動ならシリアスに任せ切っても良いんだけど、やっぱり普段から操縦をする様にしないと腕が落ちそうだし、言うて僕もまだ免許取り立てのペーペーだからね。

 色んな人に操縦が上手いと言われるけど、それは基礎がしっかりとしてるうえに、都市内の移動なら大した挙動は要らないってだけで、これがまた戦闘機動になった話しが違うんだろう。

 まだシリアスに初めて乗った時の数十秒しか戦闘機動なんて経験が無いし、少しでも経験を積むためにはやっぱり、普段からこうやって慣れておくのが一番だろう。


「シリアスが嫌じゃ無いなら、なるべく僕に操縦させてね」

『了解した。ラディアの操縦は丁寧なので、シリアスはストレスを感じ無い。シリアスは、シリアスのパイロットがラディア良かったと思う』


 そんな事言われたでへでへしちゃう。

 でへでへしながら移動する事二○分、色々あって約束の時間に丁度良い頃、僕らは指定されたホテルに着いた。見上げる程に巨大で、真っ白なビルディング式のホテルだ。超高そう。

 僕らはホテル入口付近で一旦待機し、ホテルの駐車場や駐機場にはまだ向かわない。

 タクトと僕だけなら良いけど、今はターバンスタイルの子供が山程居るので、このまま乗り込むとトラブルが目に見えてる。なので、僕はカルボルトさんに通信要求を送る。ホテルまで来た旨を伝えて、入口まで迎えに来てもらうのだ。

 ターバンスタイルの子供を連れた僕らじゃ、ホテルマンに何を言ってもカルボルトさんまで繋いでくれるか分からないからね。先に問題を潰しておくのは孤児の基本技能だ。


『分かった、すぐに行く』

「あ、ちなみに僕、今もう女装してるので、見ても笑わないで下さいね。もう色んな人に笑われてるので、先に言っておきます。笑ったら要求がオスシから更に跳ね上がりますよ」

『…………マジか。気を付けるわ』


 問題を先に潰す。孤児の流儀を遺憾無く発揮する。

 それから数分、カルボルトさんがホテルのエントランスゲートから外に出て来る。心做しかギルドで見た時よりもラフな格好をしてる。

 僕は駐機しても邪魔にならない場所に一旦シリアスを停めて降機、さぁ笑うなよって気持ちを胸にカルボルトさんと対面。


「うわー、すげぇ。似合い過ぎて笑えねぇわ。こら団長に見せたら大喜びだ」

「…………高評価されても、どう受け取れば良いのか分かりません」

「いや、マジで可愛いぞ? その声をあとちょっと高くすれば、もう完全に女の子だわ。シリアスは良い仕事したな」

『肯定。シリアスは最高の仕事をしたと自負している』

「おわっ、端末からか?」

『肯定。ラディアの端末を介して音を拾えば会話が可能。この距離であれば直接本機で音を拾う事も可能』

「相変わらず通信領域を好き放題してるな」

『否定。法に触れるので、許可を得たラディアの端末でしか通信領域操作は行ってない。「好き放題」の評価は不本意。シリアスはカルボルトへ訂正を要求したい。しかし、ラディアの女装についての発言が素晴らしい結果を生み出したので、不当な評価を謝意と相殺可能。よってシリアスはカルボルトを許すことにした』

「なんか知らん間に許された」

「うちのシリアスがごめんなさい…………。でもカルボルトさんのせいなのでオスシ食べさせて下さい」


 オスシ、楽しみである。

 タクトもビークルから出て来て、グループの皆も連れて来た。

 それからカルボルトさんにグループの子を紹介して、グループの子に「今回食事をご馳走してくれる人で、オークション出せば十五億の値が着く超レア機体を傭兵団から任されてる超絶ベテランの凄腕傭兵さん」だと紹介する。


「いや高い高い。ハードルが高い」


 そんな紹介をされたら傭兵に憧れる男の子は例外無くキラッキラの視線をカルボルトさんに向けて、女子はタクト狙いだからあれだけど、それでも爽やかでカッコイイうえに甲斐性まである大人の男性にモジモジしてる。今更だけどカルボルトさんカッコイイんだよな。


「取り敢えず、紹介に与ったカルボルトだ。今日はラディアとタクトに知り合った縁で、お前らにも食事をご馳走しようと思ってる。その関係で、お前らには一旦着替えて欲しいんだが、構わないか?」


 皆、良い返事を返す。

 と言うか、僕の格好のような性別を超えた例外じゃ無ければ、基本的に孤児は貰える物は拒まない。

 レンタルでは無くプレゼントしてくれるらしいので、断る理由が無い。


「そこまで高い品じゃ無いが、ちゃんとナノマテリアルだからな。孤児には必須なんだよな?」


 快適な屋内でずっと過ごせる市民とかはナノマテリアル以外の、普通の布製も着たりするらしいけど、基本が屋外活動で、住処も粗末なバラックである僕ら孤児には、ナノマテリアルが必要なのだ。これが無いと砂漠の気温にやられて死ぬ。捨てられたナノマテリアルを寄せ集めて服を作らないと、汗を垂れ流して枯れて死ぬ。渇いて死ぬ。

 僕ら孤児が生きて行くには、たとえ継ぎ接ぎの襤褸でもナノマテリアルを身に纏って、外気の影響を下げて水の消費を抑えないと、カラッカラの干物になってしまうのだ。


「助かります」

「良いって事よ。言うてナノマテリアルなら、俺の稼ぎで余裕だから。これが生体金属ジオメタル系だったら無理だがよ」


 世の中には、生体金属ジオメタルをどうにか布に落とし込んだ服とか有るらしい。仮に破れても、エネルギーパックを装着すると再生するので、理論上は永遠に着れるとんでもない服だそうだ。防弾性も高く、ナノマテリアルとは比べ物に成らない性能を有してる。事実として衣類品の王だ。

 皆が口々にお礼を行って、それからカルボルトさんの案内でホテルの中へ。僕だけは別行動で、一旦シリアスに乗り直してホテルの駐機場に移動する。シリアスを路駐しっぱなしにする訳にも行かないから。

 タクト達が乗っていたレンタビークルはホテルのシステムによって自動で駐車場へ。あれは半日借りる契約なので、まだ使えるから。

 後でまた端末で呼び出せば駐車場から勝手に出て来てくれるので、都市システムの中で満足するなら免許が無くてもやはり便利。


「じゃぁシリアス、ちょっと待っててね。端末は繋げておくから、お話しは出来ると思うけど」

『了解。シリアスは更なるラディアのコーディネートを模索して時間を潰す』

「………………メンズにしてね?」

『約束出来ない』

「…………可能な限り、メンズにしてね?」

『了解。は善処する』


 多分、僕の願いは叶わないんだろう。

 なんで、シリアスは僕の女装なんて趣味を見付けてしまったんだ。カルボルトさんの罪は凄い重いぞ。ちくしょう、今日はお腹が破れるまでオスシを食べて破産させてやる。


「じゃぁ、また後で」

『待ってる』


 シリアスを駐機場のハンガーに停めて、僕はホテルに入る。

 駐機場のガードマンや案内のホテルマンに物凄い女の子扱いされながらカルボルトさんのお部屋を目指し、流石にシリアスが居ない場で「オリジンに女装させられてるんです!」とか言っても信用して貰えないと思うから必死に女の子の振りをして、何とか目的地に辿り着く。

 ちくしょう、誰も僕を男だと見破らないのは、どう言う了見なんだ。いやバレたら困るの僕なんだけど、全然バレなくて凄い女の子扱いで恭しくされても、それはそれでモニョるじゃん。

 そ、そんなに? そんなに僕って女の子? 皆似合ってるって言うし、僕も鏡に映る僕を可愛いなって思ったけど、ここまでバレない物なの?


「おじゃましまー」

「おう、いらっしゃい」


 カルボルトさんのお部屋に入ると、めっちゃ広くて豪華でシステマチックな感じのお部屋の中で、カルボルトさんと男の子達が寛いでた。

 女の子は現在お風呂らしい。スキャニングからのお任せネット注文で着替えは準備中。人数が人数なので、一々コーディネートとか選んで注文してたら日が暮れる。と言うか今もう日暮れなので夜が明ける。

 だから、スキャニングデータと予算上限だけ送って、後はお店にお任せってサービスを利用してるらしい。そんなの有るんだ。

 シリアスと真逆だな。僕一人の服を、今も真剣に選んでる最中だよ。陽電子脳ブレインボックス本来の演算能力をフル活用して僕のコーディネートパターンを出力中だ。なんと言う古代文明技術の無駄遣いだろうか。多分、世界で今一番古代の超技術を無駄遣いしてる存在って僕だよね。


「男の子達は、女の子達とお風呂交代するまで待機なのかな」

「人数差も有るからな。服を用意するにも、少数からの方が早いだろ」


 ああ、そうか。お風呂上がって服が無かったら大変だもんね。孤児グループは女の子が十人も居ないから、お任せネット注文でパパっと届けて貰う間に、人数の多い男の子達の服も用意するのか。個別に同時注文したら少人数の方が早く届く。

 まぁ超技術による生産と運搬でパパっと終わるんだろうけど、女の子がお風呂上がりに服が無いなんて大問題だしな。


「文句は出なかったの? 自分で選びたいとかって」

「そう思っては居るだろうけど、今回は俺が抑えたよ。カルボルトさんに気を使ってもらって服まで貰えるのに、わがまま言うんじゃねぇって」

「ま、坊主達が稼げば、後でいくらでも自由に選べるだろうよ」

「僕は流石に女の子達の服買う程の義理は無いから、タクト頑張ってね?」

「…………お前、俺には甘々なのに他の奴には結構ドライだよな」

「そりゃそうでしょ。命の恩人と普通の他人とか、比べるまでも無いよ」


 お目々キラキラの男子はカルボルトさんの傭兵業について話しをせがみ、僕はタクトを使って時間を潰しながら準備を待つ。

 皆がドレスコードをクリア出来るくらいにまで身綺麗になれば、やっとオスシを食べに行けるんだ。

 ちなみに、お任せネット注文はある程度の要望を乗せられるサービスで、ドレスコードも入力しておけばその分も加味して服を選んでくれるそうだ。


「はぁ、オスシ楽しみ……」


 オスシ初体験まで、あと少し。


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