第17話 あんまりだ。
お金が足りない。
まさか、一五○万シギルも持ってて、まだお金に困るとは思って無かった。
「…………良い物は高い。
『道理』
当たり前なんだけど、僕は
なら、当然
「コックピットフルカスタムだけで七○万吹っ飛ぶッ……!?」
『良品を選び過ぎてる。質を落とせばもっと安い』
「シリアスに安物なんか贈りたくない!」
『安くても良い品は存在する』
もう完全に夫婦の会話じゃないかなって、ちょっと嬉しくなってる僕が居る。
良い物買いたくて散財しようとする夫と、それを止める奥さんだ。キュンキュンする。
「ブラックバイパーってメーカーのフルカスタムが一番現実的だけど、それシックでカッコイイんだけど可愛くないんだよね」
『カッコイイなら、良いのでは?』
「僕はカッコイイと思うけど、それはコックピットがカッコイイってだけで、シリアスに似合うかどうかは別問題じゃん? だから、本当はこっちのロイヤルスイーツってシリーズが…………」
『計器一つで数万シギルもするメーカーは流石に許容出来ない。まだシリアスの武装も決めてない。可能なら
そ、そうか。内部パーツのカスタムも考えないとダメか。
シリアスは小型中級の工作機で、戦闘用に比べたら幾分かグレードの低い
要するにパワーが低いのだ。これから傭兵として戦闘も視野に入れるなら、
まず機動力に直結するし、武装によってはエネルギー馬鹿食いする上に瞬間的な高出力も要求するので、馬力のある
今のシリアスだと、炸薬系の実弾兵器が一番現実的だけど、武装効率で言うとちょっと微妙。
基本的に、射撃武器は炸薬弾とパルス弾とプラズマ弾の三種類ある。
それぞれエネルギー使用率と威力の効率が違うので、効率の悪い選択をするとその分機体の攻撃性能も下がる。出来るだけ上手い選択を心掛けるのも、傭兵としては大事な要素だ。
それぞれに利点と欠点があって、今のシリアスに最も適してるのはパルス系の武器だ。
炸薬弾とパルス弾は実弾兵器だけど、炸薬弾は小さい程弱いのに、小さくても相応に重量を食う。炸薬の分だけ重いのだ。弾薬を積めば積むほど機動性が落ちて効率が悪い上に、小型の武装だと弱い。
パルス弾は炸薬が無くて、エネルギーを使ってパルスシステムで弾を撃ち出すので、炸薬よりも力が強くて弾薬重量も軽い。小型武装で一番強力な武器である。
プラズマ系の武器はエネルギーを弾薬として撃ち出すので弾薬による加重はゼロだけど、その分機体のエネルギーを食うので、出力も弱くてエネルギーキャパシティも少ないシリアスには合わない。プラズマ系が使いたいなら
で、武装の値段も炸薬が一番安くて次がパルス系、一番高いのがプラズマ系だ。
それでプラズマ系は高いけど弾薬費が掛からない。炸薬弾は安くて、パルス弾はちょっと高い。
そんな色々な要素があって、シリアスにはパルス系の武器が合うんだけど、炸薬装備よりもイニシャルコストが嵩むのに、弾薬費でランニングコストもかかる。
「難しい選択だ。小型だとパルスが一番強くて、中型だとプラズマ、大型だと炸薬弾が一番強い……」
『正確には、サイズに関わらずプラズマ弾が一番強力だが、大型になればなるほどエネルギー効率が落ちるので現実的では無い。小型は逆に、出せる威力と費用が噛み合わない。弾薬費が掛からなくても撃ち出すエネルギーの補給には費用が掛かるので、実質それが弾薬費となる。武装の代金も小型だろうとプラズマ兵器は高額なので、総合すると小型兵器はパルス系が最も効率が良い』
「大型兵器だと、大してエネルギーを使わないで撃てる炸薬弾が一番って事だね。大型兵器を積めるくらいの機体なら、弾薬の重量も大して気にならないだろうし、質量兵器って大きくなればその分破壊効率も上がるし」
武装の威力と購入費、弾薬費、それと武装の重量次第でも機体に掛かる負担でエネルギー消費量も変わるし、必要になる
そんな悩ましい選択をするなら、使える費用は多い方が良いし、
だって死んだら稼いだお金が無駄になるんだし。
『シリアスに積める規格の
「ガチガチの戦闘機じゃん」
『ラディアの安全の為に戦闘力は必要と判断する』
その為にも、お金は大事だ。最悪は今のままでも全く問題が無いコックピットのカスタムに、七○万シギルとか使ってられない。
「でも、どっちにしろ今は
『肯定。でも非推奨。貯金すればその分早く
「うん、その通りなんだけどさ。四段上の
『否定。そして非推奨。ラディアは勘違いしてる。シリアスが僚機を鹵獲出来たのは、幸運と状況の面が強かった。平たく言うと火事場の馬鹿力』
「……………………え、マジ?」
『肯定。マジ』
久しぶりの右ガチガチされた。
『僚機の鹵獲は、シリアスが死んだ振りからの奇襲。そして戦闘中に偶然他の僚機も巻き込んでの乱戦、からの更に乱入されての混戦。シリアスがヘイトを操作しての同士討ち誘発。他にも様々な要素が噛み合った漁夫の利総取り。次回も同量の稼ぎを期待するなら、シリアスはラディアの安全を保証出来ない。よって、非推奨行動。タクトに用意すると約束した機体については努力する。しかし、コンスタントに僚機を鹵獲したいなら、相応にシリアスをアップグレードしてからが望ましい。最低でも
「…………マジかぁ」
そう言えば、おじさんも機体の鹵獲は難しいって言ってたっけ。
でも、つまりシリアスは、それだけ必死になって戦ってくれたって事だよね。僕の為に、命懸けで。
あーダメだ、ニヤニヤしちゃう。頭ん中ダメんなるぅ〜…………。
『ラディアの井戸ポンを確認。正気に戻るべき』
「シリアスまで井戸ポン言い始めたッ!? タクトちょっと許さないからねッ!?」
結局、コックピットのカスタムには予算上限が設けられた。最大でも三○万シギルまでで、それ以上は一シギルもオーバー出来なくなった。
お、お財布が握られてる……!
『低価格、かつセンスの良い買い物が求められる。シリアスはラディアのセンスに期待する』
「期待が重いぃ〜!」
『そして、浮いた費用でシリアスの背面部にコンシールド武装処理を実行するべき。ラディアはシリアスにカッコイイと思うコンシールド武装を選ぶべき。そして褒めるべき。シリアスは他国の機体よりもカッコイイと思うべき』
「ヤキモチだった!? シリアスもしかして全部気にしてるッ!?」
『つーん。シリアスは知らない。けど、シリアスはキネティックアブソーバーの換装も望んでる』
「足音の件さえ気にしてたッ!?」
『シリアスも今の衝撃変換音はセンスが無いと判断している。機体への愛着は戦意向上にも効果的。よって、有用で必要なカスタムであり、シリアスは気にしてなんか居ない。つーん』
「可愛いッッ…………!」
僕のお嫁さんが可愛過ぎるッ…………!
「それ、全部実装するとしたら、いくらするの」
『試算すると、最大で五○○○万シギル程だと思われる』
「もうそれ、機体丸ごと特注して
『…………シリアスはその発想を肯定する。ラディアはシリアスの体を一から全てカッコよく設計して特注するべき。推奨行動。シリアスはラディアのセンスに期待する。シリアスは早速機体設計に必要なアプリケーションをラディアの端末にダウンロードする』
「やぶ蛇だったッ!?」
コックピットのカスタムだけで悩んでるのに、機体丸ごと新規デザインとか無理だよっ!?
僕が要らん事言うから、シリアスがノリノリになっちゃった……!
「あの、待ってシリアス? その、将来的には僕もそんな風にしたいなって思うけど、今は、ね? ほら、資金力的にも現実的では無いし」
『シリアス、頑張る』
「まずは、まずは普通にカスタムしよっ!? ほら、武装って結局乗り換えるものだし、使わなくなった武装とか下取りにも出せるし、無駄遣いには成らないからさっ!」
『………………了解。まずは一般的なカスタムに留まり、機体性能を引き上げ、より効率的に金銭を得る準備を推奨する。…………しょぼん』
「しょぼん可愛いぃ………!」
そんなやり取りをしてると、僕の端末に通信要求が入る。
僕の端末のIDを知ってるのは、タクトとおじさんと、傭兵ギルドとカルボルトさんだけなので、その内の誰かだろう。
ウェアラブル端末に表示されてるのは、カルボルトさんのIDだ。これ、ID表示だとその内分からなくなりそうだから、今の内に名前で表示される様にしとこう。
…………うん、設定変更のやり方も、通信要求に応答するのもやり方が分からない。
「ごめんシリアス、お願いして良い?」
『肯定。通信要求に許可を出す』
時間を見れば既に夕方で、カルボルトさんの試験とやらは結構時間がかかった様だ。
通信が繋がるとすぐに「よう!」って声が聞こえて、僕とシリアスしか居ないコックピットに、三人目の声が響く。
『ラディアの坊主だよな? 待たせたな!』
「いえ、大丈夫です。シリアスのカスタムについて悩みまくってたので、時間は気になりませんでした」
『そうかそうか! まぁゼロカスタム機体の最初のカスタムっていやぁ、そりゃもう悩みまくって楽しくなるだろうから、それなら良かったぜ』
あ、そうだ。せっかく超ベテランが食事に誘ってくれるんだから、カスタムの相談とかすれば良いんだ。
既に相応の実績を持ってて、実際に何回も戦って色んな武装を使って来ただろうカルボルトさんの意見は、絶対に有用なはずだ。
ミラージュウルフは固定武装ばっかりで拡張性が死んでるけど、カルボルトさんも最初からミラージュウルフが乗機だった訳でも無いだろうし、前機はきっと色々カスタムしてたはずだ。
そう思って通信の向こうへ相談すれば、二つ返事で快諾された。
『坊主はやっぱ目端が効くな! そりゃ現役の意見を組み込めば最初のカスタムだって失敗しねぇだろうよ。大体の駆け出しってのは、自分の機体は自分色だけに染めてぇって、誰も使わない様なマイナー武器とか買って、盛大に失敗したりすんだよな』
「まぁ、気持ちは凄い分かりますけどね。でも、使用者が多い武器ってその分安定してるから皆使うわけで、その逆を選んだら、お察しですよね」
『その通り! 使いにくいから誰も使わねぇんだっつぅのな! いやぁ、ウチの団の新人にも聞かせてやりてぇわぁ。坊主でも分かる当たり前の事なのに、乗機を持って浮かれてるから聞きゃァしねぇんだよ』
それも分かる。分かり過ぎる。
僕も今現在ずっとウキウキしてるもん。七○万とかコックピットカスタムに使おうとしてシリアスに止められてるもん。
そんな事を言うとカルボルトが通信の向こうで爆笑する。
『ひっ、ひぃっ、乗機に止められっ、ぶふっ……!』
「そんなに笑うことないじゃないですかー」
『いや、だって、立場逆……!』
「そんなこと無いですよ。シリアス二十歳くらいらしいんで、年上ですもん。十歳の僕を宥めるお姉さんとしては適格でしょう?」
正確な時間は覚えてないらしいけど、シリアスは生産されてから大体二十年くらいだそうだ。お姉さんだよ。巷で言うおねショタって奴だ。
エネルギー節約し過ぎて
破損とか聞いた時は真っ青になったけど、九割九分九厘無事なので問題無いし、エネルギーを確保出来た時点で自己再生にエネルギー割り振ったから今はもう完全に機能してる。良かったぁ。
『ふひぃ……、いや笑ってぜ。腹筋が痛てぇ』
「もう! 笑い過ぎです!」
『悪ぃ悪ぃ。その分良い店に連れて行くからよ。そういやタクトの坊主はどうした? そこに居るのか?』
音声通信だけなので、コックピットの中は向こうに見えてない。専用の装置が有れば顔を合わせて喋る事も可能らしいけど、シリアスには装備されて無い。戦闘機ならまだしも、工作機には要らないって省かれてる。
「タクトは孤児グループの方に帰りましたよ。怪我した子が居て、その為にナノマシン買いに行ってたんですよ。傭兵ギルドの登録はぶっちゃけオマケでして」
『そうだったのか。……俺ぁ自分で言うのも何だが、ちっと良い所の生まれでよ、お前らの苦しみとかは分かってやれねぇけど、聞く限りでは苦労してんだろうなぁ』
「でも、これから成り上がれますから! 僕にはシリアスが居ますし、僕がタクトに機体を用意するつもりですし、人生これからですよ!」
『いやホント、坊主はハートが強ぇな。俺が坊主くらいの時は、もっと頭パッパラパーだったぜ。…………よし、どうせならタクトの坊主が面倒見てるガキも全員、夜飯奢ってやるか! タクトだけ連れ出しても、下の奴らが不満に思うかもしれねぇしな!』
それは、大丈夫なのかな?
タクトは勿論喜ぶと思うし、グループの子もそうだ。けど、まだタクト達は不法滞在者である事に変わりは無い。あまり手を出すと法に触れる可能性がある。
それを指摘すると、カルボルトさんはカラカラ笑って大丈夫だと言う。
『ギルドで教えただろ。傭兵は市民権を使えるが市民じゃねぇ。不法滞在者が罰せられるのはあくまで税を納めずに滞在してる都市からでしか無いんだ。他の都市がガーランドの不法滞在者を罰する事は無いし、同じく他の都市から来た者にとっては不法滞在者なんて同じ旅行客みたいなモンなんだよ。傭兵も当然それは同じだ。自由臣民だからな。手続きさえすれば他国の自由臣民にもなる俺らに、不法滞在者がどうとか関係無いんだよ』
マジか。知らなかった。
じゃぁ、僕ら孤児は、もしかしたら優しい傭兵さんとかを見付けられたら、助けて貰えた可能性もあるのか。
驚愕の事実だ。
『実際、ガキを食うのが好きな女傭兵とかには偶に居るぜ? 助けて懐かせた孤児を情夫にしてる奴とか』
「…………それは、その、性奴隷的な?」
『まぁ似た様なモンだろ。でも、気に入ったから
「男性傭兵が女の子の孤児を連れて行ったりは……?」
『それも、有るには有ると思うぜ? だが、それ合意が無いと普通に誘拐だからな。不法滞在者も最低限の人権は認められてるから処分されないのに、自由臣民が尊厳を踏み躙るタイプの行為やらかしたら、普通にマズイぜ? 女傭兵が色掛けた少年を連れてくのと、男傭兵が誘拐に成らない様に合意で少女を連れて行くんじゃ、難易度が違ぇぞ』
なるほど。僕らの微妙な立場が、また微妙な作用をする訳か。
男の子だった、傭兵のお姉さんに優しくされて、ご飯とか食べた後にえっちな事とかされたら、コロッと行っちゃうだろうし、逆に男性傭兵が下心ムンムンでご飯とか奢っても、警戒心が強い孤児の女の子達は靡かないだろう。
男と女で思考回路が違うもん。男の子は食事もえっちな事も、どっちもプラスだから拒否する理由が特に無いけど、女の子達にとって食事がプラスでもえっちな事されるなら結局は売春だ。それを許容する女の子ならとっくに仕事をとってスラムから抜けてるはずだし、つまりスラムに残ってる女の子はそれが嫌な子なんだ。難易度が違うどころの話じゃない。
「なるほどぉ……」
『実際、拾われて飼われて、最後には飼い主から乗機とか貰って傭兵になる元孤児は居るらしいぞ。俺は見た事ねぇけど、話しに聞く分には何人かは聞いた事ある』
「凄いなぁ。拾ってくれて、お世話してくれて、えっちな事までされて、最後には乗機までくれる傭兵のお姉さん…………。孤児の夢じゃないですか」
『それも、ラディアやタクトくれぇ見た目の良いガキ限定の話だがな? 多分、お前らが自分から声掛けたら、結構釣れんじゃねぇの? ほれ、お前なんか特に、女の格好とかさせても似合いそうじゃんか。そう言うの好きな女傭兵も結構居るぜ』
「待って!? それは聞き捨てならないッ!」
僕が女の子の格好して、似合う訳無いじゃん!
「嫌ですよ! 絶対似合わないから!」
『否定。ラディアは少女の格好も良く似合うと判断する。シリアスは新しいコーディネートの模索を開始する』
「シリアスッ!? ちょっと待って!? いや本当に待って!?」
『お、おぉ!? 今の、オリジンかっ!? どうやって喋ってんだっ!?』
「あ、シリアス様にも端末買いまして、それにテキスト読み上げアプリケーションとか使って、…………色々です」
『マジか! すげぇ!』
そんな事より、シリアスの女装させられるっ……!?
待ってとお願いしても左ガチガチされてしまう。いや会話すら面倒なレベルでコーディネートを模索中なのッ!? どれだけ本気!?
「あ、あぁ、カルボルトさんのせいで、シリアスに女装させられる……」
『お、おう。なんか、悪かったな。高いの奢るから許してくれや』
僕は、多分シリアスにお願いされたら拒めないので、実質もう詰んでる。今日か、明日か、明後日か、シリアスが思い立ってしまったら、僕は女装するしか無い。
マジで、良くもやってくれたなカルボルトさん…………!
「ちくしょう……!」
『いや、ホント悪かった。何でも好きに食わせてやるから、許せ、な?』
「じゃぁ、天然物の魚が食べたいです。オスシって奴食べてみたいです」
『ガチで高ぇの選んだなッ!? 砂漠で、しかも輸送が面倒な場所でよりによって魚!』
オスシ。ライスに生のお魚を乗せた料理だ。天然物だと目が飛び出でるくらい高い。
『待て待て待て待て、タクトんとこのガキも全員ってなると、流石にキツい……!』
「…………くすん、僕、女装させられるのに」
『……あーちくしょう分かった! 連れてく! スシな! ちくしょう! 口は災いの元だぜぇ全く!』
やった。一生縁が無さそうな料理を食べれる。
よし、シリアスが喜んで、オスシまで食べれる。うん、これくらいの得が有るなら、まぁ、女装くらいは我慢出来る可能性が微粒子程度は存在するかも知れない。
『アレだぞ。その代わりお前が女装したら俺にも見せるんだぞ。スシ奢ったのに原因がどうなったか分からんとか不公平だからな』
「…………なんっ、だとッ」
『あと、ウチの団長もそう言うの割と好きだから、撮影するぞ。団長のご機嫌伺いだ』
「撮影はダメェー!」
なんかそこまで行くと、いかがわしさが生まれる。気がする。
カルボルトさんと相談の結果、見るまでセーフ、撮影ダメ、団長さんにも見せるなら、団長さんを連れて来いって話しになった。
それを聞いたシリアスが『腕が鳴る』とか言ってて、人に披露する僕の女装に気合いを入れ始めたのはもう、どうすれば良いんだ……。
『んじゃ、タクトにもこっちから連絡するから、一時間後に最奥区な。店の座標は送っとく』
そんな事になった。ちくしょう。
僕はコックピットのキャノピーを開けて、外で作業してるおじさんに断りを入れる。お食事に行くと。
「はぁぁんっ? スシだぁー? クソ羨ましいじゃねぇか。流石にガーランドでスシなんざ、俺だってそんなに食えねぇぞ」
「あ、食べれはするんだ」
「ったりめぇだろ。俺がいくら稼いでると思ってんだ。つーか
羨ましく思いながらも、僕もそっち側に今は居るんだと思えば嬉しくなる。
それから、やっと届いた僕の炸薬銃模倣の特注パルスブラスターの拳銃とライフルを一式受け取り、コックピットに積み込んだ。
セットで買ったエネルギーパックとマガジン、弾薬も早速セットしてすぐに使える様にしてると、シリアスが購入した品も届く。
「…………嘘じゃん」
『ラディア、突き飛ばされてから着替えてない。ナノマテリアル製の衣類品は汚れに強い。しかし、食事に赴くなら着替えるべき。そう、着替えるべき。コレに着替えるべき。推奨行動。優先タスク』
僕はシリアスのお願いを拒めないので、おじさんに言ってまたシャワーを貸してもらい、それからシリアスが指定した服に着替える。
いや、何でだよ。届いた服、他にも色々あったじゃん。
「よりによって…………」
「んぶふっ……!? ちょ、ラディアおまっ……」
着替えてからハンガーに降りて来たら、当たり前だけどそこで作業してるおじさんに見付かる。指さされて爆笑された。
「似合い過ぎだろっ! ちょ、なにどうしたんだラディア? いやラディアちゃん? ん?」
「ちくしょう。生まれて初めておじさんにイラってする」
『似合ってる。とても良く似合ってる。シリアスはシリアスのセンスを褒め称える』
僕の端末からシリアスの声が聞こえる。
「シリアスの仕業か! 良くやった! 似合ってるじゃねぇかラディアちゃんよぉ! いや、マジで、女にしか見えねぇぜ? 化粧もせずにソレかよ! 完成度すげぇな!」
『スキャニングの結果を完全にフィードバックした成果。骨格、肉付き、身長、それと姿勢の癖と顔付き、髪型、表情筋の配置と表情の癖。それらを計算して最も映えるだろうマテリアルを選択し、全てを活かし切るデザインを特注した。シリアスは良い仕事をしたと自負する。そして注文に
「
「いや、マジですげぇよ。良い所のお嬢様にしか見えねぇ。シリアス、お前すげぇな。俺が着る服も今度選んでくれよ。自分で選ぶより良さそうだ」
『了解。オジサン・サンジェルマンはラディアの生存と精神の安寧に多大な貢献をした現代人。シリアスは持てる性能の全てを使って礼をする用意がある』
ふりふり。そう、ふりふりだ。
純白の、ふわふわ、ふりふりした、ものすんごく愛らしいワンピースだ。
砂漠は基本的に長袖推奨なので長袖。スカート丈は膝下くらい。裾にはレースの縁取りとフリル加工がされた、シルエットがふわふわしてる逸品だ。
レースとリボンの飾りが着いたソックスや、少しだけヒールのあるパンプス。砂漠は帽子も必須なので、ナノマテリアル製の
コネクテッド・ヘアコンタクトは、ナノマテリアルたっぷりのクリームを髪に塗ると、塗った分だけ髪が伸びるアイテムだ。これでターバンに蒸れない様に短髪で過ごしてた僕の頭は、サラッサラのスーパーロングストレートヘアに変身する。勿論シリアスの指示だ。髪の長さと髪型まで指定されてる。
「…………あんまりだ」
「大丈夫だぞ。似合ってるから」
『性転換手術も視野に入るレベル』
「僕は、男だよ…………。シリアスは、同性婚がお望み…………?」
『そも、種族を超越し過ぎてる。性別は今更だと判断する』
ご尤もである。
しかし、あんまりだ。これはあんまりだ。
何が酷いって、降りてくる前に自分でも鏡を見たけど、可愛い女の子にしか見えなかったのが酷過ぎる。自分でも「もしかして、僕って女の子だった…………?」って混乱し掛けた事実に絶望する。
「…………んぶっ、ふふ、いやぁ、可愛いじゃねぇか。もうずっとそれで良いんじゃねぇか?」
『シリアスも推奨する』
「酷過ぎる」
「それに、ほれ、女装は男じゃないと出来ない行為だから、ある意味最高に男らしい行為だっつぅ向きも有るんだぜ? いやぁ、男らしいなぁ! ラディアは男らしい!」
「…………なら、おじさんも女装する? ねぇ、そんなに言うなら、おじさんもやる?」
「俺なんかが女装したら、周囲の迷惑だろうがよ。何人嘔吐させるつもりだよ」
「それは、シリアスがなんか凄いコーデをしてくれるかもですよ……?」
『否定。古代文明技術にも不可能は存在する』
「それはそれで酷い言い草だな。まぁ出来るって言われる方が困るが」
結局、僕はこの格好のまま食事に行く事になった。気が重い。重過ぎる。
て言うか、この格好でタクトに会うの? 処刑か? 実質死刑か?
カルボルトさんは仕方ないけど、むしろカルボルトさんのせいなんだから笑ったら殴って良いと思うけど、事情をまだ知らないタクトにこの格好で会うのは、もう、絶望しかない。
それに、タクトだけじゃなくて、他の子も来るんだよね? 処刑のグレード上げるの止めてくれます? 死体蹴りってレベルじゃないぞ。
カルボルトさんに女装を見せるのはもう決まってる事だから諦めるけど、それでも猶予が有ると思ってたのに、まさか即日だとは。
「んふっ、じゃぁ、まぁ楽しんで来いよ。せっかくのスシだしよ。ふふっ……」
「………………………………行ってきます」
……………………あんまりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます