第14話 登録作業。
フレームデッキを歩き、駐機場の至る所から集まる傭兵達は全員が一度最奥に集められ、そこで傭兵はエレベーターに吸い込まれて行く。
登りと降りが入れ替わり立ち代わり、四基稼働しているエレベーターは無軌道に傭兵を吸って吐いてを繰り返し、エレベーターホールの混雑は永遠に解消しないように思われる。
「…………これ、登り用と降り用のエレベーターをキッチリ分けた方が、結果的に早いんじゃ?」
「そうだな。坊主、お前の意見は概ね正しい」
四基が四基とも、吸って吐いてを永遠に繰り返しているが、その人集りが乗降を邪魔して、エレベーターが空荷で動かないと言う基本的かつ効率的な運用がされているにも関わらず、結果的に時間が余計にかかって効率が落ちている様に見える。
これなら、登りと降りで分けて空荷を許容した方が、結果的に早く人が捌けるんじゃ無いかと思えて成らない。
もう、エレベーター待ちの人混みが邪魔過ぎて、人が降りるのに山程の時間が掛かってるのに、エレベーターが空になって人が乗る時も、我先にと詰め寄って混沌となり、エレベーターが上に行けるまで更に時間が掛かってる。
こんなグッチャグチャな使い方をするなら、登りは登り、降りは降りとエレベーターを専用にしてしまえば、少なくとも人が降りる時にはスムーズに行ける。だって降り専用の前で待ってても上に行けないんだから、流石に傭兵も降り専用のエレベーターを邪魔したりしないだろう。
それに、四基のエレベーターの登りと降りが入れ替わるから、待ち人がエレベーターホールを右往左往してるのも非効率過ぎる。動線がグチャグチャだ。
「だがな、この方式なら『運が良ければ自分だけはさっさと上に行ける』から、誰もお利口に並んだり登りと降りを分けて我慢なんてしねぇんだよ。傭兵なんて馬鹿で刹那的なアホンダラが成るもんだしな」
「そうなんですか……。結果的に早いのに」
「そう、結果的に早いのに。利用率で統計取ったらトータルでアホほど時間を回収出来るのにも関わらず、この方式ならその日たまたま、一発でさっと上に行ってサッと帰って来れる可能性があるから、このままなんだ。…………馬鹿だろ?」
刹那的過ぎる。
今日も明日も明後日も、整列してスムーズに運用して時間を回収出来たら、トータルでプラスしまくるのに、その日に運良くちょっと多めのプラスが有るかも知れないだけで、こうなってるのか。
「さぁ、駐機場合戦の次はエレベーター搭乗合戦だ。気合い入れろよ?」
「……マジか」
「マジなのか。コレに突入するのか」
「マジなんだ。コレに混ざってエレベーター乗らねぇと上に行けねーんだ」
「これ、もう、エレベーター止めて階段の方がいっそ効率的なのでは……?」
ともかく、カルボルトさんと一緒に男臭い人の津波にダイブする。そうしないと上に行けないから。
…………いくらなんでも酷い言い草じゃないかな。
タクトとハグれない様に手を繋いで、むぎゅむぎゅと前に進んでエレベーターを目指す。
大多数の男性傭兵さんは基本的にムキムキで体が硬い。押し潰されて凄い痛い。それに汗臭い。助けて欲しい。
たまに、女性傭兵さんにもムギュってなるけど、女性傭兵さんも仕事柄鍛えてるのか結局硬くて、男性傭兵さんよりはマシだけどやっぱり潰されると痛い。
僕らが小さいから変なところ触りそうになって、それでキッて睨まれて叩かれそうになったけど、僕らが子供だと分かるとキョトンとして「あら、可愛い坊や達ね?」って言われた。
でも僕らの頭を撫でて、僕らが戸惑ってる隙に、僕らを押し退けてさっとエレベーターに消えて行ったのマジでモヤッとする。女性でも傭兵は強かだ。
「ラディア、これ右往左往する人波は避けて、一基だけ狙い撃ちした方が結果的に早いだろ」
「そだね。そうしよう。…………カルボルトさんは?」
「分からん。先に行ったのか、後ろに居るのか…………」
「…………うん。上で会える事を願おうか」
頭撫でお姉さんが消えて行ったエレベーターゲートにしがみついて待つこと五分。僕らは見事にエレベーターを捕まえて二階へ。
ただ、エレベーターに乗れたのに結局限界まで寿司詰めだから、ガッチガチに押し潰されて息が出来ない。
ただ、一度乗ってしまえば、五秒ほどで目的地についてゲートが開き、すぐにエレベーター内の圧力が減る。
…………え、五秒で稼働してくれるエレベーターを使ってこの有様だったの?
エレベーターゲートに張り付いた五分は何だったのか。
どれだけゴタゴタすればそんなに時間が掛かるのか。傭兵とは非効率に恋する人種なのだろうか。
「おいラディア行くぞ。取り残されたらやべぇ」
「あっ、降りるのモタつくと乗り込んで来る人波で出れなくなるのかっ! それは嫌だ!」
降り行く人にヒシっと着いて行ってちゃんと降りる。残されたらエレベーター内で潰されながらもう一回往復しなきゃ成らない。
傭兵ギルド二階の受付業務エリアでさえも、エレベーターの乗降は非効率を極めた混沌式だった。
何とか降りて、やっとマシな人混みレベルの場所まですり抜けて一息つく。
「…………はぁ、傭兵ギルドやべぇな」
「ね。まさかエントランスに来るだけで大冒険するとは思わなかった」
「よう! お疲れだな? しかしちゃんと傭兵の洗礼を乗り越えた二人は一人前の駆け出しだぜ」
気が付くと、近くにカルボルトさんが爽やかな笑顔でそこに居た。
一人前の駆け出しとはこれ如何に。本当の一人前は何人前に成るのだろうか。きっと量が多くて食べ残すに違いない。
「次は一人前の一人前を目指して頑張れよ」
「それは、二人前ですか? 二人分も食べられない……」
「カルボルトさん、孤児はロクなもん食ってないから胃袋が弱いんだよ。栄養だけある民間レーションが主食だからな。腹一杯なんて経験無いし、さっき焼肉行ったら、食べ放題プランなのに最初の注文だけで腹くちくなっちゃったんだよ」
「そりゃぁ少食が過ぎるってもんだぜ。傭兵やるならシッカリ食って、ちゃんと体力付けなきゃな」
カラカラ笑うカルボルトさんに促され、エレベーターホールから移動する。
傭兵ギルドの二階は、一階の駐機場ハンガーとエレベーターホールの混沌具合とは打って変わって整然としていて、利用した事が無いけどイメージの中の『役所』って印象を受けた。
カウンターに綺麗なお姉さん達が並んで、テキパキと仕事を熟す。カウンターに人が並んでるなんて事は無くて、何かしらのルールによってカウンターを利用する人の順番が決められ、対応が終わった人がカウンターを離れるとすぐ様次の誰かがカウンターに呼ばれる。
内装はシステマチックで清潔感溢れる薄水色を基調とした空間になって居て、この場の主役であるはずの傭兵こそが異物感を出してる。だって傭兵さん達ってなんか無条件で清潔感が欠落してる人が多い。孤児だった僕らより幾分かマシって感じの水準を維持してる。
お金も稼いでるはずなのに、もうちょっと身綺麗には出来ない物なのか。これじゃぁ中央部を歩くのに可能な限り身嗜みを気を付けてた僕が馬鹿みたいだ。汚い孤児でも汚いなりに、頑張って身綺麗にしてたんだぞ。
「さて、
人混みが凄い場所を避けて、自由に使って良いソファ等が並ぶ休憩スペースまで来た僕らをは、案内してくれたカルボルトさんから話しを聞く。
カルボルトさんが教えてくれるギルドの利用方法は、思ったよりも簡単で、やっぱりちゃんとした都市機能の一部として成立してる場所は違うんだなって思うくらいにシステマチックだった。
「まず傭兵ギルドの基本は、端末でギルドの専用回線にアクセスする。すると固定ブラウザであるギルドページが立ち上がるから、そこで要件を入力するんだ。ギルド専用のアプリケーションも有るから、ダウンロードしておくと良いぞ。アプリを使えば勝手に回線に接続して処理してくれるし、傭兵登録した後は発行された自分のギルドコードを設定しとくだけでログインも要らないからな」
僕はまだ端末をマトモに動かせなくて、カルボルトさんに手伝ってもらって四苦八苦しながらギルドの専用回線に接続した。
タクトは何故か、最初からある程度は端末が使えてるのでズルい。僕が機械音痴だとでも言いたいのか。買ったの僕なのにオカシイ。
「おいおい、今までどうやって端末使ってたんだよ」
「シリアスが操作やってくれてました」
「…………それ、端末クラックされてね?」
多分されてる。セキュリティ緩いって言ってたし。
「マジかよ。オリジンってそんな事まで出来んのか…………。一応言っとくと、操作権限も渡して無い第三者が勝手に端末を外部操作出来るなんざ、相当異常な事だからな? そんな事が簡単に出来るなら、他人の端末から情報抜いたり勝手に人の金でネットショップ使ったり、やりたい放題だろ? 他の人にやるなよ? 違法だからな?」
「ほらやっぱやべぇ事だったじゃんか。カルボルトさん、こいつシリアスなら何でも良いやって全然気にしねぇんだよ。もっと言ってやってくれよ」
「おおう、愛機が好き過ぎるだろ坊主……。いや俺も自分の愛機大好きだけどよ?」
だよね。アレだけ語りまくったもんね。カルボルトさんも愛機ガチ恋勢だよね。ナカーマ。
「……でも、良く考えると当たり前か。現代じゃ殆ど何も出来ずに壊してから無理矢理使うしかねぇ
なんかカルボルトさんが難しい事言ってるけど、今はギルドページの使い方教えて下さい。お願いします。
シリアスが最強に凄過ぎるスーパーバイオマシンなんて事はとっくに知ってますから。最強最愛最優の超絶可愛いウルトラエンジェルですもん。
「さて、傭兵登録だったな。ならページのメインメニューから項目呼び出して、新規受付業務のところから登録出来るぞ」
モタモタと端末を操作してグダグダと登録を進める。
登録にはお金とか別に必要なくて、自名の名前と端末ID、
むしろそれが、バイオマシンを買える程の財力が無い普通の人が乗機を手に入れる一般的な方法らしい。
それ以外なら、輸送用人員とかを持ってる企業の雇われパイロットになって、バイオマシンを貸し出されたりとか。そう言う感じらしい
「マジか。それなら何とか端末を手に入れて、何処かの傭兵団の下っ端になった方がウチのグループもマトモに生活出来たんじゃ……?」
「いや、どうだろうな? ある程度使える人員じゃないと、流石に傭兵団も雇ってくれないと思うぞ? 慈善事業じゃねぇんだから」
そんな事より、問題が有ります先生。
「あの、愛機のIDって、何ですか?」
「あああー、そうだよ。坊主の愛機はオリジンだもんな。IDなんざ持ってる訳ねぇわ」
なんでも、正規に買う機体だったら最初から設定されてる専用コードの事らしく、機体の識別に使う為の物だそうだ。
シリアスはガーランド警戒領域からいらっしゃった古代文明からの
「なら、それも申請して仮IDを発行して貰え。その仮IDで登録して、コードと機体の紐付けは何処かの
…………え、そんなお手軽なの?
じゃぁ、あっちで受付の綺麗なお姉さん達を相手に手続きをしてる方々は何してるの?
「ああ、アレは気にしなくて良いぜ。ギルドをキャバと勘違いしてる馬鹿野郎達だからな」
「…………? どういう……?」
「アレはな、一応、端末からの操作だけじゃミスしてたり、それに気付かず申請や手続きが通ったら困るし怖いって奴のために、わざわざ人を通して確認しながら手続き出来る仕組みが有るんだよ。受付嬢が手続きを手伝いながら、確認してくれる制度だな。今も
………………うん。えっと、うん。
「えと、管理官のセシルさんが怒るのも、当然ですね…………?」
「それな。とばっちりで怒られる俺らは良い迷惑だぜ」
「…………て言うか、もしかしてだけど、ギルドの外でもギルドページにアクセス出来るんじゃ無いのか? それなら町の中とか、端末でアクセス出来る場所に居るなら、ギルド来なくて良い用事が大半だったりするんじゃ無いのか?」
あ、そうか。ギルドの専用回線に接続出来る場所で申請や手続きが終わるなら、此処に来る必要無いじゃん。
流石にこの建物の中でしか接続出来ない程の短距離回線な訳じゃ無いでしょ?
「…………気が付いちまったか」
マジか。何処からでもアクセス出来て、その場で用事が済むのに、わざわざこんなに沢山の傭兵が来てるのか。
「まさに、その通りなんだよ。あの駐機場の混雑も、ギルドの回転率落として怒られるのも、全部馬鹿野郎のせいなんだぜ? ギルドに来なくて良い奴が端末で用事を済ませてたら、ギルドはこんなに混んでねぇし、俺も坊主も管理官にキレ散らかされる事も無かったんだよ。流石に駐機場がスカスカだったら、少しローカル通信するくらいで怒られる筋合い無いからな」
もう、ほんと、セシルさんが不憫になって来た。
誰も彼もが基本的に迷惑なマナー違反者って事だもんね。ギルドに来る事その物がアウトなんだ。
そんな場所で駐機場のハンガーを二つも占領して駄弁ってる人が居たら、そりゃキレるよ。セシルさんは悪く無かった。
「都市の中なら何処でもアクセス出来ますか?」
「基本そうだし、有料回線使ってるなら都市外でも利用可能だ。ギルドの回線は都市の通信領域を利用してるから、都市回線が使える場所なら基本的に何処でも利用出来るし、有料回線でもそれは同じだ。ただ、それを知らないピカピカの新人候補が、それらの手続きを職員に聞きながら登録する為に、あの受付は存在するだからな? お前らは、本当なら俺みたいなオッサンじゃなくて、あっちで綺麗なネーチャンから優しく教えて貰えたんだからな?」
ああ、受付ってそう言う事なんだ。
口頭じゃないと処理出来ない僕らみたいな新人の処理と、あとはカルボルトさんが言ってたみたいな失敗が怖い手続きの補佐。それが受付のお姉さん達の仕事で、間違っても接待用の人員じゃない。
「まぁ、つっても傭兵が一方的に迷惑を掛けてる訳じゃねぇんだがな?」
「…………そうなんですか?」
「おう。傭兵ってのは、まぁピンからキリまで居る訳だがよ、
「……カモ、ですか」
「ああ、いや、カモは流石に言い過ぎか。でも要は、基本的にどいつもこいつも一般市民よりは金持ってるのに、ちょっとニッコリしたらコロッとイッてくれる馬鹿野郎が大半なんだぜ? つまり玉の輿が選り取りみどりで、馬鹿やって速攻死ぬ様なハズレを引かなければ、基本的に当たりクジしか居ねぇんだよ。恋人でも結婚相手でも、選び放題な職場ってこったな」
勿論、浮気がどうとか性格の不一致については、普通に相手を探すのと変わらず気を付けるべき事だから、それについてはハズレクジとは成らない。カルボルトさんはそう言った。
「……つまり、この、不健全な利用方式のまま改善しないのは、ギルド側の思惑も入ってる?」
「そう。平たく言うと、今の状況を改善しちまうと、受付嬢も気に入った相手にアピールする時間も機会も減る訳だから、受付嬢側から猛反発を受けるらしい。傭兵は受付嬢と喋りてぇ。受付嬢は傭兵を漁りてぇ。ギブとテイクが揃っちまったんだ。だからこうなってる。基本、何処の都市も傭兵ギルドは大体こんなもんだぜ? ガーランドの東も同じだ。むしろ東は傭兵の流入が多いからこっちよりひでぇと思うぜ? 向こうが混雑過ぎてコッチに逃げて来た運び屋も多いし、ぶっちゃけ運び屋が東に戻るだけでもこの混雑は半分くらいになるぞ」
「…………うわぁ」
なんか、凄い綺麗な場所に見えてたのに、途端にこの場所がドロドロした生き物の腸に思えて来た。此処は浅い口の中か、消化中の胃袋か、それとも用済みでポイされる寸前の腸の中か……。
「ま、そんな訳でよ。坊主も綺麗なネーチャンにチヤホヤされたかったら、稼ぎまくってアピールしてみるのも良いかもな? 坊主は見た目も良いし行儀も良いから、稼ぎ次第では受付嬢の方から猛アピールして来るぞ」
「いや、僕、まだ十歳……」
「十歳、つまり将来性抜群って訳だ。それにガキの方が好きって女も結構居るぜ?」
「えと、僕にはシリアスが居るので間に合ってます……」
お、恐ろしい場所だ。互いに愛と恋を探してる癖に、誰も愛と恋を見てないって言う。
男は容姿と色を。女は稼ぎと中身を。すれ違ってるのに噛み合ってて、歪んだ景色が正しく像を結ぶ恐ろしい空間に見えて来た。
「まぁ愛機が一番可愛いってのは俺も同意するわな」
「ですよね! カルボルトさんのミラージュウルフも素敵ですけど、僕のシリアスも最高に可愛いんですよ! さっきもつーんってしてて!」
ギルドで最初に出会えたのがカルボルトさんで良かった。他の傭兵さんだったり、受付嬢さんが相手だったら、僕のギルドに対する認識は緩かったり甘かったり歪んでたと思う。本当に良かった。
「…………よし、仮IDの発行出来ました。これでマシンコードと一緒に名前と端末IDを登録すれば、僕も傭兵になれるんですね?」
ひとまず、僕は僕のやるべき事を終わらせる。
バイオマシンの仮ID発行は、鹵獲からの現代人用改修によって乗機化したバイオマシンの為にある制度らしく、勿論オリジンの登録にも対応してる。
とは言っても、オリジンの為の専用手続きとかは特に無い。鹵獲機体に対応する制度がオリジンにも対応出来るってだけだ。国に二機しか居ない様な例外中の例外の為に、専用の窓口を作るのは非効率なんだろう。
このくらいの希少度なら、有事の際でも個別に特別対応する方が楽だもんね。対応が終わったら人員を通常業務に戻せるし。
「ん、終わったか。まぁそれでも仮登録っつうか、まだ全部終わった訳じゃ無いんだがな。傭兵にはランク制度があって、正式に傭兵として認められるのはランク一からだ。坊主は仮登録のランクゼロ。まだ傭兵見習いだ。それに、ほれ、一応バイオマシンは戦闘兵器で、傭兵は基本的に戦闘員だからよ、名前と端末IDだけで完全に登録出来ちまうのは、色々とマズイんだよ」
それもそうか。都市の中で好き放題に武装したバイオマシンを好きに乗り回せたら治安が死ぬ。当たり前か。
ランク制度も知らなかったけど、カルボルトさんによると、ランクとは傭兵の収入と納税額によって決定される指標らしい。基本的にランクが高い程に強くてベテランの傭兵だけど、ランク自体は強さじゃなくて稼ぎによって決まる。
「それに多分、坊主って無免許だろ?」
「………………免許? え、あっ!? も、もしかしてバイオマシンって、乗るのに免許が要るんですか?」
「おう。まぁぶっちゃけオリジンには要らないんだけどな。オリジンが勝手に歩けるし。ただこの先、手続きとかで確実に必要になるから、傭兵やるなら取得は必須だ」
「なるほど。ビークルだって運転には免許が要るのに、バイオマシンに必要無い訳ないですね。うん、考えたら当たり前だった。……でも、オリジンは最悪、無免許でも良いんですか?」
「俺も詳しくは知らないが、オリジンは例外無くマシンコード無しで警戒領域から都市まで来るだろ? だから確か、都市のゲートを潜る時にスキャニングされて都市のデータに登録されるんだよ。それで無免許でも兵士のスキャニングを躱せる様になってたはずだ。本当なら、無免許でマシンロードなんて歩いてたら、兵士が乗ったバイオマシンに速攻で囲まれるぜ? 秒だぜ、秒」
ま、マジか。そんな事になってたのか。
つまり、赤髪お兄さん…………、ルビ? ルベ、ルベラお兄さん! そうルベラお兄さんが、ゲートであの時そう言う対応をしてくれたって事なんだな。
教えてくれたら良かったのにって思うけど、良く考えたら僕あの時ギャン泣きしててそれどころじゃ無かったな。
多分ほっといても、勝手に傭兵登録して必要な手続きは勝手にやると思われて、そのままだったんだろう。もしかしたら無免許のまま何ヶ月もシリアスに乗ってたら、その時こそ行政から何か言われたんだろう。
殺しの時もお兄さん達がすぐに現れたし、多分シリアスの事はずっと
普通だったらもっとシステマチックにお役所仕事っぽい対応がされるはずだろうけど、完全に自我のあるバイオマシンってだけで対応が難しくなるんだと思う。
仮にゲートで免許関係のアレコレでウダウダと時間をかけてたら、オリジンが嫌がって警戒領域に帰っちゃう、……なんて事になったら国の損害だ。自国に新しくオリジンが産まれたって事実だけで他国に自慢し腐れるのに、対応がちょっと詰まっただけで帰られたら目も当てられない。古代文明の力を持ったまま現代人に味方してくれるオリジンって存在は、それだけ希少なんだ。
だから取り敢えずスッカスカの対応でも都市に入って貰って、それから徐々にさり気なく手続きを進めてもらう。たったそれだけの特別待遇でオリジンを迎え入れる確率が上がるなら、そうしない理由が無い。
問題が起きない様に監視しつつ、慎重で繊細に補佐をしてさり気なく正しい形に誘導して行く。
そのお陰で僕は免許が必要って事を知らずに今までシリアスに乗れてたんだ。
「なるほど。色々と知らなかった事と、知ったからこそ腑に落ちた事とかで、なんか頭がスッキリしました」
「そりゃ良かった。で、この後は本登録の為に面談の申請やら何やら、色々有るんだが時間は大丈夫か?」
「孤児にはお金を稼ぐ為に使う時間より優先されるタスクなんて有りません。僕の場合は例外でシリアスと一緒に居るって最優先タスクが有りますけど」
「そいつは重畳。じゃぁ、残りの手続きも教えてやるよ」
本当にカルボルトさんに出会えて良かった。非常に助かる。助かり過ぎる。
色々と教えて貰いながら、免許取得申請と傭兵登録面談と、乗機武装許可申請…………、あぁ、バイオマシンの武装も許可取らないとダメなのか。ニードルカノンは大丈夫っぽいけど、射撃武装は確実に許可が要るね。ふむ、なるほど。他にも、武装許可申請……? ああ、僕自身の武装許可か。護身用の拳銃以上の武器で傭兵自身が武装するにも許可が要るのか。そりゃそうだ、当たり前だよね。ふむふむ、あと税金と、自由臣民権って言う特殊な市民権とか、ああそうだ、口座の開設もしなきゃだよ。それもこれも、アレやコレや、色々諸々…………。
「……………………作業、多ッッ!」
「だから新人の登録には受付嬢の助けが要るんだよ。本来ならな」
そりゃそうだよ! こんなの、誰かに「ネットで全部出来るぜ」とか言われても無理だったよ。ギルドに来て教えて貰いながら申請しないと訳分からないよ。
なんで受付嬢さん男漁りとかしてるの! 助けてよ! 僕を助けてよ! カルボルトさん居なかったどうにもならなかったよ!
「一応、完全に何も分からん奴のために、あっちの端っこに要るオッサンが座ってる受付で対応して貰えるぞ。あの場所だけはギルドページから申請を介さずに利用出来るから」
「それすらも分からないのに、そんなの用意されてても辿り着けないですよ……!」
「流石に、見るからにド新人って感じの奴がウロウロしてたら誰かしら出て来て対応してくれるだろ。傭兵ギルドもそこまでは酷くねぇよ」
と言うか、そこまで何も知らない奴が珍しいらしい。
そりゃそうか。普通、孤児が自分で端末を買ってギルドに来るとか、レアケースだよね。
ギルドに限らず行政の手続きとかも似たような感じらしいので、普通に生きてる市民なら僕ら程は戸惑わないってカルボルトさんに言われた。
それから、全部申請が終わって少し待ってると、端末に反応が返って来た。
またカルボルトさんに手伝って貰ってギルドからのリアクションを確認すると、面談が五分後にギルド三階で、免許取得講習がその後同じ階、実技試験の実施については未定で面談時に何かしらの通知がされるとあった。
「……あん? 実技が未定だと?」
「みたいです。普通はすぐに実施される物なんですか?」
「おう。対して手間も掛からんからな。面談して、講習受けて、筆記受けて、すぐ実技って流れが普通だぞ。無免許なら徒歩で来るのが普通だから、ギルド最上階のエリアで試験用の機体に乗らされる」
「…………僕が、オリジンに乗ってるから、対応が違うんですかね?」
「うーん、分からん。そうかも知れんが、別の理由かも知れん。まぁ面談で教えてくれるってんなら、取り敢えず行ってこいよ。タクトは俺が此処で見といてやるから」
「お願いします。…………あ、タクトは結局、
「ん? もう登録したぞ。
傭兵に対する税金制度は市民と比べて特殊で、住民税や資産税については免除される代わりに、収入に対しての課税が市民よりも高く設定されてる。
市民権に関しても、下手に都市へ帰属させると有事の時に傭兵の移動が制限されて、戦争に参加出来なかったりすると国も戦力的に困るから、その辺はかなり自由な設定になってる。
何処かの都市に家を持っても住民税は無く、都市間の移動も比較的容易。
ただその代わり、受けられる行政のサービスにも制限が生じるけど、その辺は傭兵としてしっかり稼いでれば問題無いレベルとなってる。一つ例を上げるなら傭兵は医療制度の利用に制限があって、帝国臣民保険が使えない。でも市民より稼いでる傭兵なら普通に全額実費で出せば良いだけだし、どうしても保険が欲しいなら民営の健康保険を契約すれば良い。
要するに、登録さえすれば取り敢えず市民権が貰える緩々の制度となってる。
「でも、これらの権利は最低でも一回以上の納税が条件らしいぜ」
ギルドが斡旋するお仕事を熟して、ギルドから支払われる報酬から自動で引かれる課税分を納める。それが最低一回以上が条件らしい。
狩人が
まぁポケットに入る量の
僕みたいにギルド以外の場所に売れば課税されない分多く稼げるけど、沢山ギルドを利用して沢山納税した方が、傭兵ランクが上がるそうだ。
この納税って言うのは国や都市に対しての税だけじゃなくて、ギルドに対する手数料とかのマージンも含まれている。じゃないとギルドが運営出来ないからね。
「…………ふむ。つまり多く稼げばその分多く税金を持って行かれるけど、代わりに縛りが緩くて自由で、稼ぎが無いなら最悪納税ゼロでも良いけど、最低でも一回は仕事をして納税した実績が無いと、制度が利用出来ないんだね」
「まぁ登録するだけで納税しなくても市民権が手に入るってんなら、誰でも傭兵になるわな。そこまで美味い話しは無いよな。でも普通に市民権を手に入れるよりはずっと楽だ」
市民権は、僕ら孤児の憧れである。それが端末を持ってるだけでこんなに簡単に手に入る物だとは、思って無かった。
まぁ孤児にはその、端末を購入するまでが大問題な訳だけど。お金無いもんなぁ。
「補足すると、傭兵は収入税を市民より多く支払う代わりに、一時滞在者の権利を持ちながら市民権もある程度までは使える特殊な立場って考え方が正しい。自由臣民権って言うんだが、都市間移動が自由な放浪者で有りながら市民権も半分持ってる形になる。旅行客が旅行先の都市に住民税なんて払わんだろ? そんな扱いなんだ。それで、そのまま市民じゃないのに市民権も半分くらいは使える代償として、市民より多く収入税を持って行かれる。その権利を使うなら、最低でも一回は納税記録が必要になるのは当たり前だな。…………ちなみにこれ、記録が都市別だからな? 別の都市でも市民権が使いたいなら、そこでも仕事を一回はしないとダメだからな?」
なんと、都市別なのか。そこは融通利かせてくれても良いのでは?
でも都市の移動なら多分、殆どの場合は企業とかからの輸送依頼で移動だろうし、それなら都市に行って仕事の報告した瞬間納税記録になるよね。そうか、普通に傭兵活動してたら勝手に納税記録が着くって事なのかな。
て言うか、本来は一回だけ納税して「はい市民権獲得!」とか狙ってる僕らがオカシイのか。ちゃんと傭兵してたら問題無いはずだもんな。
「あー、あと傭兵ランクが高い程、市民権も強くなるぞ。下手したら市民権半分どころか、一般市民より高待遇になったりもする。例えばだが、高ランクになるとなんと、…………都市内で大怪我をしたら自動で救急搬送して貰えるッ!」
……なんて?
「こっちが呼ぶまでも無く、勝手に、自動で、高ランク傭兵が都市の中で大怪我をしたら、都市管理システム反応して一瞬で搬送手続きをしてくれるんだぜ! 超VIP待遇! …………まぁ、医療保証は無いままだから、代金は実費なんだけどな。搬送にかかった費用含めて」
それは、…………凄い、のか?
いや凄いか。自分で助けが呼べないレベルの怪我をしても、勝手に助けてくれるって事だもんな。超凄いよな。実費らしいけど。
あー、あれか。ランクが高いって事はその分強くて危険な人って事でも有るから、都市管理システムが自動で高ランク傭兵を監視するのか。そのついでに救急搬送とかしてくれる感じなのかな?
実費だけど。そう、実費だけど。
「なるほど、なるほど。…………まぁ臣民保険が使えないのは、仕方ないですよね。戦ってばっかりの傭兵を税金で治療なんかしてたら、キリないですもん。そりゃ治療は実費でやれってなりますよ」
「そうなんだろうな。自分からプラズマ砲やパルスライフルが飛び交う場所に突っ込んで行く奴なんかに、一々医療保障とかしてらんねぇだろ。あっと言う間に国庫が尽きるわ」
一応、お仕事をしなくても、申請してギルド経由で自分の財布から納税も可能らしい。でもその場合は一口幾らって形で定額。勿論それも傭兵基準なので相応に高額なので、お金の無いタクトが納税したいなら、やっぱりギルドが斡旋してるお仕事を熟す必要がある。
もしくは、僕がタクトの機体を用意するのを待ってから、狩人やってお金を稼いで、一口納税。このどっちかになる。
「……でも、僕ら孤児にしてみたら、そんな中途半端な市民権だとしても、市民権には変わり無いもんねぇ」
「ああ、喉から手が出る程欲しい。出来ればウチの皆にも…………」
「僕がタクトに機体を準備したら、安くて良いから端末を買って皆に
その場合は、タクトがギルドに人材斡旋の手数料を、グループのメンバーは課税されて税金をって感じで、ギルドを経由する分だけ結構ごっそりと稼ぎが持って行かれるだろうけど、グループ全員分の一口納税をするよりはずっとマシなはずだ。
「そうだな。…………やっと、これでやっと、俺らも人になれるんだっ」
拳を握って目をギラギラさせるタクトを、カルボルトさんがなんとも言えない顔で見ていた。
うん。なんか重い話しでごめんなさい。僕ら、人間扱いされない事も多いから。
「あ、そろそろ時間だ」
「おう、行ってこい。面談の結果が腐ると武装系の申請通らなくて傭兵業が過酷になるから、気を付けろな」
「…………え、なんで土壇場でプレッシャー掛けたんです?」
意地悪だ。
「じゃぁ、いってきまーす」
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