第13話 つーん。



「ぅぉわあ…………」


 数十機は格納出来る超大型のハンガーにシリアスで乗り入れた僕は、ビックリする程ひしめき合うバイオマシンの数に声が出る。

 どうやらこの規模のハンガーが地下にもあって、それでも目の前の数だけバイオマシンが空いてるハンガーを探して右往左往してる。

 小型用のハンガーは基本ビッシリ埋まってて、空いてても誰かがすぐにサッと駐機する。

 中型用は比較的マシだけど、それでも大体は埋まってる。利用者が少ない大型用はその分ハンガー数も少なくて、やっぱり埋まってる。と言うか数が少な過ぎて小型、中型よりも鉄壁だ。全然空かない。

 マナーの悪い傭兵が小型で中型のハンガーを使おうとして、ギルド職員に怒られてる絵面も見掛ける。ふむ、中型用は使っちゃダメなのね。

 今更だけどバイオマシンには大きさの基本区分が九個あって、まず小型、中型、大型の大別がある。その中で更に下級、中級、上級の細かい区分があり、小型下級が一番小さく、大型上級が一番大きい。

 例外として超大型とか戦略級とかの規格外も有るそうだ。全部おじさんに今朝聞いた。

 ちなみに超大型は文字通り超大型の事だけど、戦略級って区分は大きさだけじゃなくて、戦略に影響を与える要素が規格内に収まらないなら戦略級に分類されるそうだ。ただクソ程大きいだけでも戦略に影響が有るから戦略級だし、小さくてもヤバい程強いなら戦略級だ。

 本当は下級とか上級も同じ理由で格付けされていたはずなんだけど、規格内だと基本的にデカい程強いので、今では大きさの指標になってるそうだ。

 機体が大きいと生体金属心臓ジェネレータも大きいのが積めて出力が高いので、その分武装も強力だからそう成るらしい。そんな規格に収まらなかった場合が文字通りの規格外であり、基本区分の外側にある戦略級の判定がされる訳だ。

 さて、その区分と言うと、シリアスの機種であるデザリアは小型中級。つまり下から二番目の大きさであり、完全無欠にバッチリ小型機種だ。今も空きが出てはサッと埋まる激戦区に参加しないと駐機出来ない。

 まさかギルドを利用するだけでこんなイベントがあるとは…………。


『おい、そこのデザリア! 止まってんじゃねぇよ邪魔だ!』

「ひゃいっ!? ご、ごめんなさいっ!?」


 結構激しく、そして始めて見る光景にボケっとしたら、後ろに居る機体のパイロットからローカル通信で怒られた。ビックリした。

 慌ててペダルを蹴り込み、しかし慌て過ぎて人の機体にぶつかったら大変なので慎重にシリアスを進めて進行する。

 確かに、今も空きを求めて彷徨う傭兵さん達は、基本的に止まらないで駐機場の移動用スペースをグルグルと回っている。多分、駐機場を利用する為のマナーなんだろう。


『…………その声、ガキィ? ギルドにお使いか?』

「え、あっ、いえ。傭兵に成りに来ましたっ!」


 あわあわしてると、さっき通信で怒ってた人が、またローカル通信で話し掛けて来た。今度は回線を閉じる様子が無いので、しっかり会話をするつもりらしい。


『ほーん、ルーキーか。じゃぁ此処ここの使い方も知らねぇんだな?』

「はい! 止まってごめんなさいでした!」

『いや、知らねぇなら仕方ねぇ。怒鳴って悪かった』


 謝ったら許してくれた。良い人だ。

 傭兵は荒くれ者ばっかりって聞くけど、当てにならないな。全然話しを聞いてくれないスラムの大人よりよっぽど理性的だ。


『……しかし、ルーキーにしては操縦が安定してんな? 俺が怒鳴って急発進させてもどっかにぶつけもしねぇし』

「はい。えと、死んだ父に教わってたので、基礎は出来てると思います! あと、僕の乗機はオリジンなので、多分ぶつかりそうでも勝手に止まってくれます!」

『マジでぇぇえッッッ!? え、マジでそのデザリアっ!? オリジン!?』

「オリジンです! オリジンのシリアスです!」


 運悪く、空きが出ても遠くの何処どこかって状況が続いて駐機場をグルグル回りながら、シリアスが後ろの機体から見えるようにアームをフリフリして後ろに挨拶した。


「今のアーム、僕動かしてません」

『マジかー! すげぇ! オリジンかよ! 坊主おまっ、激運だな!』

「はい! シリアスに出会えた僕は世界で一番幸運です!」

『だなぁ! …………あ、いや、でもさっき親父が死んだって言ってたな。うん、世界で一番幸運はダメだろ。親父さん泣くぞ』

「いえ、アレは僕を砂漠に置き去りにして戦争に行って勝手に死んだ馬鹿なので、どうでも良いです。お陰で過酷な砂漠で行政の助けも貰えなくて四年もスラムで孤児やって何回も死にかけました」

『…………坊主の親父ロック過ぎんだろ。傭兵はロクデナシばっかだが、ガキを置き去りはダメだろうが』

「でも、砂漠に置き去りにされたお陰でシリアスに出会えたので、父のロクデナシ具合は許しました。連れ回されたらシリアスに出会えなかったので」

『そうかー。坊主おめぇ、ハートが強ぇなぁ。きっと良い傭兵に成るぜ。そんな坊主だからオリジンに出会えたんだろうなぁ』

「ありがとうございます!」


 この人めっちゃ良い人だ。タクトも後ろで「良い人じゃん」って呟いてる。

 まだ空きに出会えないので、駐機場をグルグルする。これ、ひたすら一人で回ってたら頭おかしく成りそう。地下の方に狙い変えた方が良いかな? でもマナーとかまだ分かってないから、地下は地下でまた違ったりすると怖い。……うん、このままで良いや。話し相手も居るし。


『しっかし、マジでオリジンなのか。確か帝国だと二人だったか? 隠れてる奴が居なきゃ、坊主で三人目って事か』

「だと思います。それに、関わると良く分かるんですけど、オリジンって本当にちゃんと生き物なので、隠すのは難しいと思います。余程動くのが嫌いなものぐさっ子じゃないと、すぐに自律機動を見られてバレると思います」

『そんなに顕著なのか? ……坊主が良けりゃ、後でちゃんとオリジンらしいとこ見せてくれよ。そんかわり、俺が傭兵の事色々教えてやっから』

「ホントですかっ!? 約束ですよっ!?」


 やった! 現役の傭兵さんから情報を貰えるのめちゃくちゃありがたい!

 僕なんて初心者も初心者で、ギルドの駐機場を使うマナーすら知らなかったペーペーなのだ。どんな情報でも嬉しい。嬉し過ぎる。


『坊主こそ約束だぜ? あ、ムービーとかも取って良いか? 傭兵団の仲間に自慢しまくってやんだ』

「えと、シリアスを撮影したいって事ですよね? それなら、その時にシリアスに聞いて貰えますか? 僕が許可して、シリアスが嫌がったら、僕も悲しくなっちゃうので……」

『あー、そうか、そうだよな! オリジンだもんな! 普通の機体と違ってハッキリと好悪あんだもんな! 確かに乗り手の判断だけで全部決めちゃぁ悪ぃよな! いや悪かった。後で本機に聞くわっ!』


 此処でやっと、目の前のハンガーからバイオマシンが退いて空きが出たので、そのままサッと入る。そしてハンガーの中でくるっと回頭すると、目の前をオオカミ型の中型機体が通り過ぎた。タイミング的に通信相手の機体だろう。


「あ、父が乗ってた子と同じ機種…………」

『おんっ? 俺の機体の事か?』


 通り過ぎた傭兵さんの機体は、なんと運が良い事に僕のハンガーの隣が丁度空いて、傭兵さんがサッと入る。此処は中型と小型の境目だった。


「お隣ですね! その子、ミラージュウルフですよね?」

『おお、知ってんのか! 結構珍しい機体だと思うんだが、本当に親父さんが乗ってたんだな』


 バイオマシン狂いの気があった父は、当然自分の愛機に着いても僕に語り倒してる。

 上級だの下級だのって基本的な事とか教えてくれなかったけど、ミラージュウルフの機体性能に着いては超詳しく教えてくれた。多分、僕は世界で一番ミラージュウルフに詳しい十歳児だと思う。


「父の子は確か、サディウスって名前でした。背部のコンシールドブラスターが固定式なので若干使い難いけど、特殊兵装のミラージュディスチャージャーを上手く使うとカタログスペック以上の戦果を盛り盛り稼げる凄い機体だって聞きました! 玄人向けの戦闘機ですよね?」

『いや詳しいなっ!? ディスチャージャーの事まで知ってんのか! やべぇ語りてぇ!』


 マナー的にはハンガーに着けたらサッと降りてパッと用事を済ませてササッと帰るのが良いんだろうけど、僕も傭兵さんもまだ降りない。


『そうなんだよ! ちょっとコイツは中型機の中じゃパワーが些か弱いんだがよ、ミラージュを上手く使えば超強い機体なんだよコイツ! 同格の機体が相手でも腕さえ有れば一機で複数にも勝てる機体なんだよ! 確かにちょっとコンシールドブラスターが使い難いが、でもブラスターの威力は申し分ないし欠点って程じゃねぇし!』

「それに見た目がシュってしててカッコイイですもんね! コンシールドも見た目のスタイリッシュさを引き立てますし!」

『そうなんだよぉぉぉ! 武装を格納しとけばシルエットがなぁ、綺麗なんだよ!』


 ローカル通信が超盛り上がる。別に降機してから語れば良いのに、僕も傭兵さんも語る語る。タクトは好きにせいって感じだ。

 ちなみにコンシールドって言うのは武装を装甲の中に格納出来る仕組みの事だ。ミラージュウルフは背中に二門の固定式中型プラズマライフルを装備してるんだけど、ガシャって装甲が開いてプラズマライフルが機体の中に格納されて、ガシャって装甲が閉まると一見非武装にも見えるのだ。実際は良く見るとライフルが少し見えてるんだけど、武装が殆ど見えない状態にまで格納出来るのは、見た目のシルエット的にも非常にスタイリッシュだ。もっと言うと武装が展開するギミック自体がカッコイイので、『見た目がスタイリッシュでギミックもキマってて特殊兵装を使えば格上も倒せる玄人向けの機体』って言うロマンの塊なのだ。

 ただ、僕も傭兵さんも言ったように、コンシールドブラスターは二重の意味で機体の固定武装となってて使い難い。

 コンシールドシステムが機体の中にまでズッポリな関係で、プラズマライフルが要らなくても換装出来ないし、同じくコンシールドシステムが機体の中にまでズッポリな関係で、照準するなら機体ごと動かして狙いを付ける必要がある。銃身だけが動いて自動照準なんて機能は無い。ウルフの体が向いた方向しか狙えない。


「拡張性がほぼゼロって時点でむしろ潔良い機体ですよね!」

『そう! そうなんだよ! 男なら黙って初期武装! 当たれば強いし!』

「武装の格納と展開ギミックがカッコイイし!」

『その通り! 何も無くても武装展開したくなっちゃう! 男は皆こんなのが好き!』

「でもぶっちゃけメイン武装はミラージュディスチャージャー!」

『特殊兵装がめちゃ強いってロマンだよな! 正直ミラージュ使ってたらブラスター無くても勝てちまう!』

「コックピットの中が地味にオシャレ!」

『分かるぅ! 配置がこう、地味に洒落てんだよなっ! そう、そうだよ! 専用コックピットがイカしてんだよ! 計器とコンソールの位置関係とかこれ、無駄に凝りすぎだろ! でもカッコイイ!』

「アブソーバーもなんか特殊で足音がカッコイイんですよね!」

『そうそうそう! それ大事! ミラウル語るなら外せない! 普通のキネティックアブソーバー積んでる機体だとガションとかギュインなのに、ミラウルはシュィンッて鳴るんだよ! コックピット乗ってる俺は全然聞こえないんだけどな!』


 ああ、そう、何とかアブソーバーってそんな名前だったっけ。重すぎるバイオマシンの体重から機動時に発生する衝撃を緩和する装置の名前。

 シリアスの足音がガション、ガションなのはこのキネティックアブソーバーの効果で衝撃を超技術で和らげてるからだ。

 あとミラージュディスチャージャーは、特殊な『透明の霧』を機体から噴き出して周囲に散布する装備だ。その散布した透明な霧は高度なホログラムスクリーンの役割を持っていて、ミラージュウルフが出力した情報を霧に反映して、超高精度の三次元的な映像を『空間に貼り付ける』事が出来る。

 平たく言うとめっちゃ完成度の高い分身をする。戦闘中に視覚情報だけで看破するのはほぼ不可能なレベルの分身で、しかも霧が濃度を保ってる範囲なら何機でも、何処にでも分身可能。

 もちろん分身に攻撃力は無いので、上手いこと使わないとあっという間にバレた後に粘着されて、全く効果の無い兵装に成り下がる。

 けど上手く使えると無類の強さを発揮する鬼ヤバい兵装でもある。この時点でも相当なのに、霧その物にジャミング効果があって、レーダーで分身を見破る事も難しくなっている。

 気になって今、ウェアラブル端末の脳波操作でサッと調べて見たけど、一時期ミラージュウルフを戦略級認定する動きもあったそうだ。上手く使えれば、それくらいに強い機体だ。

 僕も、父は嫌いだったけどサディウスの事は好きだった。父とサディウスどっちが好きかと聞かれたらノータイムでサディウスだ。

 父なんかの道ずれにされて心の底から可哀想に思う。


『いやぁ、坊主話せるなぁっ!? ミラウルってレア機体だし、知ってる奴そんな居ねぇから語れる相手が居ねぇんだよ』

「確か、何処の警戒領域産なのか分からない機体なんでしたよね? 様々な警戒領域にポツンと一機だけ現れるけど、別にそこの警戒領域で作られてる訳じゃない」

『そうそう! だからミラウル狩れたら相当な値段に成るぜ! 鹵獲ろかく限定だが! あ、ちなみに俺の相棒はウチの傭兵団で鹵獲ろかくしたのを俺がそのまま修理して使ってんだ』

「確か、父もそうでしたね。団じゃなくてソロで鹵獲ろかくしたそうですけど」


 ミラージュウルフは凄い希少な機体だ。

 話した通り、警戒領域にランダム出現なのだ。完全に不定期で、下手すると十年に一機とかしか確認されなかった時もあるらしい。必ず単独で現れ、国は関係無く何処かの警戒領域に現れては、一定期間経つと消えるのだ。

 その現れている時間もランダムで、最低一週間くらいは居るらしいけど、でもそのくらいだ。一年彷徨いた事もあれば、一週間で消えた事もある。

 その期間中に鹵獲ろかく出来なければ獲得出来ない機体で、現代の技術では解析不能な古代文明技術のオンパレード。普通の機体と違って現代人が生産出来ないバイオマシンである。

 販売価格をネットで見てみると、正規販売が無くてオークションで一件ヒット。現在入札が十五億だってさ。…………十五億!?

 …………は? マジ? この傭兵さん、十五億シギルに乗ってるの? 凄くない?

 て言うか父、十五億に乗ってたの? サディウスくん、君って十五億だったの?


「ミラージュウルフ、十五億だそうですけど、傭兵団では売ろうと思わなかったんですか?」

『ははは! 面白い事言うな坊主! つまり十五億の価値が着く程の希少性って事だから、要するに何時でも売れるんだぞ? 何時でも十五億に化ける上に乗っても強い! 売らなければコイツで無限に稼げて、稼げなくなってから売っても良い。…………今売る理由が無くないか?』

「なるほど」


 まぁ、そうは言っても売る気は無いんだろうけど。

 めっちゃ大事にしてそうだし。ミラージュウルフって本当に綺麗だから、戦えなくなってもハンガーに居てくれるだけで華やかだ。


『あー、あー、此方こちら傭兵ギルド駐機場管理。聞こえてますかどうぞー』


 そうして、楽しくお話ししてたら、割り込み通信が入った。


『…………あー、聞こえてますどうぞー』

「聞こえます! どうぞー!」


 そして怒られた。めっちゃ怒られた。

 ハンガーに入ってから全然降りてこないから、一応コックピットの中で何かトラブルでもあったのかと通信してみたら、話し込んでたと聞いたギルド職員さんがブチ切れた。

 怖かった。凄い怖かった。「クソ詰まってるギルドで駄弁るたぁどう言う了見だ馬鹿野郎共がッ! さっさと降りねぇと公式に出禁食らわすぞゴミ共がぁッッ! 最低でもペナルティは付けるから覚悟しろよッ!」って怒られた。でも悪いのコッチなので平謝る。平謝り過ぎる。

 一応、傭兵さんが職員さんに、僕が初めてのギルド利用で、傭兵に成る為に来たピカピカ新人のルーキーだと説明して、ルーキーにベテランである自分が色々教えていたと言って良い感じに誤魔化してくれた。

 駐機場で止まらないってマナーすら知らないピカピカルーキーだから、他にもギルドでトラブルに成らない様に、駐機場に居るうちに教えていたんだと。

 そもそもローカル通信を繋いで居たのも駐機場でルーキーが立ち止まっていたからだし、そこからルーキーがルーキーである事を知って、何も知らないルーキーに対応して手続きがモタつかない様にしてた。むしろ職員の仕事を減らそうとしてたのに、出禁はあんまりだと。

 僕もずっと平謝りしてるし、如何にも新人って感じだし、子供だし、乗ってるのはゼロカスタムのデザリアだし、傭兵さんの言い分は信憑性が高かった。

 しかし、傭兵さんの口から出るわ出るわ、理路整然とした見事な言い訳の波。良くもまぁこの一瞬でそれだけ出来るなと、僕はベテランの傭兵の凄さを垣間見た。


『俺たちみてぇにスレちまった礼儀知らずと比べて、ちゃんとこうやって謝れて、言葉も丁寧で、俺って言う先達の言葉もウザがらずに、しっかり聞いて学ぶ。しかもこの若さで、乗ってる機体だって独力で用意してる。金持ちの道楽じゃ無いんだぜ? こーんなに将来が楽しみな新人候補をさぁ、出禁で追い出すなんざ、ギルドだって大損だろうっ? 確かに俺も時間使い過ぎて悪かったが、それも半分はギルドの為だったんだぜ? もう半分は、まぁ、確かに素直に話しを聞いてくれる新人が可愛くて、構い過ぎちまったのも認めるさ。でも登録前にペナルティは勘弁してやってくれよ。こんなに期待出来る若者が、キラキラ夢見て傭兵に成りに来てくれたんだぜ? それを駐機場の時点で切符切るなんざあんまりじゃねぇか。登録した瞬間に罰則入りなんて、坊主もガッカリしちまうよ。なんなら、坊主の分のペナルティは俺に付けて良いからよ、勘弁してやってくれよぉ。なぁ? 良いだろう? ギルドだって、礼儀のなってる若い新人、欲しいだろ? あんたりイジめると、坊主だって帰っちまうかもしれないぜ?』


 いやぁ、本当に良くもまぁ。舌が回りますねベテランさん。凄い。見習いたい。

 結局、ギルドの利を説き、情に訴え、ちゃっかり非は自分にあると僕を庇う事で逆に被害者ぶって、見事傭兵さんはペナルティを回避した。


『…………まぁ、コチラもイラついて怒鳴ったのは悪かった。未来ある若者がギルドをしっかりと正しく利用する為の準備だった事も理解した。我々ギルドは新しき同胞を歓迎する。決して悪意を持って追い出そうとしたのでは無いので、どうか許して欲しい。少年には正式に謝罪したい』

「あ、いえ。僕も、その、お手数をかけまして、ごめんなさい!」

『本当に悪かった。最近はただ楽をしようとマナーを無視する輩が多過ぎて、どうにも気が立ってしまっていた。君達もギルドの駐機場を溜まり場代わりにする輩かと思って怒鳴ってしまった。ペナルティの付与も撤回する。是非とも新しく若い力で、ギルドを盛り立て欲しい』

「はい! 頑張ります! これからよろしくお願いします! 新人のラディアと、乗機のシリアスです! いっぱいお仕事して頑張ります!」


 せっかくなので僕も素直で可愛いピッカピカの新人役に乗っかって、ポイント稼ぎを試みる。

 せっかくのお膳立て。傭兵さんが職員さんの思考に楔を打って、僕に負い目を感じてくれてる間にボーナスポイントを稼ぐ。

 乗るよ、この共謀した茶番ビックウェーブに!


『ラディアと、シリアスだな。こちらこそよろしく。私は管理官のセシルだ。もしギルド憲章に違反する様な輩に困らされたら、私を始め、管理官の誰かに言うと良い。舐められたら終わりだとか、メンツがどうとか、そんな下らない理由で張り合わなくて良い。正しい行いをしてる者が、そうで無い者の為に困る事など、あっては成らない。我々がすぐに対応するから、遠慮無く、速やかに報告しなさい。では、良い傭兵ライフを。…………アウト』


 ブツっと割り込み通信が切れて、ギルド管理官さんとの応答が終わった。

 なんか、ふわふわする。「正しい行いをしてる者が、そうで無い者の為に困る事など、あって成らない」か。この言葉が、僕の胸に響いて、暖かくなった。

 管理官さんは知らないはずなのに、僕の孤児生活なんて関係無いはずなのに、悪い事を避けて、良い事を心掛けて、きっと何時いつか報われるからって、頑張って来た僕を肯定してもらった気がした。

 なんか、うん。嬉しい。凄く嬉しい。

 良い人だな。セシルさんだっけ。覚えよう。うん、忘れない様に覚えよう。


「降りよっか」

「長ぇよ。待ったよ。だいぶ待ったよ」


 ずっと空気に徹していたタクトにジト目でつんつんされた。ご、ごめんね。楽しくて……。

 キャノピーが後方にスライドしてコックピットが開放される。乗降用のタップを下げて、それに階段替わりに登ってコックピットから出る。

 座ってるシリアスはそれでもそこそこ高くて、でも乗降を考えてデザインされてるコックピット周りの装甲は階段の代わりにも成るので、シリアスが足を畳んで座っているなら簡単に降りられる。


「よっと……。じゃぁ、行ってくるね、シリアス」


 タクトも僕が降りた反対側から降機してハンガーに降り立ち、僕は振り返ってシリアスに行ってきますの挨拶をする。

 何時いつもなら、これでアームを振ってくれるんだけど、今回はなんの反応も返って来なかった。

 返事はテキストかと思ってウェアラブル端末の表示を見ても、シリアスの新しい発言は無かった。


 ………………えっ、僕もしかして、無視された?


「し、シリアス…………?」


 反応が無い。泣きそうに成る。

 なんで、なんで無視するの……? 僕、何かした?

 涙が零れる前に嗚咽が漏れそうに成ると、近寄って来たタクトに肩をトントンされる。


「あのな、シリアスは妬いてんの」

「……………………はぇ?」


 現金な僕の涙腺は簡単に涙を引っ込めた。良く分からないけど、言葉の意味合い的には感情値プラス的な? 嫌われては無いニュアンスだけは理解した。


「……えと、どう、言うこと?」

「だから、シリアスは妬いてんの」


 シリアスが、嫉妬? 何に?


「お前がな、長々と知らない機体の、それも多分シリアスの祖国の以外の国のっぽい機体の? 様々な事をずっとずっと褒め散らかしてるお前に、この浮気者って思って怒ってんの」


 ………………あぁ、ミラージュウルフを、凄いって、カッコイイって、褒めてたから?


「…………ミラージュウルフに、嫉妬?」

「そう。なぁシリアス?」

『……………………つーん』


 かっは…………! 吐血しそうっ。

 可愛い。つーんってするシリアスが、暴力的に可愛いっ。

 なんっ、なんでそんな、可愛い態度取るのっ……!


「し、シリアスの可愛さに殺される…………!」

「うん。まぁ、あれで拗ねるとか可愛いよな。でもコレはお前が悪いと思うぜ? 実際長かったし。シリアスにとっては目の前で、お前が知らない女を長々と延々と褒め倒してた様なもんだろ?」

「僕が悪い! 全面的に僕が悪い! 謝ります! ごめんなさい!」


 全面降伏である。シリアスが嫉妬してくれたの死ぬほど嬉しいけど、シリアスに嫌われるのは死ぬ程怖い。つまり致死力が二倍で凄く危ない。


『シリアス、コンシールド武装、無い。初期装備、貧弱。コックピット、汎用。………………つーん』

「待ってそのつーんって可愛過ぎて死ぬから許して…………!」

「おい、此処でまたグダグダしてると、今度こそ本当に怒られるぞ」

「でも、シリアスが…………!」

『後で聞く。優先タスクを処理するべき。…………つーん』

「かわいい!」


 我慢出来なくてシリアスのシザーアームに抱き着いた。むぎゅ。


「いや行くぞ馬鹿野郎」

「あー、行けませんお客様! あーお客様! あー!」

『早く行くと良い。……………………つーん』

「ふぁぁぁああ可愛いっ!?」

「シリアスお前ちょっと面白がってるだろっ!? 止めろ! 出禁に成りかけたんだぞっ!?」

「あぁぁぁあシリアスぅぅうっ!」


 タクトによってシリアスから引き剥がされた僕は、泣く泣くタスクを処理する事にした。早く終わらせて早く帰って来て早くイチャイチャするんだ。


「つーか、別に端末経由してんだから離れてても話せるだろうが」

「シリアスの発言がテキストに見えても僕の声が届かないじゃん!」

「いやテキスト打ち返せよ」

「操作方法が分からん!」

「それは流石に知らん」


 鬼畜タクトに引き摺られて、傭兵ギルドの二階へ向かって進む。

 と言うか、駐機場に並ぶハンガーとハンガーの間に昇降機が仕込まれてて、それを使って駐機場の上部に張り巡らされたフレームデッキに登って、そこを歩いて駐機場の最奥にあるエレベーターで二階へ行ける様になってるみたいだ。

 なので誰かが使った昇降機を呼んで降りてくるのを待ってる間に上を見れば、金属フレームで組まれた通路を歩いてる人々が見える。ギルドの駐機場は上部のフレームデッキが人間用、下がバイオマシン用の歩行スペースなのだろう。

 僕らが待ってる昇降機の真上辺りで、茶髪の男性が通路を進まずに立ち止まって、僕らをじっと見ていた。…………あれ傭兵さんか。ミラージュウルフのパイロット。

 待ってる昇降機は傭兵さんと僕らが使ってるハンガーの間に有るので、此処から傭兵さんも登ったんだろう。それで僕らを待ってるんだ。


「…………ああ、通信相手の人か」

「たぶん。待っててくれてるんだね」

「って事はさっきのお前の痴態も見られたんだな」

「痴態だなんて! 僕とシリアスの愛情の確認なのに!」

『……………………つーん』

「可愛いっ! …………ぐぇっ」


 まだ会話が聞こえる場所にシリアスが居るから、可愛い割り込みを食らって僕は正気を失い、またシリアスに駆け寄ろうとしてタクトに襟首を掴まれてぐぇってなった。

 そして、えづいてる僕はそのまま丁度降りて来た昇降機に無理矢理乗せられて、……………………上に参りマース☆


「タクト…………、首はダメだと思う」

「お前が悪い。どれだけ茶番を繰り返すつもりだ」

「だってシリアスが可愛いんだもん……。信じられる? あんなに可愛いのに僕の彼女なんだよ?」

「これだけ濃いやり取り見せられてるから、不思議と普通に悪くないなって感じる程度に毒されてる自分がすげぇ怖い」


 そんな会話をしてる間にフレームデッキに到着。


「よう! どっちが乗り手だ?」


 茶髪の傭兵さんは、三十代くらいに見えるガッチリした人だった。

 大きくてムキムキなのに笑顔が爽やかなので、怖い印象は受けない。人好きのする笑顔が魅力的な人である。


「どうも。こっちの黒髪がシリアスのパイロットで、名前はラディア。俺は乗せてもらってた知り合いで、タクトだ。ラディアと違って綺麗な言葉とか知らないから、気に入らなくても許して欲しい」

「気にしなくて良いぜ! それと、まぁそんな気はしてた! 愛機に急に抱き着いてたりしたもんな」


 待ってた茶髪の傭兵さんに、ぺこりと挨拶をするタクト。僕はまだ首に違和感があってさすってる。あ、でも挨拶はしなきゃ、ぺこり。


「ラディアです。下に見えるのが僕のシリアスです」

「おう! 俺はカルボルトってんだ。よろしくな! そんで、オリジーン! よろしくなー!」


 カルボルトさんは、僕らに挨拶をした後、下に見えるシリアスにも手を振った。するとシリアスは少し視線を上げて僕らを確認した後、シザーアームを振って返事をした。

 ……………………僕には返してくれなかったのに! 嫉妬! ああこれでお相子かっ!?


「おおおおおおおおすげぇ! 本当に自律してやがる! 本物のオリジンだ! あれもう誰も乗ってないんだよなっ!? うわぁすげぇ! しかも返事してくれたぞ! すげぇぇえッ!」


 大体、シリアスがオリジンだと知った人は「すげぇ」を三回くらい言う。なんかテンプレートになって来た。

 カルボルトさんは無邪気に手をブンブンして、シリアスもしばらくフリフリを返してる。僕も便乗して手を振ってみると、ピタッと止まってつーんってされる。

 ……………………嫉妬ッッッ! 僕もお手々フリフリして欲しいッッ!


「………………あの、取り敢えず上行こうぜ? また怒られるかもだし」

「んっ!? あぁそうだなっ。危ねぇ、せっかく回避したのに貰い直したら詰まんねぇわな」

「…………ん。そう、ですね。もっと、シリアスと一緒に居たいけど」


 シリアスのつーんが早く終わってくれないと、暴力的な可愛さと燃え盛る嫉妬で僕は壊れてしまう。


「よし、じゃぁ行くか!」


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