第11話 プレゼント。
「おお、タクト似合ってる!」
「そ、そうか?」
ビルに入った僕らは、すぐに案内板を見付けて助かり過ぎた。
それでビルの中にしっかりと端末を取り扱ってるガジェットショップや衣料品店を見付けて、まずは衣料品売り場へ。
人が多くて、その内のかなり大きな割合がタクトに冷たい視線をくれるけど、僕が牽制にニッコリ笑うとニッコリ笑って手を振ってくれた。
………………? 威嚇のつもりだったんだけど、アレはどう言う反応だったんだろう?
謎過ぎたのでタクトに聞いたら、「お前顔は良いから、普通の服着て笑うだけで味方増えるぞ」って言われた。
…………え、僕って顔良いの?
あと「お前は笑顔で凄んだつもりでも、相手にとって可愛い子供が可愛く笑っただけだぞ」って言われた。なんでや! 威圧してたやろ!
そんなこんな、取り敢えず案内板で目を付けてた衣料品店に移動した。案内板は店名の下に小さく店舗のジャンルを書いてくれてるから助かる。助かり過ぎる。
孤児には『アバランティア』だけ書いてあっても何屋か分かんないんだよ。下に小さく『衣類・装飾品店』って記載してある案内板ありがとうっ! あと女性物専門店じゃなくて一発でメンズを売ってる店を引いた僕の運もありがとう! シリアスにも出会えたし、僕の豪運は留まる所を知らないなっ。
さて、そうやって移動したお店『アバランティア』で、タクトに凄い嫌な顔をした店員に札束ビンタしてお買い物。本当に叩いた訳じゃないけど、チラッと一万シギル束見せたらその瞬間上客扱いだよね。
流石に孤児だと試着は拒否されたけど、それは仕方ない。買い物がしたいだけで、迷惑をかけたい訳じゃないんだ。
それに、スキャニングすればサイズなんて外す訳無いし、後はデザインさえ見せてもらったら試着無しでも問題無い。着たら多少イメージと違う、なんてのはコッチが少し我慢すれば良いんだ。
あくまでトラブルを回避する為にマトモな服が欲しいんであって、別にオシャレがしたい訳じゃない。だから着た時点で購入確定でも問題無い。
「タクトはシックな感じが似合うね!」
「や、止めろ。こう言うの慣れてないから、褒められてもどんな顔して良いか分からんっ」
「孤児でも笑顔は許されてる! 親無しは辛気臭い顔してろなんて法律は無い!」
「そりゃそうだけど……」
白いシャツの上に、ほぼ黒な濃い灰色の前開きの襟シャツ。下はパリッと折り目の着いたベージュのチノパンで、孤児特有のゴワゴワヘアーを隠す為にモノクロチェス柄のハンチング帽。
うーん、カッコイイ。これはグループの女の子が盛り上がるぞ。タクト争奪戦が激化する。
ちょっと楽しくなったので、遠慮しまくるタクトにアクセサリーも合わせて決定。そしてレジでお会計。
「お会計が二四八○シギルになります」
「…………水ボトル三五四本分」
水ボトル換算してるタクトの横で、僕は一○○シギル札を二五枚出した。
「これでお願いします」
「お預かりします。…………お返しが二○シギルになります」
「ああ、水ボトルが二本半に……」
「タクト、ちょっとその水ボトル換算、一旦止めよ?」
具体的にはスラムに帰るまで。
僕も良くやるけどさ。ほら、店員さんが「何言ってんだコイツ?」って顔してるよ。
多分、オアシスの水道契約してるのが当たり前な感じの最奥区では、水ボトル換算なんてしないんだよ。
…………蛇口を捻れば水が出て来る生活、良いなぁ。明日の水に怯えないで良い生活が羨ましい。
ああ、僕も今はもうそっち側なのか。三○○万シギル持ってるもんな。
まだ大金を待ってるって実感が薄い僕は、店員さんから一○シギル札を二枚受け取って、タクトと一緒に店を出る。次はガジェットショップだ。
「ほら、凄いね。普通の服着るだけで、視線が全然違う」
「…………だな」
僕ら孤児は、人の視線に敏感だ。と言うか敵意に敏感だ。それを察知出来ないと生きて行けないから。
だから、服を変えただけで消える不快感は、すぐに気が付く。肌で感じる物が全然違うんだ。
「良し良し、次はガジェットショップだよ。タクトの端末も買う?」
「これ以上俺に貢いで何するつもりだ。お前は俺の彼女か」
「いや、恋人は間に合ってますんで……」
「え、お前彼女居たのッ?」
シリアスです。
僕はちょっと照れながらシリアスとの関係を暴露する。もう開き直ってる。
「あー、何だよ。アレか。愛機が伴侶的な奴か。俺のワクワクを返せ」
「いや、違うんだよ。僕のこれは、なんて言うか、巷で言う『ガチ恋』って言うの? シリアスとデートしたり、お話ししてるとドキドキして嬉しいの」
「…………え、マジのやつ?」
「マジのやつ」
「マジかー」
「マジだー」
タクトはマジかーってビックリするけど、でも引きはしない。それでおめでとうって言ってくれた。良い人過ぎる。
ついでなので、僕がさっき気が付いた自販機の件も合わせて喋ると、彼は何とも言えない顔をする。
「…………ちょっと納得しちまうの、悪いけど笑うわ」
「やっぱり自販機って優しいよね」
「ああ、うん。そだな。言われてみるとマジでそれって感じ。絶対文句言わねぇし、蹴ってこねぇし、ボッタくらねぇし、商品取り上げたりしねぇし、確かに俺ら孤児にとって、町の自販機が一番優しい『店員さん』だわな」
「だからタクトも、乗機を待ったらきっとガチ恋……」
「止めろ止めろ止めろ! ちょっと信憑性のある話しからの不吉な話しは止めろ! マジでそうなったらどうしてくれる!」
「そしてら警戒領域でダブルデートしよ?」
「馬鹿野郎かよ」
世界広しと言えど、警戒領域でダブルデート出来るのなんて僕らくらいじゃないかな。
…………いやごめん普通に居そう。傭兵のカップルとかに平気でそう言う人達居そうだわ。
そして、そんな雑談をしてたらガジェットショップに到着。
辿り着いたテナントは、もう見るからにサイバーな品々が並ぶサイエンスなお店だった。半分以上はソレが何なのか分からない物が売ってる。
凄いね。まさか店内を覗いても何を売ってるのか分からないとは思わなかったよ。トラップは店名だけじゃ無かったのか…………。
ちなみに、そのお店の名前は『ライバーアルルルルルルト』だ。お店の尖った感じとは裏腹に、『ル』の連続がコミカルな店名だ。でも看板のフォントだと凄い疾走感のあるエッジが利いた『アルルルルルルト』に仕上がってる。
「あのー、ちょっと良いですかー?」
「はいはい、どうしましたか?」
僕ら情報端末なんて持ったことが無い孤児であり、目の前のそれらが情報端末だと分かってても、物の善し悪しなんて分からないのだ。
なので分かる人に聞かないと買い物も出来ない。僕は速攻で店員さんを捕まえる。
服がマトモになった僕らは邪険にされず、子供だけで来店したお客様って感じに対応される。僕らもそれに乗っかり、「はじめてたんまつかうのー。どれがいいかなー?」みたいな感じで通す。
わざわざ自分が孤児だとか知らせる必要無いよね。親にお金貰って、子供だけで買いに来る客だってゼロじゃないだろうし。
とは言え、いくら子供でも「端末を持った事が無い」なんてのは異常なので、自分で買うのは初めてって感じにする。
「なるほど。でしたら無難に最新機種や人気機種がよろしいかと。もしくは今お使いの端末の後継機などもオススメし易いですね」
「えっと、ちょっとイタズラしたら、端末取り上げられちゃって……。その間に間違って壊されちゃって……。貰ったものだから機種名とか分かんなくて……」
「あら、それは災難でしたね……。でも、イタズラはダメですよ?」
「ごめんなさーい」
嘘八百である。いや、だって使ってる端末の後継機を勧めたいとか言われても困るし。持ってないもの。今日買うのが初代だ。
取り敢えず後継機の案は横に置いといて、最新機種と人気機種とやらを勧めてもらう。
「そうですね、コチラなんかは売れ筋ですよ。無料の都市回線でも通信速度がなかなか早く、子供の端末に回線料をかけたくない親御様にも人気でして、お子様に持たせる機種なら取り敢えずこのシリーズと言う方も多いですよ」
「なるほどー。これは幾らなんですか? あと、もし有料回線? を使うと、どのくらいお金がかかるんですか?」
「コチラは本体代もお安く、二六○シギルですね。回線の利用料は契約する回線によって違いますが、まぁ普通のご家庭が良く使う高速回線でしたら、プランでも違いますが、大体は月々四○シギル程だと思いますよ。ファミリー契約でしたらもっとお安くなりますし」
ふむ。なるほど分からん。タクトは再び空気になってる。
端末とか持った事が無いから、店員さんが話す内容を理解するのに必要な前提知識が足りてない。
都市無料回線って何? 有料回線? どうにかボロを出さずに買い物を終わらせたい。
「…………お金の事は自分でやるの初めてで、良く分からないんですけど、都市の無料回線っていうのなら、端末を買った後は別にお金がかかったりしないんですかー?」
「もちろんです。無料回線をご利用のご予定でしたら、本体代だけで問題無く利用出来ますよ。有料回線のご契約も、必要なら親御様がなさるでしょうし、特に問題は無いでしょう」
「はい、分かりました。ありがとうごさまいますっ」
「いえいえ」
ふむ。取り敢えず、都市の無料回線って言うのを使ってる内は、端末を買うだけで完結してくれるみたいだ。良かった。最初からそのつもりだったけど、有料回線がどうとか言われたから焦っちゃった。
僕、まだ口座とか持ってないし、月々の支払いとかって言われても、多分それ電子決済からの引き落としとかだよね? そんなの今はまだ契約出来ないよ。先に口座開設と傭兵登録をするべきだったかと思って冷や汗かいた。
「あ、都市の回線って事は、都市の外では使えないんですかー?」
「えっと? ええ、基本的にはそうですね。都市の外に出た瞬間に回線がブツっと落ちる訳じゃないですが、ある程度近くないと都市回線には入れませんね。……えーと、都市の外に出るご用事が?」
「んーと、傭兵さんとかって、お外でどうしてるのかなって」
子供っぽさを意識して全力で良い子を演じながら、聞きたい事は全部聞く。
それをそのまま受け取ってくれた店員さんは、好奇心から出た子供の質問だと取って教えてくれる。流石に傭兵用の端末についてアレコレ聞いたら不審だろうし。
「なるほど。都市の外にしょっちゅう出る傭兵が、どうやってネットワークに繋いでるのか気になったんですね。確かに、傭兵に関わりが無い方は普通知らない事ですから」
「はいっ。傭兵さんは、お外だとネットワークに繋げないんですか?」
「もちろん、そう言う人も居ると思いますよ。外ではローカルの短距離通信だけで十分だって方は、そのまま都市の無料回線を使います。でも、都市外でもネットを利用したい傭兵の方は、都市外でも通じる専用回線を契約してます。やはり料金の高い回線程、遠くまで利用出来るそうですよ。一流の傭兵は回線契約だけで月に一万シギルも払う方も居るそうで、いやはや、まるで違う世界のお話しですよ」
マジか。つまり僕も外に出るなら、結局は有料回線を契約しないとダメなのか。それも傭兵向けの高い奴。
あーでも、有用な情報だった。ありがたい。つまり市民向けの回線とは別に、傭兵向けの回線も有るんだね。知らずに居て市民用を契約、なんて事になる前に知れて良かった。
「すごいですねっ! あ、じゃぁ傭兵さんが使う端末も、凄いのがあったりするんでますか?」
「ええ、もちろんです。傭兵向けの端末も有りますよ。市民向けと比べて、やはりちょっとお高くなっていますが」
マジか! 聞いて良かった。僕はそっち買いたい。どうしよう、傭兵に憧れてて、高くても傭兵用の端末を使いたいおマセさん的な感じで行こうか?
不自然かな? いや大丈夫でしょ。傭兵登録してないと買えないって言うなら諦めるけど、そうじゃないなら傭兵用を買おう。
「そんなのあるんですかっ? どんなのあるんですか?」
「そうですねぇ、…………例えばコチラは--」
楽しそうに商品を見せてくれる店員さんに聞きたい事は全部聞き、僕に必要な物をしっかりと選ぶ。
説明を受けた数々の商品は、やはり傭兵用と言うだけあって基本的に頑丈。そして市民だったらまず必要にならないだろうけど、傭兵だったなら痒い所に手が届く感じの細々した機能が追加されてたり、拡張用のウェアラブル端末と連動出来たり、色々とセールスポイントがあって悩んでしまう。
「お客様は、傭兵用の端末をお求めで? 市民向けと比べてハッキリと高いですよ? 桁が一つ二つ違いますから」
「はい。カッコイイので、欲しいです。傭兵さんの回線は契約出来なくても、端末は買えますか……?」
「ええ、もちろん。代金さえ頂けるなら我々は誰にだって商品をお売りしますよ。………でも、本当にお高いですよ? 親御様にご相談されなくても、よろしいのですか?」
相談しても良いけど、端末の機種選びだけで臨死体験は嫌かなぁ。
気を使ってくれてるのに、店員さんごめなさい。なにぶん、相談相手があの世に居るもんでして……。
でも、それはそれとして「誰にだって商品をお売りします」は嘘だ。僕とタクトがターバンスタイルだったら入店拒否するでしょ。嘘は良くないよ。でも僕も良い子を演じて騙してるからイーブンか。今回は許そう。
「えっと、お金はいっぱい持ってます。一万シギルとかで、足りますかっ?」
「んっ!? え、ええ足ります。足りますが、えっと、もしかしてキャッシュでお持ちですか?」
「キャッシュでおもちです! ぴぴってしないでお金払ってみたくて持ってきましたぁ〜!」
にぱぁって笑う。電子決済しない伏線も貼って、お金持ちの箱入り息子的な感じで行こう。
題して、『キャッシュで買い物してみたかった坊ちゃんが憧れの傭兵用端末を買う初めてのおつかい。電子決済は致しません』かな。
「ええと、コチラも店として再度確認させて頂きますが、本当に親御様にご相談しなくて宜しいですか? 端末は壊れてるとの事でしたが、店の備品もお貸しできますから、必要でしたら親御様へコール出来ますが……」
「あ、だいじょーぶです。ホントは二万までって決まってるので、半分なら全然怒られませーん」
「にまッ……!? そ、そうですか。そこまで仰るのでしたら構いませんが、もし後日、親御様が返品になどいらっしゃっても、商品の状態によっては対応出来かねますので、そこはご了承ください」
「わかりました!」
「それと、一度発行した端末IDの代金については、如何なる理由があっても返金は出来ませんので、そちらもご了承ください」
「はーいっ!」
そんな感じで、元気にお返事をするとっても良い子なラディアくん十歳は、良い感じの端末を選ぶに至った。
拳銃の上を取り払ったみたいな形のグリップ型端末で、まずヤバいくらい頑丈。拳銃クラスのパルスブラスターくらいなら直撃しても二、三発は耐えるくらいに頑丈らしい。
ディスプレイはホログラム式で、って言うか現在流通してる八割以上の機種はホロ画面なんだけど、グリップのキー操作から視線入力、更には眼鏡型のウェアラブル端末やバイオマシンのコックピットコンソールと連動して脳波操作や外部操作も受け付ける。
ゴーグルや眼鏡型のウェアラブル端末と連動させたらホログラムを展開せずに使用する事も可能で、例えば仕事の会議中にこっそり調べ物をしたり、バイオマシンの操縦中に端末を取り出さずに操作することも可能となってる。
他にも様々な機能が盛り盛り入ってて、何より見た目が超カッコイイ。
「はうまっち?」
「こちら、お選び頂いたウェアラブル端末やオプションパーツとセットで、六五二○シギルになります。…………本当に宜しいですか? これ、平均的な中級市民の月収二ヶ月分くらいの値段ですよ?」
「二つください」
「二つで御座いますかッ!?」
「ちょ、ラディアッ!? もしかして俺のも買おうとしてるッ!? 水ボトル九三○本分の端末なんて貰えねぇよッ!?」
だからスラムに帰るまでボトル換算やめーや。スラムの孤児だってバレなくても外周部の人間だってバレちゃうじゃん。て言うか計算早くない?
まぁ店員さんもちょっと慌ててるから聴き逃してくれたみたいだし。て言うか「金持ちのお坊ちゃんが一般家庭のお友達を連れて来て散財してる」パターンだと思われてるっぽい。
「あ、タクトのウェアラブル端末はやっぱりコッチの奴でお願いします。値段これ一緒ですよね?」
僕のウェアラブル端末はゴーグル型。タクト用のはスタイリッシュな眼鏡型だ。今の服にも合うと思うし、是非タクト争奪戦を激化させて欲しい。あれは娯楽の少ないスラムでの数少ない楽しみだ。
同じ内容で二つ買うと、一万と三○四○シギルで、札束一つと、二つ目の三割出す事になる。
問答無用でお金を渡したら、受け取った店員さんが大金を持って口をモニュモニュさせた。多分、基本的に高額の支払いは電子決済のはずだから、札束って言うのは値段以上にインパクトが有るんだろう。
ああ、僕も変な事考える時は今の店員さんみたいに口がモニュモニュしてるのか。こんな風に見えてるのか。覚えておこう。
「……ご利用、有難うございました。またのお越しをお待ちしております」
「はーい! また来まーす!」
買うもの買ったのでお店を出る。タクトが恨めしげに僕を見てる。買い物を強行したので怒ってるみたいだ。
「どしたのタクト」
「お前。お前ぇ〜……」
「そんなに怒っちゃってぇ〜。カッコイイ顔が台無しだゾ?」
「だからお前は俺の彼女かッ!」
いえ、僕にはもうシリアスが居るから。
「だって、僕がタクトに用事がある時、端末あったら便利でしょ? タクトの為にって言うのが嫌なら、僕の為に貰って? それにほら、今日みたいに誰かが怪我したって言うなら、僕に連絡取れた方が便利だよ?」
「…………でも、こんなに高い奴は要らなかっただろ。最初に見せて貰ってた端末の何倍だよこれ」
ビルの中を歩いて、シリアスが待つ駐機場に向かう。その間ずっとタクトがぷりぷりと怒っている。
カッコイイ顔が台無しだゾって言ったけど、タクトは怒ってもカッコイイので嘘だった。カッコイイ人は何してもカッコイイのである。世の中不公平だ。
ちなみに、市民用の何倍かって聞かれたら、端末単体の値段は四二○○シギルだったので、最初に見せて貰った市民用端末の十六倍である。買った一式全部だと二五倍だ。
「いやいや、スラムは過酷だし、タクトも警戒領域で
「………………でも、周辺機器は流石に要らなかっだろコレ。これだけで市民用端末が何個も買える値段だぞ」
「いやいやいやいや。タクト、タクト。それこそ一番必要な物だよ? いやウェアラブル端末以外は正直ちょっと蛇足だったけど、ウェアラブル端末はタクトの為にも必要だよ?」
「なんでだよ」
「だって、スラムで僕らが、こんな高そうな端末を出して弄ってたら、大人に襲われて奪われるじゃん? ウェアラブル端末と連動させて、端末本体はポケットにでも入れておかないと、ホログラム出しただけでもヤバい奴には目をつけられるでしょ」
そう。悲しいけど、僕らって孤児なんだよね。
不法滞在者が不法滞在者を襲っても、行政は何もしてくれない。
だからって流石に誰も彼もぶっ殺してたら、行政から「そう言う奴」って形で覚えられて結局大変な事になるから、市民も不法滞在者もそう簡単には不法滞在者殺しなんてやらない。けど、それでも相応の理由が出来たら、…………殺る奴は殺る。
「………………なるほど」
「ね? 要るでしょ? だからほら、ウェアラブル端末だって分かり難いオシャレな眼鏡型の奴を選んだんだし。流石にオシャレな眼鏡程度なら殺しはしないでしょ」
「……そうだな。まぁそれでも殴られて盗まれる可能性はあるけど、それは別に洒落た物じゃなくても盗まれるからな。
「あ、もちろんタクトを殴ったり、何かを奪ったりする奴が居たら、連絡してね? ソイツぶっ殺しに行くから」
僕自身なら、まぁトラブルの方が面倒だし多少我慢しても良い。けどタクトを襲う奴は殺す。絶対に殺しに行く。クソ野郎絶対殺す名誉子爵マンに変身してぶっ殺してやる。草の根分けてでも必ず探し出して報いを受けさせてやる。
「……いや、良いよ。大丈夫だから」
「だめー。タクトが言わなくても、グループの他の子に言っとくからね。タクトに何かした奴ぶっ殺すから教えてって言えば、皆教えてくれるでしょ」
多分、オリジンの権利ってオリジンを不当に奪われたりしないようにって言う措置でもあるんだろうけど、そう言う時って家族や友人を人質にとられたりって場面も有ると思うんだ。それで友達とかに脅しかける馬鹿をぶっ殺して良いよって免罪符だと思うんだ。
つまり友達であり命の恩人であるタクトの為にクソ野郎をぶっ殺すって使い方は、正しい! はず! 多分!
伯爵領で僕が殺しをやってもお咎め無しだったから、多分お貴族様同士なら、爵位の上下が多少ある程度ならそこまで無体な事は出来無いんじゃないかと思う。爵位が上だからオリジン寄越せーとか。そう言うのは出来無いのかも。
なら、この権利は多分、巫山戯た平民ぶっ殺す用の権利なんじゃ無いかな。
いや、正確には『名誉子爵身分』であって、平民を殺す為の身分じゃ無いんだけどさ。本当なら『お貴族様と同等の偉さだから敬ってねー』って使い方なんだろうけど。
まぁでも、さっきの使い方は正しかったみたいだし。後々考えてもやっぱり正しかったと思うし。
だって、帝国の税金で生活してる兵士が帝国の子爵を突き飛ばしたんだから、そりゃ物理的に首が飛ぶよ。権威ってそう言う物だし。
僕が誰かを殺す為にわざと舐めた態度を取られるように動いたならまだしもさ、僕はあの時シリアスと一緒に居た。明らかに自律行動してる完全無欠なオリジンと一緒に居たのに、僕が子爵身分だと分かる材料があったにも関わらず、僕を突き飛ばしてパルスブラスターを奪おうとして不当逮捕しようとしたんだから、もう言い訳の余地も無い。
オリジンの権利については良く知られてない法律らしいけど、でもやらかしたのは一応兵士だし、法の元に人を取り締まる立場に要る兵士が、『法律知らなかったので許してくださーい』は通らない。
うん。やっぱり僕は悪くない。
「まぁ、そんな訳で、とにかく端末は貰ってね?」
「…………はぁ、分かったよ。これも恩に着とく」
「脱いで! そんな恩は着なくて良いから脱いで!」
「お前そのやり取り好きだな。…………て言うか、俺って今、お前に買って貰った服着てるから、物理的に恩を着てる訳だけど、脱げと?」
「あ、うん。ごめんさい。服は着てて下さい」
「よろしい」
馬鹿な事を言い合ってたら駐機場に到着! 会いたかったよシリアスぅー!
「ただいまシリアス! 寂しくなかった?」
右ガチガチ。…………寂しがってくれても良いのでは?
いやこの怒り方は理不尽だ。今は僕が一方的にメロメロだから、これから少しずつでもシリアスが僕にメロメロになる様に、僕が頑張れば良いんだ。
「シリアス、シリアス、ほら見て、端末買ったよ! これでお話し出来るね!」
呆れ顔をタクトはほっといて、駐機場で座ってるシリアスの目の前で、買って来た端末を披露する。すると、すぐ僕の端末がピリって鳴って、何かの着信を告げる。
このパターン見た事あるぞ。具体的には昨日。
「シリアスからのメッセージかな?」
「…………いや、なんでまだIDも教えてないのに着信するんだよ。……いやなんで俺の端末も鳴るんだよっ!? これシリアスだろっ!?」
初めて持った端末を、もたもたと操作して着信を見る。
何が何だか分からなくて、五分くらいあーだこーだしてたら、なんか端末の画面が勝手に動き出して、必要な操作を勝手にやってくれた。多分シリアスが操作してくれてるのかな? それで、シリアスからのメッセージを見ると、『おかえり』って書いてあった。
………………………………はふぅ。
幸せ過ぎて死にそうだ。ヤバい。おかえりって言われるの嬉しい。ただいまって言えるの幸せ。なんだこれ、これだけの事でこんなに幸せになって良いのかな?
こんな幸せが、これから毎日続くのか。本当に過剰摂取で中毒死しないか不安になって来た。シリアスは用法用量を守って正しくイチャついてたら生きて行けますか?
「あ、タクトの方は、シリアスなんて?」
「…………ん」
聞けば、タクトが第三者表示に切り替えた端末のホログラムを僕に見せてくれる。……タクト、操作慣れるの早くない? 僕なんてシリアスが操作してくれたのに。
『その程度のネットワークセキュリティなら、割り込みは容易』
って書いてある。なんか良く分からないけど、シリアスが凄いって事だね!
「馬鹿。お前馬鹿。これ、俺らがしっかり戸締りしてても、シリアスは好きに鍵開けられるって事だからな? 凄いヤバい事だからな?」
「え、でも僕、シリアス相手に閉める鍵とか持ってないし、持ちたくないし…………」
「バカップルがよぉ!」
いや、ちょっと巫山戯たけど、流石に分かるよ。
アレでしょ、僕はシリアスに対して鍵なんか掛けないけど、シリアスはどんな人の家にでも無断で入れちゃうって事でしょ。
「はぁ、シリアスは凄いねぇ」
「呑気か。いやお前呑気か。…………あれぇ? ラディアってこんな呑気だったか? もっと危機管理能力高かったよな?」
「だって、管理する危機が、もう大体危機じゃ無いんだもん」
「…………そう言えばそうな。水の心配ももう要らんだろうし、武力もあるから暴力は怖くないし、権力もあるから理不尽も怖くないし、なんなら警戒領域もシリアスに乗って行けば安全だし。…………ズルくね?」
「いや、そのうちタクトにもデザリア用意するから。……シリアスも、見ず知らずの誰かが何処かで僚機さん乗るより、タクトが乗ってた方が安心しない?」
右ガチガチ。
「ほら」
「…………そっか、ガーランドの警戒領域に出て来るデザリアは、シリアスのお仲間なんだもんな」
「と言うか、虫系のバイオマシンは大体全部そうらしいよ。シリアスが所属していた国が作るバイオマシンが虫型だったから」
「あー、古代文明の、…………なんだっけ? ハイマッド?」
「そうそう」
右ガチガチガチガチガチガチ。
シリアスは帝国の名前が残ってると喜ぶんだ。可愛い。
今日は楽しいな。いや、今日からずっと楽しいのか。凄いな。凄過ぎる。これが幸せか。市民権持ってる人って皆こんなに幸せなのかな? だとしたら僕らって、毎日どれだけ不幸だったろう?
「あ、なんかお腹減って来た。もうお昼時か。タクト、なんか食べに行く?」
「…………もう良いや。うん、行く。取り敢えず今日はもう、お前の世話になっとく事にする。抵抗すんの疲れた」
やったぜ! タクトが抵抗を止めた!
えーと、服が二四八○シギルで、端末セット二つで一万と三○四○シギルだったから、合わせて一五五二○シギル使ったのか。残り四四八○シギルだ。食事程度ならまだ余裕だ。天然物を出す超高級店でも食事が出来る。
まぁそんな所に行ったらタクトが壊れそうだから自重するけど。
僕も前までなら、タクトと似たような反応をしたんだろうけど、今はなぁ……。
お金を持って変わったとかじゃなくて、もう、シリアスって言う最高の幸せを既に経験しちゃってるから、お高い料理を食べたりする程度なら、躊躇う必要も無くなってしまった。
高額な端末を買ったり、オシャレな服を着たり、天然物の食事を口にしても、シリアスと出会えた以上の幸せなんて有り得ない。この世の全てはシリアスと比べれば普通の事だ。幸せでも何でもない。
だから、お高い料理店に入る程度なら多分もう、ビビりすらしない。萎縮もしないと思う。どんなに格式高い店だったとしても、シリアスのコックピットに比べたら場末の酒場と変わらないもの。
「ふふ、端末を手に入れた僕らなら、もうお店が分からないなんて事も無い……! 行くよタクト! お昼は焼肉だー!」
「…………おぉ、肉。良いな、肉」
こうして、僕らは買い物を終えて食事に行く。
食べ終わったら、傭兵登録して口座開設の後、医療用ナノマシンを買ってスラムに戻るのだ。
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