第10話 マスコット。



「あああちびちゃぁぁぁんッッ……!」


 ムギュってされてる。されるがまま。

 いったい、何がどうなっているんだろうか。


「可愛い! 凄く可愛い!」

「やっと抱き締められたわぁぁぁぁあ♪︎」


 代わる代わる、ムギュってされる。

 頭を撫でられて、ヨシヨシされて、前からも後ろからも、むぎゅーって。何が起きたのか。

 場所は変わらず、ガーランド西区のメインストリート近く、スラムの浅い場所だ。


「あの、えと、ぇうっ……」

「こんなに綺麗になっちゃってもう! はぁ良い匂いするぅ〜」

「やぁっ、嗅がないで……!?」


 清掃員の女の人に抱き締められて、頭をくんくんされる。やめてっ!?

  本当に、何が起きたのか。

 突然だったんだ。クズを殺して、さてどうしようと思ってたら、清掃員の方々がささっと死体を片付けてくれた。それは良い。

 大きな清掃ボットの中に成人男性の死体が消えて行くのは中々怖い物があったけど、放置する訳にもいかないし、ぶっちゃけるとアレらがどうなろうと、僕の知った事じゃない。

 で、そのあとに赤髪お兄さんからお話しを聞こうと思ったら、血の跡も綺麗にお掃除した清掃員さん達に、こう、襲われた?

 襲われたって表現が正しいのかは分からないけど、僕がそんな感想を持っちゃうくらいの勢いで突撃されたんだ。


「おいおい、方よぅ。子爵様をあんまり困らせっと、首が飛ぶぞー?」

「「「「「本望」」」」」

「だめだよっ!?」


 僕そんな事しないけど、お仕事無くなったら生きていけないんだよっ!? スラムで生きるのは大変なんだからねっ!?


「へ、兵士のお兄さんっ、たすけて……!」

「すまん、無理だ」

「なんでぇー!?」


 もう十分くらいムギュムギュされてる。女の人に抱き締められるとか、人生で初めての経験だ。いや、もしかしたら記憶に無いくらいの昔に、母に抱き締められた事くらいはあるかも知れない。でも記憶に無いので仕方ない。


「あの、なんっ、これなにっ……!?」

「ちびちゃぁぁぁんっ!」

「ちびちゃんって僕ですかっ……!?」


 確かに子供だけど、僕は十歳だけど、ちびって言うほど小さいかなっ!?

 誰でも、誰でも良いから助けて!? 何が起きてるのか分からなくて流石に怖くなって来た!


「あっ、シリアスが動いた」

「シリアスぅぅぅうう!」

「あぁん! 待ってちびちゃぁぁぁん!」


 僕が女性に囲まれてもみくちゃにされてると、その中にシリアスがアームを器用に突っ込んで、僕を摘み上げてくれた。ありがとうシリアスぅぅぅうう!

 それでシリアスの頭の上にちょこんと座らされて、シリアスが脚を畳んで座る。目線は相応に下がったけど、そもそもシリアスが大きいので皆を見下ろす形に成る。


「ほ、本当にオリジンなのね……!」

「自分のパイロットを自分で助け出すなんて、本当に自律して動けるのねぇ」

「返してっ、私達のちびちゃん返してぇー!」

「なんか、仕草とか色々、凄い人間味のあるオリジンなのね……?」

「ちびちゃぁぁぁんっ!」


 なんか、なんで? こう、なに? ダメだ混乱してて頭が回らない。

 なに、なんで僕こんなに、突然いっぱい構われたの?


「あの、僕、何かしましたか……?」

「した!」

「したのっ!?」


 僕は何をやらかしたんだっ!?


「あー、黒ちび。勘違いしない様に言っておくと……」

「あの、その前に、黒ちびって僕ですか?」

「そうだぞ?」

「そ、そうなんだ……」


 赤髪お兄さんが何かを説明してくれるみたいだけど、その前に呼称が気になり過ぎて聞いたら、何を当たり前のことを? みたいな顔をされた。解せぬ。解せな過ぎる。


「黒ちび、お前、町中でも良くゴミ拾いとかしてるだろ?」

「え、あ、はい。してます」

「そう言うの、周りはちゃんと見てんだよ。不法滞在者だったから構えなかったが、町の清掃に協力的なお前は、清掃課に好かれてんだ。…………そこの方みたいな感じでな」

「……………………好かれ、てる?」


 なに、誰が? 僕?

 孤児で、不法滞在者の僕が? 町の、都市の職員さんに? 公務員に? 好かれてる? なんで?


「おお、すげぇ顔してら」

「し、心底理解出来ないって顔してるわね……」


 す、好かれる? 好かれてる? すかれるってなんだっけ?

 あれ、もしかして僕が言葉を間違えて覚えてる?


「好かれてる? 都市でゴミ拾いしたら『コレも捨てとけや汚物がよォ』って追加でゴミを投げ付けられた僕が? 携帯端末落として困ってた人に落し物見付けて持って行ってあげたら『汚い手で触るなッ!』って殴られた僕が? 同じスラム住まいなのに結構な数の闇店舗に入店拒否されてる僕が? なけなしの水ボトルを町の子供からいたずらにひっくり返されて死にかけた僕が? 悪い事したくないから仕事を選んでたら使いにくいって言われてスラムからも干されかけてる僕が? 誰に? なんで? どうして? どうやって--……」

「もう! もう良いのちびちゃん! 思い出さなくていいわ!」

「……好意に慣れてないって言うか、アレルギー反応が出てやがる」

「根が深いわね。こんなに成るまで助けられなかった事実に、罪悪感で胸が裂けそうよ」


 お目々ぐるぐるの頭ぐるぐるしてたら、シリアスから頭撫で撫でさてれ正気にもどる。えへへシリアスぅ♪︎

 そう、もう良いんだ。僕はもう、幸せにしか成らないから。シリアスが僕を幸せにしてくれるから。だから良いんだ、過去がどうとか、もう良いんだ。

 よし、もう大丈夫だぞ。


「取り乱しました! ごめんなさい!」

「謝るちびちゃん可愛いっ。…………それはそれとして今聞いた色々の犯人は調べ上げて潰しましょう」

「会に情報回しとくわね」

「都市監視課と管理課にも要請するわ」

「戦争よ…………」


 な、なんだろう。なんか良く分からないけど、清掃員さん達が怖い。

 触らない方が良いだろうか。職員さんの事情とか僕が知っても仕方ないし。気にしないでおこう。それよりも、赤髪お兄さんに聞かないと、僕は何も分からない。


「あの、兵士のお兄さん」

「ん? ああ、今更だが、俺の名前はルベラだ。ほら、今此処には『兵士のお兄さん』が十人も居るから」

「そ、そうですね。紛らわしくてごめんなさい。えと、ルベラさん……?」


 結構長い付き合いだけど、初めて名前を知った。と言うか僕ってこの都市で名前知ってる人って、おじさんとタクトだけなんだよね。

 基本誰も名乗ってくれないし。孤児に名乗る価値なんて無いんだろうけどさ、お陰で人の名前を覚える機会も無かった。

 それに人と深く関わってトラブルに成るより、浅く浅く、すぐに引ける様な距離で付き合う方が安全だった。そんな生活をしてたのもあって、僕は誰の名前も知らない。多分、名前を聞いても覚えてられない。覚える必要も無い生活を送ってたから、人の名前を覚えるのが苦手になってると思う。


「…………………………んー、待った。やっぱりお兄さんで頼む。もしくはルベラお兄さんでも良い。ルベラさんだとなんか、他人行儀で寂しいぞ」


 えっと、あの、…………いや他人ですよね?

 なんだろう。分からない。急に周りが距離を詰めて来る感じがする。昨日お兄さんに、ルベラお兄さんに褒められた程度なら、『泣いちゃうくらい嬉しい』で済んだのに、今くらいの距離感だと少し怖い。

 でも、拒否するのも怖い。人によっては逆ギレとかするかもだし、何があるか分からないから。

 いや、オリジンの権利を使えば大体の問題は片付きそうだけど、この権利は乱用する物じゃないと思うし…………。


「…………えと、はい。…………ルベラお兄さん?」

「良しなんだ要件を聞こうか。お兄さんが何でも答えちゃうぞ!」


 結局、要求を受け入れてお兄さんと呼べば、心做しかルベラお兄さんは嬉しそうに笑ってくれた。僕なんかにお兄さんと呼ばれて、嬉しい物なんだろうか……? 分からない。怖いなぁ。分からないのは怖いなぁ。

 こう言う時は、怖く無く成るまで調べるに限るけど、都市の職員さんが僕をどう思ってるかなんて、どうやって調べれば良いんだ……? 都市の内情とか僕みたいな孤児が探れる訳無いじゃん。無理だ。無理過ぎる。

 


「えと、僕、このあと何か手続きとか居るんですか? 始末書? とか」

「…………ん? ………………ああっ、馬鹿を殺した件についてか? いや要らないぞ? 本来なら報告くらいは必要だが、今なら俺らが居るし。と言うか見てたし。あとの処理はこっちで全部やっておくから、黒ちびは何もしなくて良いぞ」

「……えと、殺しっぱなしで、良いんですか?」

「ああ。無礼討ちってそう言うもんだぞ。あ、もしこの先も何人か殺すなら、一応こっちにも報告してくれな?」

「あの、今更なんですけど、僕みたいな子供に、こんな権利持たせるのマズくないですか? 殺し放題とは言わないですけど、似た様なもんですよね?」

「いや、お前なら馬鹿な使い方とかしないだろ? 他のガキならいざ知らず」


 な、なんで僕こんなに信用されてるの……? 僕なんかしたっけ? 覚えが無いんだけど。

 他のガキって言うなら、僕よりタクトの方がよっぽど信用出来ると思うんだけど。

 タクトは凄いよ。僕と同い歳くらいで二○人ぐらいのグループ纏めてて、しかも四年前に出会った時から既にリーダーだからね。当時なんて六歳くらいなのに、歳上の孤児とかも纏めてたカリスマだよ。本当に凄い。

 先代のリーダーから指名されての襲名らしいけど、誰からも文句出なかったんだって。マジで凄い。凄過ぎる。

 ちなみに、タクトの年齢が「くらい」なのは、正確な年齢が分からないからだそうだ。病院とか行けたらDNAマップとか調べて年齢判別出来るんだけど、不法滞在の孤児だから病院も利用出来ないんだ。

 ちなみに、タクトもすぐそこに居るけど、都市の職員さんが沢山居るから気配を消して空気になってる。凄い気配の断ち方だ。アサシンかな?


「えっと、じゃぁ、もう行っても良かったり……?」

「おう、構わんぞ。何か用事か?」

「あ、用事って言うか、買い物です。端末買ったりしないと、色々不便なので……」


 そんな訳で、何故か清掃員の皆さんから惜しまれつつ、ニコニコしてる兵士達にも挨拶をしてからその場を去る。

 する時、清掃員さん達に「何時いつもお掃除ありがとうごさまいますっ」って言ったら、何人か短い悲鳴を上げて倒れた。何事かと心配したけど、ルベラお兄さんが大丈夫だと言うので気にしない事にした。

 もちろん兵士さん達にも同じように挨拶をしたら、初めて笑顔で手を振り返してくれた。なんなんだろう、周囲の態度が変わり過ぎてちょっと戸惑う。

 うん、僕がちゃんとした人権を得たらきっと皆優しいんだろうなって思ってたけど、なんか想像してたのと違う。なんか、こう、ベクトルが違う。想像してた優しさのベクトルが違う。


「…………すっげぇ。これがバイオマシンの中なのか」


 移動を再開。今度はちゃんと、シリアスのコックピットの中だ。さっきも外に居たからトラブったんだ。ちゃんと乗ろう。勿論タクトも一緒だ。

 シリアスにタクトも乗せて良いか聞いたら、ちょっと嫌がったけど、シートに座らなければギリギリ許すって事になった。細かいお返事はまたルベラお兄さんの端末を挟んでのやり取りだ。


「一人用のコックピットだから、ちょっと狭くても許してね」

「全っっっ然気にしねぇ。むしろ乗せてもらって感謝だ。やっぱ、男ならバイオマシンのコックピットは憧れるよなっ」


 タクトはシートの後ろ、前にシリアスの僚機さんから抜き取ったターバン巻き陽電子脳ブレインボックスを置いてた場所に立って、シートにしがみつく形で搭乗してる。

 最初はシリアスが嫌がったから、コックピットの中じゃなくて外に、シリアスの頭の上とかに乗って移動しようかと思ったんだけど、そんな事を話してるとルベラお兄さんからダメ出しが入ってこうなった。

 なんでも、帝国の法律で、バイオマシンで移動する際は搭乗規格を満たしている場所にしか人は乗っちゃダメなんだって。事故が起きるから。

 小型でも数メートル、機種によっては十数メートルから数十メートルの高さにも成るバイオマシンの上に乗って移動なんかしたら、滑って落ちたら大変な事に成る。高確率で死ぬ。

 なので、移動する時はしっかりとコックピットに入るか、もしくは搭乗規格を満たした場所に居る必要がある。搭乗規格を満たした場所って言うのはつまり、手摺とか付けて人を乗せる為に整備をして、人が落ちない様に加工した場所の事だ。バイオマシンの機種によっては、コックピットの外にも建物の屋上みたいな感じのスペースがあったりするんだけど、そう言う場所が『搭乗規格を満たした』スペースに成る。

 観光用に改修された民間輸送機とかなら、そう言うのも有るらしい。

 お金持ちが人を集めて山程の護衛を雇って、警戒領域に行って輸送機の上部で野生のバイオマシンを見ながらパーティとかする。そんな場合も有るそうだ。お金持ちって凄いことするね。


「て言うか、すげぇなラディア。お前バイオマシンの操縦出来んのかよ」

「あ、うん。ほら、僕の父って傭兵だったからさ。四年前に死ぬまでは、たまーに乗せてくれたんだよ。その時に基礎は教わったんだ」

「マジか。……良いなぁ。お前を置いて戦争行ったっての聞いた時はどんなゴミだよって思ったけど、そう言うの聞くと普通に羨ましいな」

「……なんなら、乗り方教えようか? 基礎しか教えられないけど」

「マジかっ!?」


 シリアスが嫌がるから、シートに座らせる事は出来ないけど。でも、後ろで見てるタクトにこのままコックピットの装置を教えたり、フットペダルとかアクショングリップを動かしたらシリアスがどう動くのか、なんて事を教えるくらいなら大丈夫だろう。

 流石に都市の中で変な機動する訳にもいかないから、ちゃんと教える時は都市の外に出たり、もしくは機体を好きに動かせる特定の場所でないとダメだけど。


「…………もうちょっとお金稼げるようになったら、タクトの乗機も用意しようか?」

「マジかッッッ!? ……いやダメだ! それは流石に額がデカ過ぎる! 施しとか借りとか、そんなレベルの話しじゃ無く成る!」

「いや、お金は多分、言うほどかからないと思うよ。それに、最悪は僕に借金って事にして、乗機に乗ってお金稼いで、ちょっとずつ返してくれば良いんじゃ無いかな?」

「……いや、魅力的な提案だけど、金額がヤバいだろ。バイオマシン一機とか、何百万シギルもするんだろ?」

「あー、デザリアでも正規で買うと二五○万シギルくらいだって、おじさんが言ってたよ」


 鹵獲ろかくの買い取りが一○○万前後なので、売りに出すまでに色々と嵩んで利益分も乗せたら、最終的に二倍半に成るそうだ。凄い世界だよ。


「流石に借金の額がヤバ過ぎる」

「いや、正規で買ったらその値段ってだけだよ。処理済みの陽電子脳ブレインボックスだけ買って、僕とシリアスが機体を鹵獲ろかくして来たら、相当安く成るよ。機体の修理費と陽電子脳ブレインボックス積み替えの工賃と、陽電子脳ブレインボックスの代金だけで済むから」


 僕が「ねーシリアスー?」ってハンドルを撫でると、シリアスは右ガチガチでお返事をくれる。僕の考えはシリアス的にも実行可能な判定みたいだ。やったぜ。


「…………マジか。…………えっ、マジか? いやマジかっ!? えっ、じゃぁ、なんだ? これ結構、現実的な話しなのか?」

「僕はそう思ってるよ。タクトに返したい恩なら、これくらいしないと足りないって思ってるし」

「マジかぁー!」


 タクトが「マジか」しか言わなくなっちゃった。

 でも、本当に実行は可能だと思ってる。

 僕にとってシリアスは世界最高のバイオマシンだけど、世間的にデザリアは最下級の方に分類されるバイオマシンだし。おじさんに今朝聞いた話しだと、高ランクの警戒領域に居る機体とかを正規の手順で購入すると、値段が軽く数億とか行くそうだ。ヤバいねぇ。

 それと比較したら、二五○万で買えるデザリアは本当に安い機体だ。それを更に本体は鹵獲ろかくで、買うのは陽電子脳ブレインボックスだけってなったら、下手したら一○○万シギルもかからない可能性もある。


「デザリアの処置済み陽電子脳ブレインボックスがいくらで買えるのかは聞いてないから知らないけど、仮に五○万とかで買えるなら、それと修理費と工賃で、…………六、七○万シギルとかで済むんじゃ無いかな?」

「マジかー。…………いやぁ、なんか、ラディアお前、本当に凄い奴になっちゃったんだな」

「何回も言うけど、今の僕があるのはタクトのお陰なんだからね? 僕が凄い奴って言うなら、そんな凄い奴を助けて凄く成るまで生かしたタクトはもっともっと凄い奴だよ?」


 砂漠は過酷だ。

 古代文明には及ぶべくも無いとは言え、それでも相応に凄まじい技術を積み重ねて来た帝国の領土であろうとも、砂漠の過酷さが消える事は無い。と言うか陽射しがヤバいだけでも普通は十分に人が死ねる環境なんだ。ナノマテリアルの服を着てても、頭に直射日光を受けまくったら普通にヤバい。ナノマテリアルの帽子も必要だ。帽子があったらかなり危険が減るけど、結局は水が貴重ってだけでも人間にとっては危ないのだ。

 ほんと、父はとんでもない場所に僕を置いて行ったもんだよ。なんで寄りによって砂漠に置いて行ったんだ。シリアスに出会えたから今は全面的に感謝してるけど。崇めても良いけど。でも普通に考えたら鬼畜の所業だと思う。

 そんな場所で、僕は生き残った。生きてシリアスに出会えた。それはタクトが生き方を教えてくれたから。つまり僕とシリアスの恋のキューピットがタクトなのだ。…………え、凄くない? どうしよう、そう考えたらタクトを信仰しそう。縁結びの神かよ。ご利益が盛り盛りだ。


「……お前、いま変な事考えてるだろ?」

「ふぇっ、いや、……なんで?」

「お前さ、変な事考えてる時、口がモニュモニュする癖があんだよ」

「なんだってッ!?」


 そんな恥ずかしい癖が僕にあったのっ!?


「お前が『井戸がポンポン』って言った時も口がモニュモニュしてたぞ」

「井戸ポン事件の事は忘れて下さいお願いします!」


 僕が昔、お水を飲みた過ぎて頭が沸騰してる時に、その時喋ってたタクトとの会話内容とは別に、頭の中で『そこら中に井戸がポンポンと掘られてお水が飲み放題』な妄想してた事がある。それでその時に、タクトに「おい、大丈夫か?」って肩を叩かれて正気に戻った僕は、ビックリして「井戸がポンポンッ!?」って叫んだ。めっちゃ恥ずかしかった。二度とやらない。なんだよ井戸がポンポンって。


「……それにしても、メインストリートのマシンロード側から町を見る事に成るとはなぁ。見ろよ、こんなに近くで色んなバイオマシンを見たの初めてだぜ。ダングでっけぇなぁ」

「輸送用機のシールドダングだね。可愛いよね」

「…………可愛いか?」

「可愛いよ。……あ、シリアスの方が可愛いからね!」


 僕が慌ててグリップをさわさわすると、右ガチが返ってきた。

 ガーランドのメインストリートは中型から大型の輸送機も通る為、かなり大きな道である。その中でもバイオマシンが通る為の専用道路をマシンロードと呼び、生身の人間は出入り出来なくなってる。入ったら潰されて死ぬからね。

 警戒領域から生体金属ジオメタルを持ち帰る傭兵も相当数居るし、単純に此処ここまで物資を運んで来た機兵乗りライダーも居るので、中心部に近づく程にマシンロードはバイオマシンで賑やかに成る。

 ガーランドの名産? であるデザリアはもちろん、他の機種も色々と見れて、バイオマシンに憧れる男の子的にはマシンロードは最高に楽しい観光地なのだ。

 人が生身でメインストリートを横断したい時は、地下に道があるのでそちらを利用する。一応は外周区でもそうなってるけど、外周区だと地下連絡通路が汚くて汚くて…………。

 成るべく使いたく無いから、メインストリートを横断して他区に行きたい時は、成るべく中心部に近い連絡通路を使う。どのくらい中心部に近い場所を選ぶかは、各々の衛生観念による。自分が我慢出来るくらいに綺麗な連絡通路を選ぶのだ。

 もちろん外周部の連絡通路でも気にせず使う剛の者も居るけど、外周部の連絡通路を汚すのは大体その剛の者なので全然凄くない。綺麗にしろ馬鹿野郎。連絡通路で立ちションをするな。マジで。

 ガーランドの優秀な清掃員さん達が清掃を全面的に諦めるって相当だからね? 自覚してね?


「そろそろ最奥区か? 此処ここまで来る必要あったか?」

「いや、なんか、真ん中に近い程、より良い物が買えるかなって」

「……お前って頭良いのに、たまに馬鹿ん成るよな」

「酷い」


 いや、仕方なく無い? だって、僕らって綺麗な場所のお店とか使えないんだから、どんな品が売ってるのか分からないんだよ?

 ならもう、イメージで決めるしか無いじゃん? 中心部に行くほど文明レベルが上がるなら、中心部に近い程凄い物が売ってるってイメージは間違ってないと思うんだよ。

 僕は都市全体を結構くまなく歩き回ってる方だけど、だからって店の中の事は流石に知らない。


「それに、中途半端な場所で変な店に入って、変なインジェクターとか買いたく無いじゃん? 売り付けられたら困っちゃう」

「それもそうか。……流石に闇店舗じゃ無い正規の店が不良品とかゴミを売り付けてくるとは思わないけど、美容系ナノマシンだけどついでに治療も出来る、なんて巫山戯た物買わされたりするかも知れないからな」

「僕はまだしも、タクトって如何にも孤児って感じのターバンスタイルだし。孤児だからって舐められたら、中央区でも十分に変な事される可能性はあるよ。噂なら色々知ってるし」

「流石スラムの情報屋……」

「なんて?」

「何でもない」


 情報屋? 誰が? 情報を売り買いした事なんて無いよ? 誰かと間違ってない? まぁ良いや。

 僕ら孤児は基本的に何をされても文句は言えない立場に居る。僕はそこから一足先に抜けるけど、未だ満足に納税出来ないタクトは、例え不良品を売り付けられても行政に泣き付けない。行政は納税してる市民の為に働くんであって、税も納めてない不法滞在者なんてエイリアンみたいなモンなのだ。言葉は通じるのに言葉を聞いて貰えない。だって彼らの給料ぜいきんを僕らは払ってないから、僕らの為に働く理由が無い。

 そもそも、帝国法でも都市法でも、不法滞在者に下手な温情をかけると捕まる事もある。僕らって凄い微妙な存在なんだ。納税義務を怠り、でも最低限の人権は保証され、殺されても不介入だけど、最低限の人権を無視する誘拐とか強姦とかからは守られる。

 何故か殺しは無視されるのに、誘拐とかは都市が動く。法律同士が噛み合って不思議な挙動をするらしいけど、謎過ぎる。


「……さて。最奥区に来ました。まるで別世界だね」

「そだな」

「そして残念なお知らせが有ります。問題が発生しました」

「…………どした? 財布でも忘れたか? マシンロードを往復する分には、楽しかったし気にしないぞ。間近で色んなバイオマシン見れたし」

「いや、単純に目的の店が分からない」

「……………………やっぱお前馬鹿じゃん。普段めっちゃ賢いのに馬鹿じゃん」

「酷い」


 いや、僕も字は読めるから、看板とか見れば分かるかなって思ってたんだよ。

 でも、マシンロードの端にシリアスを寄せて駐機ちゅうきしてから最奥区のビル群を見渡すとさ、まず殆ど店が見当たらない。

 うん。多分ビルの中にテナントが入ってるタイプなんだろうね。で、ビル一階とかに看板出してるお店とかもちょこっと有るんだけどさ、それも店名が『エルティーニ・ロッセル』とか『霧のきりきり屋』とか意味不明な名前で、何を売ってる店なのか予想が出来ない。何なんだよ、きりきり屋って。胃薬でも売ってるのかよ。

 普通ならこういう時にこそ、情報端末を使うんだろうね。ネットで目的の店を探してそこに行く。普通なら誰も困らない。

 しかし、残念ながら僕はその情報端末をこそ買いに来てるんだ。どうしてくれるんだコノヤロウ。


「…………おじさんのお店みたいに、『整備屋サンジェルマン』とか分かり易い店名とか屋号じゃダメだったのかな」

「知らんよ。名付けた奴に聞け。…………まぁ、俺らも入れない店の中に何があるかとか、気にして生きて無いしな」


 そりゃそうだよ。霧のきりきり屋もエルティーニ・ロッセルも、何を売ってる店なのか知らなくても、水ボトルは買えるんだ。

 水ボトルなんて何処でも売ってるし。孤児でもお金を払ったら分け隔てなく水を売ってくれる自販機は都市で一番優しい販売員だ。人間の店なんてガラクタ押し付けて来るんだからな。


 …………あれ? もしかして、僕が機械に恋したのは既定路線だったのでは?


 人間の店より自販機の方が優しく感じる人生とか、そりゃ実際に優しく頭を撫でてくれるシリアスに恋しちゃうよ。メロメロになっちゃうよ。

 マジかよ、僕ってこれ、成る可くして成ったのか。


「どした? また口がモニュモニュしてるぞ? 井戸ポンか?」

「井戸ポンは忘れてよぉー!」


 さて、どうしよう。いや、どうしようも無いんだけど。


「うん。諦めて虱潰しにしよっか」

「マジか」

「マジだ」

「じゃぁ行くか」


 シリアスを再起してマシンロードを少し進んで、メインストリートから出る。この辺はメインストリートから外れても全体的にマシンロードが張り巡ってるので、移動はし易い。途中でシリアスを降りて置いてくなんて事にはならない。助かる。助かり過ぎる。


「そこ、なんか複合商業施設的なアレじゃないか?」

「テナント多かったら数打ちゃ当たる?」

「母数多けりゃ当たるんじゃないか? 都市は広いし、このタイプのビルをいくつか回れば当たるだろ。…………て言うか良く考えたら、情報端末を売ってる小売店なんて大きなモールなら大体入ってそうじゃん。現代人の必須ツールだぞ。俺ら気にし過ぎだよ」


 …………言われてみれば、確かに。

 僕らが持ってないだけで、普通は持ってる。それを持って生活するのが当たり前のツールなんだから、そりゃ色んなところで売ってるに決まってる。

 何も僕らはこの都市の一箇所だけで売られてる伝説のアイテムを探してる訳じゃない。ファンタジーブックで言うと薬草的な有り触れた物を探してるんだ。

 僕ら、正規で綺麗な店舗を初めて使うからって、確かにビビり過ぎてるね。


「よし、じゃあそのビルの駐機場に入るね。…………ついでにタクトの服も買おうか?」

「何でだよ。…………いやそうか、|此処は世話に成らないた逆にダメか。俺がこの姿で一緒に居る方が迷惑になりそうだな。…………あ、じゃぁ俺はこのままコックピットで待ってるか?」


 左ガチガチ。シリアスにダメって言われた。


「左のガチガチはシリアスのダメ出しなんだ。残っちゃダメだってさ」

「マジか。…………あぁ、分かった。世話に成る。早めに着替えた方が、トラブる確率減ってラディア迷惑かけないだろうし」


 そう言う訳で、凄く残念だけど、物凄く残念だけど、シリアスは駐機場でお留守番だ。

 僕とタクトで大型複合商業施設ショッピングモールにゴー!


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