第9話 軽い引き金。



 国の規定なら完全に町なんだけど、それでも都市と言い張る見栄っ張りな町ガーランド。この都市まちに於いて、スラムとそれ以外の境目とは何だろうか。

 分かり易い、目に見える線が引いてある訳でも無く、なんなら市民の意識によっても違いがある。極端な人なんか、外周部は全部スラムって思ってる人も居るくらいだ。

 仮に、外周部全てがスラムとする論が正しいとして、じゃぁ外周部と中心部、何処から何処までが中心部で、何処からがスラムになるの?

 壁、屋根、床のどれかが無い家屋がスラムの定義。そうだった太古の時代なら、そんな疑問も「定義通りで良いだろ」となる。けど、不法滞在者や悪い人達が集まってる場所を何となくスラムと呼んでる程度の現代だと、この問題は人を集めれば集めるほど揉めるタイプの話題になるだろう。

 なんで僕がこんな、ちょっと哲学っぽい事を考えてるかと言えば、僕にとってスラムとそれ以外の定義が、「僕が居ても良い場所がスラム」だからだ。

 なら、今日から中心部も普通に歩いてお店も使える様になった今の僕にとって、中心部もスラムなのだろうか?

 考えるまでも無く、答えはノーだろう。


「タクト!」

「……おお、ラディアか。一瞬誰だか分かんなかったわ」


 そんな僕は、自分なりの新しいスラムの定義を設定した。

 それは目の前のタクトが居ても良い場所がスラムで、それ以外が都市となる。


「おー、なんか、お前、立派になったなぁ」

「タクトのお陰だよ!」


 シリアスとお散歩デート中、ガーランドのメインストリートに出る前に、顔見知りを見付けて挨拶をした。その相手が目の前の彼だ。

 邪魔にならない様にシリアスと一緒に道の端に寄って、タクトと話す。まぁスラム付近にも通れる道があるってだけで、スラムでは殆どバイオマシンなんて通らないんだけどさ。

 それでもゼロでは無いから、端寄せは要る。一日に十機くらいは通るからね。スラムにも整備屋は有るから、その利用者が通るのだ。


「久しぶりだなぁ。なんか見ない内に、凄いことになってんなぁ」

「うん、久しぶり! 警戒領域でね、色々あったの! でもやっぱり、今の僕が在るのはタクトのお陰!」


 タクトは、僕がガーランドで無条件で信用してる、二人の内の一人だ。僕はおじさんとタクトの事だけは、心の底から信用してる。

 ゴワゴワした灰色の髪を短く切って、昨日までの僕とそっくりの服を着た同い歳くらいの孤児。

 僕が父に置き去りにされ、数ヶ月分程度の貯金しか残さずに死に絶えたあの馬鹿のせいで生きて行けなくなった時、あの時助けてくれたのはタクトだけだった。


「俺なんて、なんもしてねぇじゃん。お前をグループから弾いてたし」

「それはしょうが無いじゃん! タクトが悪い訳じゃないもん!」


 ガーランドには孤児が少ない。なんでかって言うと、行政の支援を得て快適に暮らせる市民じゃないと、砂漠の環境は子供にとって過酷だからだ。平たく言うとあっと言う間に死に絶えるから結果的に孤児が少ないとも言える。

 そんなガーランドには、孤児のグループが二つある。一つはタクトが纏めてる孤児グループで、この都市に住んでいた市民から何かしらの理由で発生した孤児が集まるグループだ。

 もう一つは、都市の外からやって来た孤児が集まるグループで、都市の外から客として来て、訳分かんない理由で孤児になった僕も、本来ならそこに所属するはずだった。


「悪いのはガボット! タクトは助けてくれた! 僕が生きてるのはタクトとおじさんのお陰! あのクソ馬鹿ゴミクズ野郎が全部悪い!」

「いや、まぁ、ガボットが馬鹿なのは同意するけど」


 タクトグループは西区に居て、ガボットって名前のクソゴミクズの馬鹿が纏めるもう一つのグループは、東区側を根城にしてる。外周全部スラム論を否定するなら、ガーランドには西区と東区の外周部にスラムがある。

 生活出来なくなって、色々理由があって行政のセーフティネットも使えなかった僕は、孤児になるしか無かった。それで本当なら、ガボットのゴミクズに拾われて、もう少しくらいは楽な生活が出来たはずだった。

 けど、ガボットは僕をグループに入れなかった。理由はすっごい下らなくて、父が居た頃の僕を見た事があって、その時の裕福そうな感じがムカついたからだそうだ。

 …………今から会いに行って札束でビンタしてやろうかな。また裕福になっちゃったよぉんって言って。うん、今度やって見よ。


「タクトのグループにだってメンツは有るし、余所者の僕はタクトのグループに入れない。それは仕方ない。それでもタクトは僕を助けてくれたし、気に掛けてくれた。タクトが何と言おうと、僕が生きてるのはタクトのお陰!」


 タクトとガボットのグループは敵対してて、別に殺し合いとかはしてないんだけど、お互いに嫌がらせとか喧嘩とかなら日常茶飯事だ。

 そんな状態で、タクトも余所者の僕なんてグループには入れられない。ガボット側からのスパイかも知れないし、リーダーとしてグループの孤児を纏める必要もある。不用意にメンバーと問題が起きそうな僕を加えて、問題が起きても何とかするなんて言えるほど、僕ら孤児は強くない。

 簡単に死ぬし、下手したら簡単に殺される。だから危険は避けるし、すぐ逃げる。そうやって生きて来たのに、問題が無いかも知れないけど、有るかも知れない僕なんてグループに参加させられない。

 そんな状況でも、タクトは僕に手を差し伸べてくれた。孤児の生き方を教えてくれた。グループには入れなかったけど、一人で生きて行く基礎をくれたのは、タクトだった。

 僕の四年はタクトがくれた基礎によって出来てる。スラムで近付かない方が良い場所。付き合わない方が良い大人。スラムの店の選び方、稼ぎ方、歩き方。全部教えてくれたのはタクトだ。


「感謝してます!」

「ああ、うん。感謝は受け取るよ」

「ありがと!」

「どういたしまして」


 タクトには感謝してる。どのくらい感謝してるかと言えば、タクトが三○○万シギル全部ちょうだいって言ったら、シリアスが許してくれるなら全部あげちゃうくらいには感謝してる。

 このお金はシリアスと稼いだ、て言うかシリアスが稼いだお金だから、僕が自由にして良いとは思わないけど、それくらい感謝してるって事だ。


「タクトに紹介するね! 僕の乗機のシリアス! オリジンなんだよ!」


 バイオマシン用の大きな道の端に座って僕らを見守ってるシリアスを、タクトに紹介する。シリアスは右のシザーアームをガチガチして挨拶した。


「…………あぁ、うん。薄々そうじゃないかとは思ったけど、マジでオリジンなのか」

「シリアス、あのね、僕を助けてくれたタクトだよ! 僕が四年も砂漠で生きていられたのは、タクトとおじさんのお陰なの!」


 再びの右ガチガチ。


「……もしかして、ガチガチしてんのって挨拶か?」

「そだよ」

「そっか。えっと、俺はタクト。よろしく」


 大好きなシリアスと大好きなタクトが、仲良くなってくれたら嬉しいな。


「ところで、タクトは此処で何してるの? 一人なの? グループの子は?」


 挨拶を交わした二人を見て、僕は気になった事を聞く。

 タクトは孤児グループのリーダーだし、一人で居るのは珍しい。それに、警戒領域で鉄クズ集めに行くならまだしも、スラムのこんな浅い場所をウロウロしてるのも珍しい。シリアスを連れてる僕はこの道を通る必要が有るけど、人用の狭い道も通れるタクトが西ゲートに行くなら此処は通らないし、この辺に孤児が稼げる仕事が転がってるとも思えない。


「あー、何と言うか。ちょっとトラブってなぁ」

「何かあったの? 僕、何か出来る?」

「いや、大した事じゃ無いんだ。メンバーの一人がちょっとデカい怪我してよ。死ぬ様な怪我じゃ無いんだけど……」


 話を聞く。詳細は省かれたけど、要は落ち物漁りしてるらしい。

 落ち物漁りとは、簡単に言うと誰かが落とした何かを探して、それをネコババする孤児のシノギしごとの一つ。

 普通は財布とか、アクセサリーとか、そうじゃなくてもお金に出来そうな物を探してウロウロするんだけど、今日はタクトのグループ総出で、お薬探しらしい。


「最低グレードの奴で良いんだけど、インジェクターとか落ちてねぇかなって……」

「医療用ナノマシンの事だよね? 流石に、難しいんじゃない? ナノマシンインジェクターが道に落ちてるとか、僕ちょっと想像出来ないんだけど……」

「まぁ分かってるけどよ。それなら普通に財布とか拾って、金で医療用ナノマシンとか買えねぇかなって」

「ナノマシン系の医療品って、最低でも一○○○シギルくらいじゃなかった? そんなにパンパンに詰まってる財布って、インジェクター拾うより難しくない? 普通、高額の支払いって電子決済だし」

「だよなぁ……」


 タクト達も流石に、望み薄だとは思ってるそうだ。けど、怪我した子って言うのが結構酷い状態らしくて、孤児が手に入れられるレベルの薬じゃどうにもならないらしい。


「えっと、じゃぁ、タクトも一緒に中心部行く? 僕がインジェクター買おうか?」

「…………いや、あー、うーん」

「借りとか、施しとか、そう言うの気にしなくて良いよ? 僕はタクトに助けられたし、タクトが困ってるなら僕だってタクトを助けるよ? それに、その、僕今、凄いお金持ちになっちゃって……」

「……でも、最低で一○○○シギルだぞ? なんも無しには買ってもらう訳にはいかねぇだろ」


 いや、僕がタクトから貰った知識って、タクトが僕に無料でくれた知識って、一○○○シギルじゃ足りないくらいなんだけど。


「あの、タクト? 知ってる? 命って一○○○シギルじゃ買えないんだよ? 僕、タクトに命を救われたと思ってるよ?」

「………………あー、でも、ぬぅぅう」

「頑固だなぁ! あんまり悩んでると、もっとグレードの高い奴を勝手に買っちゃうぞ! 二○○○シギルとか三○○○シギルとかの奴!」


 僕が変な方向で脅すとタクトが折れた。


「…………すまん。恩に着る」

「着なくて良いよ! 脱いで! そんな暑苦しいふくなんて脱いで!」


 一応、シリアスにもお金の使い方の許可を得た。何回も言うけど、所持金の九割九分九厘を稼いだのってシリアスだからね。

 僕がコックピットで寝てる間に、シリアスが独力で仕留めた僚機さん達の売却で稼いでるからね。このお金の使い道を決定する権限なんて、僕には無い。

 シリアスは気にしないだろうけど、僕が嫌なのでちゃんと許可を取る。それで今後、二人で稼いで僕の取り分から返すつもりだ。なんらなシリアス用の口座も別に作るつもりだったりする。

 普通のバイオマシンなら無理だけど、シリアスには自分の意思が有るし、なら自分でお買い物とかもするかも知れないし。ネットワークで注文すればシリアスも買い物出来る。


「よし、じゃぁ行こっか」

「ほんと、すまん。仮は必ず返すから」

「だから良いってば! むしろ僕が恩を返してるの!」


 あんまり言うと、本当にグレードの高いナノマシンインジェクター買っちゃうぞ。


「とりあえず、こっちは命に関わる怪我じゃないから、ラディアの用事から済ませて良いぞ」

「そう? 先でも良いよ? 僕も急いで無いし。傭兵登録なんて何時でも出来るし、納税期間も一ヶ月あるし、端末はすぐ欲しいけど、何時でも買えるし」

「いや、金持ってるなら端末は買っとけよ。俺らは無いのが当たり前だけど、普通は持ってるのが当たり前だからな」


 そっか。そうだよね。都市のサービスを受けるにも、端末の所持が前提な所あるし、何かと連絡先とか聞かれるだろうし、ちょっと何か登録する時も、端末のIDが必要だろうし。


「そうだね。じゃぁ、最初は端末を--……」


 -ドン。


 タクトの手を引いて、シリアスと一緒にまた移動を再開しようと振り返った瞬間、僕は何かにぶつかられて転んだ。転んだというか、転ばされたと言うか、押し飛ばされたと言うか、とにかく倒れた。


「おやおやぁ〜? なんかぶつかったと思ったら、邪魔なところに邪魔な奴が居たなぁ〜?」


 何が起きたのかと思えば、僕は誰かにわざとぶつかられて吹っ飛ばされたみたいだ。高性能なナノマテリアル素材の服を着てるお陰で怪我とかはしなかったけど、せっかくパリッとした綺麗な新品だったのに、砂と埃で汚れてしまった。

 体を起こしてみれば、そこにはニタニタと笑う赤い制服の男の人が三人居た。ガーランドの兵士だ。警邏任務中っぽい。

 彼らは良く知ってる。良く意地悪して来る人達だ。名前は知らないけど、ゲートで僕を入れてくれなかったりする人達の筆頭だ。


「あたた……、服が汚れちゃった」

「ラディア、大丈夫かよ?」

「あ、うん。高い服だから、怪我とかはしなかったよ」


 タクトが手を引いて起こしてくれて、僕は服に着いた砂を払う。でも汚れが全部落ちる訳じゃないので、ある程度の効果しかない。新しい服だったのに、残念だ。

 まぁ高い服なので、ちょっと洗うだけで新品レベルまで綺麗になるんだけどさ。ナノマテリアルってすげぇ。


「これはこれは、薄汚いゴミがなんか綺麗な服を着てると思ったら、ちゃんとしっかり汚れてるじゃないか、感心感心。でも汚れ具合が足りないんじゃないか? 手伝ってやろうか?」

「もちろん手伝った分は駄賃を貰うけどなぁ。……随分と洒落たモンを腰に提げてやがるな? 盗品か? ちょっと調べさせて貰おうか」


 ニタニタ笑ってる兵士が近付いてくるけど、僕はそれよりもシリアスが心配だ。閉じ切ったアームがギリギリ言ってる。凄いイラついてるっぽい。人間で言うと拳を握り締めてプルプルしてる感じ。


「あの、これ借り物なので、渡せません」

「あー? 誰がお前の意見なんて聞いたんだよ。寄越せって言ってんだから寄越せオラッ」


 手を伸ばされたのでバシッと叩いて拒否した。

 前までの僕ならプルプル震えて嵐が過ぎ去るのを待ったけど、それは怖かったからじゃなくて、追加のトラブルが嫌だったからだ。

 おじさんも僕にわざわざ「躊躇うなよ?」とか言うし、他の人も何故か勘違いしてるっぽいんだけど、僕って別に、平和主義者じゃないんだよね。

 戦って良い身分が保証されてて、その力も有るなら、普通に抵抗するよ。今まで無抵抗だったのは、それが一番傷が少ないからだ。抵抗した方が傷を浅く出来るなら、僕も抵抗する。


「…………あぁっ? テメェ」

「あの、止めてくれますか? 僕もう、都市のサービスも利用出来る立場になったので、普通に苦情入れますよ?」


 と言うかぶつかって転ばされた時点で、結構キツめの苦情を入れられると思う。都市を守る兵士が守るべき市民を突き飛ばすとか、減給物だった気がする。


「はんっ、馬鹿がよ。多少偉くなったからって、元孤児のガキが言う事を誰が信じんだよ」

「全く。身の程を知らねぇクソガキはコレだから困るぜ」

「はっはっはっは! つーか今、兵士の手を叩いたよな? 公務執行妨害じゃね? しょっぴくか?」


 兵士さん達がゲラゲラ笑ってる。

 でも、そうか。うん、その可能性は考えてなかった。苦情が無視される可能性も、確かに有るよね。つい先日まで、都市に寄生する不法滞在者だった嫌われ者の言葉と、まがなりにも都市に勤める兵士の言なら、後者が優先されてもおかしくない。

 なるほど。勉強になる。立場がちょっとマシになった程度じゃ、調子に乗らない方が良いみたいだ。ならこの線で強気になるのは止めた方が良いんだろうか?

 おじさんが、僕は好きな時に貴族に変身出来るって言ってたし、そっちの方が良いかな。でも、都市に勤める兵士って事は、彼らはガーランドを治める伯爵様が雇ってるとも言える。そんな相手に子爵身分が楯突いて問題を起こした場合、伯爵様が出張って来たら処分されるのは僕になるだろう。

 うむ、困ったぞ。状況が良くなったつもりで居たけど、言うほど変わって無いかも知れない。て言うか子爵身分になれる権利使えないな。ただの兵士相手にも使用を躊躇わざるを得ないとか、ゴミみたいな権利だ。あっても無くても一緒か。


「おいおい、このガキしょっぴいたら、そこのデザリアも俺達のもんか? 売ったらいくらになん--……」


 ……………………シリアスをどうするって?


「取り敢えず死ね」


 -ズギャゥッ……!


 パルスブラスター独特の銃声が、手元から鳴る。


「----ッッッギャァァァアアアっ!?」


 悲鳴と、血の匂い。


「こ、こいつハジきやがったッ!?」

「何しやがるクソガキィィア!」


 騒ぐ残りの二人と、銃声と悲鳴に静まり返る周囲の人々。

 なんか、薄汚いクズがクソみたいな事言い始めたから、思わず撃っちゃった。

 どうしよう。使えないクソ権利だとか思ってたけど、もう、どうしようも無いから取り敢えず使う方針で行こう。はい、僕は今から子爵様!

 僕が撃ったのは、シリアスを売るとかクソみたいな事言ったゴミクズのお腹で、無意識で撃ったからそこだけど、正直なところ頭か胸を撃てば良かったと思ってる。トドメ刺したい。

 撃たれたゴミクズは叫びながらのたうち回って、残った二人が銃を抜く。兵士って事は、一応は軍用品だよね? そんなので撃たれたら死んでしまう。


「--あわっ」


 と、思ってたらシリアスが助けてくれた。

 アームでズンッ! って残った兵士二人を潰してしまう。多分即死だろう。プチッと行って、地面のシミだ。

 …………いやぁ、盛大にやっちゃったなぁ。これは死んだかな。僕、伯爵様に殺されるのかな?

 いや一応は子爵身分って言うなら、死にはしないかな? 罰金とかかな? 罰金で済んだら良いなぁ……。


「…………ら、ラディア、おまっ」

「あ、タクト。えと、大丈夫だよ? 多分」

「いやいやいやいや! いくら何でも兵士を殺っちゃマズイだろ!? 大丈夫な訳あるかぁ!」


 一部始終を間近で見ていたタクトが真っ青になってる。巻き込んで申し訳ない……。

 周囲に居た様々な人も、白昼堂々と起きた殺人に阿鼻叫喚。ヤバいなぁ。目撃者いっぱいだなぁ。

 …………どうしよう。逃げる? 都市の外に逃げて、別の都市で生き直す?


「あっはっはっは! 大丈夫な訳が、有るんだよなぁコレがッ!」

「ふぇっ……?」


 慌てるタクトと、悩む僕。するとそこに、場違いな程に心底楽しそうな声が響いて、僕はそちらを見た。

 そこには、なんか、沢山人が居た。

 シリアスが殺した二人と僕が撃った一人、その三人と同じ制服に身を包んだ兵士さんが十人くらい。それと都市を綺麗にしてる清掃員さんが五人。清掃用のボットやドローンを引き連れて、何かをお掃除する気満々だ。

 ああ、うん。言い逃れ出来ない感じだコレ。僕捕まるのかな。悪い事しないで生きて来たの、ちょっと自慢だったのに。初の黒星か。泣きたい。


「よう! 昨日ぶりだな!」

「あ、兵士のお兄さん」


 集団の戦闘に居るのは、昨日ゲートで対応してくれた兵士のお兄さんだ。今日も綺麗な赤髪がバッチリ決まってカッコイイ。


「どうも。……えっと、僕は逮捕されますか?」

「いや? 別に?」


 あ、されないんだ。良かった。…………されないの?


「えと、それは、僕の身分が……?」

「お? 知ってるのか? 昨日はこっそりシリアスにだけ教えといたが、誰かに教わったのか?」

「待って何それ聞いてない。え、シリアスっ?」


 振り向くと、右をガチガチされた。わぁお。シリアス、最初から殺る気だったんだね。

 ……えと、あれ? じゃぁもしかして僕、お咎めなし? 伯爵様は出て来ない?


「ら、ラディア……? 身分ってなんだ、何が起きてるんだ?」

「えっと、簡単に言うとね? 帝国では、オリジンに乗る人が名誉子爵になれる法律があるんだって。こう、その場で突然お貴族様になれる的な……?」

「……………………なんだそれっ」


 ほんと、なんだそれって感じだよね。


「じゃぁ、ラディアは捕まらないのか? 大丈夫なのか?」

「おう! 大丈夫どころじゃないぜ! むしろ、まだ生き残ってるそこの馬鹿の方が処刑されるからな!」


 赤髪のお兄さんは、もうニッコニコして嬉しそうだ。よっぽど三人の事嫌いだったのかな……?


「なっ、なぁぁっ、馬鹿なこと言ってんじゃねぇぇえあぁあッッ!」


 赤髪お兄さんの言葉を聞いて、まだ生きてる、僕がお腹を撃った人が騒ぐ。

 そうなのか。あの人も処刑されるのか。良かった。

 …………いや良くないな? シリアスを売るとか言ったんだから、僕がトドメ刺したい。


「あの、兵士のお兄さん。どうせ処刑するなら、僕が殺っちゃダメですか?」


 ダメ元でオネダリしてみる。こう言うのは可愛い女の子がやらないと意味が無いんだろうけど、まだ十歳の僕らなら、こう、子供の可愛さ的な何かが奇跡を起こしてくれるかもしれない。


「んっ!? え、殺りたいのかっ? いや、殺りたいなら別に、良いぞ?」

「え、あ、良いんですか? やった、お願いしてみるもんですね」


 子供の愛らしさ的なパワーが奇跡を起こしてくれた。やった。薄汚い孤児でも何とかなるもんだ。


「ざけんじゃねぇッ! 馬鹿な事言ってねぇでさっさとそのガキ捕まえろやぁぁッ!?」

「いや、犯罪を犯した訳でも無いのに、捕まえる訳ないだろ。馬鹿なのかお前?」

「俺が撃たれてんだろガぁッ! 公務執行妨害どころの騒ぎじゃねぇぞッ!?」


 お腹撃たれてるのに元気だなぁ。やっぱり公務員だし、稼いでるんだろうし、延命系の手術とか受けてるのかな?


「はぁ? 不敬罪やらかした馬鹿が、子爵様に撃たれただけだろ? 何処どこに公務執行妨害をした奴が居る? ん?」

「…………ッッ!? おまっ、お前何言って…………!?」


 まだ蹲ってお腹を抑えてるクズに、赤髪お兄さんは楽しそうにニタニタしてのらりくらり。埒が明かないとクズが周りの兵士さん達にも僕を捕まえろと叫ぶけど、誰も動かない。どころか、兵士さん達はクズに向かってライフルを構えてる。四面楚歌。

 誰も味方が居ないと悟り、訳の分からない状況に怯え始めたクズに、僕はおじさんから借りたブラスターを持って近付く。

 凄い。権力って凄い。こんな堂々と人を殺しても許されるのか。

 いや、流石に理由が無いとダメなんだろうけど、逆に言うと理由が有れば殺って良いんだ。凄過ぎる。


「な、なんでだよ! おかしいだろ!」

「おかしくないですよ。この国の法律に従って、僕はあなたを殺します。殺して良いらしいので」

「馬鹿言ってんじゃねぇ! やめ、やめろぉぉおッッ!?」


 センスが良いおじさんのカッコイイブラスターを、ゴリっとクズの頭に押し付ける。今まで意地悪されて来たし、少しくらいやり返しても良いよね?


「多分、訳が分からな過ぎて、何が怖いのか分からないと思うので、ちゃんと教えてから殺してあげますね?」


 まぁ、でも、殴ったり嬲ったりとか、僕の趣味じゃ無い。なので、もうどうしようも無いって事だけ理解してもらって、絶望して貰おう。

 本当はもっとやり返したいけど、僕はもう、シリアスに出会って報われたから。


「まず、あなたが売るとかどうとか、クソみたいな事を言った僕のデザートシザーリアなんですけど、オリジンなんです」

「………はぁっ!?」


 お腹を抑えるクズは、痛みより驚愕の方が強いみたいで呻くのを止めて、口をあんぐり開けて僕とシリアスを交互に見る。


「それで、帝国の法律にはオリジンに乗る人が名誉子爵になれる権利があるそうで、これは手続きとか要らなくて、この国でオリジンに乗れるってだけで適応されるそうです」

「…………ししゃく?」

「そう、僕は今、子爵様らしいんですよ」


 強く、銃口を押し付ける。ゴリっとする。


「つまり、あなたは今、国に仕える兵士でありながら、帝国子爵に対して軽度の暴行をして、正面から侮辱して、子爵の持ち物を不当に奪おうとして、オリジンを売り払うと脅した訳ですね。問答無用で不敬罪が成立します。………………しますよね?」


 ちょっと不安になって赤髪お兄さんに振り返ると、満面の笑みで頷かれた。どころか、周りで見てる兵士さんも清掃員さんも頷いてる。

 皆がニコニコ。薄汚い孤児と比べても誰一人味方してくれないなんて、この人は余程嫌われてたんだな。ある意味凄いと思う。


「と、言うわけで。僕が今あなたの頭をコレで撃っても、法律的に問題無いそうなんですよ」

「…………そ、そんな、馬鹿な話しがっ」

「あ、今の発言もダメじゃないですか? 栄えある皇家が定めた法律を『馬鹿な話し』だなんて、国に仕える兵士の言葉としては落第では? この状況で不敬罪に不敬罪を上塗りするんですか? 凄い度胸ですね。尊敬します」

「いやっ、まっ、今のは違ッ……!?」


 …………ちょっと、煽るの楽しい。なんか、堂々と悪い事してるみたいで、それを許されてるみたいで、これはマズイ。

 ああ、ちょっと立場が強い人が悪い事する理由が分かってしまう。これは気持ち良い。ハマる。気を付けないと堕ちて行きそう。

 僕が堕ちるのはシリアスだけで十分だ。こう言うのは今後、気を付けよう。シリアスが誇れるパイロットで居たいし、悪い事はやっぱり良くないね。


「そう言う事なんで、もうあなたは助かりません。僕が見逃しても、後で処刑されるだけです」

「…………いや、嫌だっ、だって俺はっ--」

「あなたが嫌でも、そんなつもりが無くても、どうにもならないんですよ。法律ってそういう物でしょう?」

「あ、謝るっ、謝るからっ……」

「ごめんなさいって謝ったら、全部許される。そんな国があったら、良かったですね? でも、帝国はそうじゃないので、ダメです。僕も、あなたに謝って、暴力を止めて欲しいってお願いした事もありましたけど、あなたは止めませんでしたね。つまりそういう事ですよ」


 詰み。終わり。不可避。それがやっと分かったらしいクズさんは、とっても遅いけど、もう手遅れだけど、自分が何をやらかしたのかを知った。

 出血とは関係無く真っ青になって、ガタガタ震えて、首を横に振ってイヤイヤする。でも僕がイヤイヤした時は楽しそうにしてたから、僕もクズさんの流儀に倣ってニッコリしてみた。

 するとクズさんは、やっと、ちゃんと、しっかり、絶望してくれた。


「じゃ、そう言う事なんで」


 -ズギャゥッ……!


 ガーランドの西区の一角に、見た目詐欺の銃から独特の銃声が響いた。


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