第8話 西区スラム。
「………………おい。起きろー?」
「…………ぅむう」
「……おお、すげぇな。あのラディアが、マジ寝してやがる。…………愛想と警戒心が野良猫級で有名なコイツが揺さぶって起きねぇとか、嘘だろ?」
体を誰かに、揺さぶられてる。
誰だろう。声は聞いた事ある。……あれ、なんで僕寝てる?
寝て、…………寝てる? どこに? 体がふわふわしてる。ベッド?
…………ん? え、僕がベッドに寝てる? 僕の
「…………ふぇぁ」
「お、起きたな。おはようさん」
バッと目が覚めてガバッと起きると、なんか知らない場所に居た。
薄暗い、けど品の良いお部屋。確かウェスタンハウスって言うスタイルだったかな。シーリングファンがクルクル回ってて、落ち着いたインテリアがかっこいい。
僕はそんな部屋のベッドに寝てて、目の前には白衣を着たもじゃ
もじゃ頭のおじさんが居て、…………おじさん!
「お、おはようございます!」
「はいおはよう。良く眠れたみたいだな?」
「はい! あ、そっか。おじさんに泊めて貰ったんだった……」
昨日、町に帰って来てワンワン泣いて、それからなんか色々あって、町の中に入れた僕。
まだ税金とか色々、払えて無いのに町に入れてしまった。なんか、兵士さんが言うには、後で払えば問題無い手続きをしとくって言われて、疲れてるだろうから休めって言われて、それでスラムに帰って来た。
「飯も用意してあるから、シャワーでも浴びて着替えろ。……ああ、お前の乗機、シリアスの方は整備終わってるからな。持って来た
「あ、はい! ありがとうございます!」
それから、シリアスの背中の色々とコックピットの中の
此処はその整備屋の中の居住区画で、平たく言うとおじさんのお家。
ドローンとかボットを使って色々とお仕事をする人で、結構大きいお店なのに一人で回してる凄い人だ。
おじさんの名前はオジサン・サンジェルマン。名前が本当にオジサンなのだ。
「……ああもう一つ、査定も終わってるからな。現金で受け取るだろ?」
「あ、そうですね。僕、端末も口座も無いので」
「口座は無理だが、端末くらいなこっちで用意するぞ?」
「いえ、せっかくですから、自分で買ってみます。これから色々買うようになるでしょうから、練習も兼ねて」
「そうかい。まぁそれも良いだろう」
整備屋にシリアスで乗り込んで、半殺しの
今までみたいに少量の
もしこれがおじさん以外からの提案なら、なんかとか穏便に断ったところだけど。僕はおじさんを信じてる。
「じゃぁ、下で待ってるから。さっさと来いよ」
「はい!」
言うだけ言ってお部屋から出て行くおじさん。見送ったら、僕も言われた通りにシャワーを浴びて、身支度をしてから部屋を出る。
借りたお部屋はそのまま、お客さん用の部屋らしい。
おじさんは稼いでる人なので、整備屋には水道も通ってる。オアシスに蓋をする形で建っている町ガーランドでは、かなり高額の契約をしないと水道が使えない。僕も四年ぶりのシャワーだった。
「服まで貰っちゃって、良かったのかなぁ……」
着替えた服も、おじさんが用意してくれた。
都市は中心と外周でビックリするくらい文明度に差があるけど、ネットワークで注文すれば中心部から速攻で荷物が届く仕組みくらいは、外周でも利用出来る。
僕はおじさんに体をスキャンされて、適当に服を注文されて、つまり今着替えた服は新品の物だ。新品に袖を通すなんて、これも四年ぶりの経験に成るだろうか。
拾い集めたナノマテリアルのツギハギ襤褸は、かなりお世話になったし愛着もまぁあったけど、ボロボロだったし普通に捨てた。
体をスキャンされた情報から注文された服は僕の体にピッタリで、灰色のカーゴパンツに白いシャツ。その上にかっこいいカーキ色のベストをつけて、なんか良い感じだ。久しぶりに普通の子供になれた気がする。
この服も、立派なナノマテリアルだそうだ。僕の着てた襤褸よりも当たり前に高性能で、砂漠の町でも快適に過ごせる。
「……そっか。僕、今日から頭にターバンを巻くような、古の砂漠スタイルを卒業したのか」
砂漠の町でも、パルスシールドに守られて、ナノマテリアルによって快適に過ごせる。お金さえあれば、物価に目を瞑れば普通の都市と変わらない生活だって送れる。僕はその仲間入りを果たそうとしている。
感慨深い。全部シリアスのお陰だ。毎日毎秒、シリアスの事が好きになってる。
お部屋を出て、かなりお金を使われた設備の割には見た目がレトロな内装を見ながら歩く。都市の中心部なら個人宅でも昇降機が当たり前なのに、おじさんはレトロな物が好きだから整備屋では階段が採用されてる。
段差を降りて、居住区画から整備屋のハンガー区画に。
「…………わぁ、シリアスがピッカピカになってる」
降りたそこは、シリアスくらいのバイオマシンなら六機も格納出来る規模のハンガーで、個人が所有するハンガーとしてはかなり大きな物だ。当然、スラムにある店舗としては破格。
階段を降りれば、その一角に座る僕の愛しい相手が見えて、僕の胸はそれだけでドキドキしてしまう。もう本当にダメだ。シリアスが好き過ぎる。
昨日も、僕はなんでか、兵士さんを相手に泣きながら色々とぶちまけて、シリアスに恋した事とか全部ゲロってしまったりして、思い出したら悶絶した。僕、何やってんだろう。
でも、それを聞いた兵士さんも、完全に変態な僕の事を笑ったりもしないで、優しくしてくれた。嬉しかった。
兵士さんは、「乗機なんて
「おう、来たか。さっさと飯食っちまえ」
「あ、はい!」
ハンガー区画の一角には、おじさんのポリシーが詰まったフルオープン事務所がある。
普通、こう言うのって個室と言うか、一室用意する物だと思うんだけど、おじさんは何故か、ハンガーの隅っこに机やら機材やら、何やら色々と事務仕事に必要な物を全部詰め込んで、ハンガーを全部見渡しながら仕事が出来るようにしてある。
給湯室の役割がある場所までフルオープンで、と言うか給湯室じゃなくてキッチンがついてる。食事も居住区画で食べないで事務所で食べる。おじさんの拘りらしい。
僕はおじさんに促されるまま、シリアスに手を振って朝の挨拶をしながら事務所のテーブルについた。シリアスはアームを振り返してくれた。
帰った時には、僕の知らない間に三機も仕留めてたシリアスは結構ボロボロになってたんだけど、今はもう、自分で捻じ切ったらしいキャノピーも含めてピッカピカの新品になってる。凄く綺麗だ。僕の恋人凄く綺麗。
砂色の装甲が綺麗で、ずっと見てられる。
「…………おいおい、大好きなシリアスちゃんをずっと見てたいのは分かるが、飯を食え」
「あっ、ぇぅあ、ごめんなさいっ」
指摘されて、恥ずかしくなった僕は、言われるままに食事を始める。
お客さんと商談する為の応接用テーブルに並べられた料理は、自動調理が当たり前の現代で珍しく、材料からおじさんが手作りした物だ。
こんがりトースト。カリカリベーコンエッグ。シーザーサラダ。ソーセージにポテトのポタージュ。
これ、材料を買うだけで結構な額だと思うんだけど。
「おじさん、これ、豪勢過ぎない? 天然物だよね?」
「ん? ああ、気にしなくて良いぞ。お前のお陰で稼げそうな額から見ても、端金だからな」
「そ、そうんだ……」
現代では、古代文明の危ない遺産と、敵国と、あとなんか色々と領土を奪い合ったりして、土地が足りない。バイオマシンが出て来る警戒領域のせいで開発出来ない土地が多過ぎる。
そんな中で、農業や酪農で食料を生産するのは非効率が過ぎる。場所が足りないのに土地をバカ食いする産業なんてやってられない。
だから、現代での食べ物は基本的に、合成食だ。
遺伝子改良で生産性を極限まで引き上げた虫とか、信じられない速度で増える藻とか、そう言うのを使って動物性、植物性に限らず生成出来るフードマテリアルを作るのが一般的。
フードマテリアルは専用の調理器にセットして使い、そうするとマテリアルを消費して様々な食材のイミテーションが作られる。
食材のイミテーションを作るか、最初から調理済みのイミテーションを作るかも選べて、調理済み至上主義と手料理愛好派閥が今日もしのぎを削ってるらしい。
で、今僕が食べてる料理だけど、これは天然物だ。フードマテリアルから生成したイミテーションじゃなくて、少ない土地を使ってお金持ちの人の為に態々育てた、本物のお肉や野菜、穀物が使われてる。当然ながらめちゃくちゃ高額だ。
どのくらい高額かと言えば、多分だけど、このカリカリベーコンエッグだけで七○○シギルくらいすると思う。このカリカリベーコンエッグだけで水ボトル百本分だ。
「……と言うか、もうお前もこっち側だからな? これから、お前もこんな天然物を当たり前に食える程度には稼ぐんだぞ?」
「ふぇえ……、実感が無いです……」
一般市民が月に三○○○シギル稼ぐ中で、ちょっと警戒領域に行って
生活水準が爆上がりして、使うお金の桁が最低でも二つは上がる。死ななければバイオマシンを持ってるだけで上級市民以上の生活が当たり前なのだ。
「特に、お前なんてオリジンに見初められた
「えと、ごめんなさい。
「当たり前だろ。死んだバイオマシンやその残骸を持って来るのと、生きたまま連れて来るんじゃ価値が違うに決まってんだろ。…………ああ、そうか。お前は賢いし、情報も大切にしてるが、流石に
もう完全に上客扱いになった僕は、おじさんから色々と教えてもらう。
「良いか? バイオマシンってのは知っての通り、生きてる。だから体を構成する
「…………うぇ、知らなかった」
「だろうな。お前が拾って来る残骸は、当たり前だがもう死んじまった
現代の技術力は古代文明と比べたらクソザコナメクジだ。
だけど、現代が古代文明の技術で真似出来ない代表は、
だから、僕は今まで、特に大事なのが
「…………また一つ賢くなってしまった」
「良い事じゃねぇか。その調子で、これからも俺に稼がせてくれよな」
そっか。
良く考えれば、当たり前だったのかも。だって、
「ごちそーさまでした。美味しかったです」
「お粗末さん。食器は置いといて良いぞ。片付けはボットにやらせる」
「はい」
食事が終わり、次はお金の話しだ。
お泊まりして、食事も出て、なんか身内みたいな扱いを受けているけど、僕って普通にお客さんだからね。おじさんにシリアスの僚機を三機も売って、それでシリアスの修理も依頼したお客さんだ。
「んで、だ。とりあえず、シリアスの修理代金の見積書…………、いやもう修理終わってるから見積もりもクソも無いんだが、とにかくそっちは後にして、まずは
結論から言うと、シリアスの僚機は合計で二八○万シギルで売れた。ビックリしすぎて僕は椅子から転げ落ちた。
「にひゃっ……!?」
「だから言ったろ。
た、大金過ぎて、意味が分からなくなってる。
三○○万シギルって、何万シギル? え? まって、水ボトル何本買える? 最低グレードの民間レーションが三○○万個買えるの?
えっと、一日三食として、………………二年と七ヶ月分の食事が買える?
「…………た、大金だッ!」
「そりゃそうよ。早いとこ口座作れよ? 流石に三○○万シギルの札束をシリアスに乗せとくもんじゃねぇだろ」
そ、そうだよね!
三○○万シギルとか持ち歩いてたら大変だよね! スラムでそんなお金持ってたら殺されちゃうよ!
納税して市民権を待ってる人ならまだしも、不法滞在してる孤児なんて、行政側からしたら『居ない事になってる』ゴミなんだから、殺されても文句言えないんだ。
…………あ、いや、だから三○○万シギルから税金払えば良いのか。そっか。そうすれば僕も行政頼れるし、市民権を持ってる僕を殺せば、口に出すのも憚られる程に凄惨な制裁が入る。帝国は法に煩い国だから、法を破ると凄い事になる。
不法滞在してる僕ら孤児が今も生きてるのは、帝国の法律にどんな立場の人間にでも最低限の人権を与えるって言うのがあって、それと相殺される形で済んでるからだ。
だから『居ない事になってる』と、僕らは目零しされてる。
「し、市民権っていくらかな……」
「あ? 市民権なんて買わなくても、傭兵になれば良いだろ? むしろ市民権買うと都市間の移動が制限されるから、面倒だぞ?」
「……あぁ、こんな事になるなんて思って無かったから、そっちの方の知識が全然足りない」
べ、勉強しないと。なにかやらかしそうで怖い。
「いや、と言うか、極論お前、もう市民権持ってるぞ?」
「…………はぇ?」
いや、僕まだ、シリアスの入場税すら払ってないんだけど?
兵士さんが手続きしてくれて、一ヶ月以内なら待って貰える様になってる。だからおじさんにシリアスの僚機さんを売って、そのお金で色々払おうと思ってたのに。
「…………まぁ知らねぇか。いいや教えてやる。あのな、今のお前は身寄りの無い孤児で、無納税の不法滞在者で間違い無い。だが、オリジンに認められた
「……ぼ、僕が、お貴族様?」
「そうだ。例えば俺が今、お前の頭をぶっ叩いたとする。そんでお前がその時に名誉子爵身分を主張したとする。すると、俺はお貴族様の頭をぶっ叩いたクソ不敬な帝国臣民として処分される」
「うぇぇぇえええええ…………」
な、なんかとんでも無い話しになってる。
「ぼ、僕、おじさんに叩かれても、文句なんて言わないよ……?」
「んな事分かってるわ。でも覚えとけ。お前は今、何時でも貴族に変身出来る権利を持ってんだ。だからスラムのゴミ共になんかされたら、クソほど脅してやれ。なんなら、今までの鬱憤晴らす為に片っ端から殺して来ても良いぞ? 流石に何もしてない市民とか殺して回ったら子爵身分でも処分されるが、スラムのゴミくらいならいくら殺しても大丈夫だろ。不法滞在者は『居ない事になってる』からな」
「そ、そんな事しません!」
今日まで必死にトラブル回避して来たのに、自分からトラブルの争点になるとか冗談じゃない。
襲われたら殺し返すのも吝かじゃないけど、自分から殺しに行くほど僕は凶暴じゃないよ。
「いや、て言うか、たしかガーランドって伯爵領でしたよね? そんな巫山戯た事して伯爵様に目を付けられたら、死んじゃうじゃないですかっ!」
「あー、まぁ、確かに下の身分をぶっ殺すなら、上の身分からぶっ殺されても文句言えねぇかもな。流石に貴族身分で即処刑とかは無いと思うが」
なんか、町に居るのも怖くなって来た。
早急に必要な知識を手に入れる必要がある。ちくしょう、クソ親父のせいで学校にも行けなかったのが悔やまれる。
「おお、そうだ。それでラディア、お前どうする? 大金手に入ったが、シリアスのカスタムとかするか? もちろんウチでやってくだろ?」
「………………! シリアスのカスタム!」
権力とか暴力とか怖い怖いと怯えてた僕は、素敵な話題に食い付いた。
シリアスは現在、古代遺跡で生産されたままの状態だ。つまりゼロカスタム。武装も尻尾のニードルしか無くて、射撃武器すらひとつも無い。
これから警戒領域でお金を稼ぐなら、武装は僕とシリアスの生存率に直結する。
「まぁ、ゼロカスタムで三機も
「要ります要ります! カスタム! シリアスのオシャレ!」
「…………俺も長い事整備屋やってっけど、武装を乗機のオシャレって言うやつは初めて見たぜ。…………いや、ウチの客層が悪いだけか? お上品な
僕も言ってると思う。女性の
「…………あと、ラディアお前ちょっと勘違いしてそうだから教えとくが、普通は武装しててもバイオマシンの
「そう、なんですか?」
いくらシリアスが凄いからって、ゼロカスタムでも出来たことなら、ちゃんと武装したバイオマシンに乗る
「警戒領域のランクにもよるが、野生のバイオマシンは別に俺らを絶対にぶち殺したい訳じゃ無いからな。不利になれば逃げるし、下手に
「…………そっか。そうですよね。バイオマシンだって生きていたいから、同胞を食べたりするんだから。死にそうになれば逃げるし、逃げられないなら決死の抵抗をしますよね」
「そうだ。いくら稼ぎが良くても、そんな危険な仕事なら仕留めてから
…………なるほど。費用対効果って言うか、利益効率って言うか、当たり前の事なんだけど、一機で一○○万シギルとか大きい値段が着いたから意識が薄れてた。
「……今更なんですけど、現代でも
聞いてて、そんな事も疑問に思った。
今までは
「あー、そりゃお前アレだよ。…………あー説明がめんどくせぇ。色々理由があるんだが、まずお前の勘違いを一つ正しといてやる。
おじさんの説明は
けど、ビックリする内容ではあった。
「現代では作れないのに、
「もちろん、処置された正規品を買うなら結構高ぇぞ? ただ、沈静化処置にかかる手間がお前が思ってるよりずっと面倒なんだ。それに作れないとは言っても、古代遺跡からコンスタントに、無限に供給されるのも事実だろ? つまり希少価値って意味では値が付かん。警戒領域からいくらでも持って来れるからな」
「……なるほど。言われてみれば、確かに」
「そんで、現代でも
つまり、
「あと、
信じられない額が出た。
「これもお前は知らないだろうが、基本的に
「…………つまり、もしサソリ型のバイオマシンが売れなくなって、どんどん市場から消えていったら、デザリアの
「おお、そう言うこったな。やっぱお前は賢いぜ。大事な場所にちゃんと気が付く」
褒められて嬉しい。
おじさんに、こんなに構われた事も無いから、なんか朝からずっと背中がムズムズする。
それからしばらく、僕はおじさんに色々な事を教えて貰いながら、気が付いたら整備屋が開店する時間になってた。
おじさんも忙しいとは思うけど、開店準備とか色々、必要な事はボットとドローンがやってくれるみたいで、朝のおじさんはのんびりしてる。
「ま、俺はもう仕事だからよ。お前もさっさと、傭兵登録と口座の解説と、情報端末買いに行けや。最低限それだけやっとかねぇと、なんも出来ねぇぞ。…………ほれ、買取金の一部だ、残りは預かっとくから」
おじさんから一○○シギルが詰まった札束を二つほど投げ渡されて、慌てて受け取る。
帝国の通貨シギルは、一シギルと五シギルが硬貨で、一○シギルから紙幣だ。電子決済の利用率が七割を超えてるので、栄えてる場所ほど見る機会が減るけど、端末も持ってない僕には現金の方が馴染み深い。それも硬貨に限った話しだけど。
札束とか初めて持ったよ…………。一○○シギル札が一○○枚で一万シギルの札束だ。金額がデカ過ぎる。
この一○○シギル札が一枚あったら、もうそれだけで暫く暮らしていけるのに、それが一○○枚二組投げ渡されて、しかもこれは預けてあるお金のほんの一部なのだ。
実感が無さ過ぎる。
「さ、札束をポケットに入れるとか、凄い悪いことしてる気がする……」
「ふはっ、馬鹿お前、そりゃ周りのクズ共が稼いだ汚ぇ金と違って、シリアスとお前が真っ当に稼いだ綺麗な金だろうがよ。悪い事なんてありゃしぇね。良いからさっさと端末買いに行けや。ウチはペーパーのカタログなんて置いてねぇから、シリアスのカスタムすんなら端末無いとカタログすら見れねぇぞ。…………あ、一応ブラスター持ってけ。何が有るか分からんから、武器くらいは持っとけ。貸してやる。後で返せよ? 襲われたらぶっ殺しても名誉子爵身分でなんとかなるから、躊躇うなよ?」
そう言ったおじさんは、自分の腰にある銃をホルスターごと僕に投げ寄こした。レトロが好きなおじさんが好みそうな、炸薬系銃器独特の無骨なデザインがカッコイイ拳銃だ。
でも確かこれ、中身はパルスブラスターなんだよね。排莢とかしないのにブローバックまで再現された特注品だ。
好意に甘えて、僕はホルスターを腰に付けた。それから、もじゃもじゃの頭をガシガシ掻くおじさんにシッシッと手を振られ、僕はシリアスと一緒に外に出た。
外は見慣れたガーランドのスラム。中心部は綺麗なビル群なのに、外周区であるこの辺りは、文明に取り残された寂しさを覚える場所だ。普通の建物やバラックみたいな簡易住宅がゴチャゴチャと並んでいて、中心部との格差が凄い。
太古の時代では壁か屋根か床のどっかしらが欠落してる建物とその集まりがスラムの定義だったらしいから、それと比べるとこのスラムはまだマシな方だろうか。その定義通りの建物も有るけど、大体は雨風がちゃんと凌げる建物だから。
まぁ雨とか無縁な砂漠なんだけどさ。極々たまに、奇跡みたいな確率では降るらしいけど、僕はまだ見た事ない。と言うか降ってもパルスシールドで弾かれて、町の外側にある機構で貴重な水分として回収されるはずだ。
「うん、行こうか」
見慣れた場所をシリアスと歩く。
コックピットには乗らず、シリアスでも通れる大きな道を、シリアスと一緒に歩くのだ。ポジションはシリアスの頭の辺り。
ガションガションと独特の足音が可愛い。この音は、バイオマシンに内蔵された何とかアブソーバーって言う衝撃緩和システムが作動してる音らしい。
「…………えへへ、ねぇシリアス。これってデートかな?」
右ガチガチ。何となく聞いてみたら、すぐに肯定された。
シリアス公認でこれはデートになった。嬉しい。
「あ、そうだ。僕も端末買ったら、シリアスともっとお話し出来るかな? シリアス、兵士のお兄さんの端末にテキスト送ってたよね?」
右ガチガチ。マジか。お話し出来るらしい。嬉しくて死にそうだ。
「嬉しいなぁ。楽しいなぁ。…………こんなに幸せで良いのかな」
スラムを歩けば、物凄い注目を浴びる。コックピットにも乗らないで連れ歩いてるんだから、当たり前なんだけど。
見るからにみすぼらしい格好の人達が、老いも若きも僕を見る。パリッとした綺麗な服を着て、世界で一番素敵なバイオマシンを連れた僕を見る。
優越感、とかは特に無い。なんと言うか、実感が無いんだ。
僕としてはまだ、自分が彼らと同じ存在だと思ってて、だから自分が今間違い無く彼らより上に居ると分かってても、なんか、こう、同胞的な意識を持ち続けている。
「…………あぁ、そっか。僕もう、中央のお店とか使って良いのか」
無意識的にスラムの中の店舗を使おうとしてたんだけど、良く考えなくても中心部で買った方が品質も良いだろうし、傭兵の登録とか口座の開設とかもそっちの方だ。端末だけ此処で買う理由が無い。
「やっぱり、実感が無いなぁ」
僕がまさか、中心部のお店とか使えるようになるなんて。
中央に近付けば近付くほど、ガーランドの町並みは綺麗になる。都市の職員さんが毎日しっかりと清掃してるから、凄く綺麗だ。僕みたいな薄汚い孤児が長居しちゃダメな気がして、あんまり行かないようにしてる場所だ。良く行くけど、ずっとは居ない。
たまにゴミとか落ちてるけど、ガーランドは綺麗な町だから、景観を壊さないようにデザインされた超高性能クズカゴが色んなところに有るので、すぐにポイって捨てられる。良い町だ。人の視線は冷たいけど、優しさにお金がかかる場所だけど、普通の良い町だと思ってる。
不法滞在者である僕が、用事が有れば町の中心部を歩くくらいは出来る。それだけでも凄く良い町なんだと思う。
人々が僕に優しくないのは、僕が不法滞在者で、孤児だからだ。きっと、ちゃんとした人権があったら、住みやすかったんだと思う。物価は高いけど。
民間レーションの値段は国が保証してくれるから一シギルで買えるけど、そうじゃなかったら三シギルから五シギルくらいしたかも知れない。そのくらいガーランドの物価は高い。
ガーランドは辺境の局地にあって、普通の都市間なら比較的安全に物流を通せるから物の価値が安定してるんだけど、ことガーランドに至っては物流を通すのに警戒領域が何個も邪魔をして、輸送費がクソほどかかる地域なのだ。大水道すら通せないから、オアシスを利用した都市完結型の水道システムを構築する必要があったくらいだ。
この町に入って来る物は大体が傭兵の護衛を伴ったガチガチの輸送によって運ばれて来るので、そのせいで物価が爆上がりする。
その代わりにランクの低い警戒領域が近く、駆け出しの傭兵でも
「……僕も傭兵になるとして、どのタイプになるのかな」
傭兵にも種類が居て、別に
まずバイオマシンを生産し続けてる古代遺跡が存在する場所、警戒領域に踏み入って
次に都市間の物資輸送や個人の商家なんかの護衛を専門にする『運び屋タイプ』。これは依頼を受けて護衛じゃなく輸送その物も請け負うタイプの傭兵もこれに分類される。
三つ目は大きな都市には大体あるバイオマシン同士の戦闘を見世物とする『剣闘士タイプ』。アリーナで有名になればファンとか出来るらしい。ちょっとしたアイドル業でもある。
最後に、戦争に参加して稼ぐ傭兵らしい傭兵、そのまま『傭兵タイプ』。これは説明とか要らないだろう。
例外として、表向きは普通の傭兵だけど悪い事を専門に請け負う殺し屋タイプとか売人タイプとか、仕事を選ばず稼げるなら何でもやる万事屋タイプとかも居るみたいだけど、大体は前述の四つになる。
「正直、全部興味有るんだよね」
でも、シリアスと一緒に戦った数十秒は、ちんちんがおっきするくらい楽しかった。だから、アリーナと戦争も興味ある。正面からの殴り合いを極めた人が沢山居るだろうアリーナも、父が僕を置いて行っちゃうくらい楽しかっただろう戦争も。どっちも。
それに都市間輸送も楽しそうだ。シリアスと一緒に都市を渡り歩いて、色んな景色を見て沢山デートするんだ。絶対に楽しい。
「…………戦争も良いなって思ってる時点で、僕も結構ヤバい人だよね」
バイオマシンに乗って戦争に参加するなら、それはハッキリと人を殺す事に他ならない。
それを「やって見たい」と思ってる僕は、完全に異常者だ。
シリアスと駆け抜けたあの一瞬。魂がヒリついてドキドキした至高の時間。あれがずっと続く
「どれにしようかなぁ。やっぱり全部やりたいし、万事屋が良いかなぁ?」
僕はそんな事をシリアスに相談しながら、スラムを歩いた。
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