閑話 羨ましい。



「----ッッッぁぁぁぁぁああああ羨ましいぃぃいッ!」


 ダンッ、とグラスをテーブルに叩き付ける。

 一杯で二○シギルと、公僕にとってはクソ高い酒が並々と注がれ、そしてたった今一瞬で中身が胃の中に消えたグラスは、なかなか良い音を奏でた。

 感情を何かに叩き付ける為の行為でしか無かったそれは、しかし思ったよりも小気味良い音が鳴ったお陰で気分が良くなったルベラは、たった今、かなり勿体ない飲み方をした酒をもう一杯、ウェイトレスに注文した。

 端末を使えばすぐに済む注文に態々わざわざウェイトレスを通すのは、単純にウェイトレスが可愛いからに他ならなかった。


「どうしたよルベラ。荒れてんだか喜んでんだか分からねぇテンションで管巻いてんじゃねぇよ。俺もどんな対応すりゃ良いのか分からんわボゲが」

「だってよぉ…………!」

「なーにがあったんだよ。聞いてやるから、落ち着けや。て言うか聞いて欲しくて飲みに誘ったんだろテメェ。さっさとやボケが」


 落ち着いた調度に、出す酒と料理の質も悪くない店で有りながら、そこそこの喧騒も許されると言う稀有な酒場で、砂漠の町ガーランドの兵士であるルベラは、部署が違うが同期で、それなりに仲の良い同僚カラザットに絡んだ。


「今日はよぉ、俺はゲートのシフトでよぉ……。なぁ、信じられるか?」

「いや、お前がゲート担当なのは全面的に信じるわ。お前の兵士課じゃん。何もおかしくねぇわ」

「そこじゃねぇよ!」

「じゃぁさっさと話してぇ話題に入れやボケが! 語り入る前に酔ってんじゃねぇよボケ!」


 カラザットの言うとり、ルベラは既に出来上がっていた。彼が追加注文した高い酒がその証拠。ルベラが素面しらふに近い状態であったなら、間違い無く二杯目はもっと安い酒にしていただろう。

 彼はきっと、明日に酔いが覚めてから自身の財布か電子決済記録を見て青ざめる事になる。


「それがよぉ、今日のゲート勤務してたらよぉ、信じられるかー? なんと、警戒領域から……………………」


 酒が入り、アルコールが思考を焼き、舌が回り始めたルベラはもう既に楽しくなっている。

 これから語る内容もそうだが、既にそれっぽく語るだけでも楽しくなってしまう程に酔っている。きっと次は食器が音を立てるだけで笑えてるくだろう。


「………………………………オリジン様がご来訪なさったんだわ」


 引きに引き、やっと核心を口にして半ば満足したルベラ。対してカラザットは呆れも含んだ冷ややかな視線で酔った同僚を見た。


「はぁ、お前……、引きに引いて何を言い出すかと思えば……」

「あーん? んだよ、飛びっきりのニュースだろうが?」

「まぁな。とんでもねぇニュースだろうさ。……それが事実ならな?」


 平たく言えば、カラザットはルベラの語りを既に九割はガセネタと判断していた。判断材料はルベラが注文した高級酒の二杯目と、ルベラ自身の日頃の態度だ。信憑性は充分だろう。

 今日以外であればその判断材料は中々に確度が高い情報だったはずだが、しかし今日に限っては間違って居た。

 ルベラはほんの少しも嘘を口にする必要は無く、そして事実のみを伝えてそれを真実だと証明すれば、それだけでどんなよりも同僚を驚かせるに足るからだ。

 よってルベラはカラザットの意識が一信九疑から半信半疑くらいになるまで、特に追加の情報を出さず、ただカラザットに向けてニヤニヤと笑っていた。


「………………まさか?」


 ルベラが酒を飲んだ弾みに語る、何時いつもの騙りとは反応が違うこと。そして演技がド下手クソな男としても有名なルベラが見せる確固たる自信が、つまり最低でも自信は本物で、仮にガセネタであっても、ルベラ自身はソレを本当だと信じている情報なのだとカラザットは判断した。

 しかし、それでもやっと半信半疑くらいなので、二人の信頼関係が伺い知れる。


「……おうよ。マジなのよぉ」

「少なくとも、お前はそう信じきってんだな?」

「あーん? この俺が、今世紀最大の勘違いでもしてるってかぁ?」

「お前の勘違いは日常茶飯事だろうが。テメェの『今世紀最大』は何回あんだよボケが。楽に更新出来ちまうレコードなら一々記録なんか付けんなボケ」


 ルベラの演技はゴミなので、此処まで自信満々であれば半信半疑で聞く程度の価値は発生する。何故ならルベラの演技はゴミだからだ。繰り返しになるが、ルベラと言う男の演技は非常に無価値なゴミである。

 どの程度のゴミかと言えば、この男が今回と同程度の自信を演技によって披露したならば、それを見たカラザットは「……どうした。リピートスナックの当たりでも出たか? はぁ分かった。おら、待っててやるから、さっさと貰って来いボケ」と言われる。

 リピートスナックとは梱包の中に五パーの確率で当たりクジを示すカードが入ってる菓子類で、当たりクジを店舗に持って行くともう一つ同じ商品が無料で貰えるスナック菓子だ。

 つまりオリジン来訪級のとくダネを抱えた自信を演技すると、この男はスナック菓子の当たりクジに化けるのだ。実に演技力粗大ゴミと言える。産業廃棄物一歩手前だ。

 ちなみにルベラが本当にリピートスナックで当たりクジを引いた日は、「……おまっ、どうした。昇進でも決まったのか?」とカラザットに言われていた。やはり粗大ゴミである。

 なので、逆に言うとリピートスナックの当たりくじ程度でも昇進と見紛う程に自信が隠せず迸る男なので、カラザットは此処でやっと真面目に聞く気になった。

 何故ならそこまで信じ切ってるなら、ネタがガセでもマジでもカラザットは損をしないから。信じてたネタがガセだった時のルベラの顔面は、笑いの神が降りるのだ。


「で?」

「聞きてぇか」

「テメェが聞かせてぇんだろうがボケ。さっさとさえずれボケが」

「んもぉ、カラザットは仕方ねぇ奴だなぁ……」


 カラザットは、ルベラの酔いが進んで絡みが一等ウザくなる頃合だと理解しつつも、我慢した。ルベラに降りる笑いの神は、ルベラの酔いが深い程に神格が高くなる。そしてカラザットは既に情報端末の撮影機能を起動してスタンバイモードにしている。笑い神が降りた瞬間を、カラザットは逃すつもりが無かった。

 しかし、カラザットの思惑は早くも外れる事となる。ルベラが珍しく、本当に珍しく、早々にネタの『証拠』を差し出したのだ。


「………………ほぉーん。良く出来てんな?」

「加工じゃねぇよ」

「加工は疑ってねぇよボケ。でも仕込みだろ?」

「バーカ。良く見てみろ」


 ルベラが差し出したのは、自身の情報端末。そのホロ画面に流れるムービーデータ。

 そのムービーの中では、ガーランドの西にある警戒領域へ繋がるゲートの傍で、ガーランド西域の警戒領域では良く見掛けるバイオマシンであるデザートシザーリアが映っていた。

 ルベラがオリジンとうそぶくそのデザリアは、自らのパイロットとボディーランゲージを用いた何らかのコミュニケーションを取っており、時折デザリアが自身のシザーアームを器用に動かし、パイロットの頭を繊細な動作で撫でていた。

 明らかに普通のバイオマシンには無い動きであり、デザリアが自らの意思で動いてる様にも見える。

 現代人が乗るバイオマシンとは、基本的に古代文明由来の陽電子脳ブレインボックスを何らかの手段で入手し、その後に陽電子脳ブレインボックスへ宿る知性を様々な手段で物を機体に積んで、それでやっと現代人にも乗れる仕様になるのだ。

 しかしそうすると、当然の事ながら陽電子脳ブレインボックスに宿る知性は著しく活動を阻害される。最悪は自我の破壊、ないし消去される。

 そんな陽電子脳ブレインボックスが積まれた現代人用のバイオマシンは、控え目に言うと

 コックピットからの操縦で入力された駆動以外は一切行わず、パイロットが声をかけても反応せず、まさに機会。正しくロボット。そんな有様だ。

 それらとムービーのデザリアを比べたなら、このデザリアがオリジンである事は確定的に明らかであり、もはや疑う余地も無い程に

 しかし、何事にも裏や仕掛けという物があり、カラザットはそれを疑っている。


「ソイツがよぉ、くっだらねぇ仕込みなんかするかよ」

「…………あん? もしかしてコイツ、黒ちびかッ?」


 カラザットが疑うのは仕込み。つまり、デザリアの中に別のパイロットがこっそり仕込まれていて、オリジンを騙ってオリジンの様に振る舞うデザリアを演じている。もしくは、現代人用の機体に簡単な曲芸を行わせるプログラムを走らせ、パイロットの方が機体のプログラムに合わせて違和感を持たせないような演技をする。そのどちらかだろうと睨んでいた。

 オリジンとは、平たく言うと全機兵乗りライダーの憧れである。

 自分の愛機と意思疎通をし、息の合ったコンビネーションによって個人以上の力を発揮する。

 口にするのは簡単で、思うだけならチープである。だが現在確認されている古代機乗者オリジンホルダーは全員、同じ言葉を語るのだ。

 それは『最高の一体感』だったと。

 常に噛み合ったりはしない。オリジンとパイロットは別の生き物であり、それぞれ別の思考が有るのだから、常に思惑や操縦が一致る方がおかしい。

 しかし、一度ひとたびオリジンとパイロットの機動が噛み合えば、バイオマシンの力はカタログに記載されたスペックを鼻で笑いながら飛び越え、何処までも行けそうな全能感がオリジンとパイロットの精神を繋ぐ。

 ガーランドを擁するラビータ帝国で現在確認されている古代機乗者オリジンホルダーは二名。周辺諸外国の古代機乗者オリジンホルダーを集めたとて十人にも満たない。

 しっかりと実在し、伝説と呼ばれる程の希少性では無い。が、確かに希少な存在なのだ。人口が三億を超える帝国であっても、たった二人しか国内に居ないくらいには、超スーパーウルトラ稀少なのだ。

 そんなオリジンに乗るパイロットは、そのオリジンに見出された機兵乗りライダーであり、何の比喩でも無く文字通りにである。

 憧れと、権威。

 此処まで条件が揃えば、むしろ騙りが居ない方がおかしいと言うもの。つまり、当然の事ながら居る。オリジンに選ばれたと騙り、自慢し、時には良い目を見た後に報いを受けた愚か者が、相当数。

 カラザットはムービーに映るパイロットもその一人かと思って良く見れば、しかし、何やら見た事がある顔だった。


「……これ、マジで黒ちびか?」

「おう。黒ちびだ」


 ガーランドに棲み着いた孤児の中で、恐らく最も公務員に好かれている有名な孤児である。

 と言っても、良識のある公務員の中では、と言う但し書きが着くのだが。


「…………おいおい。これが騙りじゃなく、本当にあの黒ちびが、このガーランドの警戒領域で、オリジンを見付けちまったって言うならよ。…………そりゃぁテメェ、…………………………超目出度いスーパーめでてぇじゃねぇかよッ!」

「…………だろッッッ!?」


 五年ほど前からガーランドに居て、四年前には父親が消え、そこからずっと貧しく、ギリギリを生きて、しかし絶対に腐らず、どれだけ苦しくても不法滞在以外の法は犯さず、健気に、ただずっと正しく生きて来た。

 そんな一人の孤児が、実は兵士や都市清掃員など一部の公務員の中で一定の人気と支持を集めていたりする。平たく言うと愛されている。

 通称『黒ちび』の愛称で見守られる黒髪の孤児。名前はラディア。


「マジか。マジかぁ。テメェ先に言えよボケが殺すぞ。黒ちびがついに、ついに最下層から出て来れたのかッ……! おまっ、こんな特ダネ黙ってたらテメェ、清掃課のにボコられるぞ?」

「…………あぁ、やっべ」

「……知らねぇからな」


 青くなって酔いが醒めてしまったルベラと、呆れ顔のカラザット。まさにこの二人の腐れ縁を繋いだのもラディアであり、他にもラディアはガーランドに対するいくつのもがある。公務員の間ではひっそりと『小さな公務』と呼ばれる成果だ。

 ラビータ帝国の法律では、スラムの孤児は立派な犯罪者だ。納税義務を怠り不法に町や都市に滞在している、悪である。

 ガーランドの職員は公務員である事と、孤児に対する妙に当たりの強いラビータ帝国の法律が邪魔をして、誰もがラディアを助けに行けなかった。

 だが、もし、もう少しでも、あと少しでも法が緩かったなら、ラディアの元には何人ものが押し寄せて、養子縁組を提案していた所である。

 少年ラディアは、孤児で有りながら法は犯さない。何があっても絶対に。不法滞在以外の法は犯した事が無い。

 スラムの悪党共に殴られても、その日買った水のボトルを故意にひっくり返されて渇こうとも、どんなに誘惑されようとも、少年ラディアは絶対に法を犯さなかった。

 帝国の規定通りなら町の規模なのに都市と言い張る変な町ガーランドに於いて、現在都市内で確認されている孤児全員の中で唯一、ただの一回もになった事が無いのが少年ラディアだった。


「黒ちびがなぁ、とうとう納税者か。目出度いめでてぇ。あー、良い日じゃねぇか」


 むしろラディアは、都市内で困ってる人が居たならばさり気なく巡回の兵士に教えたりする。そして兵士がそこに駆け付け、住民や都市外から来た客に兵士が感謝され、ガーランドの兵士は気が利くし誠実だと評判も実績も上がる。

 ラディアは兵士に面倒事を持って来ない上に、さり気なく仕事の手伝いまでする。仕事をキッチリ熟すタイプの兵士は皆、ラディアが好きである。逆に仕事を嫌がるタイプのクズはラディアを蛇蝎の如く嫌っている。彼らにとってラディアは普通の職務めんどうごとを持って来る生意気で薄汚い不法滞在者だからだ。

 そして真面目なタイプの兵士には女性も当然居て、そんな女性兵士はラディアをイジめるクズ兵士を白眼視、そして女日照りでイラついたクズ兵士がラディアをイジめるデフレスパイラルが形成されている。ラディアに取っては良い迷惑だ。


「後で、色々見せてやるよ。オリジンから貰った黒ちびの魂の叫びシャウトが全文テキストに残ってんだ」

「なんだそれ。後と言わず今見せろや殺すぞボケが」


 他にも、都市の清掃員もラディアを良く見掛け、その度に感心している。

 誰も気が付かない様な道端のゴミにさっと気が付いて、手が汚れようとそれを拾い、近くにあるクズカゴに捨てる。たったそれだけの事。むしろ清掃員は都市の住民にこそそれを求めたい当たり前の心掛け。それをラディアは、町に居る間は基本的に毎日やっていた。手癖レベルで、無意識に、ゴミを見付けたらサッと、誰に頼まれずともソレをやっていた。

 ゴミを拾う姿を都市の住民に見られ、汚いと蔑まれ、指をさされて笑われても、ラディアはゴミを拾ってクズカゴに捨てる。なんなら、都市内に設置してある万能分解機クズカゴの位置を全て正確に把握してすら居る。

 孤児だから、薄汚い不法滞在者だからとゴミを投げ付けられても、ラディアはその投げ付けられたゴミも拾ってクズカゴに捨てるのである。文句も言わず、なるべく自分が綺麗な場所に居ないように、そこを汚さないように、ささっとゴミを捨ててスラムへ消えるのだ。

 都市清掃員は七割が年齢四十から六十程の女性で、残りの人員もだ。

 襤褸しか着れずともなるべく身綺麗にと心がけ、都市の清掃を砂漠に出ない日は毎日、無意識レベルで自主的に清掃を手伝っているラディアは、清掃員全員からヤバいレベルで愛されている。

 清掃員達はどうにか法の穴を突いてラディアを助けたり、あわよくば養子縁組出来たりしないかと頭を悩ませている。噂レベルだが、清掃員に割り振られる予算の一部で、「黒ちびちゃん予算」が組まれているとか、いないとか。……あくまで噂である。

 そして当然ながら、ラディアの事が大好きな清掃員達は、ラディアにゴミを投げ付けた愚か者は住民だろうと都市外からの客だろうと、清掃員が直々に『都市内に於ける美化活動を妨げる悪質な迷惑行為』の罰金切符を持って押し寄せる。

 清掃員は絶対に、何があっても、ラディアにゴミを投げ付けた愚か者にはその分の制裁を課す。確実にやる。そんな具合にラディアを愛している。

 ガーランドの清掃員はしっかりと国家資格を持つ公務員なので、清掃員に罰金切符を切られた場合は速やかに支払わねばならない。最悪の場合は資産差し押さえまで発展する場合もある。


「…………おま、これっ、泣くっ」

「やべぇよな。これ清掃課に見せたらその日の都市美化活動は全面的に止まるぜ」

「………………黒ちび、あいつ、こんっ、こんな辛かっ、ぐずっ」


 ラディアが都市で行ったはそれだけに留まらない。

 本来はラディアの様な無納税不法滞在者を何よりも嫌うはずの、ガーランド税務課。彼らもラディアが大好きである。

 納税滞納者が監督官からバックれ、都市内で隠れた場合、ラディアに聞けば八割方知っている。

 ラディアは幼いなりに頭が良い。情報の大切さを大人よりも良く知っていた。

 だから孤児として、日陰者として、大人と悪意に潰されない様に、ラディアは様々な情報を細々と拾って、それらを繋げて、トラブルを避ける習性がある。

 そして納税を踏み倒す様な輩は、何かとラディアみたいなグレーな存在と生息域が被ったりする。そのラディアに聞けば、アホの居場所など大体分かる。

 町なのに都市であるガーランドの納税率は、実のところラビータ帝国の中でも結構な上位にあり、その影にラディアが居た。

 他にも、都市の運営を司る行政のいくつかは、ラディアの存在をしっかりと認識し、その一部はラディアの恩恵に預かっている。

 少年ラディアは不法滞在以外の法を犯さない。それはつまり、都市の法をしっかりと把握していて、何が良くて何が悪いのか、それをハッキリと知っているのだ。

 都市の一部、しかしまばらで、かなり深い所に居る方々は、結構な確率でラディアを認識し、好意的に捉えている。

 ラディア自身は知らないが、都市も結構ラディアに対して甘く、そしてラディアのピンチを救っていたりする。ラディアをイジめるクソ兵士等はその事実が知られる度にガンガン減給処理がされたりしてる。

 その手の事実が、優遇が、逆にラディアを大いに苦しめている事も、お互いに知らない。

 ラディアに無体を強いると、かなり高確率で行政が出張って来る。あらゆる分野、あらゆる形で相応の制裁を加えて来る。

 それを四年の間にしっかりと把握した後暗い奴は、ラディアに相応の態度を取る。

 一番顕著なのは無視だろうか。

 ラディアが命懸けで持って来る生体金属ジオメタルが、とあるちょっとグレーな整備屋でしか買い取って貰えないのは、ラディアが孤児であり、ラディアは自分の身の程をしっかりと弁えて、都市の明るい場所正規の店舗を利用しないからであり、明るい場所以外に軒を構える業者は大体、ラディアに関わると行政が飛んでくると思ってラディアを締め出すのだ。

 それが不当だとしても、買い取りを拒否するのは店側に許された正当な権利であり、流石に行政も何も言えないのだ。

 そんな善意のニアミスが度々起こり、お互いに知り得ず、だからこそ改善せず、結局ラディアはガーランドで誰かを過度に信用する事を止めた。ラディアがガーランドで心の底から信用している人間は、三万を超える人口が居る都市に関わらずたった二人しか居ない。

 都市と言い張る変な町ガーランドは少年ラディアが大好きなのに、ラディアはガーランドから心底嫌われていると思っている。


「……俺も上酒一杯、イっとくかぁ。いやぁ目出度めでてぇぜホントによぉ。このボケがよぉ」

「何にもねぇならボケ呼ばわりすんじゃねぇよ馬鹿が」


 しかし、だからこそ、ラディアが突飛とは言え正規の手順で躍進した事実が、公務員には何よりも嬉しかった。

 税務課の方々だけはラディアがスラムを抜けると情報網が死ぬと脂汗を流すだろうが、概ねラディアを認識している人間の殆どは、この事実を知ればその日、ちょっと良いお酒を開けるだろう。そしてその日はリカーショップの売上が不自然に伸びて、仕入れの担当を悩ませるだろう。


「おお、そうだ。テメェ結局、何が羨ましかったんだよ」

「あーん? おまっ、そんなの決まってんだろ馬鹿がよぉ」

「あー? やんのか?」

「おん? 表出るかぉ?」


 しかし出ない。二人ともアルコール除去剤は持っているが、まだ使うつもりも無く、良い感じにフラフラなのだ。外になど出たくない。


「俺はよぉ、羨ましくて堪んねぇんだよぉ」

「あー? いや、そりゃバイオマシンに乗ってる奴なら、オリジンなんて千人が千人羨ましがるだろうが」

「ちげーよバーカ。確かにオリジンそのものも羨ましぃぜ? けどよ、俺が羨ましいのは違ぇんだよ。あのデザリアだ。コイツ自身が羨ましいんだ」

「…………この機体か?」


 二人で再び見るムービーには、ラディアの愛機となったオリジンのデザートシザーリア、シリアスが映っている。

 パイロットの頭を撫でるバイオマシン。見るからに仲良しだ。


「このデザリア、機体名はシリアスってんだがよ。…………いやもうホンットに良い奴でよぉ……!」


 それから、語る。語る。語る。ルベラが語る。

 今日此処に、ルベラがカラザットを呼び出して絡んでいる理由の九割が今この瞬間の為だ。


「俺は感動したぜ。オリジンってのは気難しい機体ばっかりだって良く聞くけどよぉ、当てになんねぇぜ! シリアスなんかすげぇ良い奴だぜ!?」

「そんなにか?」

「おうよ! これみろよぉ……。見ろ見ろぉ……」


 ルベラがカラザットの肩に腕を回してガチ絡みしながら見せるのは、シリアスがラディア宛に送った一言だ。


『幸せにする』


 たった一言。されど一言。

 万感の思いが詰め込まれたテキストだ。

 ラディアがずっと欲しかったそれを、ついにラディアに伝えた存在が居た。


「ぶっちゃけ俺も泣きそうになったぜぇぇッ!?」


 ラディアが幸せになる。

 それはある意味、ラディアを好むガーランドの職員が胸に抱いた念願とも言える。それが叶ったのだ。叶った瞬間にルベラは居合わせた。

 ラディアがギャン泣きしたから逆に冷静で居られたが、もし切っ掛けがあればルベラもギャン泣きしていた可能性はそこそこに高い。

 ルベラの舌はもう止まらない。

 何せシリアスから端末がバグったかと思う程に大量のテキストが届いてるのだ。語る内容など一晩では尽きようはずも無い。


「もう、もう感動しかねぇぜ。黒ちびとシリアスは出会うべくして出会ったんだよ。見ろよコレ、シリアスが黒ちび乗せた時の気持ちと、黒ちびが色々ブチ撒けた時のこれ、見ろ見ろ、どんなシンクロ率だってんだよ。なんだよこれ。もう、もう……! 本人! 本人か! 人生クソだとか、良い終わりだとか、報われたとか幸せとか、もう本人! 同じ事思ってるぅぅう……!」

「…………俺も感動してぇのに、酔っ払ったボケがウゼェッ」


 ルベラが人に接する態度は兄貴肌であり、そして仕事中のルベラは些かストイックな姿勢を見せる為、仕事中のルベラしか知らない可哀想な女性兵士は数名ほど、ルベラに惚れていたりする。するのだが、今この瞬間のルベラを見たなら百年の恋も冷めるだろう。それくらいには「お前誰だよ」なテンションに仕上がっていた。そして高い酒は三杯目に突入して居た。

 きっと明日の朝一番、ルベラの住居周辺に住む者は素っ頓狂な悲鳴を聞く事に成るだろう。公務員と言えど、一回の酒盛りで一杯で二○シギルの酒は些か高い。それも三杯は流石にそこそこの給料を貰ってるルベラであっても後悔する。

 砂漠の町と言う局地でなければ、普通は五シギルもあったら普通の定食を食べて腹を満たせる。ガーランドの汎用水ボトルが一本七シギルなんて値段なのがオカシイのだ。

 一杯で成人男性の腹がくちくなる定食が四回注文出来る酒を、三杯。アホである。


「俺はよぉ、感動してんだよぉ」

「テメェ何回言うんだよボケが」

「だってよぉ。見ろよテメェおい、これよぉ」

「見たわ。見た見た。愛機がパイロットに向かって『幸せにする』な。……いやこっちのテキストも見ると、色々分かるけどよ」

「なぁ、ビックリするよなぁ? オリジンってのはよぉ、古代文明のバイオマシン様ってのはよぉ、こんなに愛情深いもんなのかよぉ…、俺ぁ感動したぜぇ……」

「……あ、こいつダウナー路線入りかけてやがるボケが。ウッゼェなオイ、テンション上げとけやボケ」

「俺もよぉ、あんな、俺を愛してくれる愛機が欲しいぜぇ……。俺も黒ちびのシリアスみてぇなオリジンに出会いてぇ……。オリジンが羨ましいんじゃねぇ、黒ちびのシリアスみてぇなオリジンが羨ましいんだ……」


 ルベラはついに四杯目を注文した。翌朝に響く叫び声のオクターブには是非注目したい。


「……そういや、お前んとこのクズ共、どうすんだ? ぜってぇ黒ちびに絡むだろ?」

「………………あーん? ゴズン達のことかー?」

「あー、そんな名前だったか? クズ共に脳のキャパ使いたくねぇから名前とか覚えらんねぇんだよな」

「そりゃわかるぜぇ……。俺も仕事でクソほど迷惑掛けられなかったら忘れてたわぁ……」

「あー今回の酔い方はこのパターンか、ウゼェなボケこのっ……」


 変な酔いに入ったルベラがカラザットにしだれかかる。店内に居らっしゃる腐った女性客が大喜びだ。実はずっと、二人の絡みが濃いと評判だったりした。急展開にお腐れ様が爆発寸前。


「でも、安心して良いぜ……? と言うか心配は無意味だ……」

「あ? いや無意味ではねぇだろ。ぜってぇあの馬鹿共、黒ちびに絡むだろうが」

「むしろ絡めば良いんじゃボケナスゥウ! ふっふぅー!」

「…………え、お前今日どうしたんだ? 酔い方がヤバいぞ? それどのパターンだ? ランダムで切り替わるとか今まで無かったよな?」


 実のところ、ルベラは雰囲気と自分のテンションに酔っている。ラディアが幸せになった状況に酔っているのだ。つまりラディア酔いである。恐らくラビータ帝国の技術力ではこの酔いを醒ます薬は作れないだろう。


「で、なんで絡んだ方が良いんだ?」

「あっはーん? それはなぁ、お前も汚物ゴズンも知らんだろうが、ガキの頃からオリジンに憧れて色々調べまくった俺が知ってる変な法律があるからさぁ〜ん?」

「………………やべぇ、そろそろストレートにウゼェ。テメェ、一旦酔い醒ませやボケ。除去薬使えや」

「ふっふーん? 仕方ないにゃぁあ〜? ……………………悪ぃ、ちょっと意味不明な酔い方したわ」

「おう。後で殴らせろ」

「止めろ止めろ。……………………ピャッ!?」


 ルベラはカラザットの願い通り、経口摂取の癖にものの三○秒で効果を発揮する意味不明なタブレット錠剤を飲み込み、あっという間に酔いを醒ました。ナノマシンたっぷりな錠剤だ。

 そして翌朝と言わずに今叫びそうになった。そう、五杯目の高い酒が届いたのだ。もう取り返しのつかないレベルで出費がヤバい。

 酒だけで一○○シギルだ。本当に洒落にならない。当然、料理もツマミも注文している。ガチでヤバい。ルベラは真っ青だ。


「…………カラザット、わりぃ、金貸してくんね?」

「ボケがよ。じゃぁテメェの知ってるその法律っての歌ってみろや。その内容と事態の痛快さによって貸してやる金額を決めてやるぜ」

「……おっほぉ。じゃぁ五○シギルくらい借りれそうだわ。…………良いか、良く聞けよ? …………ラビータ帝国じゃオリジンに人権を認めてる。しかもパイロット含め名誉子爵身分だ」

「…………ッッッ!? は、はぁッ!?」


 ガタッと足でテーブルを打ち、カラザットが痛みで呻く。

 しかし、痛みよりも話題の内容の方が気になって、カラザットは膝の痛みに無理やり別れを告げる。煽った安酒が手切れ金代わりだ。


「いっつつ、はぁ、くそっ。…………それで、おい、マジかよ? 黒ちびとデザリアが、いやシリアスつったか? どっちも貴族身分だと?」

「おうよ。お貴族様なのよ。そもそもオリジンってだけで権威が強過ぎて、あんまり知られてねぇ法律だけどな?」

「…………つう事は、アレか? 馬鹿共が黒ちびとシリアス相手に馬鹿をやると?」

「そうっ! スゴイ=シツレイ! ブレイウチ! イヤー! ってなもんよ」

「…………んだっけそれ。アサシンスレイヤーだったか?」

「そうそう。一時期流行った奴な。黒ちびは遠慮しそうだったから、シリアスの方にこっそり法律教えといたから、マジでイヤー! グワーッ! ってなる可能性も有るぜ?」


 そう。ラビータ帝国に於ける三人目の古代機乗者オリジンホルダーとなったラディアは、シリアスにそのコックピットを許された時点で名誉子爵身分を得てる。何か手続きが必要と言うことも無い。古代文明の技術の粋が詰まったオリジンとは、それ程までに優遇される存在なのだ。

 この法律の特殊なところは、この身分を使うも使わないも権利者の自由と言う点にある。

 ラビータ帝国での貴族位は、持った時点で本人がどう思って振舞おうと、全自動で権威が発生する。つまり爵位を持った人間が「無礼講!」と言って、平民が本当にその頭を引っ叩いたとして、それを別の貴族が見ていたら超ヤバい問題に発展する。と言うか引っ叩いた者の首が物理的に落ちる。

 無礼講だからと叩かれた本人が許そうとも、同じ帝国貴族がその貴族位に対する権威その物に傷が着いたと主張すれば、本来は見ていただけで無関係な貴族の主張だったとしても、通ってしまう。

 乱暴に、簡単に表すと、目撃しただけの第三者的貴族が『同じ国に仕える貴族の頭を、平民が叩いた。つまり私の頭を叩かれたも同義。要するに私の頭が平民に叩かれた。スゴイ=シツレイ! ブレイウチー! イヤー!』となる。そして国の法規的にもそれで通る。

 他にも、貴族用のサービスと平民用のサービスが分かれていたとして、貴族Aが平民用のサービスで良いと言っても、全自動で貴族用のサービスが用意される。これも勿論、本当に平民用のサービスを提供して第三者的貴族がスゴイ=シツレイと言ってきたらサービス提供者の人生が終わる。

 だが、古代機乗者オリジンホルダーが持つ権利は違う。これは本当に貴族位と平民の立場を使い分けられる物だ。

 本人が「いや、今は平民なんで」と言い張ればその時は貴族では無くなる。その間に平民用サービスも受けられるし、無礼講もお好きに開ける。

 貴族ならばと責任を負いそうな時にも逃げれるし、逆に貴族の立場が必要な時にはすぐその場で貴族である。

 孤児だと思ったて叩いたら帝国子爵だった、なんて事も有り得る。叩いた側にとっては悪夢以外の何物でもない。


「…………貴族がランダムエンカウントしてくるシステムなのか?」

「何それ笑う」

「笑い事じゃねぇわボケが」


 これを、例えば明日辺りにでも、ラディアがシリアスと一緒に警戒領域に出掛けようとして、ゲートでクズ兵士に絡まれた場合。

 クズ兵士が今までの様にラディアに絡み、それを見ていたシリアスがムカついてクズ兵士をジザーアームでプチッとしても、なんの問題も無い。

 国に仕える立場である一兵士が、貴族に絡む。薄汚い不法滞在者に対する対応で絡む。


 何の問題も無く、無礼討ちが成立する。


 クズ兵士の家族に年金すら出ない形でクズ兵士は死ぬ。何故なら無礼討ちだから。犯罪者が死刑になった場合と同じ処理がされる。と言うか実際にラディアを孤児として扱って、ラディアかシリアスが名誉子爵位を主張するなら、実際にクズ兵士は完全無欠に不敬罪を犯している訳だ。オリジン自体が国賓みたいな物なので、下手すると国賓に手を出した反逆者として処分される可能性もある。


「…………おぉ、マジか。俺ちょっと明日が楽しみになって来たわ。当然明日はクズがシフトなんだよなっ!?」

「おう! もちろんだぜ! しかも馬鹿が一番馬鹿をやるシフト、西区警邏だ……!」

「一応、黒ちびに被害が出ないようにスタンバイしとけよ? 過激な事苦手そうだしよ」

「勿論だぜ。任せとけや」


 ガーランドの警戒領域に近い西区。そこにあるスラムがラディアの住処だ。

 西区に住むラディアには、もちろん西区は庭の様な物だ。情報網も持っている。馬鹿が馬鹿をやらかす時は、ラディアがどうしても外せない用事で遭遇を避けられなかった時だけで、それ以外は当たり前に避けている。馬鹿では賢いラディアを捕捉など出来やしない。

 が、今のラディアにはシリアスが居る。

 ガーランドは警戒領域が近い為に、バイオマシンが都市に流入する前提の中型都市だ。

 例えスラムだろうとバイオマシンが通れる程度の道はある。だが、何処もかしこも自由に動き回れもしない。当たり前だがバイオマシンが通れる規格の道しか、シリアスは通れない。

 そして、スラムでのバイオマシンは、目立つ。当たり前だ。乗機を持ってる人間なんてどうやっても金を稼げる。スラムになど落ちはしない。

 それでもスラムにある程度の機兵乗りライダーが居るのは、がそこに居るガチの犯罪者や、スラムの整備屋を好んで使う者だけだ。誰かがスラムでバイオマシンをブイブイ乗り回してる訳が無い。

 すると、やはり普通の孤児でありながら乗機を得て機兵乗りライダーとなったラディアは、凄まじく目立つ。

 目立てば見付かる。馬鹿が馬鹿をやらかす為に、見付けては行けない自由起爆可能なセルフ不発弾を見付けてしまう。


「あ、じゃぁ清掃員も西区に回した方が良いんじゃねぇか? いくら黒ちびでも、流石にいきなりなんか出来ねぇだろ。くたばった馬鹿を処理する専門職を用意しといてやろうや」

「そだな。明日は西区に血の雨が振るのか。楽しみだぜぇ。清掃課の方にはしれっと情報流しとくわ」

「そうしろ。…………いやぁしかし、良いなぁ。今日は良い日だ。黒ちびは脱スラムに足掛けて、兵士課の目障りなゴミも合法的かつ物理的に消えて、黒ちびだけなら心配も残ったが、黒ちびの保護者がオリジンだもんなぁ。…………いやぁ、マジで良い日だぜ」

「それなぁ。……あぁシリアスが羨ましいぜ。俺もあんな乗機がぁ〜」

「まだ言ってやがるコイツ」


 血の雨は、降るのだろうか。


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