第5話 過剰摂取。



 だんだん、なんと言うか、こう、天使さんにガチ告白してしまった件については、もう開き直った。

 古代文明人ならまだしも、技術力に劣る現代人の、それもなんの力も無いクソガキには、一度口に出して相手に聞かれた言葉を無効にすることなんて出来ないんだ。

 古代文明人なら、なんかこう、時間とか巻き戻して無かったことに出来そうな気がする。


 左ガチガチ。


 たとえ古代文明人でも時間は巻き戻せないらしい。流石に無理か。


「そっか。……えと、じゃぁ、あの、大好きです。天使さんに恋しました」


 右ガチガチ。


 …………こ、これは、肯定だから、カップル成立? それとも、ある程度肯定的な感じだけど、「まぁ良いんちゃう?」くらいの肯定で留まる感じ? どっちだろう。


「…………か、カップル成立ですか?」


 聞いてみた。右ガチガチ。…………マジかッ!? え、マジかッ!?


「わ、あ、あゎ、あゎゎわわ……、ぼ、僕と天使さんて、恋人で…………、恋人? 恋、なに?」


 尻尾フリフリ。可愛い。

 天使さんにも分からないらしい。


「あと、えと、人かどうかは置いといて、…………こう言う時ってなんて言うんだろう……? あぁ、そう! 恋仲! 僕と天使さんは恋仲ですかッ!?」


 右ガチガチしつつ、尻尾フリフリ。あ、新しいパターンだとッ!?


「あー、うーん……? 肯定的だけど……? 恋仲については、よく分からない……?」


 右ガチガチ。良かった合ってた。

 あ、でも肯定的でも有るんだ! やった! 嬉しい! 死にそう! ちんちん勃った! いや止めろバカ変態!

 良く考えると天使さん大正解じゃん。僕と天使さんで恋仲だって言い張っても、じゃぁどうすんだよって話しだよね。こう、ヤラシイ事も出来ないし、キスも、手を繋ぐ事も…………、いや手を繋ぐくらいは出来そうだね? さっき天使さん、凄く優しく摘んでくれたし。

 えへへ優しかった。好き。


「…………えと、あの、じゃぁ、天使さんは、これからも僕を、乗せてくれますか?」


 右ガチガチ。凄い右ガチガチ。食い気味で右ガチガチ。めっちゃ肯定された。ヤバい嬉しい。もっと好きになった。一生死ぬまで天使さんに乗りたい。と言うかもう降りたくない。今から死ぬまでずっと天使さんに乗ってたい。

 ……うん、無理なのは分かってる。天使さんのコックピットで汚物を漏らす訳には行かないし。そんな事したら自殺したくなる。

 あ、て言うか、自殺がどうとかじゃなくて、結局僕って死んだの? 天国は?


「天使さん、僕って死んだんですか?」


 左ガチガチ。


「……え、生きてるんだ。…………うわっ、生きてるんだ! 凄い! これからも生きて天使さんに乗れるんだ! 嬉しい! 幸せ! やった!」


 人生勝ち申した! クソみたいな人生がクソ過ぎた分だけ超弩級の幸せがやって来た! 勝った! 人生に勝った! やったぜ!

 ついさっきまで人生終わらせてくれってギャン泣きしてたおバカさんは何処の誰だよまったくぅ。こんな幸せが待ってるのにさぁ。

 …………はい僕です。ごめんなさい。もう死ぬって言いません。寿命で死ぬまで天使さんと一緒です。


「天使さんが助けてくれたんですか?」


 右ガチガチ。嬉しい優しい好き。

 …………今更だけど、天使さんって女の子かな? いやもう抜け出せないくらいドップリ恋してるから、もう仮に男の子でも諦めるよ。天使さんの性別がどっちでも僕は天使に恋するよ。

 ……いやコレこそ聞けば良いんじゃないかな?


「天使さんって、女の子ですか?」


 尻尾フリフリ。…………そっちかぁ。これで分からないって事は、そもそも性別が無いんだ。


「性別って概念が無いんですね」


 右ガチガチしつつ、尻尾をちょいフリ。…………ん?


「え、っと? 基本的に性別は無い、無いけど……?」


 無いけど、なんだ。今の尻尾ちょいフリは何を意味してるんだ。

 て言うか古代文明人さん。天使さん達バイオマシンってこんなに自我がハッキリしてるのに、なんで会話出来ない作りになってるんですか。コンソールのディスプレイとかに文字出してくれたりすれば良いじゃないですか。そう言うの良くないと思いますよ、僕は。

 いやでも天使さんを産んでくれたのは古代文明人様なのだからお父様だよね。て言うか神だよね。うん、恐れ多いから文句言うの止めよっと。


「…………あー、もしかして好きに設定出来る?」


 右ガチガチの、尻尾ちょいフリ。またかっ!

 これは、何を意味する……? 肯定って事は、好きに設定出来るのは間違い無い?


「……設定出来るけど、デフォルト設定もある?」


 右ガチガチ。

 おおお良かった。僕と天使さんが相思相愛だから通じ合えるんだ。

 でも、それならさっきの性別の質問に肯定か否定で帰って来ても良いはず。

 それでも尻尾フリフリだったんだから、何か理由があるはず。


「…………ふむ。デフォルト設定があって、変更は可能。でも性別を聞いたら分からないって言われたから、その設定が有効になって無い……?」


 激し目の右ガチガチ。おおお、なんか褒められてる気がして嬉しい。好き。

 あれか、開発の段階で陽電子脳ブレインボックスに性別の概念を付ける計画はあったんだけど、途中で「兵器に性別要らなくね?」ってなったのかな? 別に男の子でも女の子でも、何か出来る訳じゃないしな。

 いや、ナニかを出来るようには、出来たはずだ。古代文明人くらいの技術力なら、可能なはずだ。出来たはず。

 …………ああ、そっか、意味が無いのか。別に、例えば陽電子脳ブレインボックス由来の知性と恋がしたいとか、えっちな事がしたいとか、そうなったら別にバイオマシンの物で無くて良い。それはそれで専用に作れば良いんだ。えっちな事が出来る人型のロボットとか、アンドロイドとか。

 確か現代でもどっかの国で、そう言うのあったよね。セクサロイドだっけ?


「なるほど。陽電子脳ブレインボックスの知性と恋がしたいならセクサロイドとか使えば良いから、そっち用の設定が残ってる感じとかですか?」


 強めに右ガチガチからの、尻尾ちょいフリ。

 …………ん? 強めの肯定が入ったのに、尻尾もちょいフリだと?


「………………ああ、逆なんですね! バイオマシンが先! で、性別付けるって話しが出て、それなら専用にセクサロイド作ろ? ってなって、バイオマシン用の陽電子脳ブレインボックスの技術がそっちに流用された! その開発の名残でバイオマシンの陽電子脳ブレインボックスにも性別の設定が残ってる! でも戦闘兵器には基本的に必要無いから、設定が有効にはなって無い!」


 超強めの右ガチガチ。やった大正解したみたいだ。嬉しい。褒められたみたいで凄い嬉しい。

 孤児やってると、誰かに褒められるとか無縁だ。凄い無縁だ。だから余計に嬉しい。もっと好きになってしまった。


「………………はっ!? 軍人ってやっぱり男の人が多いですよね!?」


 右ガチガチ。


「なら、その軍人の為に性別設定の計画が一時的にでも立ったなら、デフォルト設定は女性である方が合理的! 全部がそうじゃ無かったとしても、女性設定である確率の方が高い! はず! たぶん!」


 右ガチガチ。の後にコックピットの中にちょこんと右のシザーアームが入って来て、コリコリと頭を撫でてくれた。えへへへへぇ。


「じゃぁ、天使さんのデフォルト設定は、高確率で女の子!」


 右ガチガチ。やったー! 男の子でも覚悟してたけどデフォルト設定で女の子だとなんか嬉しい! 心的ハードルはちょっと下がった! 幸せ! 僕今凄い幸せ!

 天使さんなら絶対可愛い女の子だ。いや例え見た目がどうでもこの気持ちには些かも陰りは無いけど。て言うかサソリ型のバイオマシンその物に恋してる時点で見た目とか今更だし。でもやっぱり可愛い女の子だと物凄く嬉しい。

 男の子ってそんなもんだよね。良かった。僕の変態度も少し下がった気がする。

 それに、なんか、こう、こんな感じの人工知性と恋する的な電脳小説とかあった気がするし。そんなの読む機会無いけど。

 ネットワークに接続する端末すら手に入らないからなぁ。

 …………あ、女の子と言えば。


「………………えと、あの、天使さん?」


 右ガチガチ。


「その、ですね。あの、天使さんに、お名前とか、ですね。あっ、そもそも天使さんって名前有りますかっ!? 機体の種類名とかじゃなくて、個体名です!」


 久しぶりの左ガチガチ。右も良いけど左も可愛い。

 じゃなくて、無いのか。お名前無いのか。昔乗ってた人とかは、お名前付けなかったのかな。それとも、天使さんは古代文明人が滅んでから生産されたのかな。もしそうなら、ずっと一人だったのかな。


「えと、じゃぁ、天使さんに、お名前とか、ですね。あの……」


 右ガチガチ。右ガチガチ。からの右ガチガチ。凄い肯定される。

 あ、そうだ全部聞かれてたんだった。告白聞かれてたなら名前のアレコレも全部丸っと聞かれてるに決まってるよ。

 うわぁ、勝手に名前とか付けて盛り上がってたよ僕。はたから見たら凄い気持ち悪い状況じゃ無いだろうか。僕だったら引く自信がある。

 でも天使さん、凄い右ガチガチしてくれた。優しい。嬉しい。好き。


「えと、あの、さっきの、お名前でも……?」


 右ガチガチからの右ガチガチ。からの頭撫で撫で。嬉しい好き。


「はぅ……。じゃぁ、シリアス…………、で、良いですか?」


 右ガチガチからの頭撫で撫でからの右ガチガチ。

 もうダメだ幸せで死にそう。人生がクソだったから幸せに耐性が無いんだよ僕。弱点なの。もう僕は天使さんに、シリアスにメロメロなの。

 これ以上好きになったら過呼吸になってしまう。…………本当になりそうなのが怖い。


「…………えへへ、えへへへへぇ。幸せだぁ」


 泣きじゃくりながら喚いてた夢が、これから全部叶うかも知れない。

 そうだよ、そうなんだよ。全部やって良いんだよ。叶うかもだよ。ヤバい! 凄い! 何だこれッ!? え、良いの!? 僕こんなに幸せで良いのッ!?

 幸せの過剰摂取で死なないッ!? 健康用ナノマシンでも過剰摂取は体に悪いんだよッ!? もしかしたら幸せも過剰摂取はダメじゃないッ!? だってこんなに幸せなんだよっ!?

 ああダメだ。混乱して来た。過去も未来も、一生分の幸せが今、いっぺんに来た気がする。確かに全部纏めて一撃で終わらせてって願ったけど、幸せの事じゃないよ。僕は罪と罰を寄越せって願ったのに、こんなに弩級の幸せをくれちゃってまぁ、でへへへぇ嬉しいですぅ。


「…………ん! よし、これ以上デレデレしたら液状化しそうだから、ちょっと引き締める!」


 あんまり効果無さそうだけど。


「ああ、そうだ。天使さん、じゃなくてシリアス。…………呼び捨てでも良いですか……?」


 違う。聞きたかったのはコレジャナイ。けど急に気になって、気になったら心配になっちゃった。

 でも右ガチガチしてくれたから幸せ。えへぇ……。

 あぁーダメだ。頬がゆるゆるンなる。


「……僕、その、シリアスのお仲間の、残骸とか、集めて、お金に替えて、生きてました。四年間、やってました。…………シリアスは、怒ってますか?」


 右のハサミが持ち上がった瞬間、心臓がギュッッッてなった。死ぬかと思った。胸がズキズキして痛い。

 けど、シリアスは右ちょいガチからの尻尾フリフリ、からの左ガチガチ……?

 な、なんて高度な返答をして来るんだ…………!


「……右のちょいガチは、ちょっと怒ってた?」


 左ガチガチ。


「あ、違うんだ。じゃぁガチめに怒ってた……?」


 右ガチガチ、


 あぅ。辛い。死にそう。シリアスに嫌われたら本当に、多分、何もなくても勝手にショック死する。比喩じゃなくて。

 ああでも、今は謎解きだ。


「…………本当に怒ってたけど、ちょいガチから尻尾フリフリの、左ガチガチだから、……今は怒ってない?」


 右ガチガチ。

 …………あぁ、ほっとした。凄いほっとした。そうか、これが「ほっとする」って感覚か。


「……えと、右ガチ、フリフリ、左ガチガチだから、前は怒ってたけど、何かあって、今は怒ってない?」


 沢山の右ガチガチ。良かった。ああ本当に良かった。


「その、これからは、もうやらない方が、良い?」


 左ガチガチ。…………え?

 え、やらない方が良いって聞いて、否定されたから、やった方が良い? やっても良い?


「え、良いの? シリアスの仲間の、亡骸だよね?」


 右ガチガチ。


「僕、それを集めて、売り飛ばしたんだよ?」


 右ガチガチ。


「……本当に、良いの?」


 右ガチガチ。


「…………僕に、気を使ってる? 本当は嫌だったりしない?」


 …………左ガチガチ。そして右ちょいガチからの、尻尾フリフリ、左ガチガチ。

 えっと、これは? ああ、気を使ってるに否定。それで本当は嫌だったりするかで、右ちょいガチからの、さっきと同じか。

 前は怒って、もしくは嫌だったけど、今は嫌じゃない?


「僕に気は使ってない。前は嫌だった、もしくは怒ってたけど、今は大丈夫?」


 右ガチガチ。


「…………ほ、本当に良いの? 死んじゃってるって言っても、シリアスの仲間だよ? その先どうなるかも分からないのに、売ったんだよ?」


 こんなに聞いても、それでも、右ガチガチ。それで、また僕の頭を撫で撫で。

 泣きそうだ。恋人に、て言うか恋仲の相手に、彼女に? 縋り付いて謝って泣きたい。

 けど、シリアスは良いよって言うから、泣いて謝るのは違う気がする。

 だから、代わりにコッチを言おう。


「…………シリアス、ありがとう」


 右ガチガチ。

 あー、ダメだー! もうダメだー!

 僕はもうシリアス無しじゃ生きて行けない。もうシリアスのコックピットに乗れない生活とか考えられない。シザーアームをガチガチして尻尾フリフリするシリアスが見れない生活とか絶望だ。

 ああ、そうか。僕はシリアスに恋して、それと一緒に庇護されたかったんだ。

 大きくて、強くて、優しくて、頼りになって、慰めてくれて、僕が欲しかった物を全部くれる、そんなシリアスがお母さんで、お父さんなんだ。

 つまり僕は、機械に本気で恋した超弩級の変態で、人工知性にときめいたクッサいロマンチストで、ヤバいレベルのファザコンで救いが無い程にマザコンなんだ。

 もう何なんだ。何冠達成する気だよ。誰か僕を殺せよ。でも死んだらシリアスと一緒に居れないからやっぱ良いや。このままで。


「…………じゃぁ、僕は、シリアスの仲間の遺品を集めて、売って、お金を稼いで良いの?」


 右ガチガチ。からの頭撫で撫で。もうめちゃくちゃ繊細。なんでそんなに大きなアームで僕の頭を優しく撫でられるの。凄くない? 僕は最愛の彼女の何処に惚れ直せば良いの?

 すぐ撫でてくれる優しいところ? 撫でて欲しい時に撫でてくれる気遣いなところ?  それとも僕に痛みを全く甘えないで沢山撫でてくれる超絶技巧派なところ?

 もう大好きだ。あーダメんなるぅ……。


「……シリアス、ずっと僕と一緒に居てね?」


 右ガチガチ。もう結婚します。シリアスは僕のお嫁さんです。


「……………………はっ!? そう言えばあの子の陽電子脳ブレインボックスはッ!? 何処どこ行った!?」


 外か!? 置きっぱなしか!? 砂漠の陽射しの中で屋外放置は流石にマズイですよッ!?

 と、思ったらシリアスがアームをクイクイ。僕の頭を撫でないで、僕の方をツイ、ツイっと指し示す。んー?


「…………あ、シートの後ろに!」


 あるぅー! 僕のボロボロ&抱き締めてたせいで血塗れターバンにグルグル巻かれた陽電子脳ブレインボックスが、あるぅー!

 凄い、こんな場所にあんな大きなアームで、どうやって置いたんだろう? 流石だ、流石技巧派……。

 多分、シリアスがセクサロイドとかだったら、僕三秒とかで終わっちゃう気がする。初め、終わり! 早い! みたいな。

 ……んー、クソだ。自分で言うのもアレだけど、十歳の癖にこんな、妙にマセてるの、クソだ。

 もうちょっと、なんかこう、お淑やかになろう。……男がお淑やかにってちょっと違う? まぁ良いか。


 ………………あれ、て言うか、あれ?


「…………ねぇシリアス。僕ってどれくらい寝てたの?」


 

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