第4話 熱い陽射し。



 …………背中がジャリジャリしてて、なんか目が覚めた。

 なんで、背中がジャリジャリしてる? なんかチクチクして痛いし。

 僕は、えっと?


「………………ああ、えっと、…………たし、か。天使の、陽電子脳ブレインボックスを? ……移植して、その後は、失血死、かな?」


 ふむ。なら、此処ここは天国?

 瞼が重い。て言うか体が重い。ダルい?

 天国って、地面がこんなにジャリジャリしてチクチクしてるのか。知らなかった。もっとふわふわしてるイメージがあったけど、こんなにチクチクと痛いなら、むしろ地獄…………。


「……え、あぁ、そっ、…………か」


 そりゃ、そうだよ。

 なんで僕、自分は天国に行けるとか思ってたんだろう。地獄行きに決まってるじゃん。

 生きる為だったけど、今まで悪いとは欠片も思ってなかったけど、僕は今まであの天使さんのお仲間の、その死肉を漁って生きてたんだから。

 そりゃ地獄行きだよ。天使さんの仲間なら天使じゃん。天国の住人じゃん。

 そんな方々の遺体を漁ってお金に替えてたんだから、まぁ順当な結果だよね。うん。納得。

 マジかよ、死んだ後にも納得出来るとか、やっぱ僕って割と良い人生送ったんだな。良かった。


「……比較的、まし、な。地獄だ、と」


 良いな。

 ああ、瞼が重い。体が重い。まだちょっと寒い気がする。砂漠に居たのに、今度は肌寒いのか。マジかよ。

 最後にあんなに素敵な天使さんを助けたんだから、ちょっとくらいマシな地獄だと良いな。

 いや、マシな地獄だったらクソ親父煽れなく無い? アイツ絶対地獄の最下層でしょ。煽りに行けなくなる。え、それ嫌だな。僕を置いて無様に死んだクソ親父を煽り散らしてぶん殴ってやるのがちょっと楽しみで死んだのに。

 マジか。ああ、そんなクッソしょうもない事考えてたから地獄行きなのかも知れないな。


「…………ああ、楽しかっ、たぁ」


 ホントに、良い死に様だったと思う。マジ最高。

 天使さんが思い通りに動いてくれて、今まで死神かと思ってたデザリアを自分の手で倒せたし。めっちゃ興奮した。正直ちょっとちんちん勃った。

 戦いってあんなに興奮する物なのか。ふーん、そっか。なるほど。


「……おや、じ。なぐるの、かんべん、してやる」


 こんなに楽しいなら、まぁ、僕なんてほっといて戦場行くよね。仕方無い。

 良かった。ああ良かった。人生にこんなに楽しい事があるだって、知らずに死ぬ不幸だけは回避出来た。本当に良かった。


「…………楽しいかった、なぁ」


 もっと天使さんに乗りたかった。

 運良く生き残って、陽電子脳ブレインボックス売り払って、そのお金でマシな服買って、マシな食べ物買って、それでまた、天使さんに乗って砂漠に出るんだ。


「天使さん、と、仲良くなって、名前とか、つけて、一緒に、傭兵やって……」


 どんな名前が良いかな。天使さんだから、エンジェルさん? それも良いかも知れない。

 でもどうか。天使さんが嫌がるかもしれない。だって、冷静に考えると、人間に人間だからってヒューマンとは名付けないだろうし。

 おいヒューマンとかクソ親父に言われたらイラッとする。やっぱり殴るか?


「じゃぁ、デザート、シザーリアだから、うーと…………、シリア?」


 デザートザーで、シリア。

 可愛い名前だな。きっとめちゃくちゃ可愛い天使さんだ。天国だときっと、くっそ可愛いんだよ。

 なんかこう、ちっちゃくて、妹みたいで、ちまちましてて、優しくて気が利く、凄い天使さんなんだ。


「でも、戦うのに、可愛さだけ……?」


 ……いや良いんじゃない? 別に、名前で性能変わる訳じゃないし。

 クソ親父は何だっけ。オオカミ型のあの子に、なんて名前付けてたっけ。

 確か、父が必勝傭兵ヴィクトリウスとか呼ばれてて、オオカミ型のあの子は、サディウスだっけ。たしかそんな名前だ。

 最後に「ス」が付くのがクソ親父流なのかな? いや、二つ名は流石に自分で決めた訳じゃ無いか。て言うか自分で決めて名乗ってたならイタ過ぎる。

 …………え、流石に違うよね? もしそうならイタ過ぎて他人のフリしたい。よし、親父が必勝傭兵ヴィクトリウスなの黙っとこ。名付けが自分じゃないって確信するまで黙っとこ。


「……うーん、クソ親父に倣うなら、最後にスを付けて、シリアス?」


 おお、可愛いに綺麗な感じも混ざったんじゃないかな。

 綺麗で可愛いとか無敵かよ。僕と天使さんの最後のやり取りも、なんかちょっとシリアスっぽかったし、良いんじゃないかな。


「うん。ふへへ、天使さんと、仲間になれたら、シリアスって、呼ぶんだぁ……」


 -……ゴンゴン!


 な、なんかゴッツい音がした。なんだ、怖っ。目を開けたくない。

 地獄だし、目を開けたらゴッツいガチムチが居たりするんだろうか。ああ、それできっと、手に持った鈍器で地面を叩いたんだ。

 ……うわ、自分の妄想なのにちょっと信憑性出て来て、目を開けたくない率が高まった。最悪だ。寝たフリしてたらガチムチさん諦めてどっか行かないかな。

 良いじゃないか。死にたての新入りなんだし、もう少しくらい、夢の中で天使さんと、シリアスと遊ぶ妄想くらい、許して欲しい。


「……シリアスと、砂漠でお金貯めて、外に行くんだ。傭兵になって、輸送依頼とか熟しちゃって、盗賊とかやっつけたり、戦場行ったり、野生のバイオマシンと戦ったりして」


 もっと、もっと遊ぶんだ。

 シリアスのコックピットに乗って、もっと一緒に、もっと戦って、もっとお金稼いで、一緒に色んな景色を見て、色んな人と関わって、孤児じゃ出来なかった経験を沢山して、それでもっと、もっと……。


「ああ、だめだ」


 ごめんね天使さん。あと地獄のガチムチさんも。

 納得して死んだのに。幸せに死んだのに。死んだ後にも納得して、幸せな妄想で楽しいのに。

 でも、無理だ。だって知っちゃったから。


「もっと、生きたかったなぁ……。天使さんと、シリアスともっと、仲良くなりたかったなぁ…………」


 涙が溢れて、止まらない。

 オカシイなぁ。納得して死んだのになぁ。


 -……ゴンゴンッ!


 ゴミみたいな人生で、華々しい経験をして、報われて、幸せになって、最高の最後を迎えたはずなのになぁ。

 天使さんを知っちゃっから。シリアスと出会っちゃったから。

 その背に乗って、正確には頭だけど、コックピットでレバー握って、ペダル蹴って、敵に突っ込んで、押し返して、自分の思い通りに戦い抜く。あの気持ち良さ。幸せな一体感。

 あの瞬間、シリアスと僕は一つだった。シリアスは僕に全部を任せてくれた。だから僕もシリアスに命を預けた。

 あの時、二つで一つの生き物だった。全てが噛み合って、全部が動いて、ほんの数十秒しか経験出来なかった至高の興奮と、幸福。

 めっちゃ気持ち良かった。やっぱりちんちんおっきしてた。僕はたぶん、そう言う変態なんだろう。

 ああ、知りたく無かった。流石はクソ親父の息子だ。血筋だよコレ絶対。

 そりゃぁね、母と別れて引き取ったはずの子供を置いて戦場に行っちゃう筈だよ。きっとクソ親父も弩級の変態だったんだ。アイツも戦場で多分ちんちんおっきしてたんだ。マジかよクソが。

 僕は別に自分が変態でも良いんだけど、クソ親父と同じタイプの変態って言う事実だけが無限に僕を傷付ける。

 あー、ダメだ。涙がじゃぶじゃぶ出て来る。


 --…………ゴンゴンッッ! ゴンッ!


 良い死に様だったのに。最高に幸せな死に様だったのに。

 無いはずの後悔が胸の奥から溢れてくる。

 分かってる。何が一番悲しいかって、やっぱり天使さんなんだよ。シリアスなんだよ。

 だって、僕--


「天使さんが、シリアスが大好きになっちゃった……」


 古代語風に言うと、ライクじゃなくてラヴの方って奴だ。

 あんなに楽しくて、優しくて、幸せだったあの時。幸せを分かち合った気がした天使さんに、僕は多分恋したんだ。


 -……ゴンゴンゴンゴンッッ! ゴンゴンゴンッ!


 はぁ、自分でも頭おかしいんじゃ無いかって思う。相手はバイオマシンなのに。

 性別とか種族の前に、生物ナマモノですら無いんだけど。


「……ぁぁあ、マジかぁ。僕の初恋、天使さんかぁ」


 -ゴゴゴゴゴンッッ! ゴンゴン!


 砂漠の町へ置き去りにされた孤児ラディアくん、十歳。バイオマシンに初恋しました。

 はぁーマジか。僕は女の子じゃ無くてバイオマシンに恋したのか。マジかー。

 いや、でも仕方なく無い? このクソみたいな、て言うか間違い無くクソだった人生で、間違い無く一番幸せだった瞬間だし、最強にときめいた時間だよ。

 もう本当にドッキドキしたよ。命の危険でドキドキしたんじゃなくて、もっとずっとシリアスと一緒に居たいって思ってドキドキしてた。いやもう、冷静になって考えれば考えるほど、勘違いとかじゃなくて本気でバイオマシンに恋したって自覚する。


「……はぁ、天使さんしゅき。シリアスって名前、喜んでくれるかなぁ。嫌がられたら二年くらい引き込もれる。いや孤児にそんな蓄え無いんだけどさ」


 -ゴゴゴゴゴゴゴゴゴコンッッ! ゴンゴンゴンッッ!


「…………いや、あの、音の主さん。そろそろ諦めてよ。良いじゃんか。こんな死んだ孤児が寝転がるくらいさ。少しくらい労ってよ。僕、初恋の相手の命救って死んだんだよ。初恋して速攻死んだんだよ。死に別れだよ。悲恋だよ。泣くくらい許してよ。もう目も開けたくないんだ。死に別れって普通は生き残った側が泣くんじゃないの? なんで僕死んでまで失恋して泣いてんの? 意味分かんない。地獄辛すぎ。これが地獄の刑罰なのか。なんか背中ジャリジャリ痛いし、地獄の地面って酷過ぎない? これで更に目を開けたら天使さんと死に別れた現実が待ってるんでしょ? 死ねるよ。その事実だけで死ねるよ。死んだ先でまた死ぬよ。即死だよ。もっと一緒に居たかったよ。天使と仲良くなりたかったよ。天使さんのコックピットにもっとちゃんと乗りたかったよ。あんな数十秒で終わるとか酷過ぎるよ。僕が何したって言うんだよ。こんなに悲しい想いをするほど悪い事したのかよ。十年しか生きてないのに、そんなに罪深いのかよ。僕はこんな想いに苦しむほど悪い事をしたのかよ。……………………ああ、したなぁ」


 うん。だから地獄に来たんだもんな。


「僕ってもう何年も、天使さんのお仲間の遺品漁って生活してたんだもんな。そうだよな。存分に苦しめよバーカって感じだよな。むしろ足りないよな。もっと苦しむべきだよね。そうだよね。天使さんは古代文明の人が乗る為に生まれたバイオマシンなのに、きっとずっと、何年も何年もずっとずっと古代文明の人達を待ってるのに、やって来たのが墓荒らしの現代人だもんね。しかも薄汚れた孤児だもんね。最悪だよね。それで天使さんをバラそうとするわ、状況をダシにして天使さんのコックピットに乗るわ、勝手に飛び出して勝手に怪我して勝手に死んだんだもんな。いやもう笑える。ほんとクソみたいな人生だった。納得して死ねたのに、報われて死んだのに、幸せに死ねたのに、死んだ先で初恋で苦しむとか、マジなんなんだよ僕の人生」


 ほんと、なんなんだよ。


「なんなんだよ…………。なんなんだよォッ! 僕の人生はよぉッ!」


 納得したのに。納得したかったのに。

 納得した分、幸せだった分、報われた分、楽しかった分、全部が反転して涙になる。後悔になる。最後の最後までゴミクソの人生だ。


「足りねぇーよバァァァァアカッッッ! 僕はなぁ! まだ、まだ十歳なんだよぉ! ホントだったら、明日の事なんて考えないでもっと遊んで! 笑って! 幸せで良いはずだろッッ!」


 明日も生きる為の小銭を数えて、拾えない鉄クズを夢見て陽射しに焼かれて、無くなる水に怯えて……!


「十歳ってもっとバカで良いはずだろ! アホで良いはずだろ! 人の顔色見て! 邪険にされないように! 難しい話しが分からないと途端に面倒くさがられるから! 難しい言葉も覚えて! 子供が気にしなくても良い習慣も慣例も全部覚えて! 気を使って! 何でだよ! こんなガキに! こんな小賢しい頭なんて要らないはずだろ! 何でだよ! 僕が何したってんだよ! もっと幸せななりたかった! もっと報われたかった! 天使さんに乗りたかった! 遊びたかった! 難しい事なんて全部大人に任せて! ただ天使さんと幸せになりたかった! そんなに難しい事かよ! こんな薄汚れたガキが幸せになるのが、そんなに悪い事かよ! 何でだよっ! なんでだよォッッ!」


 瞼が重い。目を開けたくない。死んだんなら、死なせて欲しい。

 もう苦しみたくない。本当に、もう止めてくれ。最後の、あの幸せな瞬間を最後に、僕を終わらせてくれ。

 納得したんだ。小賢しい孤児のガキが、自分の人生に納得して、幸せに死んだじゃんか。良いじゃんか。もうそれで良いじゃんか。

 こんなにジャブジャブ涙を流して、砂漠に居たままだったら確実に干からびてる。渇いて死んでる。

 いや、それで良い。死なせてくれよ。苦しくていいからさ、終わらせてくれよ。それくらいは良いじゃんか。死後に此処ここまで苦しむほど、僕は罪を重ねたのか? 天使さんの仲間の遺品漁りって、どれだけの功罪だったんだ?


「もう終わらせてくれよ! 死んだんなら終わりにしろよ! 終われよッ! 幸せな夢くらい見させてくれよ! 夢の中で天使さんのコックピットに乗って何処までも行きたいんだよ! 父親に置き去りにされたクソガキにしては上等な死に様だっただろッ!? 優しい天使さん助けて死ねたんだよ! 幸せだったんだよ! あれで報われたんだよ! それを最後にしてくれよ! 頼むから! 頼むからさぁぁあッッ!」


 もう死後の世界って概念から辛くなって来た。死んでまで苦しんで、誰が得するんだよ。呼んでこいよソイツを。何がなんでもぶっ殺してやる。


「しょうが無いじゃん! 好きになっちゃったんだもん! オカシイよ! 分かってるよ! 僕だって生きてるとは言え機械に恋するなんて思わなかったよ! 仕方ないじゃん! 幸せだったんだ! あれが人生最高の幸せって思えるくらい人生がゴミクズだったんだよ! 僕のせいじゃない! もう良いじゃん! 良い最後だったなって自分を褒めるくらい! そんな事も許されないのかッ!? なんでだっ!? 僕の何がそんなにダメだったんだッ!? 頑張ったじゃん! 親も居ないのに頑張って生きたじゃん! 孤児だけど! 盗みなんてしてない! 詐欺も! 物乞いも! 悪い大人の言う事聞いたり! 落ちてる小銭拾ったり! そんなの何もしてない! 僕は何もしてない! 悪い事したら楽だって思っても! 我慢した! 頑張った! 僕は凄く頑張った! 凄く頑張って生きたよ! クソ親父が死んでから四年も! 一人で! 僕は頑張った! 薄汚いクソガキなりに! 必死で生きて良い感じで死ねたッッ!」


 それとも、アレか。クソ親父をクソ親父と呼ぶのがダメなのか?

 でもクソ親父じゃん。子供を一人置いて戦争行って、あっさり死んだクソ親父じゃん。あれがクソ親父じゃなかったらなんなのさ。 


「もぅ! ……もぅ、ゆるしでぐでよぉッ! 僕はもう、苦しみたくないんだよぉ……!」


 ああ、ダメだ。ついに喉も震え始めた。

 子供の嗚咽が気に入らないって怖い大人も居たから、泣いてもちゃんと喋れるように練習したんだ。

 これでもダメ? 何がダメ? それともあれ? クソ親父が戦争で沢山殺した分が僕にも来てたりするの? 血族みんなで負債を抱えるシステムなの? だとしたらやっぱりアイツはクソ親父じゃん。


「もぅ、おわっでよぉ……。ぎれいにっ、しねだじゃんっ。でんじざん、だずげだじゃん……」


 それとも、それとも、それとも。

 色んな理由が浮かんでくる。苦しむ理由が思い付く。だとしたら、やっぱり僕の人生はゴミだったのか。思い付くんだから、これらもやっぱり罪なのか。

 ああ、そうだ。とびっきりの罪を見付けてしまった。そうか、そうだよね。

 分不相応にも、親無しのクソガキが、天使に恋しちゃダメだよな。

 だとしたら、もうその罪を丸っと、全部、一撃で片付けて欲しい。その分濃縮したり、上乗せして良いから、一気にやって欲しい。

 その分苦しむから。もう、終わらない地獄は嫌なんだ。もう十分、人生は地獄だったよ。死んだ後まで地獄なのは、あんまりだ。


「ごんなに、ごんなにずぎになるならっ、ごんなづらいならッ……」


 出逢わなければ。


「ぞんなごどっ、おもいだぐないッ……!」


 この想い出を汚すくらいなら、もっと重い別の罪と罰を持って来て欲しい。


 だから…………。


 -ッッッッッゴンッ!


「--いや陽射し熱っづッ!?」


 ビックリして飛び上がった。

 目もパッチリ開けてしまって、驚きで涙も引っ込んだ。


「………………………………は? え、はっ?」


 随分見覚えのある地獄だね…………?


「…………いや、………………はぁ?」


 グリップと、ハンドルレバーと、フットペダルと、計器とか、ボタンとか、コンソールとか、なんか色々。

 陽射し暑っづ……!? いや、え?

 キャノピー全開、て言うか全損してない? 根元からなんも無いんだけど。

 え、なに、は? どゆこと? ごめんなさい誰か僕に説明してくれたりする人って居ませんか?

 いやホント、ジャブジャブのビシャビシャにギャン泣きしてたのに、ピッチリ涙が止まっちゃった。本当にビックリしてる。


「…………は? え、なに、コックピット? 背中のジャリジャリ…………、キャノピーの破片? ……緊急停止レバーのカバーコンソールがスライドしたまま。……って事はデザリアくんの機体? いや、え? いやいや、デザリアくんの体には天使さんの陽電子脳ブレインボックスを突っ込んだから、じゃぁ今は此処ここ、天使さんのコックピット?」


 …………なに? ごめんなさい。えっと、なに? 分かんない。


「…………は? え、移植しても天使さん間に合わなかった? 天使さんも死んだ? いや、でも、外が砂漠じゃん。随分過酷な地獄だな…………。いや待とうよ僕、天使さんが地獄行きな訳無いじゃん。じゃぁどゆこと? …………あぁっ、あれか! 天使さんが実は本当に天使さんで、僕は今から天使さんに乗って天国行きなのかッ!? 今から飛び立つとこ!? え、じゃぁ僕って実は天国行きッ!? 地獄じゃなかった!? クソ親父の負債は僕無罪ッ!? いよっしゃぁ! やったぜクソ親父の馬鹿野郎ッ! 一人で返済してろバーカッ!」


 -ガチンッ、ガチンッ。


「……なんか、天使さんが左のハサミをガチガチしてる。可愛い。…………うわ、これで可愛いとか思うの僕、もう重傷じゃん。どうしようも…………、いやいやいやいやいや待って待ってッ!? じゃぁなにッ!? 僕って天使さんのコックピットの中で天使さんに聞かれながら天使さんへのガチ告白ぶっ放してたのッ!?」


 うわ死ねるッ! 死ねる程恥ずかしい! ヤバい、人生で経験した事の無いムズムズ感が身体中を駆け巡ってる!

 死にたい! 今凄く死にたい! 殺して! 終われせてとか最後にしてとかそう言うんじゃ無くて切実に死にたい! 物理的に死にたい!


 -ガチンッ、ガチンッ。


「こ、今度は右のハサミでガチガチ可愛い。いや違くて、え、嘘でしょッ!? 僕のギャン泣き告白がノーカットでご本人直送!?」


 -ガチガチ。


「あ、次はまた右なんだ。交互じゃ無いんだね。なんだろ可愛いなえへへ…………。じゃなくて! うわ、ごめんね天使さん本当にごめんなさい気持ち悪かったよね本当ちょっと古代文明人ならまだしも現代人の分際でって言うか薄汚い有機生物の分際で天使さんに初恋とか本当もうごめんなさい死ぬので許して下さい埋まります砂漠に埋まって日に焼かれます本当にありがとうございました」


 僕、ふらいあうぇーい。

 ダメでした。コックピットから出ようとしたら天使のシザーアームで優しく摘まれて優しくコックピットに戻されてちゃった。めっちゃ優しかった。全然痛くなかった。天使さん超優しい。

 あと次いでに左のハサミをガチガチしてる。


「えと、あの、本当にごめんなさいでした。人間がバイオマシンに恋とか気持ち悪かったと思います。二度と口にしませんので許してください……」


 左をガチガチ。


「あの、えっと、あれ? そう言えばなんでさっきまで陽射しが痛く無かった…………、ああ、天使さんが廃装甲で日陰作ってくれてたんだ。……天使さん優しいえへへ」


 僕が疑問を口にすると、天使さんはコックピットから見えるように、何処どこかに退けてた装甲を左のシザーアームで挟んで持ち上げてくれた。そしてそのまま装甲でまた日陰を作ってくれて、それから右のシザーアームでガチガチ。


「ああ、じゃぁさっきまでゴンゴンしてたのも天使さんなの?」


 右をガチガチ。


「………………え、もしかしてハサミをガチガチしてるの、可愛い行動じゃなくて、僕へのお返事?」


 右をガチガチ。


「わぁ、可愛いだけじゃ無かった。さすが天使さん。僕を天国に連れてってくれるし、天使さんが凄い天使さんだ」


 装甲を持ち替えて、左でガチガチ。

 …………なんでわざわざ持ち替えた? 右と左で、何か意味が違う?


「……はわっ、えっ、もしかして右と左で、否定と肯定?」


 持ち替えて右ガチガチ。


「えと、今のを肯定だとすると、右が肯定で左が否定。……つまり天使さんが天使さんじゃないと? 天使さんは天使さんだよッ!」


 思わず反論したら、天使さんは右か左か迷う仕草のあと、サソリの丸まった尻尾をコックピットの前まで持って来てフリフリ。尻尾フリフリ可愛い。

 ああダメだ僕もう重症だ。多分治らない奴だこれ。


「んーと、右が肯定で左が否定だから、尻尾フリフリはどちらでも無い、もしくは分からない、とか?」


 右ガチガチ。あってるらしい。

 天使さんが天使である事には異論の余地は無いから、分からなく無いよ。天使さんは凄い優しい天使さんだよ。


「…………えと、ああそっか。僕が一言に幾つも言葉を入れると、どれに応えて良いか分からないだ」


 右ガチガチ。


「なるほど。じゃぁさっきのは天使さんが天使さんである事を否定したかった訳じゃないのかな。そうだよね。天使さんは優しい天使さんだもん」


 右ガチガチ。


「うんうん。やっぱり天使さんは天使さんだ」


 持ち替えて左ガチガチ。


 ……あれ?


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