第2話 拙い手術。



「こ、これ食べて! 急いで! 君だって、お仲間に食べられたくないだろっ!? トドメを刺そうとしといてムシが良いけどさ、一緒に生き残ろうよ!」


 意を決した僕は、今日集めた少しばかりの生体金属ジオメタルを差し出して、瀕死のデザリアの口へと運ぶ。

 子供が持ち運べる量なんてタカが知れてるけど、無いよりはずっと良い。バイオマシンは生体金属ジオメタルを燃料に生きる金属生物なんだから、これから少しでも動いて貰うなら、少しでもエネルギーが必要なのだ。


「あと、悪いけど、簡単に剥がれそうな装甲も剥がしちゃうから、食べてね! 自分の体を食べるとか、気分悪いと思うけど、他の子に食べられるよりはマシだろっ!?」


 僕は焦りながら、ピクピクギシギシと動く瀕死のデザリアから、手早く剥がせそうな脱落気味の装甲を選んで剥がす。死ぬ程急いで剥がす。時間が無い。

 当然、剥いだ装甲は死ぬほど重い。下手すると潰されそうな重さだけど、最初から覚悟してた分、何とかなった。きっと火事場の何とかだ。


「食べて。それで、僕が君を動かして、近寄って来る別のデザリアを倒す。僕は一応、君たちを動かせる知識がある。人が乗らないと出来ない事もあるだろう? だから、その、今だけで良いから、君に、僕の操縦を受け入れて欲しい」


 このデザリアは、コックピットのキャノピーがほぼ全部割れてるので、デザリアの意思に関係無く乗り込める。けど、デザリアはバイオマシンであり、生き物だ。本当に気に入らなかったら、操縦をある程度拒否出来る。

 バイオマシンは古代の凄い人達が作った、人が乗る為の兵器だけど、それは古代の人達を乗せる為であって、僕ら現代人を乗せる為じゃない。と言うか敵対判定を受けているし。敵だから見付かるだけで殺されるんだし。

 だから、僕が二機目のデザリアを撃退したくてこの子に乗っても、この子が嫌がったら操縦どころじゃない。まともに動けない所を元気なデザリアに見付かって、僕もこの子も仲良く死ぬ。


「今、今だけだ! 今だけで良いから。ずっと僕の乗機で居ろとか言わないから!」


 僕は瀕死のデザリアに念押し、とにかく今を凌ごうと意志を共有する。この子も近付いてくる元気なデザリアの存在には気が付いてるだろうし、生き残る意思が有るなら、今だけは従ってくれるはず。従ってくれると、良いなぁ……。

 でも、此処ここで尻込みしても仕方ない。元気なデザリアが来たら仲良く死ぬだけなんだから。

 僕は再び意を決して、デザリアに近付く。動けるならシザーアームが動くだけで僕を殺せる圏内に入る。入れた。これは、受け入れてくれたのだろうか? それとも、僕を殺すだけの元気も無いのだろうか?

 いや、その元気があったなら、さっきバラそうとした時に僕は死んでるんだけど、今はそのくらいの元気が無いと困る。どっちだろうか。

 と、とにかく、割れたキャノピーの隙間からコックピットに侵入する。


「うわぁ、すごい……」


 狭く、比較的簡素なコックピットに見える。

 合成皮革製に見えるシートに朽ちたキャノピーの破片が散らばってて、汚く見える。コックピットの右手側にブーストレバー兼任のトリガースティックがあり、左手側にはアクショングリップがある。フットレバーも右と左に三つずつ見えて、後は細々した計器やスイッチ類が配置されてる。

 父が乗っていたオオカミ型のバイオマシンとは違うタイプのコックピットだ。けど、このくらいの違いなら問題無い。

 一応、クソ親父様から聞いては居たけど、念の為にササッとコックピット内を確かめる。

 うん、これなら大丈夫。

 これでも必勝とか謳ってた傭兵の息子だ。僕にバイオマシンの事をうんざりする程聞かせてから死にやがったクソ親父は、幸い、腕の良い傭兵だったらしいし。


「……バイオマシンの操縦基本は、そう大きく変わらない」


 僕は今から、この瀕死のデザリアを操縦して、元気なデザリアを討伐する。

 これが、頭が沸騰してる僕が思いついた策であり、丸一機分の生体金属ジオメタル陽電子脳ブレインボックス生体金属心臓ジェネレータを諦めずに済む、唯一の選択。

 完全に頭が茹だってる。正気じゃない。けど、一応の勝算はある。まぁ、そもそも瀕死のこの子がマトモに動けるかどうかは正直賭けなので、そこで躓いたら仲良く殺される羽目になる。正直、部の悪い賭けだ。


「人生初めての賭け事がこれなのか……。はは、僕はきっと、ギャンブルの才能は無いな」


 チラッと燃料計を見れば、驚異の三パー。

 …………三パー!? え、三パーなのッ!? そりゃぁさっき食べさせた微量の、ゴミみたいな量の生体金属ジオメタルだけじゃ、大してお腹も膨れなかっただろうけどさ!? それにしたって少な過ぎない!? 本当に本当の瀕死じゃん!

 ああ、でも、そうか。うん。そうだよ、この子瀕死なんだよ。うん。

 エネルギーが三パーしか無いからこそ瀕死なんだ。だから僕を襲え無かったんだ。むしろ当たり前か。ちょっと納得した。

 つまりこの子は餓死寸前で、だけど


「なら、行けるでしょ!」


 餓死寸前でボロボロの体に、僕は今から鞭を打つ訳だけど、君も生きたまま食われるか戦って死ぬか、どっちが良いかって聞かれたら、多分きっと、後者だよね?


「た、頼むよ? 頼むから動いてくれ……」


 この子が動かなかったらその時点で終わりだ。今更もう逃げられない。元々無理だったけど、これで完全にアウトだ。隠れてやり過ごす選択肢すら消えた。既にそんな時間残ってない。

 足跡が近付いてくる。もうすぐそこに居る。あと一歩、もう少しで姿が見える。

 ガション、ガションと音がして、瓦礫の陰に新しい影が差す。


「……今だぁッ!」


 僕はフットレバーを蹴り込んで、瀕死のデザリアに前進を入力する。これで動いてくれなかったら死ぬ。


 -ギギガガギャァィイイ……!


 けど、賭けに勝った。動いてくれた。

 そして、この子は今だけ、ちゃんと僕に従ってくれるらしい。場違いだけど、凄く嬉しくなった。


「行っくぞぉぉおおおおおッッ……!」


 叫ぶ。叫んで恐怖を誤魔化し、勇気を心臓に捩じ込んで自分を騙す。

 耳障りな金属音がギャリギャリ響いて、瀕死のデザリアは駆動してくれた。全身が錆び付いて居るんだろうか? 動きが鈍い。だけど奇襲は成功して、この子を食べに来た元気なデザリアの横っ腹、角から姿を表した側面に食い付けた。


「短期決戦!」


 この子にはエネルギーがもう、三パーしか残ってない。出せる出力もゴミみたいなもんだ。シザーアームも片方無いし、脚も数本無いしで、とにかくパワーも手数も足りない。足が減ってて踏ん張れないのに、踏ん張った先に使うシザーアームも片方無いんだ。正直悪夢だ。もう少しマシな姿で瀕死で居て欲しかった。

 こんな状態で時間をかけてたら、同種のバイオマシンデザートシザーリアであり、エネルギーも残ってて、欠損も特に無い相手とは差がつく一方だ。奇襲のアドバンテージを活かしたまま、不利になる前に終わらせるしかない。相手が仕切り直した瞬間、僕とこの子の死が確定する。


「押せ押せ押せぇぇえー!」


 エネルギー残量が三パー。脚も足りなくて、この機体は踏ん張れない。だからまずは、相手にも踏ん張れない状態になって貰う。

 此処は砂漠と遺跡と荒野の境目。遺跡と荒野のエリアならしっかりと踏み締める地面が有るけど、砂漠には無い。すぐそこに踏ん張れない砂地があって、なら元気な相手をそこまで押し出さなければならない。


「オラオラオラオラァー!」


 相手は押し出して、砂地に追いやって、こっちは遺跡の地面を踏み締め、向こうは踏ん張れない砂地でサソリの脚で四苦八苦させる。これでやっとギリギリ一瞬だけイーブンだ。側面に貼り付けたのもデカい。正面からだと欠損したシザーアームの分だけ不利だし、やっぱり生体金属心臓ジェネレータにガタが来てるっぽくて出力で負けそうだ。正面向かれたらアームが足りてても負けるだろう。


「トリガー!」


 アクショングリップを操作して武装を起動。トリガースティックで照準して、引き金を引く。

 僕とこの子が持ってる二つの勝算。その一つ、武装使用権限の有無。

 バイオマシンは生きている。自分で考えて自分で動ける。だから武器の使用まで自由にしてると、事故が起きる。少なくとも古代人はそう思ったらしく、バイオマシンは装備されてる武装を自分では使用出来ないらしい。僕を残して死んだパッパが何度だって僕にそう言ってた。あの人、酔うと同じ話しばっかりするんだよ。


「狙いは、キャノピー!」


 コックピットに乗った人間の操作でしか武装は起動出来ない。どんなに強力なキャノンがくっ付いていても、大層なブレードが付いてても、搭乗者がレバーを引いて、トリガーを絞って、ボタンを押し込まないと、武器は使えないのだ。


「割れろぉぉおッッ……!」


 つまり、元気なデザリアくんは武装を使えない丸腰で、瀕死のデザリアちゃんは武器が使える。

 出力もエネルギー残量も機体ダメージも、何もかもがクソだけど、たった二つだけ残ってる、僕とこの子のクソデカアドバンテージ。

 デザリアはサソリ型で、サソリの尻尾にはニードルカノンが標準装備されている。

 確かデザートシザーリアは工作機で、ニードルカノンは採掘や廃機の装甲粉砕に使う工業用パイルバンカー。戦闘時には近接格闘に使う武装だ。

 なんのカスタムもして無い素のデザリアが唯一持ってるこの武器で、僕は元気なデザリアくんのコックピットを狙う。

 でもこれは、デザリアくんを殺す為の攻撃じゃない。デザリアくんを殺すには、この元気で万全な状態の彼もしくは彼女の装甲をぶち抜いて、生体金属心臓ジェネレータ陽電子脳ブレインボックスをピンポイントでぶっ壊すしか無い。もちろんそれも狙えるなら狙うべきだろう。

 でも、戦闘用じゃないとしても、パイルバンカーも立派な武装だ。当然使うには相応のエネルギーが要る。ほら、たった一回使っただけなのに、残りエネルギー残量が一パーセント…………、一パーセントッ!?

 うわ、突撃で一パーセント使って、ニードルカノンでもう一パーセント使ったのッ!? ボロ過ぎてエネルギーバカ食いしちゃうのッ!?

 こ、こんな有様だから、装甲をぶち抜いてから急所まで潰すとか、無理。そんなエネルギー残って無い。


 だから、僕はもうこうするしかない。


「うぉぉらあぁぁぁぁぁあああッッ!?」


 ニードルカノンが放つ、けたたましい衝撃音。

 そしてほぼ同時に響く、元気なデザリアくんのキャノピーがぶち割れた破砕音。

 さらに同時、僕はコックピットを飛び出した。

 これが僕たちにある二つ目の勝算。無視出来ないアドバンテージ!


「工作機のキャノピーは低品質ぅぅううう!」


 これもバイオマシン狂いのクソ親父が酔ってリピートしてた!

 今思うとお父さん意外と役に立ってる…………? いや戦争で死なないでくれたら僕が今こんな無謀な事せずに済んでたはずだし、やっぱりダメだよギルティだ。

 ほんの数分一緒に戦った親友マブダチのコックピットから飛び出して、僕は相手のコックピットを、ぶち割ったキャノピーの中を目指して走る。


生身の人間クソザコナメクジでも二対一には変わりないんだよぉぉぉお!」


 そう、戦友が瀕死でも、僕は元気だ。

 友が切り開いてくれた道を、友が走れないなら、僕が走る。

 二対一。僕と戦友は別々に行動出来る。戦友がデザリアくんを一瞬止めて、僕が仕留めに行く。分業出来る。分担出来る。戦略が組める。

 クソデカ過ぎるアドバンテージだ。

 デザリアくんにとって非武装の人間ゴミなんて戦力に数える意味が無くても……!


 エネルギーが無くなるまでの一瞬だけでも、立派な戦力である親友がお前を抑えてくれるなら……!


孤児ゴミでもになれるんだぁぁぁぁああああッッ……!」


 吶喊。

 組み合う二機のデザリア。その装甲うえを走って辿り着く。ほんの数メートル。だけど無限の数メートルを駆け抜けて、僕は砕けた透明なキャノピーに蹴りを入れる。

 内側に蹴り割り、完全にヒト一人を通せる大きさの穴を開けたら、怪我なんか恐れずにコックピットに飛び込む。

 ボロボロの友に見切りを付けて乗り換えた訳じゃない。

 裏切った訳じゃない。

 と言うか、基本的にコイツら現代人の操縦なんて受け付けないから。一時的にでも従ってくれた親友の方が普通じゃないんだ。凄い嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しかった。僕もうあの子めっちゃ好きになったからバラせない。もう頭の中であの子をどうにか延命出来ないかと考えてる。

 もう二度と乗れないとしても、一度きりの共闘だとしても、僕はもうあの子に死んで欲しくない。一生この砂漠で元気に過ごして欲しい。この先もまた出会うことがあったら、拾った生体金属ジオメタルとかおすそ分けしちゃうかも知れない。


「これで、僕達の勝ちッッ!」


 だから、今は取り敢えず、コイツを殺す! 友の事はその後考える。


「バイオマシンのコックピットには例外無く、緊急停止レバーがあるッ!」


 二つの勝算を通して走り抜けた勝ち筋。

 一つ、パイロットの権限で武装を使って貧弱なキャノピーを叩き割る。

 二つ、友が抑えて僕が攻める。別々に攻めれる利点を活かして、緊急停止レバーを狙う。


「おッッ……、らぁ!」


 場所は知ってる。クソ親父にも聞いた事あるし、友に乗ってすぐササッと確かめた。

 右側のコンソールパネルをスライドさせて、カバーを跳ね上げる。するとそこに、黄色と黒の虎柄で塗られたレバーがあって、僕は思いっきり、容赦無くそれを引く。

 事故で止めたりしないように、かなり重く作られてるレバーだけど、命懸けのこの瞬間、この程度の重さなんて屁でもない。


「これでしばらく、止まってろ!」


 すぐに効果は現れ、まずデザリアくんの興奮に合わせてブン回っていた生体金属心臓ジェネレータの駆動音が静かになった。完全に止まりはしないけど、メインシステムがダウンして生体金属心臓ジェネレータがスタンバイモードに移行したのだ。

 次に、今にも親友をぶっ殺そうとしてたデザリアくんも力が抜けて、砂地にズドンと座り込む。……サソリの腹が地に着くのって、「座る」で良いのかな?

 そして最後に、エネルギーを最後の最後まで使い切った親友も、共にダウンして崩れ落ちた。ありがとう親友。もう少し待っててほしい。まだトドメ刺してないから、しっかり僕達の勝利を見てて欲しい。


「急げ急げ急げ……」


 デザリアくんが一時的にダウンしてる間に、僕はまた忙しなくコックピットから這い出す。当たり前だけどダウンしたデザリアくんはキャノピーを開放してくれないので、僕は割れたキャノピーに手を掛けて穴から這い出ないとダメなのだ。お陰で両手がズタズタになった。凄く痛い。

 バイオマシンのコックピットって、ハッチ式とキャノピー式が有るけど、キャノピー式の場合ってこれ、ガラスに見えるけどガラスじゃ無いんだよね。

 これは限り無くガラスに近い性質を持って透明化した生体金属ジオメタルだそうで、つまり鉄なのだ。ガラスみたいな鉄なのだ。何が言いたいかって、めっちゃ手が切れた。と言うか手以外も擦って体もあちこち切れた。超痛い。血がぶわーって出て辛い。孤児は怪我の治療が難しいから怪我は厳禁なのに……。


「ねぇ、君! まだ、まだ死なないで! お願いだから死なないでね!」


 血塗れになりながらキャノピーから這い出た僕は、親友に声を上げる。エネルギー使い切ったけど、即座に陽電子脳ブレインボックスが死ぬ訳じゃない。めっちゃ瀕死だったからヤバいくらい不安だけど、どうにか生きて欲しい。

 はやく、はやくトドメを刺さなくちゃ。コイツはまだ死んでない。

 バイオマシンは生きてる。自分で考えて自分で動ける。だから、嫌な事があった時に人間が暴れるなら、バイオマシンだって嫌な事があったら暴れるのだ。緊急停止レバーとはそんな時に使う為の物で、バイオマシンを永続的に黙らせる装置じゃない。

 物凄く乱暴に言うと、不機嫌になったバイオマシンを一回気絶させて感情をリセットする装置だ。つまりデザリアくんは今、寝てるだけ。起きたらまた暴れる。


「装甲を外すだけなら……!」


 だから僕は、デザリアくんがグースカ寝てる間に、素早く、完全に、完璧に、コイツを無力化する必要がある。

 ただ僕が自分だけ助かりたいなら、今のうちに逃げたら良い。流石にこのデザリアくんも一分やそこらじゃ目覚めない。コイツは最低でも十分ほど寝てる。

 だけど、そうするとデザリアくんが目覚めた時に親友が死ぬ。確定で死ぬ。食われて死ぬ。

 それは嫌だ。凄く嫌だ。

 なので、僕はコイツにきっちりトドメを刺すため、コックピットから飛び降りて、古びた粗末な工具を腰の雑嚢から取り出す。


「…………直接、陽電子脳ブレインボックスを引っこ抜いてやる」


 やり方は知ってる。僕ら孤児からでも生体金属ジオメタルを買い取ってくれる代わりに、ちょっとだけ買い叩くオジサンから教わった。

 丁寧に、慎重に、終わった後に元の状態へと戻す前提での作業なんか知らないけど、装甲を剥ぎ取って乱暴に陽電子脳ブレインボックスを引っこ抜くだけなら、僕にも出来る。

 工具を装甲に突き立て、大きな留め具を塞ぐカバーをバキッと外して、どんな仕組みなのかも分からない留め具も乱暴に外して行く。

 急げ、急げ、急げ。

 十分で終わらないと意味が無い。再起動したデザリアくんにぶっ殺される。

 剥いで、剥いで、剥いで、取って、向いて、退けて、抜いて、捻って、逸らして、外して、滑って、引いて--……。


「ああああああ意味の分からないケーブルとクソデカアクチュエータが邪魔ぁああッッ! でもケーブル切るのはダメぇえ! アクチュエータ壊すのもだめぇー! うねうねしてるパイプも意味わからんんンンンッッ……!」


 壊す気でやってるけど、本当に壊すのはダメだ。変に力が掛かってるパーツとか、バチィッて弾けて僕に向かって来たら、下手すると僕が死ぬ。ダウンさせたけど生体金属心臓ジェネレータはまだスタンバイモードで動いてるんだ。そんな機体の中でめちゃくちゃやったら、マジで死ぬ。

 ああ時間が無い。時間が無い。この場所から外すのが最短ルートだったはずなのに。焦ると時間の感覚が分からなくなってくる。

 もう何分経った? まだ一分? もう五分? それとも十分リミット


「あっあっあっ、あった! あったぁぁあッ! 陽電子脳ブレインボックスッッ……!」


 ぐちゃぐちゃしてたり、うねうねしてたり、ギチギチガチガチしてるデザリアくんの中を弄くり回して、やっと辿り着いた中心部。何となく、サソリの後頭部ってこの辺? みたいな場所の中心にある、ガッチガチに硬そうで色んなケーブルやパイプに繋がった箱。

 僕は慎重に、その箱に工具を差し入れる。必要な金具を必要なだけ外して、この箱の中にある陽電子脳ブレインボックスをゆっくり取り出す。

 それは、堅牢な宝箱の中に仕舞ってあった、不思議な箱。

 僕が膝を抱えて座ったくらいの大きさがある箱で、正四角形の立方体。

 外側の素材は透明で、多分キャノピーなんかと同じ様な素材なんだろう。中にはオレンジ色でキラキラした謎の液体がうねって見える。その液体の粘度は高そうだ。

 もう正直、この箱を叩き割ってデザリアくんを完全にぶち殺したい衝動に駆られる。僕達を殺そうとしやがって。お陰で血塗れなんだぞ。と言うか血が止まらなくてちょっとマズイ気がして来たんだぞ。

 血液だって水分には違いないし、砂漠のど真ん中でこんなに血を流して水分を失うとか、実質もう僕って死んでるんじゃないの?

 …………あれ、僕これマジで死ぬんじゃないッ?


「ぐぅぅ、叩き割りたい……! けど一○万シギルぅ……!」


 葛藤の末、僕は我慢した。僕のイライラよりシギルの方が尊いし価値がある。孤児はそれを良く知ってるんだ。


「……よし、急げ急げ急げ!」


 僕は本体を引っこ抜かれて実質死亡したデザリアくんの体内から、新鮮で元気な陽電子脳ブレインボックスを抱えて外に出た。実質死んでるなんて、デザリアくんってば僕とお揃いだね。ふふ、許さないからね。怨むからね、君の事。

 とは言え、これは大事な飯の種。座った僕くらいに大きいのに、思ったより軽くてビックリするけど、そんな事より一応の保全として陽電子脳ブレインボックスに布を巻く。使う布は僕のターバンだ。無事な布がこれしか無いんだ。服はコックピットを出る時に切ってズタズタだし。本当に怨むからね。

 ……いや本当に血が止まらないんだけど。え、死ぬ? 僕、死ぬ?


「ま、まぁそんな事より! ねぇ見て! 勝ったよ! ほら、君と僕の勝ちだよ! 万全なデザリアを、一緒に倒したよ!」


 まず勝利報告。この勝利は、親友の力あってこそだ。この子が居なかったら勝てなかった。

 まぁ、そもそも出会わなかったらこんな目に遭わなかったんだけど、でもお陰で一○万シギルで売れるブツが手に入ったんだから怨んでない。

 と言うか僕が瀕死の親友へ勝手に近付いて、一方的に殺そうとして、勝手に巻き込まれだけである。親友は完全なる被害者だ。デザリアくんは間違いなく加害者で、僕も加害者で、親友だけが完全に被害者。

 むしろ、一時は親友をバラそうとしてた僕なんかに協力して、命懸けで戦ってくれた。性格が天使過ぎる。砂漠の天使だ。この過酷な環境にも天使は居たんだ。なんか感動して来た。

 え、マジでこの子天使じゃない? 凄い良い子じゃん。


「あっあっあっ、ダメだ、ダメだよ。やっぱり君は死んじゃダメだ。こんな良い子が死ぬとか有り得ない。君みたいな天使が死ぬべきじゃ無い。この場で死ぬべきクソはコイツと、僕なのに」


 血みどろのまま、ターバンでぐるぐる巻きにした陽電子脳ブレインボックスをシェイクする。コイツめ、分かってるのか。砂漠の天使をイジメやがって。許さないからな。お前なんて整備屋に売り飛ばしてやるからな。専用施設で初期化されてクソみたいな傭兵に買われてしまえ。


「僕も、ちょっと本気で血が止まらなくて、ヤバくなって来た。砂漠で寒気がするとか、本気で死ぬんじゃないかなコレ」


 ………………うん。これ、死ぬな。本当に死ぬな。これもう助からないな。寒くなって来た。

 まぁ、良いか。どうせ僕、孤児だし。

 生き残れたらこの陽電子脳ブレインボックスを売り払って人生逆転出来そうだけど、普通だったらもう、ちょっとやそっとじゃ這い上がれないし。

 生き別れた母なんか何処にいるのか知らないし、父も死んだし、頼れる身内も居ない。当たり前に死んで行く孤児が、当たり前に死んで行く。ただそれだけの事だ。

 それでも、死ぬ前に野生のバイオマシンに乗って、天然の陽電子脳ブレインボックスそのままで操縦するなんて、凄い体験までしてから死ねるんだ。めっっっちゃくちゃ幸せな最後じゃん。あの世でクソ親父に自慢出来るじゃん。

 御伽噺よりちょっとマシくらいの確率らしい、野生そのままのバイオマシンが、僕の操縦で動いてくれて、しかも元気なバイオマシンと戦って、しっかり勝てたんだ。最高じゃん。

 子供残して死んだ馬鹿な傭兵の息子の最後としては、最上級の最後じゃないか。

 よし、死んだらクソ親父に自慢しまくって煽り散らしてやろう。そうしよう。


「…………でも、君はダメだ。君が死ぬのは嫌だ。凄く嫌だ。僕があの世に持ってく幸せな想い出が、そんな悲しい最後だなんて嫌だ。凄く嫌だ。絶対に嫌だ。何がなんでも嫌だ。ほんの少しも納得出来ない」


 きっと古代文明では、しゃんとした軍人さんを乗せるために作られたのに、薄汚れた鉄クズ漁りの、バイオマシンの死肉を漁って食いつなぐ卑しい現代人の操縦を受け入れてくれた。

 こんなみすぼらしい孤児を乗せて、ボロボロの体で勇敢に戦ってくれた。

 僕がなんの相談も無く飛び出して、敵のコックピットに乗り移っても、まるで裏切って乗り換えた様に見える行動をしても、エネルギーが切れる最後の最後まで戦ってくれた。命を振り絞って、信じてくれた。背中を預けてくれた。

 こんな子供が、野生のバイオマシンに乗って、バイオマシンと戦って、華々しい初陣で見事勝利する。こんな素敵な大戦果贈り物を僕にくれた。

 間違い無く天使だし、控えめに言って女神だよ。……やっぱり天使で。天使の方がなんか可愛いし。

 僕は、この子が死ぬ事だけは認めない。文字通り、死んでも、絶対に、絶っっっ対に認めない。

 明日も明後日も、陽に焼かれながら日銭を稼いで、僅かばかりの水を買う。そうやって食い繋いで、何時いつまで続くか分からない、緩く深いこの地獄。それがまた明日も、明後日も続いて行く。そんな日々を彩る、心の底から楽しくて幸せで、誇らしい想い出が出来た。怖かったけど、マジで楽しかった。勝てて嬉しかった。昨日までのクソみたいな毎日が、明日も明後日もずっと続くくらいなら、本気で今日この時が最後で良い。そう思えるハチャメチャ楽しい経験だった。

 僕はもう多分、どうにもならないけど。きっと、父が死んで一人になったあの日からずっと、僕は死んでるのと変わらなかった。なのに、そんな僕に、このクソみたいな人生の最後に、こんな最高のプレゼントをくれたこの子が死ぬは、嫌だ。絶対に嫌だ。それだけは嫌過ぎる。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 どうせ今から町に向かっても間に合わない。出血か脱水か、どっちにしろ僕は死ぬ。絶対に町まで辿り着けない。マジで血が止まらない。なんか大きな血管でも切ったかな。にしては長持ちしてる気もするけど、この陽射しの中なら大差ない。

 この止まらない癖に中途半端な出血量が、まるで昨日までの僕の毎日だ。緩くて終わらない死への道。本当にクソだったな僕の人生。

 母は多分どっかで生きてるっぽいから、正確には僕って孤児とは言わないのかもしれないけど、でも何処にいるか知らないし、実質孤児で合ってるよね。

 一山いくらの孤児が、ゴミみたいな人生が明日からも続いてゴミみたいに死んで行く孤児が、最後にクッソ楽しい経験させて貰った。本当に感謝だ。さっきはバラそうとしてごめんね。本当にごめんね。


「いやぁ、良かったぁ」


 母の顔も思い出せない歳に家族が別れて、傭兵でろくでなしの父親にアチコチ連れ回されて、最後は寄りにもよって砂漠の町なんて言うクソ難易度の場所に置いてかれたまま先立たれて、マジのガチでゴミみたいな人生だったけど。

 だけど、こんな人生だったけど、僕は最後に納得して死ねるんだ。いやもう、本当に感謝だ。天使。本気で天使。


「だから、もうどうせ死ぬんだから……」


 流石に突然過ぎたけど、本気で血が止まらないし、もう助からないって分かるし。寒いし。自分の最後にめちゃくちゃ納得出来る幸せを貰ったし。


「だから僕の命、君にあげるよ」


 思い付いたよ。

 天使が助かる方法。


「そうだよ。簡単じゃん」


 バイオマシンは、陽電子脳ブレインボックスが本体だってクソ親父が何回も言ってた。酒に酔ってベロベロになって、何回も何回も同じ事を言うんだ。

 あのクソ親父マジで死ね。いやもう死んでるんだけどさ。

 でも、クソ親父に植え付けられた知識のお陰で天使が助かる。だからコレだけはめっちゃ感謝してやろう。マイナスと相殺してもマイナスの方が大きいから結局ギルティだけどね。


「そう、そうだよ。陽電子脳ブレインボックスが本体で、機体を乗り換えても良いんだから、めったゃ簡単じゃん。だってそこに、死にたてホヤホヤが居るんだもん」


 だから僕が、この子の陽電子脳ブレインボックスを、ついさっき魂を引っこ抜いて空になった機体に、ササッと移植すれば良い。


「……僕、ちゃんとした整備とか知らないから、新しい体も乱暴に開けちゃったけど、そこはバイオマシンの自己回復能力で何とか、こう、良い感じでお願いね!」


 よし、やるぞ!

 幸い、新しい体の方はもう、コイツを取り出す為に開けた道がある。だから後は天使の魂をボロボロの体から引き抜くだけだ。

 こっちの体は二度と使わないと思うし、魂に傷が付かない様に気を付ければ、他は乱暴に壊しても大丈夫なはずだ。速度最優先で。バリバリ行こう。

 天使も凄い弱ってて、最後も力を振り絞ってくれた。陽電子脳ブレインボックスも弱ってて時間が無いかもしれない。もしかしたら時間に余裕がある可能性も、まぁ有るけどダメだ。移植が終わる前に僕が死んだら天使も死ぬんだから、結局急がないとダメだった。


「…………良く考えたら、これって死ぬ前に整備士の真似事までしてるんだよね。それも、ちゃんと動く機体で」


 そう考えると、これも凄い経験じゃ無いだろうか。クソ親父だってきっと、陽電子脳ブレインボックスの積み替えなんて経験無いと思うし。

 ははっ、天使のお陰で僕の最後がどんどん華々しくなっていくぞ。最高の死に様だ。天使は本当に天使だなぁ。どんどん好きになって行く。


「野生のバイオマシンに乗って、初めて一人で操縦して、戦って、勝って……! 何時いつも見ていた整備士の、本格的な経験までして…………」


 それで。


「最後に、恩を返して死ねる」


 ああ本当に、良い最後だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る