【旧】サソリに乗った少年。〜置き去りにされた孤児はサソリと一緒に幸せになれますか?〜【改稿前版】
ももるる。【樹法の勇者は煽り厨。】書籍化
第1話 孤児ラディア。
僕の名前はラディア。砂漠の孤児だ。
父は傭兵だった。母の顔は覚えてない。確か、二歳か三歳くらいの時に両親が離婚して、それっきりだ。
それから各地を転々として、気が付いた頃にはもう、僕は砂漠に居た。
父の名前はライディウス。
そうして僕は、天国へと旅立った父から砂漠の町へと取り残されて、母も居らず、めでたく戦争孤児の仲間入りをした。父の死から四年経って僕は十歳になったけど、体の成長と収入は比例しなくて、生活は当たり前に厳しい。
僕も傭兵の息子らしく、バイオマシンでも持っていれば良かったのだけど、と言うか父が僕に何かしらのバイオマシンを残しくれていれば良かったのだけど、半分根無し草みたいな傭兵が息子に残す財産など用意してる訳も無く、父の相棒のバイオマシも戦争で父と一緒に木っ端微塵で、僕は今日も変わらず鉄クズを漁る生活に勤しんでいる。
「…………はぁ、暑い」
カラッとした空気と、命を焼く陽の光が辛い。
風に舞い上がった細かい砂がダボダボの服を叩くから、手で払う。頭を照らされると危ないから、薄汚れた粗末なターバンをしっかりと撒いて、砂漠の曖昧な境目を跨いで遺跡群に入る。
古代文明とは関係無い、ちょっと古いだけの遺跡群は、砂漠を跋扈するバイオマシンに破壊されてボロボロだ。瓦礫しか無い廃都市って行った方が正しいかも知れない遺跡だ。
この場所には、様々な理由で朽ちたバイオマシンの残骸が転がっていたりするので、頑張れば結構稼げる場所だ。
身寄りの無い僕はこんな場所で今日も、腰の雑嚢にちょっとした工具を入れて、スカスカの背嚢にちょっとした鉄クズ集め、命懸けで砂漠を歩く。
「…………暑い」
必要不可欠な装備も無く、子供が一人で町を出て砂漠を歩くのは自殺に近い。でも砂漠に来ないとどっちにしろ、飢えるし渇く。そして死ぬ。
だから僕は今日も町を離れて遠く、砂漠を歩く。もう慣れっこだ。
一応、砂漠の温度と陽射しから命を守る為のナノテクノロジーで作られた布を寄せ集めて作った服のお陰で、何とかなってる。じゃなかったらとっくに脱水症状で死んでる。
「……今日は、鉄クズが、全然見当たらないなぁ」
僕がこんな命懸けの生活を送っているのは、間違いなく父のせいだ。
父は傭兵だったけど、育ちはまぁまぁ良かったらしい。お陰で僕も、読み書き計算はある程度教えてもらったし、なんならバイオマシンの簡単な操縦まで出来る。だから、バイオマシンさえ有ればもう少しは生活が楽になるはずなんだけど、人生はそう上手くは行かない。
僕を残して死んだ父を怨む。ホントに怨む。どうしてくれんだコノヤロウ。あのクソ親父。
「……いっその事、自分で野生のバイオマシンでも、捕まえてみようか?」
バイオマシン。
古代文明のなんか凄い技術で作られた、なんか凄い兵器。
機械なんだけど生きていて、基本的に現代人に敵対してる。人を見つけて殺せそうなら取り敢えず殺しに来る殺戮兵器だ。
「……はは、無理だよね」
砂漠と荒野と遺跡群が混じるこの危険域で、鉄クズ集めをしながら独りごちる。
実際にバイオマシンの捕獲なんて事をすれば、僕はたちまち野生のバイオマシンに殺されてしまう。当たり前だ。人間の何倍もある鉄の塊に、非力な子供が何をすると言うのか。瞬殺されるに決まってる。
だから、このタラレバは本当にタラレバで、それ以上の意味なんて無い。
生身で、しかも
……うん、ストレートに自殺だ。下手したら本当に、僕の死が事故じゃなくて自殺として処理されるくらいに、無謀な行為だ。
「僕には、こうやってバイオマシンの残骸を集めて小銭を稼ぐのが精一杯……、なん、だけど…………」
古代の文明が残した、生きた兵器。
体が『
古代人が乗って操る為の兵器が今もそのまま作られるので、基本的に体の
僕達現代人は、どうにかしてそのバケモノを捕まえて、
極々たまーに、古代人仕様のままでも味方になってくれるバイオマシンも居るらしいけど、御伽噺よりはマシってくらいの確率らしい。父が昔そう言ってた。
この砂漠で良く見るのは、砂色のサソリ型で、確かデザートシザーリアって名前のバイオマシンだ。
…………そう、ちょうど、今僕の目の前に居るコイツみたいな。
「……うわぁ、デザリアの死骸とか初めて見た。…………えっ、うわっ、コイツ生きてるっ!?」
砂漠と荒野と遺跡の境目。良くバイオマシンの残骸が転がってるこの場所で、崩壊した遺跡の瓦礫を避けて日陰に回り込んだ僕は、そこで瀕死のデザートシザーリアを付けた。
デカい。
ただデカい。本当に生き物なのかと疑いたくなる鉄の塊だ。
反った時の尻尾を除けば、体高は恐らく四メートル程か。全長も尻尾を除いて十メートル前後はあって、そこに五メートルは超えるだろう長さの尻尾が備わった大きなサソリ型バイオマシンだ。
砂色の塗装がアチコチ剥げてて痛々しい。経年なのか、戦闘の余波なのか、素人の僕には判別出来ない。
所々は鋭角だけど、基本的には丸みを帯びた生物的なデザインに見える。デカくて怖いけど、カッコよくて、可愛くもある。そんな風に見えた。
「す、凄い。丸一機分の
だからこそ僕は砂漠でも生きて行ける。ちょっとの
今更だけど、いくら何でもボトル一本で七シギルは高過ぎるだろ。塩だってパック一つで四シギルは持って行かれる。ふざけてる。
まぁ塩なんて民間レーションがあれば要らないんだけどさ。
「これだけ
見付けたデザートシザーリア。略してデザリアと呼ばれがちなコイツは、本気を出せば僕なんて一秒もかからずに殺せる怪物だ。けど、目の前に居るデザリアは本当に瀕死に見える。
背中に見えるコックピットのキャノピーなんかバリバリに割れて跡形も無く、右の鋏は良く見ると根元から折れてて動かせそうに無いし、脚も右の一番後ろと左の真ん中がベッキリ折れてる。
勿論、こんなボロボロの状態だろうと、僕を殺す程度の事は簡単だ。相手はバイオマシンなんだから。だけど、このデザリアは本当に限界みたいで、錆びたのか何なのかギシギシ言う体を満足に動かす事も出来ずに、僕に向かって残ったシザーアームを向ける事すら出来てない。
「ほ、本当に瀕死なの? うわぁ、こんな幸運ってホントにあるんだ……」
燦々と照り付ける陽射しに焼かれながら、僕は降って湧いた幸運にはしゃぐ。
だって、こんなに巨大な鉄の塊を独り占め出来るし、このデザリアはまだギリギリ生きてるから、生きた
一シギルあったら最低グレードの民間レーションが一つ買える。つまり一食。
普通の、水道が通ってるごく普通の都市だったら水もタダで飲めるし、一日三シギル、少なくとも二シギルはあったら食って行ける。最低限の栄養は口に出来る。
それが、
「…………いや待てよ? 死にかけなら、もしかして
死にかけのデザリアから剥ぎ取るのだ。もしかしたら本当に、
「……いやダメじゃん。こんな量の金属、どうやって持って帰るんだよ。…………僕はバカなのか」
良く考えれば、僕はどうやってこの巨大な鉄塊を持ち帰る気なんだ? 浮かれ過ぎて皮算用が過ぎる。
僕は孤児だ。町に戻って人手を集めたとして、この鉄塊の権利を大きく主張出来る訳が無い。そう言うのは信用がある人が信用してる人に対してやる物だ。孤児が適当にそんな事をすれば、手に入るはずだった利益の殆どを持って行かれてしまう。
「さて、どうしようか……?」
幸い、コックピットのキャノピーが割れて、中に入れそうだ。なら、自分で動かして町まで持って行く? 長く乗る訳じゃない。町まで持てばそれで良い。
もしかしたら、こんな瀕死でもコックピットからの操作なら動くかも知れない。
「いやいや、ダメだろ。そんな運び方して、他の元気なバイオマシンに目を付けられて襲われたら、そのまま死んじゃう……」
デザリアに限らず、バイオマシンは同種の仲間にも大して仲間意識を持たない。そしてバイオマシンの主食は
つまり、乗って帰るのは控え目で大胆な自殺だ。ナシだ。
「……どうしようかなぁ。諦める手は無いもんなぁ」
それだけは無い。これだけの量の
砂漠の生活は大変なのだ。水も塩も、生きる為に必要な物資は当たり前に高額で、金の稼げない孤児はあっと言う間に渇いて死に絶える。
民間レーションにミネラルは入ってるから塩は除外出来るとしても、砂漠で人間が一人、一日に生きる為に必要な水がボトル三本。一本七シギルだから、二一シギル。子供だと二本で済むから一四シギル。
そこに一日二食、出来れば三食分の民間レーションで三シギル。計一七シギルあれば、砂漠の孤児はギリギリ生きて行ける。
僕がこうやって危険な砂漠を彷徨うのも、それがお金になるからだ。
バイオマシンの残骸、
普通の大人が普通の給料で普通に働いた場合、月に一五○○シギルから三○○○シギルくらい。
つまり、僕みたいな孤児でも、背嚢を
もっと言うと、砂漠に転がって品質ガタガタの、文字通りに「鉄クズ」の状態の
だからこそ、僕みたいな子供が運べる程度の量でも、砂漠で生きて行ける。きっと、こんなに水が高く無い場所だったなら、もっと楽に生きて行けた。
僕はそんな風に、毎日必死で
僕だって出来るなら、
「……一旦隠して、町に戻ってから何か考えようか?」
此処で日に当たりながら長考しても、意味が無いように思えて来た。ターバンの中が蒸れるし、このまま陽射しに晒され続けるのも正直、普通に命が危ない。いくらナノテクノロジー由来の服だって、限度がある。
この場所が瓦礫の陰とは言っても、その影を殆ど占有しているのは瀕死のデザリアだし、日陰でも気温はバカみたいに高いし。
「いやでも、町に戻ってる間にこのデザリアが死んだら、
元気な機体から引っこ抜いた
悩ましい。瀕死だろうと、腐ってもバイオマシンなんだ。古代文明の超技術で生み出された兵器なんだから、こんな状態でも簡単には死なないかも、知れない……。でも死ぬかも知れない。
と言うか、バイオマシンはバイオマシンを食べる。
いや怖過ぎる。一回帰る選択がナシ過ぎる。帰ったら戻って来た時に確殺デストラップが待ち構えてるとか嫌過ぎる。ナシだナシ。
このデザリアも、そうやって他の子に食べられるのが嫌だから、こんな所に隠れてるのだろうか?
そこを僕なんかに見つかってしまったのは可哀想だけど、君が死にたくない様に、僕も死にたくない。明日も明後日も、生きて居たい。
「ごめんね。君がもし元気なデザリアだったら、仲良くなりたかったけど……、と言うかそれで君に乗れたら、最高だったんだけど……」
でも、本当にこの瀕死のデザリアが元気だった場合、僕が乗るとか乗らないとか以前に、普通に僕が一方的にぶっ殺されたはずなので、やっぱり瀕死で良かったわ。ごめんねデザリアくん。もしくはデザリアちゃん。
「うーん、せめて
この全身分の
うん、無理だな。諦めるのは不可能に近いけど、無理な物は無理だ。デストラップを覚悟して往復が精々か。
デカくて重くても、
「……全部運べたら多分、三○万シギル、いや四○万シギルはするかなぁ? あぁ、諦めるの嫌だなぁ」
羨んでも、出来ない事は出来ないし、時間も勿体無い。
僕は溜め息を吐きながら、腰に挿した粗末な工具を手に取って、ろくに動けないデザリアに近付く。
半端に固まっている鉄塊をバラす為に持ち歩いてる工具だけど、こんな所で役に立つとは思わなかった。
バイオマシンを分解出来る正規の工具じゃ無いけど、瀕死のバイオマシンを無理やり、少しずつ分解するくらいならコレでも用は足りるはずだ。
この砂漠ではサソリ型のバイオマシンを良く見るし、サソリ型に乗ってる傭兵も良く居る。だから鉄クズを売りに行く町の整備屋でも良く見るし、気の良いオジサンが色々と教えてくれた事もある。
そのお陰で、僕はデザリアに限って
整備士の技術なんて無いし、外した装甲を正しく付け直す事も出来ないけど、それでも砂漠に転がるデザリアの残骸を上手くバラすくらいは出来る。僕の数少ない自慢の一つだ。
「さて。……ごめんね。君も生きたいんだろうけど、僕も生きたいんだ」
そうして、目の前のデザリアに近付いて、シザーアームが届く場所に踏み入る--…………、寸前。
-ガション……、ガション……。
「あ、足音……」
血の気が引く。
足音だ。デザリアの。
それも、目の前のコイツじゃなくて、別の、今も元気に動き回れる個体が発してる足音で、しかも結構音が近い気がする。
つまり、僕にとっての「死」が、すぐ側に居る。
「なんっ、嘘でしょ……」
デザリアは、この辺りの砂漠では良く見る機体だ。けど、それは『比較的良く見る』が正しい弁であって、本当にしょっちゅう遭遇する訳じゃない。もしそんな遭遇率なら、僕は鉄クズ集めなんてやって無い。命がいくつ有っても足りないから。
なのに、目の前にも瀕死のデザリアが居て、足音が聞こえるくらい近くにも追加で一機? なんて日だ。こんなに短い時間に二機のデザリアに遭遇するなんて、運が悪いにも程がある。
どちらも瀕死なら翻って幸運過ぎるのだけど、片方が元気なら僕は簡単に殺されるので、死ぬ事が幸運と呼べる様な特殊な事情が無いなら、間違いなく今の僕は不幸である。
「そ、そうか。瀕死の、この子を食べに来たんだっ。ど、どうしよう……!?」
バイオマシンはバイオマシンを食べる。バイオマシンを構成する
特に仲間意識とか無くて、場合によっては同型機でも争ったりするバイオマシンだけど、基本的には万全な状態の同型機なんて襲ったりしない。だって戦力が互角なんだから、戦って勝っても殆どの場合は自分も瀕死になる。
だから、普通は争わない。
多少の怪我なら
だけど、いやだからこそか、こんな風に最初から動けない獲物が居たなら、ノーリスクで
「きっと、センサーとかで瀕死のデザリアに気が付いたんだ。なら真っ直ぐ此処まで来る……!」
まだ遺跡の瓦礫のお陰で見つかってない。当然、僕からも向こうが確認出来ない訳だけど、やっぱり足音は近い。当たり前だ。奴はこの子を食べる為に来たんだから、最短ルートでやって来る。
もしかしたら、僕が見えて無くても、センサーか何かで僕の存在にだって気が付いてるかも知れない。
「こ、殺される……!」
種類を問わず、野生のバイオマシンは九割九分九厘、人間の敵だ。正確には現代人の敵だ。
追い回して殺し尽くすのは面倒だけど、簡単に殺せる距離に居るなら普通に殺しに来る。取り敢えずで殺しに来る。理由が無くてもサクッと殺しに来る。
バイオマシンは基本的に巨大だ。そして巨大な体に見合うだけの歩幅があり、つまり移動速度が人間の比じゃない。このまま徒歩で逃げても、元気なバイオマシンならちょっと小走りするくらいの手間で僕を追い詰めて殺せる。
今から逃げても遅い。
最善手は、少し離れて隠れる。コレだ。元気なデザリアは十中八九、瀕死のデザリアをセンサーか何かで見付けて食べに来たんだから、瀕死のデザリアを見捨てて隠れてれば生き残れる可能性が高い。
可能性が高いって言っても、今から走って逃げるよりは、僕の存在に気が付いて無い可能性に賭けて隠れる方が幾分かマシってだけなんだけど、それでもバタバタと走って逃げて、自分の存在を喧伝するよりはずっと良い。
僕みたいな無力な存在がバイオマシンの生息する場所を歩くなら、本当は見付かっても走って逃げれば相手が面倒に思う距離が必須だし、この砂漠の孤児にとっての基本だ。そんな基本を守ってたから、僕は今日まで生きて来れたんだ。
「し、ししし、死にたくないっ。隠れないと死ぬ……!」
けど、だけど、そうすると、僕は一生に一度の幸運ってくらいに幸運を、この瀕死のデザリアに出会えた幸運を、全部持って行かれる事になる。高値で売れる
それは嫌だ。凄く嫌だ。
「…………あっ」
ふと、瀕死のデザリアを見る。
思い付いた無謀が頭をよぎって、それを思い付いた瞬間から--
「……やるしか、ない」
僕はもう、それしか考えられなくなった。
時間が無い。元気なデザリアの足音は本当に近い。多分、もう瓦礫一つとか、二つ先くらいの距離に居る。
生唾を飲む。失敗すれば死ぬ。確実に殺される。けど、成功すれば、僕の人生は一気に、上がる。
「や、やる。やってやるッ……!」
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