第3話

その日の夜、摩希は再び外に出た。

せっかく真理亜から貰った魔法グッズなのだ。堪能しないのは勿体ない。

迷子にならないように、自宅の明かりは付けたまま摩希は夜空へと浮き上がる。

自宅付近から離れると夜の空は暗く星が綺麗だった。

このまま高く高く飛んでいったら星に届くんじゃないか。

そんな錯覚にかられる。


しかし現実はそうではなかった。

途中で急に身体が傾く。

えっと思った瞬間には頭と足が上下逆転していた。

『嘘でしょ!?』

高度制限があったなんて知らない。真理亜はそんなこと一言も言ってなかった。

そもそも取り扱いの注意事項なんて同じ魔女なら当たり前と思われていたのだろうが。


落下途中でぐっと足裏に力を込める。

こんなことで死ぬのなんてごめんだ。

必死に力を込めたお陰で落下速度は落とすことが出来た。

しかし身体の均衡は保てず、ドンがらガッシャンと木の板に盛大にぶつかる。

『痛てて…』

どうやら腰を強打したようだ。

お尻を手で押さえていると、ふと顔に暖かく湿った空気が触れる。

『湯気?』

顔を上げると上半身裸の白石さんと目があった。

(終わった。別の意味で人生終わった) 

摩希は両手で顔を覆った。



『お茶をどうぞ』

『ありがとうございます……』

摩希は今、白石さんのお家でお茶を飲んでいる。

気まず過ぎてお茶の味なんて解らないが。

あの時摩希が衝突したのは白石邸の露天風呂だったのだ。

ここ付近では天然の湯が出ているらしく、自宅に露天風呂は通常らしい。

『はは、まさか斜面から人が降ってくるだなんて』

『申し訳ございません……』

くすくすと笑う白石さんに対し、摩希は深く頭を下げる。


『いえ、いいんですよ。壊れたのは囲いだけですし。2、3年前に自分で作って以来でしたので、強度も気になってはいたんです。

羽田さんに大きな怪我がなくて良かったです』

『そんな!せめて材料費だけは弁償させてください。この度は本当に申し訳ございませんでした』

摩希は再度頭を下げる。


『そんな大した額ではないですので、気にしないでください。毎年くる奴らの方がよっぽどたちが悪いですし』

『奴ら?』

沈んだ声に咄嗟に顔を上げて聞き返す。

熊か何か被害を受けているのだろうか。

『ああ、申し訳ないです。つい溢してしまいました。例の窃盗集団ですよ。ニュースになっている。あれ、うちも被害を受けているんです』

白石さんの白皙の顔が暗く陰る。


(うーん、こんな美形を曇らせるなんてなんて野郎だ。せめて証拠写真だけでも納めてやりたい。)

これなら自分にも出来そうだと摩希は思った。

どうせ上空に逃げればこっちのもんだ。

摩希はぐっと拳を握る。自分のことを棚に上げているとは露ほど知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る