第2話

1ヶ月後、摩希は山の中にいた。

山の中のコテージには前から憧れがあった。

軽井沢の別荘、北海道の大自然…。

どれも魅力が溢れていたが、予算と目立たないことを考慮し別の場所にした。

選んだ場所はどこぞの山脈の斜面高くにある中古の民家だ。

いわゆる、天空集落というやつである。



『よいしょっと』

なけなしの財産を詰め込んだ大きなリュックを居間に置き外に出る。

足には例のブーツを履いていた。

ブーツを履いている時に足裏に力を籠めれば空を飛べる仕組みだ。

なので普段使いしている分には問題ない。

『ん~、外の空気が気持ちいい』

さすが大自然と言うべきか。

都会とは全然空気が違う。

周囲を散策してみる。一応ご近所さんには挨拶周りは終わっていた。

やはりどういった事情で引っ越して来たのか疑問に思われたが、それは笑って流してしまった。

誰にだって言いたくないことはある。


少し歩くと目の前に大きな農園が見えてきた。

『ここの特産って何だったっけ?』

立地と値段しかみていなかったため、他のことは全然調べていない。

じーっと見てみると、それはぶどう園だと解った。

ネットの隙間からぶどうの一部が見える。

そろそろ収穫期だろうか。

(秋かぁ。)

何ともいえないタイミングに引っ越してしまった。大雪にならない土地だといいのだが。


ぼんやりと突っ立っていると突然後ろから声をかけられた。

『あれ?観光の人かな?申し訳ないのですが、ぶどう狩りのシーズンはこれからでして─』

『あっすみません!特にぶどう狩りとかじゃないんです。ちょっと近所に引っ越して来まして』

驚いた摩希は慌てて振り返りながら返事をしてしまった。

『ああ、裏手に引っ越して来た羽田はねださんですか。自宅の方に挨拶に来てくれたみたいで、農園の方にいたから出られなくて申し訳なかったです』

確かに挨拶周りをして不在が数件あったがその1つか─! ご近所さんから私が引っ越してきたって噂を聞いたのかな。


摩希は住人の姿をそっと見る。

その瞬間数秒固まった。

その住人は整った顔立ちの青年だったのだ。

多大に申し訳ないが、挨拶周りをした限り周囲は摩希よりも一回り以上年上の方々だったため油断していた。

手で髪を押さえながら摩希は応える。


『いえいえ!こちらこそお忙しいところお邪魔してしまい申し訳ないです。

先日引っ越して来ました羽田摩希はねだまきと言います。よろしくお願いします!』

『ぶどう農家の白石貴久しらいしたかひさです。羽田さん訛りがないんですね。ひょっとして麓からじゃなくて東京とか千葉あたりから?』

『はい、そうですけど』

『そしたら俺と同じですね。実は脱サラしてここ最近農家を始めたんです。もとから農業には興味がありまして。

これから収穫期ですが、スチューベン美味しいので、機会があれば是非食べてみてください』

白石さんはにっこりと微笑んだ。

なんて眩しいのだろうか。

スチューベン絶対買おう。

摩希は心の中で誓った。

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