もしも魔女から空飛ぶグッズを貰ったら

月咲 江

第1話

『都内の夜空にUMA現る!?』


新聞一面に大きく掲載された文字を見て私、摩希まきは頭を抱えた。

こんな大事おおごとになるとは思わなかったのだ。


何気なくTVのリモコンを付けてみると、不可思議な格好をした中年のおじさんが写真にレーザーポインターを当て解説をしている。


『えー、これはフライングヒューマノイドと言われるもので、日本で撮影されるのは大変珍しいですね。大変貴重な資料です。

今まで3~5メートル程の宇宙人とも言われていましたが、これは…近くの建物と比較すると推定1.5メートルほどですかね。

極めて人間説を推すに十分な資料になります。えー』


長い。解説長いよ。


さいわいにも撮影された画像はスマートフォンからで、夜ということもあり、写真は空飛ぶ人間のシルエットのみだった。

特定されることはまずないと信じたい。


(参ったな……)

再び頭を抱える傍らで、専門家の解説を聞いていたアナウンサーがしゃべっているのが聞こえた。

『少女?女性ですか?では魔女まじょなのでしょうか?──』



摩希がどうしてこのような事態におちいってしまったのか?

ことは数日前にさかのぼる。


深夜、上司になかば押し付けられた残業を必死に片付け、終電にスライディングで乗ることが出来た摩希はへとへとになりながら自宅アパートへと帰宅していた。


新卒採用で希望を持って入社した会社はなんと世に言うブラック企業だったのだ。

夢も希望も何もない。


アパートへあともう少しという所で、薄暗い道路のすみで丸まっている何かを発見してしまった。

それは黒く大きな物体で少しうごめいているようにも見える。


(うわっ…、不審者?なんか嫌だな。周り道しよっかな)

周囲を見渡す。

深夜でもあり勿論もちろん周囲に人はいない。

くるっと回れ右をし、周り道へ入ろうとしたその時──


『助けて……』


かすれた女性の声が黒い物体から聞こえた。

えっと思い黒い物体を凝視する。


『おなか…』


再び声が聞こえた。

間違いない。あれは人間だ。しかも若い女性だ。

摩希はスマートフォンをポケットから取り出し握り締めつつ、女性へと近づき声をかける。


『大丈夫ですか?どうされたんですか?』

『すいた……』

『え?』

『お腹すいた……』

ぐぎゅるぎゅるという盛大な音が深夜の静寂せいじゃくに響いた。


とりあえず摩希にとっては不審者であることに変わりはない。

すぐ救急車か警察を呼ぼうとも思ったが、お腹の音が余りにも可哀想だったので、一先ひとまず食べ物をあげることにした。 


女性をアパートの前の角に移動させ、昨晩作ったものをお盆の上に乗せて持っていく。

余程お腹が空いていたのだろう。女性は食べ物を見るや否や直ぐにがっついた。


半分程食べてから、

『ありがとう。貴女優しいのね』

涙をボロボロに流しながら喋り始めた。

摩希はやや引きながら返す。 

『いえいえ、大したことはしていませんので』

『とても嬉しいわ。ちゃんと貴女にお礼が言いたいのに何でだろ……涙が全然止まらないの。なんだか身体も熱い気がするわ』


──しまった。昨晩作ったのはインド風激辛カレーだった!!

最近ストレスが溜まりに溜まり過ぎて、身体には良くないとは思っていても、つい刺激を求めてしまう。


女性は涙を流しながら話し続けた。

『こんな強烈な魔法初めてだわ。貴女も魔女なのね。私ちょうど沖縄の大婆様のお茶会に行く途中だったのだけれど、途中で鷲に襲われちゃって。

まだ新米だから上手く対処出来なかったの。それで旅の食料を全部取られちゃって』 

瞬きをした瞬間涙が頬を流れ落ちる。

『私の大婆様は偉大な魔女でね。貴女のことは伝えておくわ。私は真理亜マリア。貴女の名前は?』

『へ……?私は摩希』

何がなんだか訳が解らない。魔女?そんなものはおとぎ話の存在ではなかったのか。

胡散臭いと感じた摩希は念のためフルネームではなく名だけ伝えるに留めた。


『摩希ちゃんね、よろしく!大したお礼は出来ないのだけれど、これ貴女にあげる。

私が願いを込めたブーツなの。空を飛ぶのに役に立つはずだわ』

女性──真理亜は背中に背負ったリュックの中から焦げ茶のショートブーツを差し出す。

摩希は躊躇ためらいながらも恐る恐るそれを受け取った。 


『…ありがとうございます』

『いえいえ、お礼はこっちの方よ。ありがとう、摩希ちゃん』

そう言い真理亜は立ち上がる。

いつの間にか激辛カレーはお皿の中から空っぽになっていた。

食べきったのか、あの激辛を。

『今度はどこかのお茶会で会いましょう!』

どこからともなく取り出した箒にまたがり、真理亜は飛び上がる。

その拍子ひょうしに漆黒のフードが外れキラキラとした金色の髪が月明かりに反射し、とても綺麗だったことが印象に残っている。


そして数メートル上空に上がったかと思うと姿がぱっと消えてしまった。

本当に魔女は存在していたのだ。

摩希はぽかんと夜空を見つめる。

深夜の空には星が綺麗に輝いていた。

そばにはお盆に乗ってる空のお皿と茶色いブーツ。

その茶色いショートブーツを見つめ、摩希はごくりと唾を飲み込んだ。


そして現在いまへと至る。

自分はUMAでもなければ魔女でもない。

ただの人間だ。

ただ興味本位で本物の魔女から貰ったブーツを履いてしまっただけだ。


無料タダより恐いものはない。

まさに今それを体現している。

摩希は額に手を当てTVを消した。

(ちょうど弊社にもうんざりしていた所だし。)

出勤前の鞄からスマートフォンを取り出し、『山の中 格安物件』と打ち込んだ。

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