第50話 夏休み (18)
「へぇ〜なんか久しぶりだな」
僕が一人暮らしをする様になった原因の相手が目の前にいる。
少しだけ体が強張っていることに僕は気がついた。
やっぱり傷自体は癒えることはないか……と僕は心の中で思う。
そう思っていると、そっと俺の手を柚花が握った。
私が着いてるからと言っている様なその行動に、俺は強張っていた体が徐々にほぐされていく感覚になる。
そうだ、今はあの時みたいに1人ではない。
絶対に僕を裏切らないと自信を持って言える味方がいるのだ。
「そうだな。久しぶりなのはここからけっこう遠いところの学校に通ってるからだと思うぞ」
「ふーん」
と興味なさそうに答える真人。
別に興味ないならさっさとどっか行ってくれればいいのにと僕は思う。
ここは女性物の洋服しか置いてない。
男性が1人で立ち寄ることはないだろう。
「それで、その横の手を繋いでる可愛い人は?」
と僕の彼女である柚花を顎で指しながら真人はいう。
その顔は今まで見たことがない様な酷い顔をしていた。
落ちるところまで落ちたんだな……と改めて思う。
かつて友達だった相手は過去の友達であることを嫌でも認識することとなった。
もう真人は、いや、彼はただの他人となったのだ。
「僕の彼女だよ」
「はは、彼女か。また、どんな手を使って引っ掛けたんだよまったく。なぁ、そこの彼女さん、そいつはな女を引っ掛けるのに長けているんだよ。昔同じ中学にいた時だって俺が好きな女だって知っていながら言い寄って引っ掛けて奪ったぐらいだからな」
そんなふうに思ってたんだ……と今更になって彼の心情を僕は知る。
嘘だらけである。
「そうなんですね。それは残念なことで」
と柚花は答える。
とても残念には思ってない言い方である。
「そうだろ、そうだろ。そんな彼氏嫌だろう。俺たちって昔から仲良かったのにさ、その友達を裏切ってまでやることかよって感じだよな」
「ふふ、そうですね」
なんだか、手が痛くなってきた様な気がする。
柚花は相変わらず余計なことを言わずに淡々と答えている……が、浮かべている笑みに感情はない。
「やっぱりそう思うよな。今からでも遅くないよそんな彼氏捨てちゃいなよ。今日おれ暇だし遊ぼうよ」
2人の会話を見ている僕からしたら、とても不思議な会話だ。
全く話が噛み合っていないのだ。
僕が柚花の心情を読み取っているからだとは思うが、それでもここまで話が噛み合わないのは、彼がとてもご都合主義だからということ。
「先程から何か勘違いされている様なので言わせてもらいますが、私が言った残念なことというのは貴方に向けて言っている言葉ですよ?凛くんに言うわけないじゃないですか」
「はぁ?」
彼の楽しそうな顔が一瞬で真顔に変わる。
「貴方は凛くんに好きな人を取られたと言っていますが、貴方よりも凛くんの方が、魅力があったため選ばれなかっただけですよね?」
「な……そんなわけがないだろ」
「いいえ、ありますよ。現に私は、貴方からそんな話を聞いても凛くんの方が魅力的な男性として見えていますよ。そもそもの話を言わせてもらうと、初対面の女性に向けて顎を指す人のことを私は魅力的だと思いません」
やっぱり根に持ってた――心の中で俺は呟く。
「あ、あと何か勘違いされていると思いますけど、凛くんにとって私は初めての彼女ですよ?」
「いや、そんなわけあるか。あの子は岡と付き合ったって言ってたんだから」
彼の言葉を聞き、とても怖い顔で柚花が僕のことを見てきた。
「いや……本当に付き合ってないんだけど……」
これは本当の本当だった。
どこからそんな噂が流れたのかは知らないが、僕はあの時本当に彼女を振っている。
それは今でも鮮明に覚えている。
「凛くんは付き合ってないって……」
「ちょっと待って柚花、もういいよ。柚花がこれ以上彼と話すことはない。ここからは僕自身が解決しなくてはいけないことだ――と言うことだから、君は……真人は俺があの女子と付き合ったと言う噂を信じたわけなんだな?」
「信じるに決まっているだろう。逆になんでそんなことを嘘つく必要があるんだよ」
「そんなの知らないよ。でも僕はあの時確実に振っている。僕は好きでもない人と付き合うことはしない――それに、親友だと思っていた大切な人の好きな人を好きになるわけがないじゃないか」
「……」
「まぁ、いいよ。もう過去の話で、今とやかく言っても結局この場では僕しか真実を知らない。それでも僕は真人に感謝をしているんだ」
「なんでだよ……」
「あの時、あれが起きてなかったら僕は柚花に会うことができてないからだよ。だからそれだけは感謝してる。ありがとう。そして、僕は真人と友達であった期間は楽しかった。それもありがとう」
「なんだよそれ……」
「柚花まだここ見る?」
「うんん大丈夫」
「わかった――じゃ、僕たちはこれで」
目の前にいる彼の横を通り過ぎながら僕たちはその場を後にする。
何か言いたそうな顔をしていたが、聞く必要はないだろう。
「よかったの?私まだ言い足りなかったけど」
と歩きながら柚花はいう。
「いいんだよあれで。僕の代わりに柚花が言ってくれてたしね」
「1発お見舞いしてあげればよかった……」
「怖いこと言わないで」
柚花の言う通りで、1発殴ったって僕に罰は当たらない。
それぐらい、蓋を開けたみたら一方的な内容だった。
だけど、これでいいんだと僕は思う。
少なからず柚花とこうして一緒に歩けのは、彼と言う存在があったからであって、結果としてプラマイゼロとすることができるのだから。
過去の傷が癒えることはないだろう。
だけど、心に空いた穴は埋めることはできる。
決して自分では埋められない穴を埋めてくれる相手を見つけることができたから。
だったら癒えることのない傷でもいずれは傷とすら呼ばなくなるだろう。
既に僕の心はとても満たされていて、幸せなのだから。
「ありがとう柚花」
「うん!どう致しまして」
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