第48話  夏休み (16)


 柚花とお母さんが初めて話した日から1週間が経った。


 朝ごはんを食べ終え、準備ができた僕たちは早速家を出た。


 当初予定していた時間よりもだいぶ早い。

 早くなった理由としては数日前、柚花が何かしらの手土産を買ってから行きたいと言ったからだった。


「そんなのいいよ……」と言ったところ、「なら、私の親に会う時凛くんは手ぶらで行けるのね?」と質問気味に言い返してきた。


 もちろんそんなことは出来ないし、するつもりもない。


「前言撤回します」と僕は静かに頭を下げるのであった。


 ――――――


 家を出てから3時間、僕は久しぶりの地元に帰ってきた。


 一人暮らしを始めてからあまり時間は経っていない――にも関わらず少しだけ懐かしいと僕は感じてしまった。


「そんなに私たちが住んでいるところと変わらないね」


 柚花がどれだけの想像をしていたのかは僕にはわからない。


「だから言ったじゃん、そんなに変わらないよって。精々ビルがないことぐらいだよ」


「そうなんだけど……」


 期待していた通りではなかったからか、少しだけ気を落とす柚花。

 時間が過ぎれば元に戻るだろうと思いこれ以上触れないことにした。


「おーい!こっちこっち」


 すると、タイミングを見計らったかのように駅の東口から声が聞こえる。

 そこには、4人乗りの車から助手席の窓を開け僕たちを呼んでいるお母さんがいた。


「待たせちゃってたかな?早く行かないと」


 先程のことから切り替えたのか、柚花は軽い足取りで車の方へと向かう。


 少し遅れて僕も着いていくと、柚花とお母さんはお互い改めて自己紹介をしている最中だった。


「改めて初めまして。凛くんとお付き合いしています青園柚花です」


「ご丁寧にどうも。私は凛の母親で岡真子まさこです。いつも息子がお世話になっております」


 なんとなくこの空間にいるのが恥ずかしいと思ってしまう僕であったが、初対面が何事もなく終わってよかった。


「よし、ここに居てもなんだし早く行きましょう」


 お母さんの一言で僕たちは車に乗る。


 駅から家までは車で15分ぐらい。

 車だとまだ遠くは感じないが歩くとだいぶ遠く感じる距離である。


 ――――


 家に着いてからは、僕のお父さんがご飯の準備をしてくれていた。


 お母さんの時と同じよう、柚花は自己紹介をしている。


 自己紹介の最中、礼儀が良い柚花を見て驚いた表情をするお父さんを見て、少しだけ僕は誇らしかった。


 柚花は柚花で、1時間もかけて選んだ手土産をお母さんが喜んでこれたことをとても嬉しがっていた。


 最初はどうなることかと思っていた帰省だったが、なんだかんだうまく行きそうだと僕は思った。



 すっかりお母さんと仲が良くなった柚花は、お母さんと一緒に家の中を周り初めた。

 お母さんが余計なことをしないよう心の中で祈っていたら、お父さんから声をかけられた。


「やっぱり、あの時凛とお母さんがした判断は正しかったんだな」


 実のところ、最初実家を離れて一人暮らしすることについてお父さんは反対をしていた。

 そんなことしなくても、実家から誰も知り合いのいない学校へ通えばいいだろうという考えだったからである。


 お父さんが僕の1人暮らし自体を反対していたわけではないことはわかっている。

 だけど、僕は一回この街から離れたかったのだ。

 気持ちを切り替えるためにも、乗り切るためにも会う心配すら無いところへ僕は行きたかった。


「あの時は押し切る形になってしまったごめんね。でも色んな意味で僕は一人暮らししてよかったと思ってる」


「それはそうだろうな。柚花ちゃんと出会えたわけだし」


「だから、色々だって。柚花のことだけではないよ」


「そう解釈しておくよ。とりあえず帰ってきたんだ、ゆっくりしていきな」


「うん」


 話を終わらせ、僕とお父さんはリビングの中へと入る。

 同じタイミングで家の中を見終わったのかお母さんと柚花も合流。


 少し早いがお昼を食べることにした。


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