第36話 夏休み (4)
プルルルルルル……………………
『まもなく、修繕寺行きの列車が出発します』
発車のベルが鳴り、アナウンスと共にドアが閉まった。
いよいよ僕たちの旅行がスタートした。
僕と柚花は目的地である伊豆の旅館に向けて電車に乗っている。
今回僕達が乗る電車は東京駅から出ている踊り子!!新幹線とはまた違う雰囲気を放つ、古い電車だった。
…………こういったあじのある電車に乗るの夢だったんだよな。それが、好きな人と乗れるなんてすごく幸せだ。
そんなことを思っていると、
「凛くん!凛くん!出発するよ!!!」
まるで幼い子供の様に、窓から外を覗きながら柚花が騒いでいる。
こんなの僕や同い年ぐらいの男子がやったとしたら、キモがられて終わり。これを、柚花がやっているからこそ成立するものなんだと僕は思う。
…………はしゃぐ姿も可愛いとか、反則だろ。
心の中で、良い意味での悪態を吐きながら自分自身もこの状況下で高まっている胸の高鳴りを抑えようとするが、収まることは無さそう。
「そ、そうだね。あ!そうだ、けっこう時間あるし、一緒に映画でも見ない?」
我ながら本当に演技が下手くそである。
あからさまに、準備していたであろうセリフみたいになってしまった。
実際元々考えていた事なのでセリフだと思われても仕方がないのだが、最近は柚花にやられっぱなしな気がして、少しでも僕のことをアピールしたいと思い色々考えてきたのだ。
そのうちの一つが、この移動時間にスマホで映画を観ると言うものだった。
しかし、柚花に言ってから思うのもなんだが、考えてみたら、一緒に景色とかを楽しんだ方がよかったのではないだろうか……。
…………いや、でも今の景色を楽しんだところで、いつもと変わらない景色が見えるだけか。
とりあえず、景色が楽しめるところまで映画を見るということにしよう。
そうなると、アニメ系の映画がいいかな……。
「お!!いいね!見よう!見よう!」
柚花はそう言って僕の方に少しだけ体を寄せてきた。
そのタイミングで、ほんの少しだけ、いつもとは違う香りが柚花からした。
…………あれ、さっき家出た時はしてなかった匂いだな。
「あれ?気が付いちゃった?さっき電車乗る前に付けたの。どうかな??」
…………え、僕何も言ってないんだけど
「そんなことはいいから、早く感想教えてよ〜」
「はぁ〜なんかもう怖いんだけど。でも、すごくいい匂いだと思うよ。柚花にぴったりな匂いって言うのもなんかあれだけど、すごく柚花ぽいって感じがする」
「…………そんなに褒めてなんて言ってない……でも、ありがとう……」
「どう致しまして。てか、いつもと話し方違くない??どうしたの?」
すると、少しだけ柚花の顔がムスッとした。
…………あれ、聞いちゃいけなかったかな?
「…………凛くんとせっかく旅行に来てるのに、いつも通りに話すと距離感じるじゃないですか……ダメですか?」
うぅ……破壊力がありすぎる。
「いや、いいと思うよ!確かにその方が距離を近い感じがする!」
柚花も柚花で僕との距離を近くしようと、関係を良くしようとしてくれているみたいだ。
と言うことは、やっぱり柚花も僕のこと……いや、やめよう。
確信が持てないのに、言っても無駄だ。
「気を取り直して、何かアニメ系の映画見ようか」
そう言って、1時間弱で終わるアニメ映画を選んで僕たちは一緒に映画を見始めた。
もちろん、映画館で見ている時よりも柚花との距離が近かった為に集中なんて出来やしなかった。
映画が終わる頃には外の景色も大分変わり、東京にある高い建物等は一切ない、自然豊かな緑が溢れていた。
「なんか、別世界に来た感じだね」
柚花は外を眺めながら呟いた。
その柚花を見て、つい見惚れてしまった。
先程の幼い子供のような柚花とは似ても似つかない大人な柚花がいたから。
そして、そんな柚花はとても美しかったのだ。
移り変わる景色を頬杖を突きながら目で追う柚花はそれだけで一枚の『絵』として完成していて、1秒も柚花から目を離したくないと思ってしまった。
だが、その瞬間は1秒も経たずに終わりを告げた。
「あの……凛くん」
「どうした??」
「見られるの全然いいんだけど、そんなにジッと見られたら流石に恥ずかしいよ」
「あ……ごめんごめん。もうそろ着くみたいだから降りる準備しておこうか」
本当はあそこで「柚花が美しかったから」などの褒め言葉を言えたら満点だったんだろうけど、今の僕には話を逸らすと言う技術しか持つ合わせていなかった。
電車を降り、バスを使い修繕寺温泉というところまでやってきた。
只今の時刻は11時。チェックインが15時からと言うこともあり、街を散策することにした。
もちろん、柚花が喜びそうなところをあらかじめ調べてある。
「ここ行かない?ちょっと行ってみたいんだよね」
柚花に行きたいと思っている場所の写真を見せる。
「お!いいですね!あ、いいね!まずは凛くんおすすめの所に行くとして、私も行きたい場所があるからその後一緒に行ってほしい」
「うん!いいよ!」
どこかは教えてくれなかったが、絶対に行きたい場所だと教えてくれた。
少し気になりはしたが、エスコートを失敗しないためにも我慢。
僕が行こうと言った場所は遊歩道。
竹林の小径という場所で、歩くだけでも楽しめそうであったため選んだ。
バス停から10分ほどで、入口に到着した僕たちは早速遊歩道に足を踏み入れる。
夏だというのに、遊歩道は涼しくとても快適だった。
「なんか、いいねこう言うの」
歩きながら柚花がまたもや呟いた。
もちろん、見惚れて立ち止まると言う失態はしない。
「そうだね。思った以上に涼しくてびっくりしてるよ」
「うん!風が吹くたびに竹林から聞こえる音も私結構好きかも。ありがとう凛くん!」
柚花は可愛らしい笑顔を僕に向け、お礼を言ってくる。
お礼を言われるようなことではないが、この柚花の笑顔を見れるなら、なんでもいいと思った。
「こちらこそ、楽しんでくれてありがとう」
そうして、2人は自然を楽しみながら無言で歩く。
と、同時に気がついた。
周りがカップルだらけと言うことに……。
もちろん夏休みの時期なのだからしょうがないし、何も文句など言えないのだけれども、どうしてもカップルというものに反応してしまうのだ。
特に今日は……。
さらに、そんなつもりはないだろうけど見せつけるように手を繋いでいる。
君たちは繋がないのかい?と言わんだかりの光景に、少しだけここを選んだことへの後悔が生まれてしまった。
…………こんなマイナスなことばかり考えいるからダメなんだろうな。
自分のテンションが下がったためか、足が止まってしまった。
今日は朝から全然上手くいってないように思う。
自分がしたいと思っていることが全然できていない。
そんなことを思っていると、隣から白くて細い手が僕の前に伸びてきて、指を絡める形で手を握ってきた。
その瞬間、柚花が僕に対してどのような思いを抱いているのか伝わってきた。
柚花の行動そのものが、確信となり、今日も含めて今まで自分がやて来たことが無駄ではないことがわかった。
恐る恐る、僕も指を絡めた状態で力を入れ、握り返す。
すると……
「バカ…………そっちから来るの待ってたのに……もう」
柚花から小さい声でお叱りを受けてしまった。
その後も一切手の力を抜くことなく歩き続けた僕たちは、柚花の行きたがっていた場所へと向かう。
柚花が僕に対してどう思っているのかを知ることがこの旅行の目的だった。だが、柚花の気持ちがわかった今、先延ばしにする意味が僕にはない。
だから、僕は決めた。
この旅行までに、いや、今日までに柚花に思いを伝えようと……そう決めた。
もしかしたら断れるかもしれない……未だに僕はそう思っている。
だけど、柚花もそれは同じことで、僕に拒絶されるかもしれない中勇気を出して行動をした。
それなのに、僕はずっと怖気付いたまま。そんなの絶対に嫌だったし、早く思いを伝えて、柚花の思いも聞きたかった。
急いでるかもしれないけど、僕は行動を起こそうと思う。
あぁ…………頑張れよ!僕!
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36話読んで頂きありがとうございます。
少し長め?だったかな。
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