第4話 見えない自分
いびつな形のレモンの香炉から登る煙は、優雅に白い螺旋をえがく。軽やかなバラの香りから、少し深い香りに変わる。ベルガモットかな・・・。
今でも、やっぱり幸子さんは、特殊な能力があるのではないかと思う。私が悩んでいるのがわかるのは、別として、幸子さんに撫でてもらうと気がラクになる。私は思い切って、幸子さんに打ち明けた。
「私、今付き合っている人と喧嘩しちゃったの。」
「喧嘩、あら、それは大変ね。喧嘩は良くないわね」と幸子さんはちょっと困った顔になった。「原因は何?」と優しく幸子さんは問いかけてくれる。私は、ゆっくり話し始めた。
「会えいないこと」がことの発端だった。大学時代から付き合っている一年年上の彼。名前は、柞原雅也。彼が就職してからも、付き合いは順調だった。毎週会えるというわけでないが、お互いの気持ちが離れない程度に会うことができた。
しかし、私が就職してからは、会う時間が減った。プロジェクトの一員となると、納期に間に合わせるために土日出勤は必然となる。それも突然。何度も、彼との約束を反故にした。やっとプロジェクトが終わり、やっと彼と会えた時には、私の仕事のことで、言い争いになった。
彼は、大学時代と同様、私は会社でも不要な仕事を押し付けられているのではないかと思ったらしい。それで、週末に会えなくなったと考えた。
私自身は、そんなことはないと思っている。確かに、雑用は多けど、就職一年目にして、都市開発の仕事に携われるなんて、めったにない。私はその仕事ができて、楽しかった。
噛み合わない二人の会話に、嫌な空気が流れた。私は、思い切って、彼に言った。
「仕事は、楽しいの。会議に参加するだけでも、勉強になるし、私の意見も聞いてくれる。プロジェクトが終われば、普通に休みも取れるわ」
「お前は、本当にわかってないな。俺は、会えなかったことを怒っているんじゃないんだ。仕事する彩乃を応援したいと思っているのは本当だ。でも、話を聞いていると、何でお前がそこまでする必要があのかと言いたいんだ。聞いている限り、お前は、自分以外の仕事に時間をかけていると思う」
「希望した職種よ、一生懸命やりたいわ」
「俺のいっていること、わかろうとしてないだろう。これ以上、話にならないな。」と彼の捨て台詞で、その日のデートは終わった。
彼とは、大学のバスケのサークルで知り合った。中・高とバスケ部だった私は、やはり大学でもバスケを続けたかった。部活までは希望しないけど、好きな時にバスケをしたかった。体を動かすのは大好き。
サークルでは、最初は他の女の子たちと一緒で、飾り物扱いされた。それでも、私は積極的にゲームに参加した。そのうち、仲良くなった友達からは、「バスケしている彩乃って、かっこいいね」と言われるようになった。
そして、大学2年生の時、彼と付き合い始めたのだ。
私は、サークルのミーティングでも、積極的に発言した。いつだったか、バスケコートのレンタル代が高いという意見があった。プレイする人はいいけど、女子のほとんどは、見学だ。それでも、レンタル代は召集される。
そこで私は、ミーティングで意見した。お金を払わないわけではない。どうしたら、安くできるか考えて欲しい。例えば、大学側に3オン3のコートを、校庭の隅に作ってくれないか交渉してみたらどうかとなど提案もした。
サークルの幹部の人たちは、了承してくれた。しかし、書類の作成から、交渉の段取りまで全て、私がすることになった。その時、彼・雅也はサポートしてくれた。でも、よく説教をされた。
「お前の仕事じゃないだろ、これは。意見は言うべきだけど、それをどうするかは、幹部のすることじゃないか。」
「雅也、手伝ってくれるのはいいけど、説教聴きながらだと、気分が滅入ってしまうのよ。しょうがないでしょ、手伝って欲しいって幹部の人たちが言うのだもの」
「でも、あいつら全く何もしないじゃないか」
「あいつらって、先輩に対して失礼よ。もう、終わるからいいじゃない。これで、バスケのコートを作ってもらえたら、毎日、バスケができるわ」
「そうだけど、俺は、彩乃に、バスケだけを楽しんでもらいたい。まぁ、来年は、俺たちが幹部だから彩乃に負担をかけることはしないけどね」
彼から見ると、私がお人好しに見えたのかもしれない。でも、私は、そう思ったことはない。みんなで楽しくバスケをしたい。そのためだもの。このくらいと簡単と思っていた。
でも、彼は、私が楽しんでいるのを、わかってくれなかった。
「幸子さん、私ね、彼のことは、好きだと思うのよ、きっと。でも、何かちょっと違うの」
「『何か違う』と思うことがあるのね。」
「うーん、なんて言うのかな・・・時折、窮屈に感じることがあるの。いろいろ、優しくしてくれるのだけど、そこまでやってもらわなくてもいいのにって思っちゃうことがあるんだ。」
幸子さんは、目を細めて私を見つめている。私は続けた。
「彼と話していると、彼、なんとなく、全てを決めつけて話をしてくるの。私の性格とか、周りの状況とか。それが嫌なの。好きでやっていることを『それは、お前の仕事じゃないだろ』とか『そこまでする必要はない』と言われると、頭にきちゃうのよね、何、わかったようなこと言っているのよって感じで!」
「彩乃ちゃん、気がきくから、いろいろ世話を焼いちゃうのよね。それが彼には、歯がゆいのかも。人のことじゃなくて、彩乃ちゃん自身のことをもっと優先したらって意味じゃないかしら?」
「え?私自身を優先する?」
私は、幸子さんの言葉に、うろたえた。なぜなら、プロジェクトが終わった時、社長に言われたことと同じだったから。
私の会社は、プロジェクトが終わると、社長が一人一人と面接する。さほど、大きくはない会社といえ、それなりの人数がいる。その全てと面接する社長は、すごいなっと思う。
社長は、私のことをとても褒めてくれた。他の社員の人たちからも評判がいいと。多分、次のプロジェクトも、すぐ声がかかるので、またいいアイディアを出して欲しいとも言われた。でも、最後に社長は、しっかりと私の目を見て、こういった。
「プロジェクトは、皆で協力しあうものだ。君だけのプロジェクトではないよ。一人で頑張りすぎないように心がけて欲しい。そして、自分の仕事を優先してください。自分の担当部分が、プロジェクトにどう影響するか考えながら仕事を進めれば、君は、もっと素晴らしい活躍ができるはずだ」
私は、褒められたはずなのに、冷や水を浴びせられたような気がした。1人で頑張っていたつもりではないのに、なぜ、そんなことを言われるのかと、悩んだ。
「自分を優先する」
私は、自分の思った通りに、みんなの役に立つように、動いているつもりなのに、違うってこと?ぼんやりとそう考えていると、おさない日のことを思い出した。
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