第10話 再会
「姉ちゃん、もう、無理っぽくね。明日の午前中だけじゃ、見つけるのは不可能と思う。手がかりは、『漆器を扱う山本さん』だけだし」
「そうね、今度また出直そう。でも、明日、もう少しだけ付き合って。お願い!」
「まぁ、いいけど」
藤森彩乃こと私は、おばあちゃんである和子さんの妹、幸子さんの初恋の人、山本茂さんを探している。
すでに、幸子さんは、伊賀に住む友人から茂さんの情報をもらっていた。その情報とは、「山中温泉のあたりで、漆器を扱う実家で引っ越した」ということだけで、その住所はわからなかった。
私は、弟の淳に車を運転してもらい、山中温泉に来ていた。温泉宿に着くと二人とも、大の字で横になっていた。
「探偵ってすごいわね。何もないところから、人を探すのでしょ?
「ああ、車で移動しても、結構歩くしな。でも、なんで、姉ちゃんは、そんなに幸子さんの初恋の人にこだわるんだ?今までは、その辺のことには、全く興味を持っていなかったようなのに」
「聞けなかっただけよ。話を聞いたら、どうしても二人を会わせてあげたくなったのよ。多分、好き合っていたはずだもの」
「俺さ、思うんだけど、もしもさ、その『茂ちゃん』に家族がいて、幸せに暮らしていたら、幸子さん、傷つかないかな?」
それは、私も思った。
茂さんの現状は、幸子さんを傷つけることになるかもしれない。でも、「会いたい」気持ちは、何より優先だと思ったのだ。
「そうとも思うけど、それ以上に、『会いたい』という幸子さんの気持ちを伝えてあげたいの。その後、会う、会わないは二人に任せる」
「なんか、姉ちゃん変わった?ちょい雑になったっていうかさ。前なら、会った後のこととか、もっと考えたんじゃない?」
「そっかな。でも、そこまで考えていたら、時間が逃げちゃうことに気づいたみたい」
「そうだな、生きているかどうかも、わからないしな、本人。でも、ここまできたら、合わせてあげたいな」
「うん、そう思う」
「姉ちゃん、風呂行こ!!せっかくの温泉だ!」
金曜の夜に、温泉に移動して、土曜日に、一日中、人探しをした。「漆器を扱う」というから、作っているのか問屋なのかわからない。そのため、まずは、おみやげ屋さんから、聞き込みをした。
その後、漆の工房。一、二件聞くだけで、「漆器を扱う山本さん」がいないことは、ほぼ確定となってきた。この地域も、昔は漆器を扱う人が多かったが、やはりプラスチック製品などに押され、商売をやめるた人も大勢いたらしい。
なんの手がかりも掴めないまま、その日は終わった。明日も、問屋さんに行くつもりだ。午前中しか時間はない。
翌日、ホテルのフロントで会計をしていると、1人の男性が私たちに声をかけてくれた。
「あの、藤森さんですか?『山本』と申します。昔、私の祖父の代まで、漆器を扱っていました。そのような人物を探している人がいると、知人から、連絡があって。人違いかもしれないのですが、話だけでもお聞きしようかと。失礼とは思ったのですが、ホテルに参りました」
昨日訪ねた問屋さんやお土産やさんには、連絡先を置いてきたのだ。その中の人が、もしかしてと連絡をとってくれたようだった。
私たちは、その「山本」さんとホテルのロビーで話をした。
「山本茂」さんは、幸子さんの幼馴染で、もし健在なら会って、話をしたいと思っていることを伝えた。その話を聞いて、その山本さんにも、同じ人物かどうかはわからないが、「山本茂」さんという、おじさんがいることがわかった。
この山本さんの家は、昔、大きく漆器の問屋をしていた。戦後も、続けていたが、売り上げが伸びず現在は閉業したという。
茂さんのお母さんは、ご主人を戦争で亡くしため、女手一つで茂さんを育てていた。しかし、生活が苦しく、山中温泉にある、実家に戻ったという。茂さんがいる間は、通いの仲居さんをしながら生活費を稼いでいた。茂さんが、大学に進学すると、今度は、温泉の旅館に住み込みの仲居として働いていたらしい。その後、茂さんは無事就職。数年経つと、大阪に引っ越したとのことだった。
「大阪?」この話を聞いて、私とあっちゃんは、同時に叫んだ。
「はい、茂おじさんは、今、大阪にいますよ」と、その山本さんは答えた。
「はぁ」っと大きなため息を、私はついた。
複雑。どうして、大阪にいるのよ。いるなら、連絡をくれてもいいのにぃっと茂さんに対して、理不尽な怒りが湧いてきた。
「話からして、間違いないと思います。その大阪にいるおじさんが、幸子さんの幼馴染の茂さんでしょう」あっちゃんが言った。そのあっちゃんの言葉に私も頷いて、山本さんに再度お願いした。
「もしよかったら、連絡先を教えてもらえないですか?多分、大叔母の幼馴染の方だと思います。確認をしたいのです」
「はい、もちろん。ですが、私も会社勤めをしておりまして、今、個人情報とかうるさいじゃないですか。一応、私が藤森さんの連絡先をいただいて、茂おじさんに、お二方のこと伝えます。まぁ、大丈夫でしょうか、叔父にも都合というものがあると思いますので、連絡するかどうかは、叔父に任せようと思います」
そして、私の連絡先を渡し、大阪に戻った。
連絡は、大阪に到着すると、すぐにきた。
まずは、私とあっちゃんが、その週末に会うことにした。幸子さんには、まだ、茂さんが見つかったことは伝えていない。
茂さんは、背の高い、ロマンスグレーの上品な男性だった。私たちは、今の幸子さんの状況と、お会いしたいこと、そして、昔の無礼を謝りたいと思っていることを伝えた。茂さんは、優しく微笑みながら、話を聞いてくれた。
「あの、失礼なのですが、現在は、何をなさっているのですか?」私は茂さんに聞いた。
「今は、退職して、小さな陶芸教室をやっています。」
「そうなんですか!幸子さん、茂さんの作った香炉を、今も大事に持っていますよ」私はちょっと興奮気味に伝えた。
「そうですか、嬉しいが、お恥ずかしい。作品とは言えない代物なのに」照れ笑いする茂さんは、なぜか、かっこいい。
私的にいうと、「引きずっている雰囲気がいい」のだ。幸子さんも、そこに惹かれたのかもしれない。
茂さんは、大阪の大学を卒業後、教員となった。離れて暮らす母親を大阪に呼び、2人で生活をしていたという。陶芸は、趣味でずっと続けていたらしい。あの香炉は、九谷で作ったという。九谷なら、黄色も使える。知り合いに頼み込んで、工房に出入りさせてもらい作成したと教えてくれた。
私は、茂さんの話聞きながら、一番大事なことを聞く用意をしていた。すると、あっちゃんが身を乗り出して、茂さんに聞いた。
「ご結婚はなさっているのですか?」直球だ。私が聞きたかったのに!
「いやぁ、母もいたし、生活には困らなくて、婚期を逃してしまって、今も独り身です」
それを聞いた私は、ガッツポーズをした気持ちを抑えて、あっちゃんの手をぎゅっと握った。
「大叔母の幸子も、ずっと独り身です」私は、背筋を伸ばし、目を大きく開いて、さらに、続けた。
「あの、もし、大叔母が会いたいと言ったら、あっていただけますか?」私は、茂さんの目を覗き込むように聞いた。
「嬉しいですね、嫌われてしまったとずっと思っていたので。ぜひ会いたいですね。昔話ができればいいなと思います」茂さんは、遠い目をして、答えたくれた。
それを見て、私とあっちゃんは、抑えきれない嬉しさから、小さくガッツポーズをして、目を合わせた。
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