魔法少女の戦い
東京・渋谷のとある路地に、妖しいフォントで書かれた表札がある。
『魔法屋』
そのシンプルかつ直球すぎる名称を見て、本当に魔法を売っていると思う客は果たしているのだろうか? もしいたとして、魔法の販売を期待して入って来られても困るのだが。
「すいませーん! これありますかー?」
制服を着た、女子高生と思しき女性客がスマートフォンの画面を見せてきた。そこにはフリルのついた派手で、それでいて露出度の高い服を着た少女が卵型の石をいくつも手にしていた。その一つ一つに不思議な図形が彫り込まれている。
「これは……『魔法少女ミラクル☆マジュラ』ですか?」
私は画面に映し出されている少女の名前を答えた。なぜそんな事を知っているのかというと、
「そっちじゃなくてー、この手に持ってる石の方!」
客は画面をつついて少女が手に持っている石を示す。分かっているが、これは学生が買うには少々値が張るぞ?
「ルーンストーンですね、ありますよ。素材の石によって値段が変わりますが、どちらをご希望ですか?」
ルーンストーンとは、その名の通り石にルーン文字を掘り込んだアイテムだ。パワーストーンの一種だが、これはルーン文字を使って占いをする道具でもある。
水晶やオパールなど、様々な素材ごとの値段表を出して見せると、女性客は渋い顔をする。当然だ、一番安いものでも8,000円以上するグッズなのだ。彼女が一目で気に入ったらしい黒水晶のルーンストーンは25,000円もする。動画で見たからと、軽い気持ちで買えるような代物ではない。
それにしても、魔法少女は面白いものに目を付けたな。ルーンストーンはただの占いグッズではない。パワーストーンはそれ自体が力を持つし、石に刻まれたルーン文字は魔力を持つ者にとっては本当に力を持つ特別な文字だ。
今更だが、この『魔法屋』は占いグッズを売るオカルトショップである。……表向きは、だが。
そんな表の顔であっても、取り扱っている商品は確かな相手から仕入れた『本物』だ。一般人の間にこれが多く出回れば、非正規の魔術師が誕生してしまう危険性もはらんでいる。まあ、販売している時点でそんな危険性は協会側も織り込み済みだがな。
「うーん、マジュっちとお揃いにしたいけど……」
自分の財布を何度も見返す客。マジュっちとはなんだ? そんな愛称で呼ばれているのか、あのおじ……魔法少女は。
「これください!」
彼女が指し示したのは、一番安いローズクォーツのルーンストーンだった。
「ローズクォーツですね。これは女神ヴィーナスを象徴する石で、愛と平和のシンボルです。恋愛成就の力を持ったパワーストーンですよ」
苦渋の決断で一番安い石を選んだ女性客だが、説明を聞くと明るい笑顔を見せた。いつの時代も若い女性の興味は恋愛成就に向いているものだ、と私も安堵した。
「ありがとうございました」
客を見送り、静かになった店内の椅子に腰かけて物思いにふける。魔法少女ミラクル☆マジュラはネットで活動するパフォーマーだ。魔法っぽい演出をして観る者を楽しませる動画を投稿している。台詞は機械による読み上げ音声で、正体は明らかにしていない。そして動画内のパフォーマンスはあくまで演出であり、決して本物の魔法ではないのだ。
そう念を押すまでもなく、普通の人間はあれが本物の魔法などとは思わないだろう。中には本気で信じてしまう視聴者もいるようだが。しかし、
「……ルーンストーンを使ったら間違えて魔法を使ってしまわないか? 未熟な魔法使いなら確実に暴発するところだ」
店内に誰もいないとはいえ、つい考えていた事を声に出してしまった。焦って周りを見回し、誰にも聞かれていない事を確認して一息つく。
そこに、ドアが開く音がした。客が来たようだ。危ないところだった。
「こんにちは! 今日は空いてますねぇ」
やってきたのは常連の冷やかし客だ。こいつか……と迷惑そうな目を向けるが、彼女はお構いなしにカウンターに近づいてくる。
「あれ、これなんですか? ルーンストーン?」
やれやれ……私がこいつに教えを乞うようになる日は来るのだろうか?
「ルーン文字の刻まれたパワーストーンだ。占いグッズだが、本物なので魔法使いが持てばルーンの力を使う事が出来る。金を払えば使い方を教えるぞ」
この店は『魔法屋』だ。表向きはオカルトショップだが、本物の魔法使いがやってきた時、客が求める魔法を伝授して謝礼を取るのが本業なのだ。魔法に関してはこちらが師匠という立場になるため、魔法使い相手に愛想を振りまく事はしない。そう、この冷やかしマスターはこう見えて正式な魔法使いなのである。
「そうなんですねー。使い方はいいです」
そう言うと思ったよ。この女は冷やかしの道を極めた先に何を見ようというのか……知りたくもないが疑問ではある。何も買うつもりがないのになぜこの店に入り浸るのだろうか。
「そういえば、年忘れ魔法少女バトルはご存知ですか?」
なんだその今年の厄を払いましょうとか言って世界ごと崩壊させそうなバトルは。当然ご存知ではない。
「知らんな。魔法使いがそんな催しをするのか?」
最近物騒な組織が暗躍しているというのに、魔法協会はそんな行事をしているのだろうか。私にはそんな話は届いていないが。ちなみに魔法協会とは魔法使いを管理する組織だ。各地に斡旋者を配置し、魔法の力に目覚めた者を魔法使いとして正式に認定すると共に魔法使いのルールを教育するのが主な仕事だ。中にはルール違反をした魔法使いを処罰するための上級魔法使いも所属している。
「魔法使いではないですよ、動画サイトでやるイベントです」
「ああ、バ美肉おじさん達のパフォーマンス合戦か」
魔法少女というのは先程女子高生が見せてきたアレの方の話だった。魔法使いが話すと本物と紛らわしい。
「バビニクおじさんってなんですか?」
どうやら冷やかしマスターはバ美肉おじさんの事を知らないらしい。知る必要もないが。知らないのなら変に裏側を教えて幻滅させる事もない。
「ああいう動画を投稿する連中の事らしい。詳しくは知らない」
嘘だ。とてもよく知っている。何故なら常連客だからだ。正しくはバーチャル美少女受肉おじさんという。略してバ美肉おじさん。画面の中で愛想を振りまく美少女の皮を剥ぐと中からおじさんが出てくるという寸法だ。まあ遊園地の着ぐるみみたいなものだな。
「ふーん? とにかく、それが大晦日にやるそうですよ。テレビでも中継するそうです」
ネット上で流す動画をテレビで放送する。何とも無駄な手間をかけていると思うが、最近はテレビがネット動画を放送する事は珍しくない。あの魔法少女も全国のお茶の間デビューするのか。ネットに疎いご老人は
そんな事を考えながら、帰っていく冷やかしマスターを見送る。何しに来たんだ。
そしてもうすぐ店じまいという時間。また新たな客がやってきた。噂をすればなんとやら、散々話題に出していた魔法少女……の中身だ。スーツ姿の中年男性である彼はいつになく真剣な顔をしている。
「失礼します。『紫色のバッファローでロデオをしながら日本一周してきた』のですが」
なんと、彼は魔法使いの合言葉を口にした!
この店では魔法使いが初めて魔法を買う時に決められた合言葉を言う必要があるのだ。毎日私が決めているのだが、面倒なので色と動物と行動をそれぞれくじで引いて決めている。私は入り口にかけてある『開店中』の札を『準備中』に変えた。
「ほう、今日は魔法使いの仕事か。君ほどのベテランが出るとは相当な大仕事なのだろう、年末なのに大変だな」
いつもは愛想よく接する相手だが、こちらの商売となれば尊大な態度で接しなくてはならない。彼ほどの魔法使いが必要とされる仕事とは一体どのようなものなのか、気にはなるが客の事情に立ち入らないのが鉄則だ。
「カードを作ろう。これを出せば次からは合言葉を必要としない。表の店で買い物をする時と区別するのにも便利なのでね」
「お願いします」
相変わらず緊張した面持ちのおじさんだが、未だ彼の必要とする魔法の見当がつかない。ある程度質問しなければならないだろう。
「それで、今日はどんな魔法が欲しいんだ?」
すると、おじさんは少し
「実は、年忘れ魔法少女バトルに参加するんです!」
「……はあ」
思わず気の抜けた返事をしてしまう。その言葉は先程冷やかしマスターから聞いた。動画サイトで行うイベントだそうだが。
「生放送なので、ボイスチェンジャーで声を変えて、モーションキャプチャーを付けて、実物のルーンストーンを使った占いをするんです」
ああ、ようやく合点がいった。つまり魔法を暴発しないように抑える魔法が欲しいのだろう。ルーン文字はそれ自体が魔法を発動させる呪文のようなものだ。その上魔力を持ったパワーストーンに刻まれている。魔法使いが持てば、少しの魔力で石が反応し、ルーンの持つ魔法効果が発動してしまうのだ。
「分かった。『
「それが欲しかったんです! ありがとうございます!」
おじさんは満面の笑みで魔法を覚え、代金を支払って帰っていった。今日は客の少なさのわりにはなかなかの売り上げがあった。私は満足して今年最後の営業を終えたのだった。
新年になり、最初の営業日に店を開けると、早速常連の占い師がやってきた。この人はいつも開店直後を狙ってやって来るのだ。
「ねえねえ、年忘れ魔法少女バトル見た?」
占い師のおばさんまで見ていたらしい。私も見たが。
「ルーンストーンの占いも面白そうよね! いいのある?」
バ美肉おじさん……いや、魔法少女ミラクル☆マジュラ様様だな。私はにこやかな笑顔でルーンストーンの値段表を提示するのだった。
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