魔法と黒魔術の関係

 東京・渋谷のとある路地に、妖しいフォントで書かれた表札がある。


『魔法屋』


 そのシンプルかつ直球すぎる名称を見て、本当に魔法を売っていると思う客は果たしているのだろうか? もしいたとして、魔法の販売を期待して入って来られても困るのだが。


「魔法屋さんって、黒魔術の道具は売ってないんですか?」


 若い女性客が私に聞いてきた。こういう質問をしてくる客も少なくはない。だがこの魔法屋は占いグッズを売る店であって胡散臭い黒魔術を伝える店ではない。


「申し訳ありません、うちでは黒魔術用の道具は扱ってないんですよ」


 愛想笑いをしながら断りを入れるが、この手の客が大人しく引き下がる事も少ない。案の定、彼女は『魔女の大釜』を仕入れられないかと聞いてきた。結論から言えば、出来るのだが……彼女は大きな思い違いをしている。


「ああ、それなら取り寄せできますよ。他のお客さんに聞いたのですが、最近SNS映えするとかで魔女のグッズが流行っているそうですね。実は魔女が使う魔術は大半が白魔術と呼ばれるものなんですよ」


「ええっ、そうなんですか!?」


 まず、魔術には白黒といった区分けはない。魔術は魔術で、そのうち他者に危害を加えるものを黒魔術と呼び、それ以外は全て白魔術と呼ばれるのだ。ちなみに魔術と魔法は似て非なるもので、魔法は魔法使いにしか使えないが魔術は誰にでも使える。その代わり効果のある魔術はほぼ・・存在しない。


「魔女の三角帽子も取り寄せできますよ、あのつばが広いやつ」


 SNSに詳しい客から多くの情報を得たので、こういう客が求めているものを提案する事もできるようになった。これがなかなか食いつきも良く、最近は売り上げも安定している。まさにこんな有益情報を求めていたんだよ私は!


 分かっているのかそこに座ってのんびりしてる女! こいつはいつもいつもただ駄弁って何も買わずに去っていく冷やかし客だ。もはや冷やかしを極めし女、冷やかしマスターと呼ぼう。


「ありがとうございました!」


 一般客が捌け、店内には冷やかしマスターだけが残る。


「魔術って魔法とは違うんですか?」


「ああ、魔術は遥か昔から魔力を持たない人間が人知を超えた力を使う為に行ってきた儀式だ。もちろん魔力のない者に不思議な力は使えないが、中には効果のある魔術も存在する。それは決して魔法のような超常的な力などではなく、医学・心理学・科学的に意味がある行為だったのだが、当時は人体に影響する理由が解明されていなかったために魔術という不思議な力だと思われていたものだ」


 魔法使いである彼女の質問には正しく答えてやる。これで魔法も買ってくれればいいのだがな。こいつは魔法使いとしての仕事はしていないのだろうか?


 常連だろうと客の事情に立ち入る事はないが、疑問ではある。魔法使いは裏の世界で引く手あまたのはずだ。どこからも声がかからないというのは考えにくいのだが。


「あ、お客さんですね」


 彼女が入り口に立つ男性を見て言う。お前は客じゃないのかと突っ込みを入れたくなるが、今来たあの客はきっと魔法を必要としている。冷やかしマスターは追い出して金払いの良い客を迎え入れよう。


 彼女と入れ替わりにスーツ姿の青年を迎え入れ、店の入り口にかかる『開店中』の札を『準備中』に変える。この客がやってくるのは二度目なので、合言葉は必要ない。


「お久しぶりです」


「ああ、久しぶりだな。今度はどんな魔法を必要としているのかな?」


 この客は前に来た時は連続した戦闘をする任務という事で戦闘用の魔法を買っていった。先ほどの女と違って魔法使いとしてどこかから仕事を受ける腕利きだ。


 今更になるが、この魔法屋は本物の魔法使いだけに本当の魔法を売る店だ。普段は一般客に占いグッズ等を売るオカルトショップをしているが、魔法使いがくると本業にもどる。魔法使い相手に余計な愛想を振りまく必要はない。何故なら魔法屋が魔法を売るという行為は、彼等に必要な魔法を見繕って伝授するという一時的な師弟関係を結ぶ契約だからだ。


「今回は本物の・・・黒魔術師が相手になりそうです」


「……敵がどんな魔術を使うか、分かるか?」


 実はごく稀に、本当に効果のある黒魔術を使う者がいる。実際に魔力を持ち、魔法を使う者がいるのだから当然の事だ。魔法使いとして認定される前に黒魔術を身につけてそっちの・・・・組織に囲われたタイプだ。効果のある黒魔術は魔術全体からすればほんの僅かだが、それでもいくつもの種類の魔術が存在するため、対策する為にはある程度どんな術かを知っておきたいところだ。


「奴等は黒魔術で数々の疫病を発生させています」


 そういえば最近日本で駆逐されたはずの伝染病が流行るニュースを頻繁に耳にする。なるほど、かなり迷惑な黒魔術師だ。疫病の発生は黒魔術の中でも王道と言えるが、国と国との戦いで使われる程に大掛かりで面倒なものだ。当然使い手も相当な実力者になる。


「わかった。今回お前に授ける魔法は『浄化ピュリファイ』と『焼却インシナレイション』だ。『浄化』は空気中や床、壁等にばら撒かれた病原菌を消し去る。『焼却』はその名の通り、火で焼き尽くす魔法だ。術師も焼けるが、主に焼くのは魔術師が用意した動物の死骸だ。疫病の発生は、それがどんな病気であっても魔術の触媒に動物の死骸を使うからな」


 私の説明を聞き、満足そうに頷く青年に魔法を授ける。


「一応警告もしておこう。黒魔術師には直接戦闘を得意とするタイプも多い。武器で敵を傷つけた後にその傷を対象として魔術をかけるんだ。そんな相手には、かすり傷も致命傷となる」


 念の為、既に身につけている『障壁』の魔法は覚えたままにしておくことをアドバイスした。容量オーバーにならない限りはいくつも魔法を覚えていられるからな。


「ありがとうございます。これならやれそうです」


 青年魔法使いは笑顔で代金を支払い、店を出ていった。




 数日後の午前中、私は常連の占い師を相手していた。


「知ってる? 魔女の数がどんどん増えているらしいわ」


 それは知っている。英国では職業として魔女をしている人物が万単位で存在し、ここ数年激増しているのだそうだ。それも魔術を行う様子を動画として撮影し、SNSに上げる事でフォロワーを増やすというものばかりで、中には数十万人ものフォロワーを持つ魔女がいるという。これも別の客から仕入れた情報である。


「お客様にも魔女になりたい方が増えていますよ。惚れ薬なんか売り始めなければいいのですがね」


 以前魔女を名乗って本当に効果のある媚薬を販売していた魔法使いがいた。すぐにいなくなったが、迷惑なのでそういう行為はやめてもらいたいものだ。この場合、惚れ薬の製造は黒魔術に分類されるのだが、魔術で本当に効果のある薬を作る事は滅多にない。運悪く・・・薬効のある本物の薬を作ってしまうか、無意識のうちに『魔薬製造』の魔法を使っている場合は別だが。


「そうねー、あんなことは繰り返さないでもらいたいわ。……そうそう、あの伝染病が終息したそうよ。これで安心して外を歩けるわー」


 ちょうど今気になっていた情報を彼女が伝えてくれた。どうやら彼は任務を達成したようだ。どこの組織でどんな任務かは興味はあっても知るつもりはないが、魔法を売った客が成功している噂を聞けば魔法ソムリエの私としても嬉しい気持ちになる。


……リピーターになる可能性も高まるしな。


 常連の魔法使いは何も買わない女や魔法ではなく占いグッズを買うおじさんばかりなので、魔法を買う常連客は大歓迎なのだ。まあ、おじさんには表の商売で色々とお世話になっているから感謝しているのだが。


 しかし、疫病の発生か……そんな大掛かりな攻撃を仕掛ける連中が存在するのは好ましくないな。治安を守る側の組織が勝利してくれる事を祈ろう。


 魔法屋は、あくまで客が必要とする魔法を売るだけの立場なのだから。

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