魔法少女と塔のカード
東京・渋谷のとある路地に、妖しいフォントで書かれた表札がある。
『魔法屋』
そのシンプルかつ直球すぎる名称を見て、本当に魔法を売っていると思う客は果たしているのだろうか? もしいたとして、魔法の販売を期待して入って来られても困るのだが。
最近、客に中高年の男性が多い。この店は占いグッズを中心に売るオカルトショップだ。メインの客層は若い女性である。最初はそういう女性客目当てのスケベ親父どもかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
誰もが、女性客などには目もくれない。真剣に占いの道具を選び、中には熱心に占いのやり方を聞いてくる者もいた。女性客達も最初のうちはそんな男性客を不審な目で見て距離を取ったりしていたが、今ではむしろ彼等の気を引こうとさり気なく近づいては無視されている。女としてのプライドを刺激されたのだろうか?
そこに店のドアを開けて入ってくる中年の男性。一見普通のサラリーマン風だが全身を覆う魔力の波動……一目でわかる、魔法使いだ。
「いらっしゃいませ」
笑顔で挨拶をしながら、冷や汗をかく。まさかこいつはこの男女入り乱れた通常営業時間にあの言葉を言うつもりか? どう見てもベテラン魔法使いなのだが。
そう、この店は表向きはオカルトショップだが、裏では本物の魔法使いに魔法を売る、まさに『魔法屋』なのだ。だが魔法使いは秘密の存在であるため、他の客がいない時に合言葉を言わなくてはならない。
ドキドキしながら動向に注目していると、彼は真っ直ぐにタロットカードの売り場へ向かい、暫し物色をした後に可愛らしい鳥の絵柄が描かれた商品を手に取った。
えっ?
そのまま、私の方にやって来る中年魔法使い。商品を差し出して一言。
「これを下さい」
……えっ?
「はい、4,500円です」
タロットカードを購入した男は、そのまま足早に店を去っていった。
…………えーーーっ!?
一体何が目的なんだ、魔法使いがタロットカードを使って何をするつもりだ?
……いや、客の事情を詮索しないのが魔法屋のルールだ。売ったのは魔法ではないが、客は客だ。とはいえ最近の男性客増加といい、何か異変が起こっている事は間違いないだろう。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま一般客がいなくなる時間帯になった。ドアを開け、現れたのはすっかり常連となっている若い女性の魔法使いだ。魔法は買わないが。
いつもならまたお前かと思うところだが、今日は彼女から何か情報が得られるのではないかと期待している。だがどんなに興味があっても、プライドにかけてこちらから話を切り出す事は絶対に無い。これが私にとっての最後の一線だ。
「こんばんは、最近どうです?」
こいつは昨日もうちに来ていたはずだが。まあいい、渡りに船というやつだ。
「最近、いい歳したおっさんがよく占いグッズを買いに来るぞ」
この異変を話題にすれば、自然と彼女が知っている情報を吐き出すだろう。
「そうなんですか? 不思議ですねえ」
駄目だ、こいつは何も知らない。確信した。
魔法を売る店の店主は客の求めに応じて適切な魔法を見繕う魔法のソムリエでもある。客の態度や発言内容から相手の本当に必要としているものを見抜かなければならない為、鋭い洞察力を必要とする。
その洞察力でこの女の性格と今の態度、答えから導き出した結論が、こいつは無関係な上に異変に気付いてもいないという事だ。
「そういえば最近、タピオカがブームらしいですよ」
タピオカのブームは定期的にやって来る。私からすればあんなただの芋の粒を有難がって飲む奴の気が知れない。
「タピオカミルクティーなんて行列に並んでまで飲む価値があるとは思えないんだがな」
我ながら年寄り臭い反応だ。
「それが、飲むのが目的じゃないんですよ。SNSに画像をアップするんです」
ああ、よくある話だ。だが、何故か彼女が語ったこの言葉が私の心に引っかかる。SNS……?
「そうか、まあいつの世もブームなんて承認欲求を満たす為のものだからな」
ブーム……承認欲求……なんだろう、何かが引っかかる。何かに辿り着けそうなのに、あと一つが足りない。
次の日。私はいつものように適当な時間に店を開けた。午前中にやって来る客は相変わらず一人だけだ。
「今日は曇りねー、こんな日にはタロットカードで占うのが良いのよ」
常連客の女性がやってきた。彼女は人気のあるプロの占い師だ。噂話が大好きで、いつも近所の出来事を話しては去っていく。
だが、今日は珍しくインターネットの話を始めた。
「そうそう、タロットカードと言えば、最近可愛い女の子のキャラクターがタロット占いをするのが流行ってるみたいよ」
ほう、タロットカードが流行っている。それで中年男性が買っていくのか? 男性に人気のキャラクターなのだろうか?
「女の子のキャラクターですか。アニメか何かの登場人物ですか?」
それなら、アニメとコラボした商品でも仕入れれば……だが中年男性ばかりになられても困るな。一時の流行で普段と違う客層を招くと流行が去った後に本来の客層が戻ってこなくなる危険性がある。
「いえ、それが何かのアニメじゃないみたいよ」
アニメじゃないのか。では一体何のキャラクターだろうか? 魔法ソムリエである私の勘が、間違いなくこの話が異変と関わっていると告げている。しかしこの占い師もあまり詳しくはないようだ。
その日の午後。買い物客の噂話が聞こえてきた。
「ねーねー、あのタロット買ってるおじさんってさー」
「分かる! 絶対バ美肉おじさんだよね!」
「こら、聞こえちゃうよ」
なるほど、タロットカードを買っている中年男性はバビニクおじさんと言うのか。何のこっちゃ?
不味いな、魔法の事には詳しい私だが、世間の事には少々疎い。せめてインターネットで情報収集ぐらいはやるべきだろう。
と、言いようのない危機感を抱く私の前に、再びあの魔法使いが現れた。
「いらっしゃいませ」
今度は何を買っていくつもりだ? 今は他の客がいない。今度こそ魔法を買っていくのだろうか?
「すいません、このカードの絵柄についてお聞きしたい事があるのですが」
鳥が塔の上にとまっているカードの意味を聞いてきた。
「これは
魔法使いに対しては高圧的な態度を取る決まりだが、彼があくまでオカルトショップの客として接してくる以上、私もオカルトショップの店主として対応する。
「なるほど、これで動画が……あっと」
「動画?」
動画と言うのは動く画像……女の子のキャラクターがタロット占い……バビニクおじさん。言葉の意味は分からないが、おおよその見当はついた。このおじさんが女の子のキャラクターにタロット占いをさせる動画を投稿しているという事だろう。単なる趣味か、と納得した私がスッキリしていると、おじさんが勝手に事情を説明しだした。
「実は私、SNSでバ美肉おじさんとして活動していまして……」
「そのバビニクおじさんというのは何ですか?」
向こうから教えてくるのだから、これぐらいは聞いても良いだろう。言葉の意味を尋ねているだけだし。
「バーチャル美少女受肉おじさんの略です」
「だがお前は魔法使いだろう。そんな事をしなくても裏の仕事でいくらでも稼げるんじゃないか? あるいは魔法で美少女の姿になるのは?」
ついツッコミを入れてしまった。しまった、これはルール違反だ。
「いえ、私がやりたいのは創作者としての活動なんです。魔法の力で実現しても意味がないんです」
熱く語るバ美肉おじさん。こだわりを持つのは悪い事ではない。私とした事があまりにも余計な口出しをしてしまった。
「そうか、差し出がましい事を言ってしまった。すまない」
「いえ、疑問に思われて当然です」
笑って許してくれたが、とんだ失態をしてしまった。気を引き締めなくては。
ちなみに彼は魔法少女を演じているそうだ。本物の魔法使いが架空の魔法少女を演じるとは……何とも不思議な話である。
中年男性が客としてやってくる異変の理由は分かったが、流行が過ぎるまではこの状況が続くだろう。平和な理由で良かったが、しばらくはタロットカードの仕入れが困難になるに違いない。
私はため息を一つつき、仕入伝票を前に頭を悩ませるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます