任務と組織と魔法剣
東京・渋谷のとある路地に、妖しいフォントで書かれた表札がある。
『魔法屋』
そのシンプルかつ直球すぎる名称を見て、本当に魔法を売っていると思う客は果たしているのだろうか? もしいたとして、魔法の販売を期待して入って来られても困るのだが。
今日はいつにも増して賑やかだ。テレビドラマで主役が占いをするらしく、ドラマに登場したものと同じ道具を買おうとする女子高生が次々とやって来るのだ。
「これくださーい」
「はい、2,980円になります」
どうせ占いをする事もないだろうに、よくもまあこんな学生には高価なグッズを買っていくものだ。売り上げが上がるのは喜ばしい事だがな。
そう、この魔法屋は占いに使う道具を売るオカルトショップなのだ。『ファイアの魔法100円』みたいなファンタジー空間が広がっていたりはしないのである。
「すいませーん」
「はい、なんでしょう?」
「魔法剣ってどうやったら使えるようになりますか?」
だから、時々現れるこんな客の希望にも応える事は出来ない。そうは言っても客商売だ。それっぽい事を言って上手くやり過ごすのが人気の秘訣である。
「魔法剣ですか、利き手の人差し指と中指を立てた『
話しているうちにまるで胡散臭い宗教の押し売りみたいになってしまった。彼女は残念そうな表情を浮かべて退散し、周りの客は彼女を馬鹿にするような事もなく温かい目で見守っている。この店では時々見られる光景である。特に『魔法剣』はオカルト愛好家の間では非常に有名なネタなので繰り返し説明してきた内容だ。
余談だが、このエレメント診断機は本物である。
そんな女子高生達の様子を眺め、もの言いたげな視線を送ってくる一人の女性がいるが、無視しておく。どうせ他の客がいなくなるまでは彼女の求める話も出来ないからな。
客が捌け、店内には俺と一人の女性客のみとなった。店の入り口に掲げた札を『開店中』から『準備中』に変える。
「私に本物の『魔法剣』を教えてください」
「また誰かを殺したいのか?」
案の定『魔法剣』の伝授を求めてきた客に、腕を組んで呆れた表情を作って見せる。商売柄、相手の求めているものは分かるので、これは質問ではない。彼女が使用目的もなくただの興味本位で覚えたがっているのをたしなめているのだ。
「そういう訳じゃないですけど……やっぱり『魔法剣』は実在するんですね」
彼女は満足気な笑みを浮かべた。俺にカマをかけて情報を引き出したつもりなのだろう。だが別に魔法使いが魔法の存在を知る事に制限はないので、秘密でも何でもない。
「必要もなく攻撃術を覚えても容量の無駄だ。用がないなら帰った帰った」
私は手をパタパタと振ってシッシッと退店を促す。別に迷惑しているわけじゃなく、次の客が入り口で様子を窺っているのが見えたのだ。
「あっ、お客さんですね。それでは!」
こいつは前に魔法を売ってからこの店に入り浸るようになった。このように大した事のない雑談をする為だ。余程暇なのだろうか? そんな暇があったらしっかり働いて稼いだ金でうちの売り上げに貢献してもらいたいものだ。
そう、この店には二つの顔がある。通常の営業はただのオカルトショップだが、本物の魔法使いがやってきた時に裏の顔を見せる。俺はやって来た客が必要とする魔法を見定め、提案し、有料で伝授する魔法のソムリエなのである。
「お待たせしました、いらっしゃいませ」
まずは一般客としての対応。この客は初見なので勝手に魔法使いと決めつけてはいけない。いや、魔法使いなのは一目で分かるのだが、それだけではこの店の利用資格を満たしていないのだ。
「失礼します。『金色の象の背中で逆立ちをしながら世界を一周してきた』のですが」
合言葉を言った。これでこの客を魔法使いとして迎え入れる条件が揃ったわけだ。自分で決めておいてなんだが今回の合言葉はなかなか実行難易度が高いな。
「よかろう、この奥へ来てくれ。次からは合言葉を言わなくて良いように会員証を作る」
促され、入店するのは若い男性だ。緊張している様子だが、前の客と違い魔法使いとしての経験はそれなりに積んでいるようだな。緊張しているのは別の理由か。
「それで、どんな魔法を覚えたいんだ?」
魔法使いに対して愛想の良い応対はしない。客はそのようなサービスを望んでいないからだ。むしろ立場としてはこちらが魔法の師匠になるのだから、変に下手に出ると不信感を招く。
「連続した戦闘が想定される任務をこなさないといけないのです。繰り返し使用が可能な攻撃術はありませんか?」
なるほど。噂をすれば影が差すというやつだな。
「そうだな、バランスを考えて『魔法剣』と『障壁』の魔法が良いだろう」
魔法剣は先程一般客に説明したのと大して変わらない魔法だ。剣指に魔力を集中し、離れた敵を斬る事が出来る。ただし属性などという要素はない。魔力の消耗が少なく、長時間の使用が可能であるが、本人の身体能力が低いと有効利用は難しい。障壁はその名の通りバリアを張って身を守る魔法だ。
魔法使いは一度に覚えられる魔法の数に制限がある。その為このような店で新たな魔法を習得し、代わりに今まで覚えていた魔法を忘れるという事を何度も繰り返す。その分一度の利用料は安めに設定されているが、継続的に利用することになるので、無駄遣いを避けるためにも利用するソムリエの腕は非常に重要だ。
魔法使いは大っぴらに出来る存在ではない為、使用目的もはっきりと言えない事がほとんどである。ごくわずかの情報と本人の態度や能力などから最適の魔法を選択し、伝授するのがソムリエの腕の見せ所というわけだ。
「ありがとうございました。ここはとてもいい店ですね」
去り際にわざわざ褒め言葉まで残していった彼の態度からは、本当に満足している事が分かった。
数日後。午前中の店には常連客の占い師が一人、うわさ話をしている。
「あの事務所にガサ入れがあったそうよ」
日本中で有名な、とある反社会的組織の本拠地に警察が立ち入ったという。トップニュースにもなっていたので当然知っている。
「よく警察があそこに踏み込めましたね」
笑顔で相槌を打ちながら、心の中で考察をする。
魔法屋は客の事情に立ち入らない。求められたとおりに必要な魔法を伝授するのみだ。それが鉄則。
だが、どうしても気になってしまった。数日前にやって来た魔法使いが口にした『任務』という言葉。連続した戦闘が想定されるという。そしてこのタイミングで今まで警察も近寄れなかった、日本の裏社会を牛耳っていたあの組織の本部が陥落した。
あの客は、どこの勢力に属する魔法使いなのだろうか?
詮索してはいけない。そう自分に言い聞かせながらも、好奇心が湧いて来るのを止められないのだ。
うわさ話好きな彼女の気持ちが分かってきたな、と内心苦笑するのだった。
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