魔法屋

寿甘

魔法を売る店

 東京・渋谷のとある路地に、妖しいフォントで書かれた表札がある。


『魔法屋』


 そのシンプルかつ直球すぎる名称を見て、本当に魔法を売っていると思う客は果たしているのだろうか? もしいたとして、魔法の販売を期待して入って来られても困るのだが。


 私はこの魔法屋の店主を務めている。今日も陳列棚の整理を終え、店を開けた。開店時間は10時だが、午前中はほとんど客が来ないのでその日の気分で多少遅くなることもある。


「あら、今日は早いのねー」


 ほとんど来ないと言ったが、ほぼ毎日来る常連が一人いる。それがこの女性で、近所で占い師をしているそうだ。時々テレビにも出演するらしいがその手の番組を見た事はない。


「いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」


 そう、この店は彼女のような人間が必要とするグッズを売っている、プロ向けの占いグッズ専門店だ。とはいえ客の大半が占いを生業になどしていない若い女性だが。


「タロットカードが汚れて来ちゃってねぇ。魔力が落ちちゃうけど思い切って新しいのにしようかと思って。店主さんの意見を聞きたいわ」


 タロットカードは使い込むほどに魔力が高まり、占いの的中率が上がっていくと言われている。占いは魔法でも何でもなく推理とカウンセリングがメインなので、単に慣れの問題だと思うが、話を合わせるのも商売の基本だ。


「それは思い切りましたね。アルカナに宿る魔力にも相性がありますから、タロットをいくつか用意しますので、実際に手に取って馴染むものを選んではいかがでしょう?」


 実際、プロが商売道具を変えるのは大事件だ。その上、意見まで求められるという事はそれだけ信頼されているという事に他ならない。大変光栄である。


 占いなど信じてはいないが。


「昨日ねー、センター街で騒ぎがあったのよ。男と女の喧嘩なんだけど、単なる痴話喧嘩とも違うみたいで、目撃した人の話だと女が男に恨みを持って本気で殺しにかかってたみたいな」


 彼女は噂話が大好きで、外で起こった出来事をよく話してくれる。私は基本的に店に引きこもっているので貴重な情報源でもある。どうやら昨夜近所でトラブルがあったようだ。ただの喧嘩なら噂になる事もないので、相当な騒ぎになったのだろう。




 いつもは彼女以外夕方まで客は来ないのだが、今日は珍しく昼過ぎに客が現れた。スーツに身を包んだ中年男性だ。とても占いをするような人間には見えない。


「失礼、『紫トマトの導きにより空を飛んで地の底へ来た』のだが」


……そうだろうと思った。


「わかりました。こちらから奥へどうぞ」


 男を奥へと招き入れ、店の表札を『準備中』に変えた。


 この店は、魔法屋である。


 資格のない者に商品を売るわけにはいかないので、特別な合言葉を使っている。この言葉を知るのは斡旋業者が魔法使いと認定した者だけだ。


「会員証を作ろう。合言葉は毎日変わるから、いちいち確認するのも面倒だろう?」


 愛想のいい店長の演技は必要ない。魔法使いはこの店にそんな応対を求めていないからだ。


「それは助かる。何かと必要になるからな」


 登録に住所氏名年齢などは必要なく、すぐに手続きは終わる。こちらとしてもさっさと商売に移りたいからな。どうせ次からは顔パスだ。


「さて、どんな魔法が欲しい?」


「最近命を狙われる事が多くてね、身を護る魔法が欲しい。襲ってきた奴を返り討ちに出来ればなお良い」


 この店の商品は、その名の通り魔法だ。店長の私は客が要望する効果を持つ魔法を有料で伝授する、魔法のソムリエであり伝道師でもある。


「よかろう。『障壁バリア』と『反射リフレクション』の二つがある。名前の通りの効果だが、障壁は武器による攻撃も防ぐが反射は魔法しか跳ね返さない。状況に応じて使い分けろ」


 魔法そのものを売る商売では、客が他の人間に教えて商売あがったりになると思うかな? 心配はいらない、魔法の伝授は特別な才能の持ち主しか出来ないのだ。


 また、一人の魔法使いが全ての魔法を覚える事も出来ない。一度に覚えていられる容量というものがあり、その都度用途に応じて入れ替えが必要になるのだ。その為、伝授の料金は安めに設定されている。


「素晴らしい! この店は私のニーズにぴったりだ。どこも手続きが面倒な場所ばかりでね……これからも利用させてもらうよ」


 魔法を売る店はここだけではない。ライバル店と差をつける為にも、客が本当に求めるサービスを追求するのが商売の秘訣だ。どうやらこの客には気に入って貰えたらしい。金払いもいいし、常連になってくれればいいのだが。




 夕方になると、学校帰りの若い女性が多く訪れる。いつの世も占いは普遍的な人気を誇るコンテンツだ。私にとっても重要な収入源である。


 私自身は未来を占う事などないがな。誰だって、100%的中する未来など見たくもないだろう? 占いは曖昧だからこそ当たった外れたと一喜一憂することが出来るのだ。




 次の日。今日はあまり天気が良くない。今にも雨が降り出しそうな曇天だ。


「こういう天気の時は水晶玉で占うのがいいのよ」


 さいですか。


「昨日は道玄坂で騒ぎがあったみたいねー、警官がウロウロしてると客入りが悪くなるから困るわぁ」


 他人事ではない。客商売をしている者にとっては死活問題だ。もうちょっと周りに気を使ってくれないだろうか?


「困ったものですね。トラブルを抑える方法があると良いのですが」


「魔法屋さんでそういう魔除けみたいなの売ってないの?」


「いやー、身に付けるパワーストーンとかしか扱ってないですね」


 そんな会話をして、昼の時間が過ぎていった。




 夕方。天気のせいか騒動のせいか、客はいつもより少なめだ。ちらほらといる女子高生に混じって、思いつめた表情の女性がいる。


 いや、ちょっと待て。


 嫌な予感がする。


「あの、『青いペリカンに乗って海を泳いで来た』のですが!』


……お前な、ちょっと周りを見ようか?


「は? 突然どうされましたか?」


 時々いるんだ、こういう客が。おそらくこういう店に初めて来る新米魔法使いだろう。あの野郎、ちゃんと来店時の説明をしろって言ってるだろ!


 魔法使いがこういう店に来る為には、斡旋業者に紹介されなくてはならない。この店ではその証として私が決めた合言葉を言わせるようにしているのだが、それと合わせて来店時の注意事項を説明するように強く言ってある。のだが、ちゃんと説明していないのか、説明をちゃんと聞いていないのか、守らない客が少なくない。


 客の女子高生たちが注目する。完全に頭のおかしい人を見る目だ。そうなるように変な合言葉にしているのだが。


「え、ここは魔法屋さんですよね?」


「ええ、魔法屋ですが……他のお客様の御迷惑になりますので、少々お待ちいただいてよろしいでしょうか?」


 彼女は言われるままに店の隅に座る。他の客は好奇の目で見ていたが、やり取りから察してすぐに用事を済ませ出て行ってくれた。余計なトラブルに巻き込まれたくはないのだろう。


「さて、奥へどうぞ」


 入口の表札を『準備中』にして、客を奥へ招き入れた。


「お前はこういう店に来るのは初めてだな? 他の客がいる時に合言葉を言ってはいけない決まりになっている。客が入っている場合は閉店まででも待たなくてはいけないから、慣れている奴は客の少ない昼過ぎに来る」


 誰でも最初は初心者だ。叱ったりはせずルールを教えてやる。本当は斡旋している男が教えているはずなのだがな。


「あ、ごめんなさい。全然決まりとか知りませんでした」


「まあいい、そういう客はたまにいる。それで? どんな魔法がお望みだ?」


 会員証を作りながら、注文を聞く。大体想像はつくが、安易な決めつけはしない。あくまで客の要望を、話す様子も観察しながら確認するのだ。


「あの、とにかく強い魔法が欲しいんです!」


 なんと大雑把な注文だ。だが彼女が求めている魔法は分かった。


「……高くつくぞ? 金はあるんだろうな」


「大丈夫です! ……たぶん」


「そうか。お前に教える魔法は『破滅ジエンド』その名の通り相手を滅ぼす魔法だ。極めて強力で『障壁』による防御は出来ない。だが注意が二つある」


 魔法の説明を聞いた彼女は一瞬明るい表情になった後、真剣な表情に変わる。


「はい」


「一つ、この魔法は容量を目一杯食う。お前はこの魔法を覚えている間、他の魔法を一切使う事が出来ない。二つ、この魔法は基本的に防御不能だが、唯一『反射』の魔法でだけは跳ね返される。跳ね返されれば滅びるのはお前だ」


 彼女は頷き、魔法を購入した。


「ああ、それと最後に一つ。街中で魔法を使うのはやめてくれ」


  


 数日後。今日も常連客が一人、噂話をしている。


「騒ぎが収まったみたいで警官も普段通りにしてるわ。一体何だったのかしらねぇ?」


「何だったんでしょうね? 何はともあれ、落ち着いてくれて助かります」


「本当ね。あ、今日はこの占星棒を頂戴」


 様々な占いグッズを買っていくが、そんなに道具が消耗するのだろうか? 気になる所だが、客の行いを詮索するのは私のポリシーに反する。




 昼過ぎに客がやって来た。『破滅』の魔法を買った女性だ。


……なるほど、そういう結果になったのか。


「有難うございました! おかげで何とかなりました」


「そうか。それで今度は何の魔法を覚えるんだ?」


 あんな物騒な魔法しか使えないのでは不便だろう。いくつか使い勝手のいい魔法を思い浮かべた。


「それが、この前のでお財布がすっからかんになっちゃいまして」


「……」


 困ったものだ。当分は本業での収入が見込めないだろう。この女に『破滅』の魔法を伝授した事を後悔しかけたが、どんな結果になろうと客が求める魔法を提供するのが鉄則だ。


 実際、あの男が選択を間違えなければ結果は逆になっていただろう。


「それで、このお店、ツケとか出来ませんか?」


 そう来たか。返せるアテがあるとは思えないんだがな。


「利子が付くぞ?」


「う、そこを何とか!」




――『魔法屋』、そこは様々な魔法を売るお店。


 店主は訪れる魔法使いの事情を聞いたりはしない。ただ、客が必要とする魔法を提供するのみ。結果的に客同士が争う事になろうとも、その原則を曲げるわけにはいかない。


 この商売に求められる信用は、通常の倫理観とはまた別の次元に存在するのだから。

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