第5話 転機は突然に

 目の前には一人の少女が居た。目立つ金髪をポニーテールにして、制服を着崩している。確かに俺達が通っている高校の校則は緩いのだが、ここまでする生徒は珍しい。


 実際、この女生徒は学校でもよく目立っていた。悪い噂も少なくなかったが、俺は彼女がそんな事をする生徒では無いと知っている。


「しゃーす、あ、やっほ。ぜつり……幼馴染君」


 ……?


「今、なんて呼ぼうとしたんだ?」

「いやいやいや。なんでもないなんでもない」

 彼女は慌てたように首を振った。

 非常に不名誉な名前で呼ばれたかと思ってしまった。自分の考え過ぎだろうと疑問をかき消す。


「えっとね……水音。その、怒らないで欲しいんだけど」

 火凛が困ったような笑顔を浮かべて俺を見てきた。

「……まあ、まずは言ってみてくれ」

 非常に嫌な予感はしたが、とりあえず先を促す。話を勧めなければ分かることも少ない。

 すると、火凛は彼女を一度見て、俺を見た。


「この子……私達の秘密知ってるの」


 その言葉を聞いて、目を瞑った。様々な事が脳裏にぎる。


 色々な憶測を全て飲み込み、代わりに喉奥から声を絞り出した。

「……どれまでの秘密なんだ?」

「………………………………全部」

「はぁ!?」


 全部ってどこまでの全部なんだ!? 本当に全部なのか!?


 その疑問に答えたのは火凛では無く、横で笑っている彼女だった。


「そ。火凛と絶倫君……幼馴染君の性事情まで相談されてるよ〜」

「その呼び方はあまりにも不名誉じゃないか」


 まさか自身と火凛とのあれこれが筒抜けになっているとは思っておらず、頭を抱えてしまう。


「というかそんな風に呼ばれる覚えも無い」

 何もかもを振り切ってその場繋ぎにそう言った。


「……え?」

「え?」

 その瞬間、何故か彼女の笑顔は引き攣ったものへと変わった。


「……念の為に聞いておくけどさ。あ、これは火凛が話してたことがほんとかな〜? ってだけで他意は無いからね」

「前置きが不安なんだが」

 どんな質問が来るのか戦々恐々としながら質問を待つ。


「えーっと……ね? アレなんだけどさ」

「アレじゃ分からんだろ」


 彼女はどこか恥ずかしそうに頬を赤く染めた。次に出てきた言葉でその理由も分かった。



「……火凛とさ。最高で一日何回したの?」


「また答えにくい質問を……」


 これはプライバシーの問題だ。俺一人で答えていいものじゃないと思って火凛を見ると、顔を真っ赤にしてこくりと首を縦に振ってきた。


 クラスの女子生徒相手に答える問題じゃないと思いながらも記憶を掘り返す。


 確か一番多かった時は……


「一日だと最高十二回だな」

「一ダース使い切ってんじゃん。やば。いや聞いてはいたんだけどさ。ちなみに時間で換算したら?」

「……二十時間だな。行為の合間に色々挟んでいるが」

「火凛よく耐えたねぇ! ぶっ壊れてないか心配だよ!」

「いや、途中からは火凛の方がノリノリだったぞ」


 彼女は恐ろしげな者でも見るように火凛を見る。火凛はうぅと顔を手で抑えた。


「だって……気持ちいいんだもん」

 火凛はただ恥ずかしがっているだけだ。しかし、美少女がすれば非常に絵になる。しかも恥ずかしがっている内容が内容だ。

 それを見た彼女の瞳から心配は消えた。代わりに別の炎がともる。


「……確かにこれなら私もイケる気がする」

「だろ?」

 やはり火凛は可愛い。それは全人類共通の認識だと再確認していると、彼女は目を逸らしながら声をかけてきた。


「……あと一つだけ聞きたいんだけどさ。ただの興味本位だから答えたくないならいいよ」


 その様子は先程の質問よりもこちらに気を使っているように見える。


 こちらが本題なのだろうか?



 一体どんな質問をされるのかと身構える。あまりプライベートに踏み入られ過ぎると――


「それでさ。幼馴染君のって……何センチあるの?」


 頬がひくついた。


「いやさ? 火凛から話はある程度聞いてたんだけどね?ちょーっとだけ気になっちゃって。あ、答えたくないなら無理しなくて良いんだよ」


 思っていたような質問では無かった。しかし、これはこれで答えにくい……いや、答えられない質問だ。


「悪いが、俺も測った事が無いから分から「」」

「は?」

「えっ?」



「……一番おっきい時はだよ」



 その質問に答えたのは火凛であった。

 彼女も、さすがに火凛に聞くのはまずいと思っていたのだろう。そもそも火凛は知らないだろうと考えていてもおかしくない。現に俺も知らない情報だったんだ。


 俺としても、まさか火凛が知っているとは思っていなかった。


「……どうして俺が知らない事を知ってるんだ?」

 そう尋ねると、火凛は目を逸らしながら恥ずかしそうに口を開いた。


「……別に、測る時間はいくらでもあったでしょ? 土日とか」


 その言葉に納得してしまう。確かに、朝から……というか起きた瞬間からされている事もあった。


「待て待て待て待て。二十六? ぅえ? 嘘でしょ? 平均の二倍? 男優? 洋モノの男優なの?」


 その横で視線を泳がせている少女が居た。困惑の二文字が似合っている。


 自分で聞いておきながらテンションがおかしくなっている彼女へ声をかける。


「落ち着け。あとこれでも一応コンプレックスなんだ。あまり言わないでくれ」

「いやいやいやいや。コンプレックスって。男として誇るべき立派なものじゃん。というか、え? 火凛? そんなおっきいの入れて本当に大丈夫なの? というか入るの?」


『男として誇るべき』だなんて初めて言われたので少し驚いた。今まで他の男子達には散々からかわれてきていたからだ。


「……確かに、今思うと不安になってきた。だ、大丈夫だった? ちゃんと気持ちよく出来てた?」

 火凛は不安そうに、しかし恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら聞いてくる。その視線は俺の下腹部へ固定されているのだが。


「え、何? 火凛。周りの情欲を誘わせながらじゃないと会話出来ないの? そんなの学校でやったら男子即全滅だよ? 分かってる?」


 何か言っているようだが、火凛はそれどころじゃ無さそうだ。そわそわと俺の返答を待っている。


「まあ、その……大丈夫だ。確かに少しキツいが、ちゃんと全部入ってる」

「ほ、ほんと? 緩くなってたり、逆に痛かったりしない?」

「大丈夫だ。というか気持ちよくなかったら一日で十二回も出来ない」


 その言葉に火凛はホッと安心した表情を見せてきた。




「やべ、糖度が強すぎて胃もたれしてきた」

 それと相対するように隣の少女はグロッキーになりつつあったが。



 しかし、少し……かなり特殊な方に話が進んできていたのは確かだ。花の女子高生にこの話は重いだろう。


 それを分かっているのか、彼女は一度ふぅ、と息を吐きその場の雰囲気をリセットした。

「まあ……火凛が大丈夫ならいいんだけどね。仲良しみたいだし。そういえば自己紹介してなかったね」

 今更ながら彼女はそう口にする。


「一応同じクラスだから知ってるし、火凛からよく話は聞いてるが。俺の事もきいてるんじゃないか?」

「それはそれ、これはこれよ」


 そう言って、彼女はこほんと咳払いをした。



「私は白雪奏音しらゆきそうね。こんな見た目だけど、口は固いって評判だから気兼ねなく話してね。火凛に相談できないこととか、ね?」


 くすりと笑いながら、白雪奏音は胸元のボタンを一つ外した。その隙間から眩しい肌が覗く。


「ちょっと! 奏音!」

「あはは、冗談冗談。あんたの『セフレ』を取ったりしないって」

「うっ……」


 それを火凛が咎めるように指摘するが、彼女の言葉に言葉を詰まらせた。


 何故か『セフレ』の部分を強調された気がする。その言葉は的確にこちらの心を抉ってきた。


 そんな心を誤魔化すようにこちらも口を開く。


「……俺の方も自己紹介しておく。獅童水音だ。一応、火凛とは物心付く前からの幼馴染になる。よろしくな」

「よろしくね」

 手を出されたので握手をする。すると、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。


「ちなみに好きな体位は?」

「正常位……って何言わせんだ」

「あはっ! 良かったねぇ、火凛、彼も正常位が好きだって!」

「奏音! いい加減にしないと帰らせるよ!」


「ほほう? そんなに私を帰らせて獅童君としたいのかい? 別に私の事なんて気にせずやってくれてもいいんだぜ? どんな感じなのか気にならない訳じゃ無いし?」

「もう!」


 随分と仲がいいんだなと思考を放棄し、二人を眺める。確か、彼女は俺達と中学も同じだったはずだ。しかし二人の絡みを見る事はほとんど無かった。


 ……というか火凛も正常位が好きだったのか。


「さて、前置きが長引いた。そろそろ本題に入ろう、火凛。白雪さんが来た理由だが……」

「あ、呼び捨てでいーよ。てか何なら奏音って呼んでもいーよ」

 そう彼女は言ってくれる。しかし、俺に初対面の女子を名前呼びする度胸は無い。

「それじゃあ、ありがたく白雪と呼ばせてもらう。それで、火凛?」



「うん。ちょっと待ってね」


 火凛は一度胸に手を当て、深呼吸をした。先程までの雰囲気と異なり、どこか緊張した様子だ。


 真面目な話になる。そう予感し、俺もたたずまいを整えた。


 白雪が火凛の手をそっと包み込むように握った。

「大丈夫だよ。ほら、勇気出して」

「……ん、ありがと」

 火凛は一度白雪を見て頷いた。


「帰りで水音が聞いてきてたよね。





 火凛は一度目を瞑る。そして、目を開くと同時に握られた手をゆっくりと開く。

 そしてじっと見つめてきた。俺と火凛。お互いの視線が交錯する。


「私は、水音と学校でも『幼馴染』をしたい。学校でも、皆の前でも水音と仲がいいんだって……大切な幼馴染なんだって言いたい」

「……」

「どうして今更、とか思われても仕方ないと思う」

 火凛はどこか辛そうに目を俯かせた。しかし、それも一瞬の事。次の瞬間には力強い視線が俺の眼と交わった。




「……でも、それでも私はまた……水音と前みたいに幼馴染がしたいの」

 体の奥底にあった全ての物を吐き出すように、火凛は口にしたのであった。

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