第4話 時には大胆に行うべし
そんな事情があったのだが、当然水音はそんな事を知らない。
そして彼は今現在、窮地に立たされていた。
目の前には見慣れた幼馴染である竜童火凛。そして、その間を挟む机には可愛らしいピンクの弁当箱と質素な黒い弁当箱。言わずもがな、後者が自分の物である。
「一緒に食べよ、獅童君」
その言葉の意図を図りかねていた。
「急にどうしたんだ? 竜童さん」
「え? いいじゃない、一緒に食べても。……それとも嫌なの?」
少し寂しそうに、火凛は目を俯かせた。
……そんな顔をされたら断れないじゃないか。
「嫌って訳じゃ」「オイオイ。なんでこんな陰キャと居るんだァ? 火凛」
どうしようかと困っていたその時、
背は高く、大柄でツーブロックの短い髪を金髪に染め上げた、いかにもチャラ男ですといった風貌の男。
「別に私が誰と一緒に居ようが勝手でしょ」
その言葉に火凛の機嫌は絶不調へと陥ったらしい。先程の笑顔はどこへやら。キッと目を鋭くして睨みつけ、貧乏揺すりまで始めようとした。火凛がイライラした時にする悪い癖だ。周りに気づかれないよう足で軽く叩くと、火凛は不機嫌そうにしながらも止めた。
「そいつぁねえだろ。俺とお前の仲だぜ?」
半治がそう言って馴れ馴れしく火凛の肩を抱こうとするが、手で払い除けられる。
「ただの友達はそんなに仲良くしません。私の交友を広げる邪魔はしないでよね」
冷たく言い放たれたその言葉に半治はたじろぐ。それに合わせて一人の少女が顔をひょっこりと覗かせた。
「半治も諦めなよ〜、それ以上火凛に嫌われたくないなら、ね?」
ゾクリと背筋に悪寒が走った。その少女……確か、同じクラスの白雪奏音だ。彼女の微笑みはとても魅力的であったが、それと同時に強い圧が感じられたのだ。
「チッ」
それは半治にも伝わったのだろう。面白くなさそうにカバンを背負って教室の外へ行ってしまった。
「あらら……ごめんね、おさな――こほん。獅童君」
「ん? 今なんて「それよりさ」」
「二人ってなんか初対面……はちょっと違うか。初めて交友を結んだにしてはなんか仲良くない?」
その言葉に目を見開く。このままじゃバレるかもしれないと火凛の顔を見た。
――大丈夫
火凛は唇をそう動かしてニヤリと笑った。
「んー? そりゃそうじゃないかなー。だって、獅童君とは喋った事ないってだけで小学校……ううん。幼稚園からクラス一緒だし」
「ッ……!?」
今まで隠していた事実。火凛は広めたくないだろうと思っていた。
ザワりとクラスに残っている生徒達が沸き立った。複数の視線がこちらへ向いてくるのを感じる。
「えー? 知らなかったな。それじゃあ二人とも、幼馴染だったんだ?」
「ふふ。そうとも言えるかな?」
そんな事を言って二人はニヤニヤしながら笑い合う。
周りからの視線にも気づいているはずなのに、二人ともとても楽しそうにしている。
……まさか、
「それじゃ、私はこんな所で失礼しましょうかね?」
「ちょっと待っ「うん、それじゃまた後でね、奏音」」
彼女に話を聞こうとしたが、先に火凛が言葉を遮ってきた。
「食べよっか」
「………………そうだな」
聞くのは別に後ででも良い。火凛の真意はここでは話してくれないだろうから。
その後、昼食は雑談しつつ弁当を食べた。喋り方こそ違えど普段の様に喋る事が出来た。俺は普段から口数が多い方では無い。そのため、後でクラスメイトに弄られるのは確実だろう。
……まあ、弄られるほど仲がいい生徒などほとんどいないが。
「……もう五分前だったか」
予鈴に気づき、弁当を片付けていると火凛が自分の席に着くためすれ違った。
「今日も待ってるから。話はその時にね」
独り言の様に小さく呟かれた言葉。
その言葉に思わず振り向いてしまった。
「それじゃ、また明日も食べようね」
しかし、彼女はそれ以上告げる事無く自分の席へと戻って行った。
◆◆◆
「なあおい、どういう事だ?」
そう言って近づいてきたのはオタ友である苅谷響。俺の数少ない友人の一人だ。
「……どういう事、って言われてもな。本人も言ってたはずだ。交流を広げるためのものだろう」
火凛はとある理由から軽度の人間不信でありながら、元々男性が苦手であった。
しかし、高校生になりそんな自分を変えたいと言って、様々な生徒と昼食を食べていた。
とは言っても一対一で昼食を取る事はまず無い。必ず毎回友人を引き連れ、クラス内で形成されたグループを転々としていたのだ。なので、俺などのぼっちは火凛と食事を取るどころか会話したことすら無いだろう。
次の授業の準備をしつつもそう答えると、響は肩を組んできた。
「いや、お前も分かってるだろ。百歩譲って、お前が幼馴染だったから一対一で食べてたのは……理解してやろう。だけどな! 『また明日食べようね』って言ったのはお前が初めてなんだよ」
「言ってる意味が分からないな」
「確かに交流を深めるって目的で色んなグループでお昼を食べていたのは確かだ。だけど、『また今度ね』が彼女の常套句だ。その言葉に何人の同胞がやられて来たか」
「授業二分前だぞ」
「やべ」
これ以上聞かれるのはよろしくない。話を逸らすと面白いぐらい響は慌ててロッカーへと向かった。
◆◆◆
学校が終わる事を告げる鐘が鳴り、先生が連絡事項を話す。その内容はあまり俺の頭には入ってこなかった。
HR長の号令で立ち、礼をする。
帰りに火凛の家に寄って事情を聞こう。そう考えて鞄を背負った時である。
「一緒に帰ろ、獅童君」
思わず自分の耳を疑った。しかし、聞き間違えでは無い。火凛の声を間違えるはずが無い。それに、周りの生徒達が目を丸くして俺と俺へと近寄ってくる彼女を見ていたのだから間違い無い。
「なあオイ、ちょっと待てよ。火凛。なんでこんなクソ陰キャをお前は構ってんだ」
と、そこにチャラ男が割り込んでくる。向こうが俺を名前で呼ぶまではチャラ男と呼んでやろう。
「私が何をしようと関係無いでしょ? それに、彼とは家も近いって分かったし」
ちらりと顔を向けてきたので頷く(そんな話はしていなかったが)
「だ、だがよ」
「行きましょ、獅童君」
「ちょ、」
それで会話は終わりだとばかりに火凛は教室の外へと向かう。
と思いきや、火凛は扉の前で立ち止まった。自然と俺も止まる事となり、皆の視線が嫌というほど突き刺さった。
「あ、そうだ。奏音、来栖ちゃん、輝夜ちゃん。明日から放課後はあんまり遊べなくなるかも」
火凛は自分の友人へとその言葉を投げかけた。その言葉の意味を理解した友人達は目を丸くしていた。
……ただ一人だけ、ニヤニヤしている人物が居たが。
そして、その言葉を理解したのかしていないのか、教室は静まり返った。
「それじゃ、今度こそ明日ね」
そう言って火凛に連れられて外へ出た瞬間、教室にざわめきが起きたのは言うまでもない。
「それで? 一体何のつもりだ?」
学校からある程度離れたところで火凛へとそう尋ねる。
「……詳しいのは家で、ね?」
頬を赤く染められてそう言われれば、それ以上深掘りする事も出来なかった。
そして、いつかと同じように話しかけてもちゃんとした返事は帰って来ず、どこか気まずい雰囲気が漂っていた。
とその時、火凛が近づいてきてなんと手を取ってきた。
「……お前、本当にどうしたんだよ」
「これは今日のお詫び」
そう言って彼女はスタスタと歩き出そうとする。が、俺は乱暴に手をふるい落とした。
「えっ……」
その行動に火凛は顔を青ざめさせ、そして傷ついた表情を見せる。
「ご、ごめん。調子に乗って「お詫びって言うのなら、これぐらいはしてもらうぞ」」
手を繋ぐなど生温い。恋人繋ぎなど普段からしている。
だから、普段やらない事をやる。
火凛の腕と体の間に腕を挟み込む。すると、ふわりと彼女の香りと共に熱い体温が感じ取れる。
火凛の腕に腕を絡めれば、他所からは恋人にしか見えないだろう。しかし、学校からは離れたから見られるリスクも低い。
あれだけ視線を集めて胃も痛くなったんだから、これぐらいは許容範囲だろう。
「うぅ……分かったわよ!」
火凛は顔を真っ赤にする。しかし意地でもその顔は隠さなかった。
おお、久々のツンだ。ツンが出たぞ。最近はなかなか出てこなかったから珍しい。
とにかく許可は貰えたので、そのまま火凛の家へと向かう。
「ね、ねえ」
「ん? なんだ?」
「き、今日体育あったじゃない? 汗くさくない?」
「毎日体育が有っても無くても、風呂に入る前に二、三回してるだろ。というかお互い様だから我慢しろ」
そんなこんなで顔を真っ赤にする火凛と仲良く(?)腕を組んで帰った。
◆◆◆
そして、火凛の家まで着いてから腕を離した。
「あっ……」
やめろ。そんな寂しそうな顔をするな。話どころじゃ無くなってしまうから。
火凛がゴソゴソと鍵を取り出して家の中に入る。家は広々としているが、相変わらず親は居ない。
実の所を言えば、去年の夏……中学三年生の夏に火凛の両親は離婚した。その理由は母親の不倫である。火凛は両親の事をとても尊敬していた。俺から見ても、仲が良い家族に見えていた。そのため、火凛の受けるショックは計り知れないものとなった。
それこそ、人生を諦めかねない程度には。
あの時はめちゃくちゃ頑張って慰めた。それこそ腰がぶっ壊れるんじゃないかと思うぐらい。しかし、その甲斐あって火凛は立ち直らせる事が出来た……はずだ。
そして、何故か気がつけば父親公認の仲にもなっていた。一度、父親から『話したい事がある』と言われて死を覚悟したが全然違った。
『僕一人じゃ火凛のサポートが出来ない。頼む。娘を幸せにしてやってくれ』
あの時は頭の中で整理をするのが大変だったとも。ましてや、帰り際に
『あ……でも、出来るだけ避妊はしてね?いくら僕でも今すぐ孫が出来たら経済的にね……』
と言われてしまった。まさかの親からの許可を貰ってしまった。
トドメとばかりに父親の仕事が毎日遅くなることが告げられた。なんなら帰ってくる日の方が少ない。お陰で通う日が週二からほぼ週五。土日も仕事が入っている事が多い。そのため、実質週六か週七とほぼ毎日来る事になっている。……妹が拗ねるので、五日に一度ぐらいは帰らないといけないが。
親も居ない家に一人で居るのは寂しいだろう。それに、まだ精神も安定した訳じゃない。火凛は時折悪夢に目覚める事もあった。そう言った理由もあって、通う事を決めたのである。
「あ、鍵は開けといて」
「……? 誰か来るのか?」
「ちょっと、ね」
どこか歯切れが悪そうにする火凛。どことなく嫌な予感を募らせながらも、いつも通り家に入る。
そして、いつも通り火凛の部屋でくつろいでいる時だった。
ピンポーン、と珍しくチャイムが鳴った。
「あ、来たみたい。ちょっと待っててね」
「……おう」
昔から説明不足なんだよなと思いながら、まあ悪い事では無いだろうと覚悟を決めるのであった。
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