第3話 私はもう間違えない

 あれは一昨日の事だった。


◆◆◆


「俺は変に遠回しに言うのが苦手だから単刀直入に言う。竜童さん。好きだ。付き合ってくれ」


 クラスで掃除の際にごみ捨て係の人が休んでおり、先生に押し付けられてしまった。しかも放課後に。


 ごみ捨て場に行くには裏庭を通るのが近道なのだが、今回はそれが裏目に出てしまった。


「あれは……二年生のテニス部のエースだったか。名前は白木だったかな」

 

 テニス部の大黒柱。大会での優勝は常連で、夜遅くまで自主練にいそしんでいるとの噂もある。

 更には、テストも学年で上位らしく、クラスに勉強を教えていて平均点の底上げをしていた……らしい。今年度に入ってからの情報しかないので確かなことは言えないが。

 情報が確かならば、文武両道且つ眉目秀麗を地で行く男となる。噂がまかり通っているなら性格もその通りなのだろう。自分をよく見せたいだけの男なら良い噂は一年にまで伝わってこないだろうし。


 そこで、ふと脳裏を掠めたのは一つの考えだった。


 この関係も終わりになるかもしれない。


 今ここで介入する訳にもいかないし、もし付き合うのなら早めに俺との関係を切るべきだ。息を殺してその様子を見ていた。


「ごめんなさい、その気持ちには答えられません」


 その言葉にどうしてと思った反面、どこか安堵している自分が嫌になった。


「理由を……聞いてもいいかな」


 断られるとは思っていなかったのだろう。彼は驚いた様子を見せた後、悔しそうに火凛へ聞いた。


「好きな人がいるから、かな」


 その言葉はすんなりと受け入れられる事が出来た。


 自分がその『好きな人』である可能性など考えない。そんな都合の良い話があるわけが無い。


 所詮は肉体関係を持つだけの……ただの“セフレ”なのだ。それ以上でも……以下でも無い。恋愛感情なんて持ってはいけない。


 頭では分かっているつもりだった。それでも残り続ける感情を振り払い、その場を離れた。


 そして、結局その後は反対側から遠回りをしてゴミを捨てにいくはめになった。


 ◆◆◆


「――と言う事だ。覗きをしてて悪かった。……それで、方便なら良いが、本当に『好きな人』が居るんだったらこの関係は邪魔なはずだ」


 当然、己の心情等を語る趣味は無いため掻い摘んで話した。


『この関係が邪魔』か。


 自分で言ってて悲しくなる。しかし、実際に自分が彼女を雁字搦がんじがらめの糸で縛っているのだ。

 しかし、彼女の顔を見るとそんな感情は吹き飛んでしまった。




「……やだ」

 火凛の眼は潤み、いやいやと子供のように首を振っていた。


「分かった。これ以上は何も言わない」

 そんな顔を見て、今日こそはという決意は全て消えてしまった。


 何故嫌なのか、決して追求しない。彼女を追い詰める趣味は無い。


「えっ……?」


 あまりにも聞き分けのいい俺に驚いたからか、火凛は間の抜けた声を上げた。


って事だけは分かった。今はそれだけで良いさ」


「どう、して……」






『お前の事が大切だから』

 そう言えたらどれだけ良いだろうか。俺にはそんな事を言う勇気は無いし……資格も無い。


 俺が火凛の事をと胸を張って言えるような男なら、こんな関係性になっていないだろうから。



「幼馴染が困っていたら助ける。ただ、お節介はしたくない。それだけだ」


 だから、俺は火凛の都合のいい男で在りたい。心の拠り所の一つで在りたいだけなのだ。


 それを聞いた火凛はと言うと……ただ、無言で抱きついてきた。


「……ごめんなさい」

「謝るのは俺の方だ。元々覗きをした俺が悪かったんだしな」

「……違う」


 どうにか話の焦点をずらそうとしたが、そんなの火凛にはお見通しである。


「……ごめんなさい。今はまだ勇気が出せなくて言えない。だけど、いつか必ず話すから」


 これ以上謝罪を拒否すれば火凛が傷つくかもしれない。



「ああ。待ってるよ、いつまでも」



 その日の火凛はかなり献身的だった、とだけ記しておこう。


 ◆◆◆



 その次の週、俺は学校に来てすぐにスマホをいじり始めた。

 友達が皆無と言う訳では無いが、精々昼を共にするぐらい。自分から話しかけに行くことも、来る事もあまり無い。



 だから、近づいてくる人影に気づけなかった。


「おお、おはよう、獅童君」


 挨拶をして来たのは……そう、火凛であった。


「……ああ、おはよう、竜童さん」


 何か緊急の用でもあるのだろう。そう思って返事を返したのだが、


「えへへ」

 何故か火凛はニヤニヤとして自分の席へと戻っていった。




「……………………なんだったんだ?」

 その意味が分からず、ただ唖然としていた。



 ◆◆◆


 私はお気に入りのカフェで親友に相談をしていた。


「えっっっ!? 絶倫君に振られた!?」

「ちょ! 声でかい! あと違う! まだ振られてないからぁ!」

 驚いた声を出した金髪のポニーテールを揺らす彼女の口を手で塞いで止めようとした。しかし、その声の方が大きく目立ってしまっていた。


「……せめて外では呼び方だけでも変えて。いーい? 奏音」


 そう。この金髪ポニテでこのパッと見軽薄そうな彼女こそ、私の親友である白雪奏音しらゆきそうねであった。


 パッと見は軽薄そうな彼女であったが、その口の硬さは本物である。


「りょ。じゃあ幼馴染君で」

 そう言って奏音は敬礼の様なポーズを取る。ふざけてこそ居るが、約束は守ってくれるのでそれ以上追求はしない。


「それで、幼馴染君との関係をどうすればいいのか、って言うのが本題って思っていーの?」


「……うん、ごめんね」


「謝る必要なんて無いし。てゆーか、むしろ頼ってもらえて嬉しいし」


 そう言って高らかに笑う奏音。それを見ていると暖かい気持ちになった。


「でもさ、一番簡単な答えあるじゃん」

「そりゃ……言えたら、良いんだけどさ」


 そう。一番簡単な解決策は、彼……水音に好意を伝えること。



 ――だと思っていたのだが、


「違う違う。そりゃいきなり好きって言うのが難しいってのは分かってるって」

「え?」

「私が言いたいのはもっと簡単なこと。……そう! 学校でも仲良くして外堀から埋めていけばいいの!」


 確かに学校でも仲良くすれば私の好意に気づくかもしれない。


「……でも、そしたら水音が……」




「まだ逃げるの?」




 普段のようなおちゃらけた声じゃない。鋭く非難する様な声。

 彼女がそんな声を出すのは珍しかった。だからこそ、心に響く。


「ッ……」

「あれから二年弱。好きだって言い出しづらいのは分かる。お互いが好きって言う前にしちゃったから関係も特殊だしね。でも、それじゃ幼馴染君も可哀想だよ」



 そこで奏音は一口だけ水を飲んで口の中を湿らせた。


「幼馴染君……彼に彼女が出来たらって考えた事ある?」

「それは……」


 当然無い訳じゃない。彼の隣に自分でない女が並び立っている事を想像した事がある。




 その度に心が冷たく、そして痛くなった。


「そりゃあるよね。まだ二人は『両片思い』ってだけで『両思い』って訳じゃない。……どうせそうやって心が痛くなる度に幼馴染君に慰められてたんでしょ?」

「それは……」


 彼は……水音は、私がそうやって辛い時は決まって抱き締めてくれた。頭を撫でてくれた。


 その度に冷えきった心は暖かくなり、痛みも無くなったのだ。


「はぁぁぁ。幼馴染君が甘やかしてるからそうなってたのね」

「えっ……もしかして声に出てた?」

「顔に全部書いてあるっての。とにかく、その幼馴染君はあなたの事が大好きでたまらないみたい。言っとくけど、後悔したくないなら私の言った通りにした方が良いと思うよ」


 言いたい事を言い終わったのだろう。奏音はまた水を飲んで、そして腕を組んで私をじっと見た。


 一度、深呼吸をして荒立つ心を落ち着ける。


「ありがとう、奏音。私決めたよ……」

 奏音の目をしっかりと見る。その瞳は柔らかくなっていた。


 私も変わらないといけない。余りにも遅すぎるんだろうけど。



「学校でも彼と……水音と幼馴染をする」




 もう、私は間違えたくない。ううん。間違わない。

 そう、深く心に刻み込んだ。

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