第2話 幼馴染とのこれまでとこれから(火凛視点)
私にはセフレが居る。
元々幼馴染だった。彼とそんな関係が変わり――中学二年生の頃にまた変わった。
「ねえ」
声は震えていないだろうか。久々に話しかけると言う事もあって緊張が顔に出ていないだろうか。
そんな心配は杞憂に終わった。
「なんだよ急に」
素っ気ない返事が帰ってきた事に安堵し、そして悲しくも思った。
昔は……ううん。半年前まではかなり仲が良かった。それこそ付き合ってるのかと毎日聞かれるほど。
最初の頃はそれでも少しだけ嬉しく思っていた。けれど、時が経つうちに私にも思春期が訪れ、水音と仲良くする事を次第に恥ずかしいと思ってしまった。
そして、少しずつ水音との会話が減ってきた時、あるものを聞いてしまったのだ。
◆◆◆
「おい、お前。火凛と付き合ってるってほんとか?」
「……いや、俺と火凛は幼馴染なだけだ」
女子トイレから出ようとした時、そんな会話が聞こえてきた。
そのまま出るのも気まずくて出られずにいた。
「オレさ、火凛にコクろうと思ってんだよね。そんでさ、オレ、自分の彼女が男と仲いいとか嫌でさ。直球で言うとお前が邪魔なんだわ」
思わず唖然としてしまった。ここまで直球で悪意をぶつけるのかと。
「はぁ……? それって普通、交際してから言うやつじゃ無いのか?」
「はっ、オレが振られる訳無いだろ。女子って大抵押せばどうにかなるしな」
相当自信を持っているらしいが、聞いてるだけで私の嫌いなタイプだと分かった。
「……お前な」
「それと、オレが言ったところで頷かなかったら嫌じゃん? だから、君から言ってもらおうかなって」
「断る」
「はぁ? なんでよ」
「自分から言え。それと、告白してOKを貰ってからにしろ」
水音の返事に安堵する。それも束の間のことだった。
「いい加減にしとけよ? ちょーっと可愛い子と関わりがあるからって調子に乗ってるみたいだけどさ」
「……調子に乗ってるつもりは無いが」
「言っとくけどよ。火凛狙いの子多いんだぜ? オレのクラスのヤンキー集団だってそうだ。お前が怪我しても知らねえぞ? 今ならオレが火凛と付き合ってやるからさ」
明らかな脅迫だと思った。しかし、水音はそれを軽く流した。
「忠告ありがとう。それでも俺は火凛に言うつもりは無いぞ。せめてOKを貰ってから来てくれ」
「チッ。お前だけなら良いけどよ。火凛を巻き込むなよな」
それを最後に、会話は終わった。
次の日、水音の腕に痣があった。転んだだけだと言っていたけど、嘘だとすぐに分かった。
それから私は判断を間違えてしまった。
◆◆◆
「今日私の家に来て」
私は『今の関係』を変えたかった。その事を親友に相談したら、一つの解決方法を教えられた。
「はぁ? なんで?」
彼がこんなに反抗的な理由も分かる。また仲良くなったら今度は私にも危険が及ぶかもしれないと。水音ならきっと、そう考えているはずだ。
それでも……やっぱり悲しい。涙声にならないようにこちらも強気にならなければいけない。
「いいから。来なかったらあんたの黒歴史暴露するから」
こんな脅しだって本当はしたくない。大好きな彼を困らせたくないから。
「的確に俺の弱点を責めんなよ……」
水音はそう言って溜息を吐いた。それを見て心が苦しくなる。
こんな事しか出来なくて本当にごめんなさい。
「分かったよ、行けばいいんだろ」
その優しさに甘えてばかりはいられない。ちゃんと恩返しもしないと。
「うん、ありがと」
◆◆◆
家に着くまで満足な会話も出来なかった。これからしようとしている事で頭がいっぱいだったのだ。
「あ、今日お父さんもお母さんも居ないから」
人によってはこれで『合図』だと分かるらしいが、水音は特にこれといった反応はしなかった。
「珍しいな」
と返すのみであった。
そして水音を部屋まで上がらせて飲み物を持っていく。そう言った事をすると『喉が渇く』らしいから。
部屋に入ると、水音はあるものをじっと見ていた。それは写真立てで、小さい私と水音が写った写真が入っているものだ。
「ちょっと、何見てんの」
まだこれを置いていたのか、などとバカにされるんじゃないかと思ってしまった。そんな事絶対に無いのに。
「ああ、悪い。少し懐かしく思ってな」
「ふーん」
まだ悪感情を持たれていない。それを知ってホッとしたが、気づかれないよう口を結んだ。
彼がいつもの場所に座るのを見届けて、その隣に座る。どうしていつもの場所に座らないのか聞かれたけど、そんなの近くに居たいからだとは言えずに居た。
「まあいい。それで、結局のところ用ってなんなんだ?」
その言葉に一度心臓が高鳴った。
「……今聞く?」
「お望みとあらば近況報告でもしてからにするが?」
こんな風に逃げ道を用意してくれる彼は本当に優しい。でも、これ以上甘える訳にはいかない。
「いや、やっぱりいい。私も早めに言っときたいし」
うるさい心臓を手で押さえつけ、水音をじっと見つめる。
「私とセックスして」
声が上擦ったり、噛んだりしなくて本当に良かった。
だけど、水音には聞こえなかったみたい。うぅ……もう一回言わないといけないの……?
「聞こえなかった? ならもう一度言う。私とセックスして」
よし、今度は聞こえたみたい。目を白黒させて慌てふためいている。ちょっと可愛い。
「いや待て。急にどうしたってんだよ」
その質問も織り込み済みだ。
「この前友達と初体験の話になって、それで私がまだした事ないって言ったらバカにされてさ」
半分は本当だけど、半分は嘘。バカにはされていない。
どこか複雑な表情をしながら、しかし納得した彼を見てほっとする。
だけど、水音はため息を吐いた。
「別に俺じゃなくても良いだろ。ほら、あのサッカー部のエースとかお前を狙ってるって評判だしさ」
その言葉は深く、そして重く心に突き刺さった。
私が……水音以外ともそんな事をしたいって思ってるって言いたいの?
「あんな顔だけの男よりも水音の方がい……マシに決まってるでしょ」
良い。と言いたかったんだけど、思わず言い直してしまった。……まだまだ好きって言える日は遠い。
「褒めてるのか褒めてないのかは分からんが……幼馴染としてはそんな奴らと……いや、なんでもない。忘れてくれ」
分かってる。水音が私の心配をしてくれているって事も。
「私だってこんな事になるなんて思わなかったわよ」
思わずそう愚痴を零してしまった。
「……まあ今更どうこう言っても遅いだろうしな。そのグループを抜けるんだったらこんな事も言わないだろうし」
そんな事は無い。水音がただ一言、『また前みたいに喋りたい』と言われたら友達なんていらない……とまでは言わないけど、休み時間やお昼……登下校に放課後や土日ぐらいは彼と一緒に居られる。
……でも、それを彼に言わせるのは卑怯だ。
「まどろっこしいのはいい。それで、セックスするの? しないの?」
これは私が素直になる為に必要な事だから。
「おわっ!」
彼を押し倒し、制服のボタンを外す。今日の為に可愛い下着も買ったのだ。
そして、その効果は覿面であった。水音の下半身のとある部分が膨らんだのだ。
その事実に安堵すると同時に嬉しくなった。
彼が私で興奮してくれている。お腹の奥がキュンと疼いた。
「あ、でもキスはダメね。こんな風になし崩し的にやられるのはダメだから。初めては好きな人と良い感じのムードがいい」
「随分と歪んだ倫理観だな」
そんな事は百も承知だ。でも、キスは……キスくらいは、恋人になる時か、なってからが良い。
……まあ、求められたら断れないと思うけど。
「俺も初めてだから勝手も分かっていない。痛いかもしれないぞ」
――知ってる。だって、私のせいで水音に女子が近づいてこなかったから。
というか、ここまできて経験あるとか言われたら本気で泣く自信がある。
そして諦めたのか水音は覚悟を決めた顔つきになる。
「分かったよ」
その言葉が、本当に嬉しかった。
「えへへ、ありがと」
だから、思わず『昔』みたいに笑って、抱きついてしまった。
だめだ、頬が緩んでしまう。大好きな気持ちが抑えられない。
数十秒ほどそのままでいて、そして彼の大切な部分を触る。
「水音のすけべ」
その言葉でビクンと跳ねたのが分かった。ふふっ、こんなのが好きなんだ。
ただ、誤算があったとするのなら――彼のものは凄く大きかったと言う事だ。
あと、尋常じゃないぐらい気持ちよかった。
思わず五時間も求めてしまう程に。……というか普通に五時間ぶっ通しだったんだけど。
水音が物凄く絶倫だと言う事は親友に話した後に知ることになる。
そんな関係が高校一年生になるまで続いている。いつからか、“家では”前と同じように楽しく喋る事が出来ていた。
そんな関係に甘んじていた。そんなある日であった。
「この関係、そろそろ終わりにしないか?」
「それって……」
一瞬で、今までに無いほど頭が回転した。
もしかして……いや、告白だとしたら水音はもっと照れるはず。じゃ、じゃあ、また前みたいな関係に? もしかして、私何か嫌な事をしたのかな?
そんな事を考えていたら、水音がその言葉の続きを話した。
「聞いての通りだ。このままだとお前は遠慮して彼氏も作れないだろ。この前テニス部のエースに告白されて断る所を見たぞ」
私はまた間違えていた。
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