4話 お嬢様と遊園地デート

翌朝、俺は鼻腔をくすぐるいい匂いと共に目覚めた。


 俺は目を擦りながら起き上がってその匂いの方へと行くと、そこには制服姿の椎名がいた。


 椎名は俺に気が付くと、お玉で味噌汁をかき混ぜながらこちらを向いて笑った。


「おはようございます、湊くん」

「あ、あぁ、おはよう」


 俺は挨拶を返すと、椎名の手元と、テーブルの方を何度か見て、そして椎名に話しかけた。


「朝ご飯、作ってくれたのか?」

「はい。泊めていただいたので、何かできないかと思いまして……御迷惑でしたか?」

「いや、まさか作ってくれるとは思ってなかったから驚いただけだよ。ありがとう」

「それなら良かったです」


 しばらくすると、椎名は味噌汁を作り終えた。


 さすがに何かしなければと思った俺は、ご飯だけよそって、食卓へと着いた。



 そうして、椎名の作った朝ご飯を、俺たちはいただきますをして食べ始めた。


 朝食のメニューは焼き魚と白ご飯、味噌汁にお漬物だった。


 俺は肉か魚で言うと魚派なので、家には常に何種類かの魚があったので、それを使ってくれたのだろう。

 漬物は俺の好物であるたくあんがあったため、俺が自ら出した。


 そうしておいしい朝食を済ませると、俺は洗い物をしながら、椎名に声を掛けた。


「あのさ、椎名」

「はい、なんですか?」

「今日、どこか行かないか?」


 俺がそう誘うと、椎名は少し驚いた表情をした。


 そして、少し考えてから、口を開いた。


「湊くんが良ければ是非行きたいです」

「それは良かった。じゃぁ、どこか行きたい場所とかある?」


 俺は了承の返事を聞くと、すぐさま新しい質問をした。


 椎名は顎に手を置いて首をひねってから、何か閃いたように答えた。


「遊園地に、行きたいです」

「遊園地?」

「はい。幼い頃、父に連れて行ってもらったのですが、それ以来いたことが無いので」

「そっか、じゃぁそうしようか」


 俺は椎名の提案をのみ、遊園地に行くことにした。



 遊園地に着くと、そこはとても賑やかだった。


「人がたくさんいますね」

「そうだな」


 俺たちはあたりを見回して、人の多さに驚いていた。


 実は、俺もあまり遊園地には来たことが無くて、最後に行ったのは小学校の低学年ぐらいだった。


 俺がそんな風に物思いにふけっていると、椎名がそっと手を差し出して声を掛けてきた。


「はぐれたら、その、あれですので、手を繋ぎませんか?」


 そう言って、恥ずかしそうに目を逸らす椎名。


 俺はそんな椎名の言葉に甘え、手を繋ぐことにした。


「そうだな。じゃ、お言葉に甘えて」


 俺はそっと椎名の手を握ると、力を入れ過ぎない程度にギュッと握った。


 それに呼応するように、椎名も手を握った。


 俺たちはその状態のまま、様々なアトラクションへと向かった。


 最初に乗ったのは、遊園地の定番中の定番、ジェットコースターだった。


 あまりの激しさに、俺は完全にダウンした。


「気持ち悪い…」

「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫」

「あの、水飲みますか?」


 俺の様子に心配して、椎名が水を手渡してくれた。


 俺はそれに感謝をして、水を飲むと、少しだけ楽になったきがした。


「ありがとう、ちょっとましになった」

「それなら良かったです」

「よし、じゃぁ次に行こうか」

「はい」


 そうして次に向かったのはコーヒーカップ。

 そこでは俺が調子に乗って回し過ぎたため、終わった時はお互いフラフラな状態だった。


 その後はお化け屋敷に行った。


 そこでは椎名がもうビビりまくるせいで、俺は逆に怖くなかった。


「あ、あの、今何かが後ろで……」

「大丈夫、きっと何かの仕掛けで……」


 そうして、後ろを振り返った俺たちの前にいたのは、首から下がない生首だけの怪物だった。


「きゃーー」


 椎名はそれを見るなり、俺の腕に全力で抱き着いてくる。


 そのせいで、俺の腕が柔らかな感触に包まれてゆく……っていかんいかん。変なことを考えてしまった。


 俺は煩悩を振り払い、暗い道を進んだ。



 そうして、その後は時間の許す限り俺たちはアトラクションを満喫した。


 そして最後に、俺たちは観覧車に乗った。


「これで、最後ですね」

「そう、だな」


 先ほどまであれだけ楽しかったはずなのに、急に最後だと分かると、寂しい気持ちになった。


 そのせいか、俺も椎名も黙り込んでしまい、気まずい空気がワゴンの中に充満する。


 そして、もうそろそろ頂点へと差し掛かろうかというとき、椎名が口を開いた。


「あ、あの!」


 それと同時に、外から一発、大きな音が響いた。


━バーン!


 その音に、でかかった椎名の声が止まり、俺たちはその方を見た。


「花火、ですか」

「花火、だな」


 そう、音の正体は、夏の夜空に打ち上げられた、多きく美しい一輪の赤い花だった。


 その花火の後、数発の花火が連続してあげられ、そしてまた空には静けさが戻った。


 どうやら、これが閉園の合図の様だった。


「本当に、終わりだな」

「はい」

「今日はありがとな、楽しかった」

「はい、私もです」


 俺たちは観覧車を降りながら、そう言いあった。


「これで、俺にも最後の思い出ができたから」


 俺は誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る