3話 お嬢様とお泊り会

「お邪魔します」

「おう」


 家に着くと、椎名は少し緊張した面持ちで辺りをきょろきょろしていた。


 俺の家は、オートロックのマンションの13階建てのうちの9階の部屋だった。


 間取りは1LDKという一人暮らしにはぴったりな部屋で、高校生の一人暮らしにしては少しばかり贅沢なものだった。


 俺は別にもっと安くていいと言ったのだが、これ以上はだめだと言ってきかなかった。

 まぁ、過保護という奴だ。まったく。


 俺たちは学校の鞄を下ろすと、さっそく風呂に入ることにした。

 何故なら、俺たちは海で遊んだせいでかなり濡れているからだ。


 椎名に至っては、シャツの上から下着がうっすらと見えていた。

 だから、目のやり場に困るし、風邪もひくしという訳で、とっとと風呂に入ることにしたのだ。


 勿論、椎名に先に入ってもらった。


 一人になると、俺は冷蔵庫の中を確認して、今日の晩御飯について考えた。


 二人分となると、簡単でかつ多く作れるものがいいなと考えていると、先に風呂に入っていた椎名が上がってきた。


「お先に失礼しました」

「いや、いいよ……」


 俺はそう言いながら振り返った。


 すると、そこにはなんとも言えない姿をした椎名がいた。


 替えの服がなかったため、俺の服を貸したのだが、それが大間違いだった。


 ダボっとなっているTシャツは、胸元がはだけて肌がちらりとのぞかせていて、ズボンは今にもこけそうなほどぶかぶかだった。


 俺がさっと目を逸らしたおかげで、自分の現状をようやく把握できた椎名は、顔を真っ赤にした。


「あ、あの、これは、その……」

「いや、悪い。もう少し頭を回せばよかった」


 俺はそう言って、謝ると、何か解決策はないかと考え、そして一つ当てはまるものがあった。


 俺はそれを思いつくと、椎名の方に向き直った。


「そうだ、体操服のジャージが……」


━バサッ


 俺が振り向いた瞬間、椎名のズボンが勢いよく床に落ちていったのだ。


 幸いにも、Tシャツが大きく、太ももの辺りまで隠れていたため、大惨事にはならなかったものの、白くてきめ細やかな椎名の足が、惜しげもなくさらされてしまった。


 俺も椎名も一瞬何が起こったのか分からず、固まってしまったが、ハッと我に返った椎名が顔をさらに赤くしてズボンを上げた。


 そして、椎名は目じりに涙を浮かべ、俯きながら口を依頼た。


「すまん……」

「いえ。お、お見苦しいものを、お見せしました……」


 なんとも言えない空気が流れた。


 俺はそんな空気に耐えられず、風呂に入ってくると言って、ジャージの場所を教えてその場を後にした。



 風呂から出ると、俺たちは夕飯を食べた。

結局、俺が風呂に入っている間に椎名がオムライスを作ってくれた。


 とても美味しかったのは、言うまでもないだろうが。


 そして、腹を満たした俺たちは、少し話した後、すぐに寝ることにした。


 残念ながらうちには客用の布団がないため、俺はタオルケットを強いて床で寝て、椎名にはベッドで寝てもらった。


 勿論椎名は一度断りを入れたが、さすがに折れてくれて、今回はあっさりと寝床に付くことができた。


「あの、湊くん、起きてますか?」


 布団に入ってしばらくして、椎名がそんな風に声を掛けてきた。


 俺は椎名を意識せずに眠ることもできずに起きていたので、返事をした。


「起きてるよ」

「少し、お話をしてもいいですか?」

「いいよ。どうしたんだ?」


 俺はそう言うと、椎名の方に向き直った。


 俺がそうしたのを見ると、椎名は話始めた。


「湊くんは、好きな人はいますか?」

「それは、恋バナでもしようってことか?」

「まぁ、はい。そうなりますね」


 椎名は少し歯切れの悪い言い方をしたが、そこはあまり気にしないことにして、俺は素直に答えてあげることにした。


「いると言えばいるし、いないと言えばいないかな」

「どういうことですか?」

「そうだな。簡単に言えば、できる可能性があった、かな」


 俺がそう答えると、椎名はよく分からないと言った表情をして首を傾げた。


 確かに、よくわからないかもしれないが、それが答えだったのでどうしようもなかった。


「まぁ、そうだな。告白はしていないけど、フラれた。みたいな感じだ」

「そう、だったんですね。それはすみません」

「いいよ、別に。気にしていないとは言わないけど、そこまで深い傷でもないから」


 俺はそう言って笑った。


 そして椎名はもう一つ訪ねてきた。


「では、もしですよ」

「あぁ」

「私が、湊くんのことを好きだと言ったら、どうしますか?」


 椎名はそう言うと、真剣なまなざしで俺の方を見てきた。


 俺にはその質問の意図は分からなかった。


 それでも、答えなければならないと思った俺は、口を開いた。


「そうだな。特に何もしないよ」

「……」

「確かに嬉しいけど、それでも今の関係を崩そうとは思わない、ってところかな」

「そう、ですか……」


 そう言って、椎名は少しばかり気を落としたような気がした。


 そうなる理由が見当たらないため、俺の気のせいだとは思ったが、それでも若干気まずくなり、沈黙の時間が続いた。


 しばらくして、俺はやっぱり一つ言わなければならないことがあると思い、椎名に話しかけた。


「あのさ、椎名俺は……」


 その続きは、声にはならなかった。


 理由は簡単。

 あることに気が付いたからだ。


 ふと耳を澄ませば、すーっという規則正し寝息が聞こえてくるのだ。


 俺はそれに気が付いたので、続きを言うことをしなかった。


「おやすみ、深雪」


 俺はそう言うと、彼女に背を向けて眠りについた。

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