2話 お嬢様と海デート

 しばらく走ると、学校の最寄りの駅に着き、俺たちはすぐ到着した電車に乗ってその場を離れた。


 結局、あの黒塗りの高級車は俺たちを追ってくることは無かった。

 俺はスマホを取り出して時刻を確認するついでに、一つメッセージを送った。


「すみません。巻き込んでしまって」

「いや、別にいいけどさ。それより、今のってお父さん?」


 そう、俺がどうしてあの男に見覚えがあったのか、それはすごく椎名に似ていたからだ。

 男女の差はあるが、それでも親子であることが一目で分かるほどには似ていた。


「はい、そうです。恐らく、私が逃げ出さないように迎えに来たのだと思います」

「そっか。でも何でわざわざ直接迎えに?普通、そんなのは使用人に任せるよね?」

「はい、確かにそうですが、今回は父が私の意見を捻じ曲げてまでしようとしていますので、よっぽど重要なことなのだと思います」


 椎名の言葉から、どれだけ重要なモノなのかは理解できた。


 しかし、それならなおさら逃げ出すのは良くないのではないかと思えてしまう。


「正直、逃げ切れるとは思っていません。ですから、せめて捕まるまでは、このまま一緒に逃げてくれませんか?」


 俺がこの後どうすればいいかを考えていると、椎名がそんなことを言ってきた。


 俺はそんなことはできないと断ろうと思って椎名の顔を見たのだが、彼女の表情を見て、その気が失せた。


 椎名は、不安そうに、それでいて悲しそうな顔で笑っていたのだ。

 それもそうだ。まだ未成年、子どもである椎名に、結婚を前提としたお見合いが待っているのだ。そんなの、怖いと思うに決まっている。


 俺は何か決意が固まると、優しく笑いかけながら肯定した。


「分かった。それで椎名がいいならそうしよう」

「ありがとうございます、湊くん」


 俺の返事を聞いた椎名は、パァーッと顔を明るくして、感謝の言葉を述べた。


 俺たちはそのまま電車に揺られ、終点の駅まで行った。



 終点に着くと、俺たち以外の乗客はおらず、二人だけで駅を出た。


 駅を出て少し歩くと、そこには一面のオレンジが広がっていた。


「綺麗な海ですね……」

「あぁ、そうだな」


 そう、そこは夕日に照らされ、水面が赤く染められた海の見える海岸だったのだ。


 俺たちは浜辺まで降りると、波打ち際へと近づいた。


 そして、椎名は靴と靴下を脱ぎ、丁寧にそろえると、サッサと海へと入っていた。


「冷たくて、気持ちいですね」

「そうだな」


 椎名に遅れて海に足をつけた俺は、彼女の問いかけに応じると、ヒヤッとして気持ちのいい海水を堪能した。


 俺がそんな風に足先に注意をむけていると、突然俺の顔に水がかかってきた。


 その方向を見ると、そこにはしてやったりと言った顔をしている椎名が、手を器の形にして海水につけている光景があった。


 そして、俺が振り返った直後、椎名は勢いよくその手を上げて、水を飛ばしてきた。


「えい!」

「うわっ」


 俺は咄嗟に目をつむり、顔をガードしたが、放たれた水は俺の顔にクリーンヒットした。


 俺が手で顔を拭く姿を見て、椎名は楽しそうに笑った。


 だから、俺も仕返しと言わんばかりに、手で水をすくってかけた。


「ほら!」

「キャッ!」


 俺がかけた水も見事椎名の顔に直撃し、椎名は両手で顔をぬぐった。


 それからはお互いに一歩も譲らず、日が暮れるまで水を掛け合った。



 日が沈み、辺りが暗くなると、俺たちは浜辺に座って夜空を眺めた。


「びしょびしょですね」

「お互いな」


 俺たちは少し締めッとしている服をつかみながらそう言って笑い合った。


 そして、しばらくそうした後、椎名は少し暗い表情になり、真剣な口調で話始めた。


「私、怖いんです。相手がどんな方なのか。愛のない家庭が、どんなものなのか……」

「椎名……」


 椎名は震える声でそう言った。


 俺はそんな様子を見て、どう返事をすればいいのかが分からなくなった。


 確かに、どこの誰とも知らない人と、いきなり結婚について考えさせられ、そして結婚した後は、愛のない家庭を築く。


 政略結婚というのはそう言う物なのだ。

 だから、どうしても恐怖心を感じてしまうのは仕方のない事なのだろう。


 それでも、俺にはどうすることもできないため、ただただ話を聞いてあげることで精一杯だった。


 俺がそんなことを考えていると、椎名はどこか物憂げな表情で話を続けた。


「ですが、やぱっり私にはその道しかないんです。父がそう言ったからには、私にはどうすることもできないんです」


 そう言って、椎名はスッと立ち上がって俺の正面に回り込んだ。


 そして、椎名は俺に手を差し伸べながら、どうにか取り繕ったような笑顔をした。


「明日には、帰ります。ですから、今日だけ、今日一日だけでいいですから、私と一緒にいてくれませんか?」


 そう言った椎名の姿は、夏の月光に照らされた銀色の髪が、潮風に吹かれなびいていて、その様子と彼女の物憂げな表情がマッチして、どこか神秘的な存在に見えた。


 俺はそんな椎名を見ていると、どうしても、断れなくなった。


 彼女がそれで不安を少しでも和らげられるのであれば、一度のわがままぐらいは聞いてあげてもいいのではないかと思った。


 だから、俺は椎名に見惚れて飛んでしまっていた意識を取り戻し、返事をした。


「分かった。じゃぁ、今日は俺の家に泊まろう。一人暮らしだから、親に見つかる心配もないし大丈夫だ」

「いいんですか?」


 俺が肯定の返事をすると、椎名は驚いた表情をした。


 俺はそんな椎名に大丈夫だともう一度伝えると、今度は少し嬉しそうな顔になって返事をした。


「ありがとうございます。お言葉に、甘えさせていただきます」


 こうして、俺たちは俺の家へと向かった。

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