06.皇后、焼売を堪能する

「この前のお詫びがやっとできるね」


 勤政殿に再び呼ばれた呉三娘の前には、ほかほかと湯気を上げる蒸籠が置かれている。蒸籠の蓋を開けると白い湯気と食欲をそそる香りがふわりと上がった。


「焼売……! 蒸すのに何故か焼くと書くやつ……!」


 呉三娘と皇帝の前には様々な薬味が置かれている。

 蒸籠の中には花のように美しく餡を包んだ焼売が並んでおり、中身が違うのか、白い皮だけではなく緑や桃色のものもある。


「白い皮が豚肉、桃色のものが海老、緑色のものは貝を、黄色いものは羊肉を使ったものになります」


 蓋を開けてくれた宦官がそれぞれを説明してくれる。


「皇帝陛下! どれから食べます?」


「そうだなあ。まずは豚かな」


 呉三娘は箸を取り、白い皮の焼売を皇帝の皿に取り分けてやる。彼女自身の皿には桃色のものを取った。


「豚肉には生姜の千切りがお薦めです。海老には葱と、少し甘辛い真ん中の醤が合います」


 宦官が説明してくれた通りに葱を乗せて、とろみのある赤味かかったたれを焼売につけ、口に放り込む。


「お、おいしい~!」


 熱々の餡に口をほふほふさせながら、呉三娘は頬を押さえた。


「喜んでもらえて嬉しいよ」


「皇帝陛下も冷めないうちに食べてくださいよ!」


 呉三娘のように一口では食べず、皇帝は上品に半分齧って、にこにこと咀嚼した。二人を見る宦官もにこにこしている。


「まだまだ他のお料理もありますからね」





 蒸し料理を中心とした温かい料理が饗され、呉三娘は大満足である。食後のお茶を楽しみながら、満ち足りたため息を漏らす。


「ご馳走さまでした……!」


「おいしかったね」


「幸せです!」


 大げさな言葉に皇帝が小さく噴き出した。それから、ふと真面目な顔になった。


「余韻を台無しにするのは気が引けるんだけど、その後どう?」


 呉三娘も居住まいを正した。


「内廷内の捜索は概ね終わりましたが、芹充媛は見つかっていません。

 同時に人、物の出入りを徹底的に監視するとともに、内廷から運び出された荷物を調査しています」


「やはり芹充媛が逃げたのか。

 芹家から、あれは自殺だという訴えが来ているのだが。

 あの時部屋に残っていたのは充媛と行方不明の侍女のみで、他の者たちは出火した時、全員後殿か配殿にいたことが確認されている、つまり、中にいた者にしか火をつけられない。侍女が双松殿の寝台で自殺するとは思えないから、充媛が焼身自殺したと考えるのが筋だ、侍女は主の死の責任を問われることを恐れて逃亡したのだろうという」


 芹家は皇后だけではなく皇帝にも嘆願書を送っていたらしい。


「多少の手違いで謹慎などやりすぎだ、将来を悲観した娘が自害したのも仕方がないと?」


「いや、それは書いていなかったようだが……。書いてあったの? あんなに甘い処分にしてもらったのに?」


 呉三娘は思わずにっこりした。皇帝へ奏上される文書は何度も官僚の手を通るが、皇后へ届く書類は女官しか見ない。女官たちは後宮では重要な存在だが、外の権力に対しては無力に等しかった。だから、芹家もあのような文書を堂々と送れるという訳だ。だが、受け取ったのは他でもない呉三娘である。


「あれは、侍女ですよ」


「芹家は相手を見誤ったね」


「都人の修辞法が分からないものですから」


「よく言う」


 央国随一の武力を持ち、この外患の世で随一の存在感を持つ呉家の娘だ。龍家と違って中央政治にも無関心ではなかった。戦争というのは、政治の失策で生まれるからだ。呉家は常に中央政治に気を配っていたし、息のかかった者を送り込んでいた。ただまあ、この前まで呉三娘は後宮政治から目も耳も背けていたのだが。


「無骨者の私が重視するのは確たる証拠、論理です。

 意識を奪われ、手足を縛られ、油をかけられ、火をつけられて死んだのが侍女ではない、芹充媛だという証拠と筋道だった説明です。

 それさえ提示してくれれば、私は年若い娘を無惨に殺した者に、必ず相応しい罰をあたえるでしょう。

 それに」


「それに?」


「この私の目と鼻の先で娘を焼殺するなど、たとえ天が許しても、私が許しません」


 呉三娘の目に剣呑な光が宿る。

 皇帝は、彼女の家族が源にどのように苛まれ、虐殺されたのかを思い出して目を伏せた。呉家の者は非常に体が強く、普通なら助からないような過酷な拷問でも死ななかった。最後にはありったけの油と薪をくべた上で、長い時間をかけて焼き殺したと聞く。


「好きなようにするといい。私はあなたのことを信じている」


「陛下の信頼に値する行動を取ることをお約束します」


 後宮に入ってからの呉三娘は基本的に良識的な判断を、ややもすれば甘いと言われかねない判断をしてきた。個人的な感情で極端な厳罰を科すことはしないと、皇帝は信用している。彼女もそれを裏切るつもりは毛頭なかったので、大人しく頷いた。


「私は、あなたの御代を支えるためにここにいるのですから」


「ありがとう、頼みにしてるよ。

 ところで、次は何を食べたいか、考えておいてね」


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