16.転生双子侍女の述懐(2)
――二倍ってこういうことかあ~!
生まれてみて、晴がまず最初に思ったのはこれだった。
なんと、双子になっていた。思っていた「二倍」と違う。
晴一人の魂が二人の人間に入っているとはどういうことか。
一人一人に思考があり、別々に行動もする。晴の魂は、その二つを俯瞰して見ているという感じだ。不思議と思考が混線することはない。寿珪と嘉玖は別々の存在だが、間違いなく、晴という一人の人間の魂が入っているのだった。
玄寿珪と玄嘉玖は、少女たちが言ったように、呉家の重臣である玄家に生まれた。三娘より数年早く生まれた彼女たちは、目論見通り主君の末娘の側仕えとして選ばれる。
初めて呉三娘に目通りした時の衝撃は、一生忘れられないだろう。
「ねこちゃん」
猫だった。
いや、成猫サイズの仔猫だったので、猫ではないのだが。
「そうなんだ、仔猫ちゃんなんだ」
いい歳の樨国公は真面目な顔で双子に告げた。
「人の赤ちゃんにもなる」
「あかちゃんにもなる」
「そうだ。
そして、そのどちらも狂おしいほど愛くるしい」
「……」
樨国公は末娘を溺愛していた。呉三娘が聖獅子をその身に宿しているという理由だけではなく、子煩悩な性質らしい。
双子は顔を見合わせた。これ、何もしなくても大丈夫ではないか、と。
「なので、男どもは決して近づけず、城の奥で真綿にくるんで育てようと思う。そなたらは玄家の娘で、まだ幼い。この歳からここで一緒に育てば妙なことを娘に教えないだろうし、男の手引きもできまい。しかるべき時に婿を迎えるまではここで三人で暮らすのだ」
「や、ヤバ……」
目が逝ってしまっている。
晴は確信した。呉三娘が小説の中で孤独だったのはこの父親の溺愛のせいだと。
「わたしたちはおとうたまとおかあしゃまにあえないの?」
双子は幼児の短い足でよたよたと樨国公の足元まで駆け寄ると、涙目で彼を見上げた。
「うっ」
「おひめしゃまもおそとであそべにゃいの?」
「ううっ」
「かわいそうでしゅ」
「うううっ」
樨国公は子供や小動物に弱かった。
☆
呉三娘はすくすくと健康に育った。
城の中に監禁されることもなく、それどころか国都中を駆け回るほど元気いっぱいに。
原作小説では聖獅子の加護を受けたものは抜きんでた身体能力を持つと言われており、樨国は実力主義で女性も強ければ将兵になれたことから、晴は呉三娘に武芸を学ぶことを勧めた。聖獅子に変身できることは、一部の人間にしか知らされていなかったが、呉家宗家の者にはよく身体能力に秀でた者が出るらしく、不審に思われることはなかった。
原作小説から察するに、彼女は世間知らず過ぎたし、四角四面過ぎた。だから、たくさんの仲間を作り、色々なものを見させ、そして晴はおちゃらけたキャラで道化になることで闇堕ちを防ぐことにした。肩の力を抜いていいんだよってことだ。
十五で初陣を飾ると、瞬く間に呉三娘は一廉の武将として頭角を現した。
西の隣国、源国とは常に小競り合いが絶えない国柄ではあったが、源の大きなオアシス都市、
源は、オアシス都市が寄り集まった国である。
樨の西にはかつて楽園であったという砂漠が広がっているが、その中にぽつぽつとオアシス都市が点在している。この砂漠の水源は不思議で、数十年から数百年で枯れ、一つ枯れるとどこかにまた新たに水源が生まれる。そして、その地では砂金が必ず出るのだ。
水源が生まれるのと時を同じくして、水源を見つける能力を持った人間が生まれ、水源を失った都市の民は、彼または彼女が水源を見つけ出すまでの間、他のオアシス都市に身を寄せたり、樨国を襲撃して糊口をしのいだりして時を過ごすのだ。
だから、樨と砂漠の間には緩衝地帯が設けられていて、ほどほどに水や食料を奪わせてから追い払うという不文律があった。
ところが、皇帝が源国を滅ぼさんとして、水を見つけ出す能力のある娘――
そのような状況の中で、呉三娘は数多くの武勲を挙げる機会を得たのだった。
戦場では少女の姿は目立つ。
軍を率いる呉三娘の姿は、敵の恰好の的だった。だから、ある時から、彼女は顔をすっぽり覆う金の獅子を模した兜を被るようになる。鎧も一回り大きくした。戦闘には大きなハンデだが、呉三娘の能力はその程度のハンデをものともしなかった。
そして、金の獅子の兜の将は、いつしか人々からこう呼ばれるようになる。「
「ぶふっ! シシトウ将軍……」
「えっなに?」
初めてそれを陣中で聞いた時、寿珪と嘉玖はふき出した。
――シシトウはピーマンっぽいからここにはないって設定かな。
原作の小説では、古代中国を下敷きにしているということで国の機構や服飾は唐や明のものを元に描いている、と作者のあとがきにあった。詩文なども固有名詞をできるだけ避けて、よく似た名前の有名詩人が作ったもの、という設定で実在の詩文が使われていた。
だから、アメリカ大陸原産のシシトウはこの国では知られていない、ということになっているのだろう、受けているのは双子だけだった。
☆
そうして、運命の年が来る。
源は水は乏しいが、代わりに大量の砂金を産出する。
央都の皇帝やその近臣は、源を攻め滅ぼしてその金を手に入れようと画策し、かくして親征が実行に移される。
皇帝率いる大軍を受け入れるために、樨国の兵たちは、国境沿いに建てられている近隣の砦に分散して駐留することとなった。
「皇帝陛下、央都の馬や装備では、砂漠では戦えません。
どうかお考え直しを。それよりは、この機会に和睦を結び、水や食料を援助し、臣従を促して朝貢させる方が得策です。
あれから五年経ちましたが、いまだに妟は新しい水源を見つけられておらず、戦いの継続を本心では望んでいません」
禁軍を率いて樨に現れた皇帝に、樨国公は諫言した。
それに対して近臣たちは猛烈に反発し、皇帝もここまで来て戦わないという選択肢はないと、樨国公の言葉を聞こうとしなかった。
だが、朝臣の最長老であった
「皇帝陛下、この老人の最後の諫言を聞いてくださいませ。
この首と引き換えに、樨国公の進言をお聞き届けあそばされますよう。
臣の枕元に天の御遣いが立たれたのです。砂漠を超えてはならぬと、そうお告げになられました。
なにとぞ……」
老人の声は途切れがちで、頓首するために持ち上げた手も震えていた。ようやっと、という風情で床に額づく、その姿は清廉な忠臣そのもの。
これには、源の金を欲する者どもも皇帝も口を閉じるしかなかった。
「爺や、あいわかった。
樨国公、そなたの末娘は未婚であったな。その娘を郡主に封じ、皇族の一員として妟の太守の一族に嫁がせよう。その代わりに央との和議と朝貢を持ちかける。よいな」
「あっ、それは」
樨国公が何事か言おうとしたが、皇帝はそれを聞かず、言葉をつづけた。
「とはいえ、ここまできて戦いもせぬでは面子が立たぬ。
一つ、連中を大いに叩いて我が国の精強さを見せつけた上で、和議を持ち掛けようではないか。どうだ、この案は」
太傅はもの言いたげだったが、これ以上皇帝が話を聞く気はないと分かったのだろう、「砂漠を超えてはなりませんぞ」とだけ言って、口をつぐんだ。
だが、樨国公は黙っていなかった。
「兵の装備を変えていただければ、異議はございません。
ただ、我が娘のことだけは。樨は長年源と争っております。そこへ将として源国人を殺しもした娘が嫁げば彼らもいい気はしますまい。他の姫君を嫁がせるべきかと存じます」
この一言が勅勘を被り、樨国公夫妻および呉三娘と未成年の末の弟は近隣の砦に幽閉、皇帝は砂漠へと突撃したのだった。
※同時刻にこの話含め3話同時更新です(この話の前と後ろ1話ずつ)
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