07.皇后の意外な特技

 呉三娘とて、ただ陶殿をおちょくって遊んでいただけではない。

 宝物の出納の記録を確認し、盗難の発生した可能性のある日の侍女や女官、宦官や下女の動きを調べ、宝物庫を調べ、ちょっと常識外れの呉さんとして油断させて侍女だけでなく下女からも話をきいた。


「だけど誰がやったかは確証がないんだよねえ」


 その日、報告のため皇后宮に来た呉三娘は双子侍女と皇帝に報告をしていた。

 しかし、わかったのは、記録に不審なものはなく、この宮殿で簪を盗める環境――一人で簪を持ち運んだ――のは罰された侍女だけ。宝物庫は鍵を持たないものが入れる隙はなかった。


「何しに行ったんですか~」


「なんかちょっと楽しんでるじゃないですか~」


「まあまあ、成果がないわけじゃない。例の侍女が盗んだわけではないということはわかったし、怪しい者も把握した」


 呉三娘が自分の髪から抜いた簪を弄びながら言うと、皇帝がその動きを追いながら尋ねた。


「どういうことだ?」


「例の侍女――葉盈盈っていうんですけど、女官から簪の入った箱を受け取って、後殿の西配殿にしまいに行ったのは確かなんですね。で、翌朝にはなかったと。


 しかし簪をしまってから行方不明になるのが判明するまでの間、盈盈は一歩も蓮生殿を出ていないし、紛失が発覚するまでの間、外部の人間とも接触していない。

 だから盈盈ではない――盗めても持ち出せないのだから、彼女であるはずがないんです」


「そうなると葉盈盈が西配殿に収めた後に盗まれたということになるのか?」


「いえ、西配殿の貴重な装飾品をしまう棚は鍵がかけてあり、鍵の管理は楊徳妃自身がしているので、彼女から鍵を借りてその棚を開けられる者は限られます。そしてその者たちも蓮生殿を出ていなかったし、徳妃の記憶でも盈盈以外に鍵を貸してはいないそうです」


 そんな棚の鍵を葉盈盈に貸すなんて迂闊だとは思わなくはないが、彼女は楊家の遠縁で、うっかりでも忠誠心は強いとのことだった。

 葉盈盈以外の者が、棚を開けていたとしても、持ち出しが可能な時間帯に蓮生殿を出入りしたのは宮殿内に上がることのできない下女や、棚を開けられない侍女、女官だけだった、つまり西配殿の棚を開けられる者は持ち出せず、持ち出せるものは蓮生殿を出ていない、と呉三娘は付け足す。


「じゃあ、やっぱり西配殿にしまう前に無くなったということですか~?

 でも蓮生殿のどこにも簪はなかったんですよね? 簪を盗めて、かつ持ち出せる人がいたってことになりますけど……」


「最後に見たのが、ここで大喧嘩した日で、翌日の午後にはなくなっていたんですよね~?

 たとえ盗んだ人と運び出した人が別人だったとしても、出入りしたのは下女とか、鍵を借りられない侍女だけなんでしょう?

 楊家の侍女が簪を持ち出すとも思えないし、後宮って門ごとに検札があって、特に下女は持ち物も改められますし、偶然手にした簪を一昼夜のうちに持ち出すことなんて、できますかあ?」


 四人の間に沈黙が落ちる。

 ややあって、呉三娘がいつも同じのんびりした口調で、しかしきっぱりと告げた。


「実際起きたことはただ一つなのだから、可能性を一つ一つ消していけば、残ったものが事実のはずです。

 まず、葉盈盈が犯人である可能性は消えたと考えていいと思います。

 となると、簪は蓮生殿から後殿西配殿へは運ばれていないことになる。

 となると、一番怪しいのは盈盈に簪の箱を渡した女官です。最後に簪を手にしていた人ですから。

 例えば、どう忍ばせたかは分かりませんが――あの日蓮生殿からは諍いの詫びとして梅香殿に反物が送られていて、そういうものは下女じゃなくて大抵侍女が運ぶんです。

 で、侍女となると身分もあるし、下女のように荷物をちょろまかしても、あまり利はないから、門衛の検査もなおざりらしいんですよ。だから、そういう風に運べばいいんじゃないかと。

 これは梅香殿に仲間がいる前提になりますが」


 それに徳妃の身内である葉盈盈よりは、女官の方がまだ徳妃を陥れる理由はありそうな気がする、と付け加えると、皇帝がぽんと手を打った。


「よし、そこまでわかったなら、あとは他の者に引き継ごう。

 楊徳妃はあなたを害することはないだろうが、皇后がこのようなことをしていると他に知れたら、何を言われるかわからない」


 真面目な顔をした皇帝が呉三娘の身を案じる。

 呉三娘は少年の不安を和らげるために、にこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。私のこの顔を見て呉三娘だとわかる者はおりません」


「それは確かに、とてもよくできていると思うが……というか、だからこそあまり顔を晒さないほうがよいと思う」


「えっそんなに目立ちますか? この顔」


 ぺたぺたと顔を触ると、皇帝はそっと目を逸らした。

 確かに、武装している姿やほぼすっぴんの姿しか人目に晒していなかったので、盛りに盛った化粧をすれば別人に見えるであろうとは思ったが、悪目立ちするのは想定外だ。


「それについては私たちも主の化粧の腕に正直驚いています~。絵心ないくせに~」


 ちなみに化粧道具の持ち手はすべて金属にしてある。ちっちゃいものを集中しながら持つと握りつぶしかねないので。


「ありゃ、まずいな、でも今更他の顔にもできないしな」


「だから早めに切り上げるべきだ」


「うーん、まあ、もう少し。皇后の手先ってことで多少敵も警戒してたと思うんですけど、いい具合に油断し始めている感じがするので。

 いやあ、陶六品殿はいい働きをしてくれましたよ」





 翌日は中庭の掃除をするのだと言って、大量の水を運ぶよう指示されたので、呉三娘は身の丈ほどもある巨大な銅製の消火用水甕を担いでいた。これを使ってどうやって陶六品殿を驚かせようかなあと思いながら、呉三娘はうきうきと宮殿の通用門をくぐる。

 なんだか、やはり皇后宮で逼塞していたときより楽しい。


「もし、呉麗華殿。あなたの力を見込んで、お願いしたいことがあります」


 この水甕を変形させたら驚くかな~などと思っていると、女官に声をかけられた。各宮殿には当番の女官が駐在していて、後宮の運営を司る後宮六局との連絡役となっている。彼女らは侍女と違い、お仕着せの紺色の長袍を身に着け男性官人と同じ官帽を被っている。鉄砂宮の兵と同じく丈夫なしっかりした布地だが、鉄砂宮とは違って、下は褲ではなく裙だ。


「はい、なんでしょう」


 呉三娘はそっと水甕をおろした。そして、あ、と思った。この女官は、香淑妃との仲裁の日に皇后宮にやってきた例の女官だ。


「楊徳妃の父上からよい酒が届いたので、皇后宮初め、各宮殿へ届けてほしいのです」


「はい、わかりました。皇后宮と西六宮の皆さま方と、他にはどこへ?」


「皇帝陛下、皇太后陛下へ。太皇太后陛下は酒を断たれているとのことなので不要です」


 ――あ、これ罠だな。


 太皇太后の楊徳妃へ対する印象を悪くしようという目論見だろう。樨国のご近所付き合いでもそうだった。誰か一人だけにあげないくらいなら、誰にもあげない方がまだましだ。

 ようやく、ぼろを出し始めてくれたらしい。

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