四十三着目『合理性がないのがにんげんなんだよ』

『単刀直入に言う。俺は数字の評価は気にしない』


 僕は、以前社長に言われた言葉を思い返していた。

 あの言葉をきっかけに、全てを失ったのだ。

 吉野執事の言葉に嫌な思いが頭をよぎる。


 僕の嫌な予感は的中した。


「上は、テストの数字しか見ませんが……

 私の目は誤魔化されません。無能を現場に立たせ、苦労させられるのは我々ですからね……

 本日は、試験の他にお二人の姿勢や取り組みを改めて見せて頂きました。

 不安の芽は、茶葉のように、さっさと摘み取ってしまわねばいけませんからね……フッ」

 捨て台詞を吐き、微笑を浮かべる吉野執事


(無能の心当たり有り過ぎて、全然、笑えませんけども……)


「総括を申し上げますと……ノン・エレガントでございます。お二人の弱点が如実に露わになりましたね」


(うぅ……)


「まずリョーマ君。君はカンニングしましたね。論外、評価に値しません。

 次に夕太郎君、ご自身の事ばかりで助け合う姿勢が皆無でございました。こちらも論外でございます。

 しかし、夕太郎君は、この短い時間で改心し、リョーマ君を合格に導いたので、おまけの合格でございます。

 引き続きよろしくお願いします」


「はい……」

 僕は、小さく返事をした。


「リョーマ君、さよなら。今までありがとうございました。

 なるはやで、荷物をまとめてください。

 退職の手続きを致しますので……」

 きっと、何度もこうやって研修生を見送って来たのであろう、業務的に淡々と話を進める吉野執事。


 リョーマ君の様子を見ると、目は虚ろ茫然自失に小刻みに体を震わせ立ち尽くすのみだった。


 その様子を見て、僕は考えるよりも先にまず言葉が出てしまっていた。


「あの……僕、正々堂々と戦ってリョーマ君を倒したいです!」


「ほう……それはどういう意味ですか?」

 冷たい視線の吉野執事に、ビクビクと背筋を凍らせながら僕は言葉を続けた。



「リョーマ君は、バカでアホでドジマヌケのおたんこナスで、自分より立場の弱い人に横柄で、

 上の人にはゴマする、小物野郎で、僕の大っ嫌いな性格です……

 だからこそ、一緒に競い合って、最終的にガチンコで真剣勝負してぶっ潰してやりたいです。

 だから、最後まで居てくれないと困ります」


「……」

 ジッと僕の言葉に耳を傾ける吉野執事


「それに……少しだけだけど……仲間と協力してやってもいいかなと……」


「要するに、リョーマを合格させろと……アナタは、ご自身の立場も弁えず、私に歯向かう事になりますが……それでもよろしいですか?」


「クッ……」

 僕を睨みつける吉野執事にたじろぎながらも、目線をグッと堪えた。


「先ほども申し上げたでしょう。『私の目は誤魔化されない』と……私に二度も同じことを言わせないでくれませんか?」


 怒鳴られるよりも、無音が恐怖を増幅させる。

 しばらくの沈黙が、永遠に感じるほど長かった。


「ふぅ……夕太郎君、その言葉を撤回するつもりがないのなら……お覚悟はおありですか?」


『コクリ』

僕は、黙って頷いた

 思わず、口に出してしまった言葉、僕にとって何のメリットもない提案。

 でも、不思議と後悔はなかった。

 むしろ、胸の奥はスッキリとした気分だった。


「そうですか……では、お二人とも……」

 僕は吉野執事の言葉を遮り訴えた。


「はいっ!わかってます!わかってますけど、最後まで仲間を守り、共に歩むのも使用人道と、この一週間で心得ました!」


「夕太郎君……人の話は最後まで聞きましょう」

 吉野執事は諭すように言葉を発した。


「スッスミマセン!」


「私、こうなる事は初めから判っておりましたよ。何せ『私の目は誤魔化されません』からね。三度も言わせないでください……」


(あぁ、やっぱりダメか……なんでリョーマなんて庇っちゃったんだろう……)


「お二人とも合格です!」


『エッ』

 呆気にとられる二人。


「エレガント!エクセレントエレガント!!すばラッシ!そうだ!その言葉だよ!

 私は、あくまでも試験の結果を上に報告するだけですからね。上は数字しか見ませんから……

 リョーマ、命拾いしたな。これからも一生懸命励めよ」

 吉野執事には珍しく感情的にわしゃわしゃとリョーマ君の頭を撫でていた。


「はい!」


「最後に言っとくが、不正をするなら絶対にバレるような真似をするな。

 それに、カンニングして不合格って一番ダサい奴だからなw」


「はい!」


 こうして二人は、紅茶テストを通過するのだった。



 そして、この夜、僕はある決断をするのだった。




 フットマン採用試験まで、あと22日

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Tailcoat おゆたん @Oyutan

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