三十一着目「ソウルメイト」

 これを機にSNSは、しばらくお休みしよう。

 そう思った僕は、SNS上で知り合った人達へのお別れの挨拶をした。


 その中でも、宮ケ瀬ダム子さんは別格だ。

 僕が、あみちゃんにフラれた時インターネット上の友人たちは『大丈夫、また次の出逢いがあるよ』とか『まだ若いんだから……』と励ましの言葉を掛けてくれた。

 当時、それらの暖かい言葉を受け取れるほど、心の余裕は、僕にはなかった。

 僕は「ありがとう」と形だけの返事をした。

 インターネットは、本当の気持ちがバレないのが良い所だ。


 あの時の僕は、優しい言葉を掛けられるほど、心がギザギザとヤスリで削られるように擦り切れていった。

 結局、優しい言葉や慰めの言葉は、受け手ではなく、話し手が良い事をしたという満足感が満たされるだけだ。


 だけど、宮ケ瀬ダム子さんだけは違った。

 ダム子さんは、「メシウマm9(^Д^)プギャー」と、僕を嘲笑あざわらった。

 メシウマとは、つまり「他人の不幸で今日も飯がうまい」というインターネット上のスラングだ。


 僕の情けない様をダム子さんだけが、笑ってくれた。

 ダム子さんだけが、僕と同じ気持ちのレベルまで降りてきてくれた。

 本当の「寂しさ」や「辛さ」を経験してるからこそ、出来ることなんじゃないかな?と思った。

 上っ面の励ましの言葉なんかよりも、何倍も嬉しかった。

 本当の真心や優しさをダム子さんは、誰よりも知っている。


 34歳ニートなのに。。。


 いや、むしろ……ピュアで繊細で、周りの感情の機微に敏感だからこそ、ニートなのかもしれない。


 僕は、ダム子さんにリストラに遭った報告も添えた。

 すると、「無職の世界へようこそw」と歓迎してくれた。


 世間は、『多種多様な価値観を認めましょう』とキレイ事を言うが、働かない人や仕事の出来ない人間には厳しい。

 みんな、言葉だけは、澄んだ水のようにいつもキレイだ。

 社会人として“当たり前”が出来ない人達には、「働け」「自己責任」「甘えるな」等と、言葉の小石を投げつけ、汚い心の醜態を隠す気すらない。


 根本的な原因は、歪な社会構造、行き過ぎた顧客満足主義、過重労働を強いるブラック企業など、外的要因が本来なはずである。

 それが、いつの間にか問題はすり替えられ、個人の問題ばかりに原因がフォーカスされてしまっているのだ。

 つまづいてしまった人や再チャレンジのハードルは、心理的にも現実面的にも、とても高いと言わざる得ない。


 僕も、あの時、ダム子さんがいなければ、立ち直れなかったかもしれない。

 そのくらい、ダム子さんは僕の心の支えになってくれた恩人だ。


 世間とは違った価値観で生きている、そんなダム子さんが僕にとっては、とても羨ましかった。


 ダム子さん自身も、ニートという今の境遇に耐え忍び苦しんでいる。


 ダム子さんとは、直接会ったことはないが、ソウルメイトと呼んでも差し支えないだろう。


 そんなダム子さんに別れを告げる為、メッセージアプリを開いた。

 なんと、ダム子さんはオンラインだった。

 さすが、ニート(笑)

 ちなみに、僕のSNS上のアカウント名は、「ゆたろう」だ。何のひねりもない。


 ―― メッセージ ――


 ゆたろう「こんばんわ。ダム子さん。実はですね、SNSをしばらくお休みしようと思います」


 ダム子「どした突然!?行かないで>< ダム子の事置いてかないでT_T 一生一緒にニートでいようねって言ったじゃない(;;)」


 ゆたろう「言ってないよ・・・^^;」


 ダム子「なによっ!!オンナね!女が出来たのね。この浮気者💢 女の勘は鋭いのよ」


 ゆたろう「^^;」


 ゆたろう「実はですね、執事喫茶ロビンズエッグブルーに合格しまして、プライベートの情報がお客さんにバレるとお屋敷や一緒に働いてる人達に迷惑がかかってしまうので・・・しばらく止めますね」


 ダム子「ダム子ロビンズエッグブルー知ってる!さすがイケメソ!!ダム子も帰宅したい!ゆたろうくんの執事姿見たい!!」


 ゆたろう「ありがとうございます(*^^*)でも、実はまだ研修生なので、もし、合格したら、ダム子さんにもお知らせしますね^^」


 ダム子「うん!ダム子絶対に行くよ!同伴してあげるっ!」


 ゆたろう「そんな事したら、クビですよ^^;」


 ダム子「なぬなぬなぬ(>_<)」


 ゆたろう「執事は、外で女性と一緒に歩くことを禁止されてるんです^^;」


 ダム子「すごっ、もはやアイドルじゃん(>_<)」


 ゆたろう「あと、無理しなくて良いですよwダム子さんニートだから、お金ないですよね^^;」


 ダム子「パパンとママンにお小遣い貰うから大丈夫☆ 30万円で足りるかな?」


 ゆたろう「えっ・・・一体何を頼むんですか・・・?」


 ダム子「えと、ダム子ドンペリ頼んで、シャンパンコールして貰って、執事のゆたろうくんとポッキーゲームしたい( *´艸`)」


 ゆたろう「ドンペリもシャンパンコールも無いかな^^;(ポッキーゲームはスルーしよう……)」


 ゆたろう「僕も研修中でお酒は詳しくないですけど、ヴーヴクリコならあります。一万ちょいだったかな?」


 ダム子「ヤバッ!ホストでその値段、あり得なくね?」


 ゆたろう「だから~ホストではありません><;何度も何度もいろんな人に言い続けてるんですけど、誰も分かってくれない・・・^^;」


 ダム子「ねね、アルマンドは?ロマネコンティは?」


 ゆたろう「アルマンド?そのようなティーカップの名前は聞いたことがあります!ロマネコンティって100万くらいするワインですよね?さすがにないかな^^;」


 ダム子「なんだ~残念・・・」


 ゆたろう「いや、あってもニートじゃ頼めないですよねwwwワインもグラスで千円くらいだっと思います。高い奴でもフルボトルで五万くらいのがあったと思います。研修中なのでよくわかりませんが・・・」


 ダム子「でも、ダム子は、ゆたろうくんにナンバーワンになって欲しいの><!!」


 ゆたろう「・・・^^;ホストではないので、ご指名とか無いですし・・・ランキングとかも特にないですよ・・・^^;」


 ダム子「そうなの?ダム子つまんな~~い( ゚Д゚)」


 ゆたろう「ウェイターさんが執事なだけで、普通の喫茶店、というかレストランですよ^^;一万もあれば、交通費込みで行って帰って来れますよ^^。お一人だいたい4千円もあればお食事と紅茶セットでお楽しみ頂けますw」


 ダム子「あら、意外とコスパ良いのね!焼肉食べ放題90分と同じジャン!!」


 ゆたろう「同じではない・・・^^;まー、値段と時間的には大体同じですね^^;あと、追加の紅茶はワンコインで頼めちゃうので、だいぶお得ですよ^^」


 ダム子「えっ?えっ!?じゃあ、一緒にチェキを撮ったり、オムライスにケチャップで絵を描いてくれて、美味しくなるおまじない『萌え萌えキュン』てしてくれるんでしょ?」


 ゆたろう「そっ・・・・・・そんな事、絶対にしません>< メイド喫茶ではないので^^;」


 ダム子「え~、ダム子つまんな~~い( ゚Д゚)」


 ゆたろう「ゴメンナサイ><」


 ダム子「そんなの何が楽しいの?」


 ゆたろう「えっ……いや、僕も実はご帰宅はしたことがないですし、執事の何が楽しいかと聞かれると……正直な所、男性目線では良く分からないです^^;」


 ダム子「執事姿のゆたろうくんが、先輩執事達にあんなことやこんなことされ・・・ハアハア(*´Д`)」


 ゆたろう「充分、楽しまれてるご様子で・・・今、とてもキモチワルイ妄想してますよね・・・^^;しばらく話しかけないでくださいね^^;」


 ダム子「ヤダッやめてっ!ダム子の事もっとイジメテっ!!」


 ゆたろう「^^;」


 ゆたろう「とりあえずですね、新人が他の皆様にご迷惑をお掛けするわけにはいかないので、しばらくはダム子さんともお別れですね。」


 ダム子「ヤダッ!ヤダヨ(´;ω;`)ウゥゥ。ニートの私を置いてかないで・・・」


 ゆたろう「置いてきませんよ^^;研修期間はたった一カ月ですから^^あと、出来ればダム子さんのご両親のお金ではなく、ダム子さんご自身で稼いだお金でご帰宅して欲しいなとは思います」


 ダム子「うん・・・ゆたろうくんの言う事は、正しいよ。ダム子だって働きたい!でも、まだ大人の社会は信頼できない・・・」


 ゆたろう「ごめんなさい><僕の分際でなんか偉そうな事言っちゃって・・・確かに、大人の社会なんて信頼できないですよね^^;すみませんでした(*_*;」


 ダム子「なんか私のせいで、しんみりしちゃってごめんネ( ノД`)シクシク…」


 ゆたろう「いえ、こちらこそ配慮が足りず申し訳ありませんでした。それでは、ダム子さん!白馬に乗った素敵な黒部ダム夫さんに出会えるよう願っていますね。バイバイ^^ノシ」


 ダム子「ゆたろうくんも素敵な執事になってダム子を迎えに来てね。頑張ってね(⋈◍>◡<◍)ノシ」


 ―― メッセージ終了 ――


 僕は、PCの電源を落とした。


『大人の社会は信頼できない』

 僕は、ダム子さんの言葉を反芻していた。

 結局のところ、この言葉に全てが集約されていると思う。


 テレビのどんなコメンテーターや学者の言葉よりも、ダム子さんの一言は、ずしりと重かった。


 以前、ダム子さんは、僕にニートになったきっかけを教えてくれた。

 ダム子さんは、就職活動が上手く行かず引きこもりになってしまったのだが、そのエピソードが男の僕としては、なかなかヘビーな内容だった。


 ――宮ケ瀬ダム子さんは、子供の頃から憧れていたデザイナーになる為、就職活動をしていた。

 第一志望の選考も順調に進み、あと一歩で最終面接という所で、事件は起きた。


 人事部の偉い人にダム子さんは、カラダの関係を迫られたというのだ。

 ダム子さん自身が、その脅迫を受けたか、受けなかったかは、さすがに僕は聞けなかった。

 けれど、ダム子さんは、その事がショックで一生のトラウマになってしまい、人間不信に陥ってしまったというのだ。

 通っていた学校は、なんとか卒業できたが、それ以来、ダム子さんは、外の世界に出られなくなり、そのまま引きこもりになってしまったという。


 ダム子さん曰く、過去に一度、面接に行ったことがあるらしい。

 しかし、そこで「なぜ新卒で就職しなかったのか?」という質問をされた時、ダム子さんは、カラダの関係を迫られた出来事がフラッシュバックしてしまい、パニックを起こして面接を台無しにしてしまったという。

 それでもダム子さんは、諦めずに働こうとインターネットで募集のある企業を探し、履歴書を何度も書いたという。今もそれを繰り返しているらしい。

 けれど、いざ面接に行こうとすると、『また同じ質問をされたらどうしよう?』『またパニックになったらどうしよう?』と不安で足がすくみ、過呼吸で息が出来なくなってしまい、毎回玄関でうずくまってしまうのだ。


 その話を聞いて、なんで、こんな優しくて良い人が、こんなにも苦しまなければならないんだ……

 そう思うと、悔しく悔しくて堪らない僕がいた。


 彼女の言う『大人の社会は信頼出来ない』という言葉は、僕が言葉にするそれとは、重さが違い過ぎる。


 僕は、ダム子さんに何にもしてあげられない。


 けれど……


 もし、僕がフットマンになれたら、ダム子さんにご帰宅して欲しい。

 もしかしたら……引きこもりを克服するきっかけになれるかもしれない。

 それまで、さようなら宮ケ瀬ダム子さん。


 フットマン採用試験まで、あと24日

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