三十着目「新人クビになる」

『本日付で、フットマン候補生の八戸はちのへ君が退職致しました』

 朝一でボーッとしてたのに、一気に目が覚めてしまった。


(え……昨日初めて会ったばかりなのに、もう居なくなっちゃうなんて……。すげー環境だ……)


 今日の朝礼は、珍しく吉野執事だったが、彼が発した言葉は、まさに青天の霹靂で、その場にいた一同に衝撃が走った。


『シーン……』

 衝撃的な内容にもかかわらず、誰も言葉を発する事はない。


 きっと、朝礼の担当が一縷さんだったら、こういう時、『ざわざわ…』と小言が聞こえてきたのだろうと思う。

 しかし、今日は誰もが恐れる吉野執事を目の前にして、静寂を保っている。


 まだシャンデリアの明かりも付いていないホールに、なんとなく気まずい雰囲気の沈黙が鳴る。

 そんな中、吉野執事が話を続ける。


「彼の退職の理由ですが……先日、ある方からの情報で、八戸君が研修の内容や我ら使用人達の個人情報を動画サイトやブログなどのSNSでリークしているとの事でした。

 真偽を確かめる為、八戸君とお話をした所、やはり彼がそういった動画配信やブログなどで内部情報を漏らしてる事が明らかになりました。

 その後、ハウススチュワード達の話し合いにより、八戸君は、解雇という形でお屋敷を去る事となりました」


(うへぇ~……動画サイトで情報を流すとか、僕のようなおじさんには、到底思いつかないや……イマの子らしいと言えば、イマの子らしいんだろうな~。

 それにしても、社内の情報を流しちゃいけないなんて、リーマンの僕としては当たり前すぎて……なんと言ってよいのやら……。

 なんで、ココの人達は、そんな当たり前の事も出来ないんだろうか?普通言わなくても分かるよね?

 いやそれにしても、何よりも、二回連続解雇は個人的には絶対避けたい……)


 そんな事をブツブツと頭の中で考えていると、リョーマ君が僕に耳打ちしてきた。

「これ、だよ」


『ぇっ……』

 僕は思わず右の眉毛がピクッと上がってしまった。

 リョーマ君は、小声で僕に耳打ちを続ける。


「きっと、お嬢様から情報を仕入れて、先輩フットマン達の誰かがチクッたんだよ」


「そぉ……なんだ……よくあるのこういう事?」

 僕は、ご帰宅経験豊富なリョーマに質問した。


「うん。みんながみんなじゃないけど……口の軽いフットマンが、仲の良いお嬢様にお屋敷の裏情報を流すことは、よくある事なんだ。

 その逆もあって、お嬢様から情報を貰う事もあるんだ」


『ぇっ……』

 僕の右眉は、より一層ピクッと上がってしまった。


「たぶん、僕ら研修生の情報とかも先輩フットマン達が、お嬢様に言い触らしてる可能性もあるよ」


「ぇっ……なんで……そんな仲間を売るような事を簡単にするのさ?」


「そりゃ、誰だって褒められたり、認められたりしたいだろっ」


「えっ?そんだけ?」


「うん、この世界では充分過ぎる理由だよ……」

 リョーマ君は、事もなげにそんなことを言う。

 この時僕は、お屋敷という非現実世界感の中で、異質な現実を味わった。


 尚もリョーマ君が僕に耳打ちを続けて来る。

「リョーマ君!ヤバイ!これ以上はヤバいョ!!」

 そして、この時、僕はある事に気付き、リョーマ君を小声で制したが、時すでに遅しだった……


『オイッ!そこの二人!!さっきから何コソコソしてんだっ!何がヤバいのか言ってみろ夕太郎!!』


 吉野執事の怒鳴り声は、ドスが効いてて、完全にヤ〇ザにしか見えなかった……

 しかも、皆がいる前で、名指しで怒られてしまい、オ〇ッコちびりそうになってしまった。

(この前、ウンをこぼしてばかりなのに、オチッコまで漏らしたら僕もう生きてけないょ……)


 そう、吉野執事の特殊スキルは、類稀なる『読唇術』だったのを僕らは完全に忘れていたのだった。

 吉野執事は、まるで心を読むかのように唇の動きだけで、会話を読むことが出来る。

 その為、先輩フットマン達は、完全に沈黙を保っているのだ。

 先輩フットマン達の適応能力や危機回避能力は、やはり研修という困難を乗り越えただけあって、僕らよりも一枚上手であった。


「すみませんでした……」

 僕は、素直に謝る事にした。


「オウ!お前らもここから去りたいのか?去りたくなければ黙れ。今から言う俺の言う事を聞けわかったな!」


『はい……』

 リョーマ君、どちらかというと色黒の肌なのに、この時ばかりは真っ青に顔面蒼白な顔をしていた。


「では、話を戻します。今リョーマ君が、コソコソとしゃべっていた通りで、今ならまだ何とか間に合います。

 使用人として働いていることがバレるようなSNSの投稿やお付き合いしている女性が映ってる画像やデート日記などのブログは、削除もしくは、非公開が望ましいです。

 ですが、そこまで個人の自由を奪う事は出来ないので、せめてアカウントやIDを個人を特定できないように工夫してください。

 これらの行動は、皆さんお一人を守るだけでなく、お屋敷全体の関わる事となりますので、必ず厳守でお願いします。

 この事が守れないと、お屋敷としても皆さんを守る事が出来ませんので、どうぞご協力をお願いします」

(うわぁ……コソコソ話、完全に筒抜けだった……僕らホールの一番後ろにいるのに、何で唇動きだけで会話がわかるんだ?もしや、吉野執事マサイ族並みの視力なのか……?)


 ――業務終了後、スマホを持っている先輩フットマンを囲み八戸さんの動画サイト鑑賞会が行われた。

(もちろん、吉野執事が居なくなってからね……)

 画面の向こうにいる八戸さんは、上半身裸で、ウマの被り物を被り『パカラッパカラッパカラッヒヒヒ~ン!』と言って、登場して来た。

 同じ人とは思えない程、ハイテンションでビックリした。


『ブハハハッ』

 その様子を観て、先輩フットマン達は、大爆笑していた。


 人が一人クビになったのに、よく笑えるもんだ……とも考えてみたが、よく考えたら、全然思い入れもない人だったので、気付いたら僕も一緒に笑ってしまっていた。


 でも、その内容をよくよく鑑賞してみると、とても笑えるような内容ではなかった。

 例えば、面接についての内容等が事細かく暴露されているのだ。

 僕は、一瞬リョーマ君の顔を伺った。

(もしや、コイツこの動画サイトから、面接の情報とか入手したんじゃ……)

 僕は、ついリョーマ君を疑いの目で見てしまった。


 そして、最新の投稿での一コマ

『今日、研修生が入って来たヒヒン。一人はおっさんで、一人は若い子だヒヒン♪』

(やっぱコイツ、クビで良かったわ……)


 八戸さんにちょっと同情した自分がアホらしかった。


 ――帰宅後、僕は吉野執事の忠告通り、過去のブログを見直し、あみちゃんとのデート日記や僕とあみちゃんが映ってる画像などを全て削除した。

 思いのほか、心がスッキリした。未練タラタラだったけど、少しずつ心が整理されてきた気がした。

 これも丁度良い機会だったのかもしれないと思った。

 そして、僕にはやらなきゃいけない事がもう一つあった……

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