二十六着目「メンヘラリョーマと構ってイチル」

「こんなんじゃない…こんなんじゃない……こんなんじゃない………」

 入社前のイメージと目の前の出来事が、あまりにもかけ離れ過ぎていて、頭の中を必死に整理した。


『ロビンズエッグブルー入社前、脳内イメージ編』


 ――玄関の扉が開かれると、執事とフットマンが温かい笑顔で出迎えてくれる。

 担当執事とフットマンが名を名乗り、挨拶を済ませる。

 執事に上着を脱がせて貰い、手荷物をフットマンに手渡す。

 この光景は、ご帰宅の度に、毎回儀式のように粛々と行われる。


 フットマンに案内され、仄暗い通路を通る。

 この仄暗い通路は、現実と非現実世界の狭間にあり、この先に何があるのか、ドキドキとワクワクが胸いっぱいに広がり、心拍数が上がってゆく。

 そこ抜けると、パァーッと広い空間が広がり、ティーサロンの全貌が明らかになる。

 燦然と輝くシャンデリア、スポットライトに照らされた、艶やかなティーカップのコレクション。

 キラキラとした調度品に囲まれ、辺りは、驚くほど静かで落ち着きのある時間が流れている。

 この雰囲気を壊しちゃいけないと、どこかひっそりとした緊張感も漂わせ、厳かにここに居る時を貴重に過ごす。

 フットマンにお気に入りのティーカップを持って来て貰うようお願いする。

 フットマンの燕尾が、ゆらゆらと揺らめき、パントリーに消えてゆく。

 そして、お気に入りのティーカップと共に、ティーマイスターが淹れてくれた、とっておきの農園物のダージリンセカンドフラッシュを嗜みつつ、読書に耽る。


 脳内イメージおわり

(※紅茶資料集で勉強したばかりなので、セカンドフラッシュって言ってみたかった。小並感……)


『ロビンズエッグブルー入社後、現実編』


 ――朝一、謎の「アンドゥトロワ」の掛け声のもと、何が正解かわからない変なステップを延々と踏まされる。

 一生懸命頑張ったのに、挙句ダメだしをされる。


 ふと、研修室を通り過ぎた一縷いちるさんを見ると、今日もヘンな髪型だった。


 初めてのパントリーは、みんなピリピリしていて、フットマンは、全然、優しくない人ばかり。


 ふと、パントリー内の一縷さんを見ると、なんか一人だけ、俊敏な動きでカクカクしてた。

 人ならざる動きに、生理的に受け付けない。


 デシャップの彦摩呂は、僕にとっての唯一の癒し。

 今の所、唯一の良い人。

 だけど、本人曰く、コーヒーが苦手らしい。

 コーヒーのオーダーが入り、パントリー内いっぱいにコーヒーのアロマが漂うと、彦摩呂はメチャクチャ吐きそうな顔をした。

 可哀想だけど、個人的には、その表情が割と面白かった。


 そして、キッチンは大忙し、常に怒号が飛び交う。

 洗い場の下げ台は、今にも落っこちそうなほど、食器で溢れかえっている。

 そんな中、黙々と作業する洗い場の青年。


 洗い場の青年が振り向く……


 眉なし、歯なし、髪なしの青年は、能面みたいで、かなり怖い……。


 彼は、僕らを見て、待望の笑顔を向けている。


 ここでもう一度、先ほどの「脳内イメージ」を思い出す……。洗い場の彼が、僕の「脳内イメージ」を完全にぶち壊した。


 今もなお、僕の中のロビンズエッグブルーがガラガラと音を立てて、崩れ落ちている……。


 現実編おわり。


「はぁ……やっと来てくれた……

 キミ達が遅れてきたせいで・・・とにかく、早く手伝って貰えませんか!」


「……」

 リョーマ君は無言だった。


「はい、申し訳ありません!すぐにやります!!」

 僕は、一言謝り、とりあえず下げ台に放置されているお皿を重ね、洗いやすいよう整理した。

(無言のリョーマ君に内心イラッとした。オマエのせいで、遅れたんだゾッ!!)


『トントン』

 何者かが、僕の肩を叩く


(あ~、もう~なんだよ!こんな時に~構ってる暇なんてないよ!)

 僕は、必死に洗い場の作業に没頭した。


『トントン』

 なおもしつこく、僕の肩を叩いて来る。


「あ~!もう~、忙しい時に!しつこいっ!!」

 僕は、若干切れ気味で、肩を叩く方を振り向いた。


 すると、僕のほっぺにツンと指先が刺さった。


 振り向いた先には、一縷さんがいた。

 僕は、一縷さんに「トントンほっぺツン」をされ、それに気付かず思いっきり、大先輩に暴言を吐いてしまった。

 冷汗が背中にタラリと流れた……。

(うわぁ~、絡みたくない人に、絡みたくない時に、絡まれた~)


「E.T ユウタロウ トモダチ……」

 一縷さんは、E.Tのマネをしながら、僕にちょっかいを出してきた。

 このクソ忙しいタイミングで、なぜ、僕にこんな事してくるのか、マジで理解不能で、思わず「トモダチではないっ!!」と、さらに暴言を浴びせてしまった。


「コラッ!一縷さん。“じぃや”が、インカムで何度も呼んでるでしょ。早くお出迎え行って!」

 一縷さんは、彦摩呂に引きずられて、パントリーの外へと放たれた。


 僕は、ひと時の心の平穏を取り戻すことが出来た。


「夕太郎君は、一縷さんに気に入られちゃったみたいダネッ☆」

 のんきな事を言う彦摩呂に、僕は全力で拒否反応を示した。


「ヤダヤダヤダヤダッ!久我さん、たすけて~」

 これは、ある意味、僕の特殊能力である。

「嫌だな~」「苦手だな~」と思う人ほど、引き寄せ気に入られてしまうのだ。


「なんだョ……。夕太郎君ばっかり……俺の方が、一縷推しなのに……」

(ほらっ、いじけちゃったよっ、リョーマ君……。彼もけっこーメンドクサイんだからねっ!!)


「俺の方が、オキニなのに……」

 完全にやる気ゼロになってしまったリョーマ君のおかげで、せっかく復旧した洗い場が、また窮地に陥ってしまった。


 リョーマ君は、明らかにやる気のない動きで、ティーカップを食洗器に入れようとした矢先……


「ティーカップは、食洗器に入れないで下さい!!」

 洗い場の青年が、声を強めに注意をした。


「チッ!だったら始めに言えよっ!ハゲッ!」

 いじけてしまったリョーマ君には、注意を聞く余裕はなかった。


「はっ、ハゲぢゃないよ、坊主だよ……」

 僕は、咄嗟にフォローを入れたが、まるでフォローにはなっていなかった。


「ティーカップは、手洗いで、汚れてる所は、激落ちくんで洗ってください」


「……」

 洗い場さんの言う事を無視し、その場でフリーズするリョーマ君。


(あ~もうマジ、メンヘラリョーマめんどくせー。いない方が仕事が捗るわ……)


「そっかー、いない方がいいのか~ あ~あ~、早く諦めね~かな~」

 僕はワザとらしく、リョーマ君に聞こえるように独り言のように呟いた。


「はっ!あきらめねーし!」

 嫌々ながらもリョーマ君は、やっと真面目に洗い場の仕事をし始めた。

 もう、なんでこんなに気を遣わなきゃいけないんだろう……。


 フットマン採用試験まで、あと28日

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