二十七着目「世間様の偏見と職業差別」

「夕太郎さん、内定おめでとう!」


 就職アドバイザーから言われた言葉に、僕は困惑してしまった。

 ロビンズエッグブルーの前に受けた“あのボロボロだった面接”が、なんと受かってしまっていたのだ。

 僕は、勝手に落ちたと思っていたので、完全に予想外だった。

 お屋敷の方は、お休みを頂戴し、今日は就職センターに、登録を解除するつもりで来たのだ。


「えっ……」

 僕は浮かない顔をした。


「このご時世、正社員のお仕事なんて、なかなか難しいですからね。

 先方の面接官の方も夕太郎さんの事を『見た目によらず芯がある』と、かなり気に入って下さってましたよ!」


「あ~そぉ~ですか……」

(あー、言い返してしまったのを、好意的に受け取って下さったのね……)


「夕太郎さん、こんな不景気ですから、またとないチャンスをモノにしましたね。

 もう、入社の意思を先方に伝えても良いですよね!」

 俄然、やる気でポンポン進めようとする就職アドバイザー。


「…………」

(あっ……このまま僕が何も言わないと、僕このまま、また普通のサラリーマンに戻っちゃう……)


 それは……


『ぃヤッ!!』

 僕は、思わず変な風に声を上げてしまった。


「すみません、大変申し上げにくいのですが……実はもう一つ良い返事を頂戴した、お仕事がありまして……」


「ほう、夕太郎さんのような勤勉で真面目な方は、引く手あまたでしょうからね。 っで、どのようなお仕事ですか?」

 就職アドバイザーは、終始穏やかな口調を装っていたが、一瞬、捕らえた獲物を逃したライオンのような顔をした。

 僕は、その一瞬の表情の変化を見逃さなかった。


 ――僕は、洗いざらいを説明した。

 ・執事喫茶に受かった事

 ・フットマンを目指していて、今はバイトで研修生をしてる事

 ・研修期間は、一カ月間で、落ちると次はない事

 ・合格するかどうかも分からない程、狭き門である事

 ・その業界では、知らない人はいない程、有名なお店である事

 ・シェフやパティシエもいる、本格的なレストランである事

 ・美味しい紅茶100選に選ばれるくらい、紅茶のクオリティに力を入れている事

 ・人生一度きりなので、今後どうなるかわからないけど、いける所まで挑戦したい事


(フットマン達が、おバカでイヤな人達なのは、彦摩呂に免じて言わないでおいた……)


 このような事を一頻ひとしきり説明した。


「フンッ、バカバカしい!」

 就職アドバイザーに鼻で笑われてしまった。

『バカバカしい』とも言われたが、聞こえなかった事にしておこう、これも“社会人”としてのマナーだ。


「君のような真面目な人間が、こんなふざけたモノに、どうして惹かれるのか、全く理解できない。バカバカしい!!」

 あっ……二回も『バカバカしい』と言われてしまった。

 さすがに、二回目を容認できる程、僕も大人ではないのョ……。


 ――就職アドバイザー側になって、考えてみると

 もちろん、僕だって社会人を経験した身だから、就職アドバイザーがボランティアではなく、報酬の為にやってる事は、理解している。

 だからこそ、一瞬の表情の変化を見逃さなかったし、本心を一瞬でも見せた所に、彼の落ち度があると僕は思う。

 故に、目の前の就職アドバイザーを信頼しない事を、僕は心に決めた。

 人と向き合うっていうのは、結構、一瞬一瞬が真剣勝負だ。


「飲食業界に興味があるのかい?だったら、そっちの方も求人があるから、ご紹介しますよ?」

 穏やかな口調で、調子を戻す就職アドバイザーに、もはや、白々しいと思った。


「えっ?いや別に??飲食業界には、さほど……」


「じゃぁ、何に興味があるんだ」

 就職アドバイザーは、逃げた獲物(僕)に、イライラを募らせている様子。


「興味があるのは、しつじぃ……」

 執事に興味があると、言いかけた所で、就職アドバイザーは、僕の言葉に被せて来た。


「そんなものあるわけないだろっ!」

(ん~、最近すぐ怒られてばっかりだな~笑。今までは割と良い子ちゃんで、あまり怒られるタイプじゃなかったのにな……)


「そっ、そうですよね。あははっ」

 僕は、もうテキトーにやり過ごしたいと思っていたので、とりあえず会話の調子だけを合わせるようにした。


 でも、腹の内では、次のように思っていた。

 あーあ、結局の所、現実社会はコレなんだよ……。

 大人達は、決まって皆、口を揃えて言うんだ……「個性の尊重」「好きな事をしろ」「君の自由だ」

 このような事を言う大人に限って、いざ自分の知らない世界や価値観を見せられると、圧力をかけ、強引に言う事を聞かせようと、コントロールしてくるのだ。

 強引に、大人達の引いたレールに乗せようとする。

 もちろん、それで、平穏に暮らせる人もいる。

 僕もそれを信じて生きてきた。

 だが、僕には、その生き方は合わなかった。

 今回のリストラで、僕は、“チョット”レールに外れた生き方をしてみたいと思った。 ただ、それだけだ。

 ほんの“チョット”だ。 一カ月というお試し期間だ。

 それすら、やんややんや言われ、そのほんの“チョット”すら赦されない世の中なのだ。

 日本という国は……。


 こんな事を繰り返していては、日本経済は先細りで、良くなるわけがない。

 今後、サラリーマンの待遇が良くなるわけがない。

 世間体の枠組みに無理矢理合わせた所で、僕自身がイキイキと暮らせるわけがない。


 そんな事を、僕が黙って考えていると……


「このドス黒民は、どうですか?

 居酒屋最大手チェーン店なので、就業規則などもしっかりとしてますよ」


 言わずもがな、ブラック企業の代名詞とも言える求人を真っ先に紹介して来て、失笑するしかなかった。

 ドス黒民は、従業員が過重労働に耐えられず自殺してしまった事で、世間を賑わせている渦中の企業だ。


「あー、すみません……」

(バカにしてるのか?いや、バカにしてるんだろうな。さっき「バカバカしい」って言ってたし……)


 これが、“執事喫茶”に対する世間様の一般的な認識なんだろな……。

 ある意味、貴重なご意見だ。

 世間が、このように思っていることを、忘れないようにしないとな……。


「夕太郎さん、君はまだ若いから、分からないだろうけども…… 人生は、一度も失敗出来ないんですよ。

 一回失敗したら、もう終わりなんです。 このご時世、正社員で雇ってくれる所なんて、そうそうないよ。

 一回でも道を外したらダメなんだよ」

 就職アドバイザーは、自己陶酔するかのように、に僕に語り掛けて来た。

(でも、それはあなたの感想ですよね……)


 そんな、を聴かされ、むしろ、そんなクソどうしようもねぇ社会なら、いっそ日本なんて滅んでしまえ!と僕は思ってしまった……。


「あの~……。初回でお話したように、僕、一回目は、新卒でたった一年で辞めてしまい、二回目はリストラで……二回も踏み外しちゃってるから、そのお話だと、もう手遅れじゃないですか?」

(つまり、二回も踏み外してるやつにピッタリの仕事をご紹介してくれているって意味だもんね☆)


「……」

(いやっ、ダマるのかよっ!そこは、プロとして何とか言えよ!!)


 黙りこくってしまった就職アドバイザーを観て、僕はこのように思った……

 男の人生って、大人になると、ほんと仕事くらいにしか価値観見出せないんだろうな~。

 この人の理論で、生きていくと、仕事に躓いた男の人生ってほんとツマラナイもんだ。

 こんな生き方が本当に正しいものか?


 そして、僕は、あの時、会議室で言われた社長の言葉を思い出していた。

「平々凡々はいつの時代も使い捨て」

 社長の言葉は、胸をぎゅうと締め付けられる程、辛い言葉だったけれど、それは僕の事を本当に心配してくれたこその言葉だったのが、今になって良く判る。

 就職アドバイザーの言う事をそのまま鵜呑みにした所で、結局また僕は「使い捨て」に遭うのが関の山なのだ。

 就職アドバイザーは、“それでも”構わないのだ。根本的にゴール地点が違う。

 だから、のだ。


 なんだかな~、減点方式の日本の職業観って、ホントに働く気を失くすわ。

 就職アドバイザーのお話は、世間一般の常識と自分の論理に酔ってるだけで、こちらの都合とか全く気にもかけくれないので、説得は逆方向に僕の心は動いてしまった。

 正論は、本当にツマラナイ。

 世間体が正しくとも、個人にとってはそれが正しいとは限らない。


 まっ、これもある意味、正論か、あははっ……。


 現実社会には、ほとほと嫌気が差すわ……。


「そもそも、そんなトコにはいって、次どうするの?」

 なおも、執事喫茶をバカにしたような口調で質問してくる就職アドバイザー


「えっ?どうして、辞める事を考えるんですか?」

 もう、全然話が嚙み合わなくなってしまったので、これ以上は時間の無駄だなと思った。


「わかりました。夕太郎さんがそこまで、そんな変な仕事が、気になるなら、やってみたらいいさ。

 そんな、ホストみたいな所、ろくな会社じゃないでしょうから、すぐダメな会社ってわかるでしょう。

 さすがに、待てるのは一週間です。一週間経ったら、内定の件につきましてお話を進めていきましょう」


「はい、かしこまりました」


 ――マジで何なん?あの言い方?もっと、言い方あるんとちゃうん?

 お屋敷のフットマン連中も嫌な奴ばっかりだけど、世間の大人は、彼らよりも輪をかけて、もっと嫌な奴だと言う事が再認識出来て本当に良かったと思う。

 こちらが、いくら説明しても、勝手な先入観を抱き続け、勝手に嫌悪し、勝手に職業差別をしてくる。

 全くと言っていいほど、こちらの言葉を聞き入れようともしない。

 ロビンズエッグブルーの使用人たちは、別にホストではないし、接客は女性に限らない、料金だって一回何十万もするようなダマすような仕事でもない。


 こちらの話を全くわからろうともしない人の話をどうして、こちらが言う事を聞くと思うのか?とてもシンプルな問題である。


 久しぶりに現代社会に触れて、窒息しそうなくらい生きづらい所だった。

 高学歴でなければ評価されない、一度も失敗できない。

 そんな、社会を否定してやりたいと思った。

 たとえ、レールに乗れなかったとしても、脇道からでも這い上がって来れることを証明してやる。


 それが、出来ない世の中だとしたら、僕は社会不適合者でいいや。


 それに、既成概念ガチガチの大人たちに心を「グサッグサッ」刺されるくらいなら、一縷さんの「ほっぺツンツン」くらい可愛いものに思えた。

 ある意味、一縷さんの「ほっぺツン」があったらこそ、この面談を乗り越えられたのかもしれない。


 そもそも、使用人だって、誇り高き立派な仕事だ!


 フットマン採用試験まで、あと27日

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